時間をおいて水を飲んだ後にデウデシオンは　“我が儘な弟”　に尋ねる。
「ところで、何故此処まで付いてこようとしたのだ。暴れる事も出来ない体なのに」
　その言葉に仰向けに寝ていたザウディンダルは、デウデシオンに背を向けてから声のトーンを落として語りはじめた。
「兄貴の姉さんに会ってみたかった」
　背を向けてベッドに座っている形になっているデウデシオンは、ホテルにしては高い天井を見上げながら話続ける。
「宮殿仕えになるのだから、何時でも会う事は可能だろうが。何も無理をしなくとも」
「……后殿下の傍仕えって言ってたから……俺なんか会わせてもらえないんじゃないかなと思って」
「……」
　ザウディンダルが卑屈な部分もあるが、卑屈になるような出来事は枚挙に遑がないことも事実。
「あの！　あ、会わなくても平気。話もしてもらったから、もう会わなくても大丈夫！」
　《両性具有》という帝国のその存在を　《認められていない存在》　ではなく　《完全否定された存在》　である自分が、奴隷という宮殿内では特殊な階級から迎えられる正妃や、その傍仕えであり兄の異母姉に正式に紹介されるとは思っていない。
　また体のこと知られた後に正式に対面した場合、変な目で見られるのも慣れてはいるが、出来るなら一度くらいは普通の目で見て欲しかった。
「お前は后殿下付きの帝国騎士にする予定だ。幾らでも話は出来る」
「后殿下の帝国騎士……え？　だって……それは」
「皇帝の騎士は帝国最強騎士、現帝であるシュスターク陛下の騎士はキャッセルだ。同じく正妃を守る帝国騎士も必要で、普通は生家の帝国騎士を付けるが后殿下にはそれがない。となれば帝国側で用意するのは当然のことだろ」
　最近出来たばかりの階級で細かい事まで決まっていない帝国騎士。その短い歴史でも初の両性具有の帝国騎士。
　帝国宰相が権力を握ってからザウディンダルが帝国騎士となったので、今のところ帝国騎士の法律には両性具有に分の悪い決まりはない。
　当然皇帝の正配偶者に付けてはいけないという決まりもないが、それを行うとなると　《両性具有》　と言うだけで全てを否定してくる集団がいることはわかりきっている。
「兄貴は陛下付きだけど、クルフェルでも良いんじゃないの？　あいつ普通の性別だし、男のほうが好きだし」
　背を向けていたがデウデシオンの方に向き直り、考え直した方がいいんじゃないか？　訴えるような眼差しで見つめてくる。
「后殿下にお仕えするということは陛下にも会うことになる。あのケシュマリスタ容姿の同性愛者を陛下のお側に仕えさせるわけにはいかない。陛下にキャッセルを会わせずに私が代理を務めているのだ、后殿下にクルフェルを定めて代理をお前にするくらいなら、最初からお前にしておいたほうが良い。何より帝国騎士としての能力はクルフェルよりもお前のほうが高い。私が用意できる最も有能な騎士を后殿下に仕えさせるのは当然のことだ」
「でもさ、他の奴等いい顔しないと思うよ。后殿下は奴隷で仕えてるのが両性具有じゃあ……みんな、悪く言うと……おも……う」
　兄が認めてくれている事に嬉しくなり、その反面自分がこの体でなければ……という何時もの感情がわき上がり、感情が制御出来なくなり泣き出す。我慢しようとしているのが見て取れる、必死の我慢の表情に体を傍によせて抱き締めて、子供をあやすように規則的にポンポンと肩の辺りを軽く叩く。
「その通りだが、皇王族側に属する帝国騎士は私の意見にことごとく対立し協力しない以上、私は私の手の内にある者で対応しなくてはならない」
「ん……」
「お前の帝国騎士としての能力は高い。もしもクルフェルを后殿下に付けようとしたら、あのロヴィニア王は僅差ながらクルフェルを上回る能力を持つ、女官長の夫であるセゼナード公爵を送り込んでくることは誰でも解ること。皇王族側も他の三王家よりも資金面で頭二つも抜けている外戚王が、空白の后殿下の周囲を塗り固めるのは面白くないだろうから、お前で我慢するだろう。文句があるなら帝国騎士を寄越せば良く、そして自ら帝国騎士であればよいだけのこと」
　すすり泣きをしていたザウディンダルは、話題を変えようと傍にあるデウデシオンの体を抱き返しながら質問をした。
「そうだ兄貴」
「何だ」
「出発前に言ってたエーダリロクの　“苺”　って、何の事？」
「知らないならば知らんでいい。隠語を理解できないのならば、知る権利が無いという事だ」
「だって！」
「煩い」
「後でエーダリロクに聞く」
「それも良かろう。あの男が本当の事を語るかどうかは知らないが。ロヴィニアは嘘吐きが多い……先代バイロビュラウラが内乱を恐れて政治に興味を持たせなかったと聞いた時は疑ったが。どうして」
　そう言って体を離し、見下ろすようにすると泣いていた顔に不服さを露わにしている。
「……」
「どれ程不服そうな表情をしようと、私は教えない」
「知らなくても良いことなのか？」
「ああ……お前は知らなくて良いことだ」
「……」
「どうしても知りたいか？」
「うんっ！」
「私と二度と口をきかない、一切会わないと誓うなら教えてやろう」
　デウデシオンはそう言うと電子書類を立ち上げ、さっと書類を書き先ほど見せた　《国璽》　をザウディンダルに握らせる。
「……」
「お前が印をしろ。そしたら全てを教えてやる」
　電子書類にこの印を押したら最後、それは帝国の正式文書となる。
　しょんぼりとした後、デウデシオンに　《国璽》　を返して小さな声で　“ごめんなさい”　と言って、枕に顔を押しつける。
「眠れ」
　書類を消し去り手袋を脱いでザウディンダルの黒く艶やかな髪を撫でる。暫く鼻をすするような音も聞こえていたが、次第に小さくなり寝息に変わった。

−　私と二度と口をきかない、一切会わないと誓うなら教えてやろう　−

「卑怯なことも、そう言われたらお前が不安に感じ私の意に従ってしまうことも知っている。悪い兄で、悪い　“主人”　だ。重々承知しているさ」
　デウデシオンは　《国璽》　をしまい、眠った弟を起こさないように着衣を緩め、添い寝をした。

−　それが可愛らしい行為とでも思っているのか？　それはな……そうだ、だからお前だけなんだよ　―

**********

　応接室でのフォウレイト侯爵と公爵妃の話はほぼ終わった。
「書類はできあがっていますので、ここに署名してください。後は帝国宰相閣下から捺印をいただけば、それで全宇宙に通達がゆくでしょう」
　フォウレイト侯爵は言われたとおりに電子書類に署名して、
「通達というのは　《国璽》　が？」
「はい。后殿下の傍仕えですから、当然そうなりますよ」
「……」
「どうしました？　フォウレイト侯爵」
「信じられない程に権力を持っている御方ですね。まさか自分が署名した書類が　《国璽》　で発動される日がくるとは思いもしませんでした」
　発動とは電子書類が　《国璽》　を捺印されたことにより全宇宙に発信される事を指す。
「持っているのではなく、持っていないと殺されてしまうのです。そして持っていることを誇示して、自らの身に注目と憎悪を畏怖と嫉妬の全てを集めて、それをはね除け、それにより再び尊大なまでの誇示を繰り返す。上級貴族を父に多数の異父弟を抱え皇帝の私生児からのし上がったあの力、皇帝の正妃を目指した私も努力をしたと人に誇れる自信はありますが、閣下は世界が違います」
　フォウレイト侯爵は公爵妃の言葉を聞き、初めて直接見た帝国宰相を思い出す。
「私も若々しさとはほど遠い女ですが……弟という雰囲気はありませんね。生まれて初めて画面の向こうに　”帝国摂政”　を見た時も、とても自分よりも年若いとは感じられませんでしたけれども……そうですね、苦労したのですね」
「あの方は異父弟を全員育て上げたといっても過言ではありませんので、少々……言動が父親びているというか……私が宮殿に入ったのは閣下が全てを握った後ですので解らないのですが……ロヴィニア王や夫であるセゼナード公爵、そして陛下の実父バーランロンクレームサイザガーデアイベン侯爵は、閣下の原動力は先ほど連れ去ったレビュラ公爵だと」
「あの美しい方ですか。……着衣からすると帝国軍の上級大将でいらっしゃるようですが、随分と線の細い男性ですね」
「線が細く見えただけともいいますけれどね、最初に抱き締めていたのがライハ公爵殿下で次が閣下では、大体の人は細く見えますわ」
　言いながら、メーバリベユ侯爵はそろそろカルニスタミアと交代するであろう夫エーダリロクを待つ。

　ここに向かう途中、盗聴もできない閉ざされた小部屋でエーダリロクは片手でメーバリベユ侯爵を抱き締めながら指示を出していた。

『書類に署名し終えたら、俺に代わってくれ。そうだ俺から言うことがある……ザウディンダルが両性具有だってことを教える。何故？　そりゃあ、俺が管理者だからさ』