ALMOND GWALIOR −204
皇帝襲撃部隊の隊長にあたるカドルリイクフ=カフクリウは”連絡”を取りながら、艦内を進んでいた。
カドルリイクフは帝星襲撃部隊の一人、ジャスィドバニオンの息子。
皇帝襲撃に関して、艦隊は双子の姉トリュベレイエス=トリュライエスが責任者で、襲撃部隊の責任者はカドルリイクフである。
作戦を立てた人物や主とも言うべきザベゲルンではなく、彼が襲撃部隊の隊長に選ばれたのは戦闘能力もそうだが、彼の冷静沈着さと、
「……」
「カドルリイクフ、外の状態は?」
「……司令室にシダ公爵はいないようだ」
外部と連絡を取り合えることが大きい。
彼の双子の姉が艦隊の責任者に選ばれたのも同じ理由である。
人造人間の双子は互いが考えていることを離れた場所でも感知することができる。もちろん全ての双子ではないが、この姉弟にはその力が備わっており、
「艦隊指揮のほうが好きなのだがな」
「残念ですね、カドルリイクフ。自分の発信能力の強さを恨むべきですね」
カドルリイクフは発信する能力が姉よりも強いため、強襲部隊の隊長に抜擢された。
「まあなあ、ディデルエン」
現在ダーク=ダーマは外部との通信が途絶した状態にある。
元々途絶させるつもりでやって来た僭主たちだが、外部と連絡を取り合う必要はある。その《矛盾》を解決するのがこの双子であった。
艦隊は強襲部隊の補佐にあたる部分なので、発信する能力が低く、受信する能力に優れているトリュベレイエスが配置されることに。
この姉弟、実際は弟の方が艦隊戦が得意で、姉は性格的に襲撃に向いているのだが、生来持った超能力により逆に配置されることになった。本人たちも解っていることだが、この二人、向きではなくても艦隊指揮は上手で、得意ではなくても襲撃部隊を率い作戦を遂行できる能力がある。
カドルリイクフの副官として付けられたディデルエン=ディセトルアは、強襲よりも暗殺を得意とするタイプで、彼の母親はトリュベレイエスの副官を務めている。
「それとカドルリイクフ、我の父シューベダインと連絡が取れません。予定ではこの時間には第255ポイントにて爆破を行い生存確認を予定でしたのに」
「単独行動の果てに死んだということか。死んだのは惜しくはないが、殺したのは誰だ? お前の父を殺害するとは、相当な手練れであろう?」
本来ならばカドルリイクフの副官は、シューベダイン=シュリオダンであったのだが、この二人どうも相性が悪く、作戦が機能しなくなる恐れがあるので、性格的に”合う”息子のディデルエンが副官として抜擢された。
シューベダインには襲撃の際に自由行動を許可したので、彼は好き勝手殺していた筈だが……
「生死不明の状態ですが連絡しますか?」
「一応連絡しておこう…………それにしても何者であろうな?」
姉のトリュベレイエスに生死不明の報告を送り、彼らの部隊は《ロガ》を探し歩き回る。途中で遭遇した者たちを殺害しながら。
「ほぼ全ての部隊が迎撃されているようです、カドルリイクフ」
「敵がこちらの動きを掴んでいたということか。容易に強襲できた時点で”そうではないか?”と思ってはいた……っ!」
彼らの作戦にはなかった《帝王の咆吼》が流れ、全員が無駄だと解りつつも耳を押さえて時間が過ぎるのを待つ。
「終わったか……下級貴族も役に立つものだな」
《帝王の咆吼》が流れるのを阻止しているのは、キャッセルの稚児として送り込んだサーパーラント。彼はこの艦にある唯一の機動装甲格納庫に出入りができるようになっていた。
ザウディンダルと遭遇したエーダリロクの《成りすまし》はこの格納庫にある機動装甲の動力を使い、艦内のシステムを支配下に置いていた。
「しかし捨て身の作戦ですね。敵はこれで”勝てる”と思っているのが不思議だ」
「全くだ。こちらには解らないなにかがあるのかも知れんが、機動装甲で逃げることもできまい」
彼らにしてみれば《帝王の咆吼》で、エヴェドリット僭主と戦える者たちを行動不能にして、なにをするつもりなのか? と、不思議であった。
この艦には機動装甲が二体ある。一体はシュスタークの物、もう一体は撤退する際に従うザウディンダル用に調整された物。
―― ザウディンダルが動けるのならば、この行動には意味がある ――
そうは思うが、彼らはザウディンダルが両性具有であることを知らない。むしろ両性具有だと疑ってすらいない。
キャッセルの元に送られたサーパーラントはザウディンダルが両性具有であることを、伝えられなかった。キャッセルは大事な弟妹が両性具有であることをばらしたくはないと、デウデシオンが以前皇帝に対してつかっていた偽名《ザウディンダル・アグティティス・エルター》を帝国騎士本部内では正式に採用していた。
その為、僭主たちはザウディンダル・アグティティス・エルターだと信じている。公式書類に書かれた名前が偽りで、両性具有であるとまでは想像がつかなかった。
「奴隷は何処に……ケスヴァーンターン?」
足音を消さず、音を立てて居場所を誇示して進んだ先で、黄金髪に陶器のような白肌、感情のない左右対称の整った顔、多種多様な緑を使った腰の位置が解らない作りの軍服を着用し、白い朝顔が右肩に描かれているマントを羽織った背の高い人物が、テルロバールノル軍人の頭を二つに割って殺害している現場に出くわした。
倒れているもう一人を蹴り、重傷を負わせたが命までは奪わない。
「どうします?」
足音が聞こえていたにも関わらず”殺害する場面”を見せたということは、自分たちに対して何らかの接触を試みようとしていることは明かであった。
エヴェドリットを足止めするのに殺害ほど確実なものはない。
「罠にかかってみるとするか」
カドルリイクフは”デスサイズ”を構えてケスヴァーンターン公爵の格好をしている男に声をかける。
「ケスヴァーンターン、ラティランクレンラセオか」
「そうだよ。と言っても信用はされないだろうね。なにせこの顔、多いから」
「……本物のようだな」
「へえ、解るのかい?」
「そうだな。本物のラティランクレンラセオは、ケシュマリスタ語になった時の人を見下す態度に特徴がある。帝国語で見下している時はそうでもないが」
「証明できて良かったよ」
カドルリイクフとディデルエンが二人がかりで攻撃すれば、ラティランクレンラセオに勝ち目はない。
この二人だけではなく、五十人の襲撃の核となる部隊がエヴェドリット属が一斉攻撃を仕掛ける体勢に入っている。だがラティランクレンラセオは焦らない。彼らの《読み》通り、ラティランクレンラセオは彼らが来るのを待っていた。ある仕掛けをするために。
「なぜテルロバールノルを殺したのか? 尋ねないのかい」
「必要ない。言いたいことがあるのならば言え」
「そうかい、ではお言葉に甘えて」
ラティランクレンラセオは飛び上がり、部隊全員を見下ろし《幻覚》をかける。
―― 人間は集合的無意識とか名付けていたね
着地したラティランクレンラセオの首をデスサイズの刃が捉える。
「こんなものは効かないが」
姉とは違う、茶と赤の混じった鮮やかさのない髪の隙間からラティランクレンラセオを見る。”幻覚を重ねたければ重ねろ”と語りかける。
「そうだね。君たちは悪夢に強い、どんなものを見せられようともまず恐怖を感じない」
ラティランクレンラセオは全員に《悪夢》を見せた。だがそれは人間にとっての悪夢であり、エヴェドリットには悪夢とはならない。
「知っているはずの貴様がどうしてだ?」
「ん? 君たちは戦闘馬鹿だから、間違ってカレンティンシスを殺してしまうんじゃないかと心配してのことだよ」
「……」
「”彼”と僕が精神感応者であることは知っているんだろう?」
「知っているな」
「僕の幻覚は彼を通して君たちに”かける”ことができるんだ」
カドルリイクフはデスサイズを降ろしてラティランクレンラセオから離れる。
「アルカルターヴァには近付くなということか」
「好きにしたらいい。まあ”彼”はあの性格だから、絶対に此処に来るだろうけれどもね」
「貴様とアルカルターヴァが”届く”距離は?」
「結構届くんじゃないかな? 君たちなら解るんじゃないかい? そうでなければ、外部との通信途絶なんてしないよね。まあ途絶しなくたって、他者には傍受ができない方法を使って連絡を取り合うよね」
手を払いラティランクレンラセオに”行け”と指示を出す。ラティランクレンラセオは胸元から治療薬を充填した銃タイプの注射器をディデルエンに投げつける。
「行かせるのですか?」
受け取ったディデルエンは薬を確認することもせず、重傷を負い意識を失っているテルロバールノル貴族に打つ。
「王との交渉はディストヴィエルドに任せると決まっているしな。交渉よりも先に確認することがある。お前たちケスヴァーンターンの”幻覚”を見たか?」
カドルリイクフ以外の五十名全員が手を上げる。
「全員か。では見た内容は? 我は海中に引き摺り込まれ、己の身を原始のワームに食われていたが」
「同じです」
ディデルエンが同意し、再度部下たちが”同じだ”と手を挙げる。
「あの男はこちらの共通部分を知っているようだな。見破られたのではないのが救いか。まあ本当に我等を恐怖させる幻覚を見せられなかった辺り、ロターヌ=エターナではないようだが」
「幻覚を使用でき、ロターヌ=エターナであったりしたら、厄介過ぎますからさっさと殺しますが」
「では姉に伝えておくか。アルカルターヴァが此方に来るのを、できる限り阻止してくれと。…………お前達も近付くなよ」
「ところで本当のことなのでしょうかね? カドルリイクフ」
「嘘でも構わん。アルカルターヴァに接触するのは、交渉担当のディストヴィエルドだ。なにかあっても、適当になんとかするだろう。プライドが高い者同士、交渉決裂は確実だがな」
カドルリイクフは治療薬を打った貴族の脈が安定し、出血が止まったのを見て彼を置き去りにしてその場を去る。
「……」
「どうしました? カドルリイクフ」
「ついて来い」
カドルリイクフたち《エヴェドリット》は殺人に意味はないが、他の王家は意味があることが多い。それが気になっていた彼は、あることに気付いた。
通り過ぎた区画に《ある装置》が設置されていること。彼らには何ら関係のない装置だが、
「どうしました?」
「この近くに人体に有害な放射線を除去する装置があった筈だ」
”人間”には意味がある。
特にいま彼らが探している《奴隷ロガ》にとっては、大きな意味がある。
装置が格納されている場所で、
「無理に引き剥がしたようですね」
装置を覆っている特殊鉄鋼のカバーが剥がされ、装置も破壊されていた。
「誰が?」
「ケスヴァーンターン以外に考えられん。あの男、どうやら《奴隷》を殺害するつもりのようだな……」
「なにを笑っているのですか? カドルリイクフ」
「我等は皇帝を襲撃し、保険として奴隷を誘拐しにきたのだが、結果として我等は奴隷を助けるために動くことになるのかと思うとな」
彼らはロガを生かしてダーク=ダーマから撤退する。その際に放射線がない通路を確保する必要があり、それらを艦が本来持っている装置で補おうとしていたのだが、
「修復できるか? ディデルエン」
皇帝とその伴侶を護るはずの王が、装置を破壊して歩いている状態。
「お時間をもらえれば。一人でも大丈夫ですので、先を急いでも構いませんよ」
「いいや、全体で動く。奴隷は死んでしまったら残念だが……やや計画を変えねばならんな。それにしても、なにを考えているのだ? ケスヴァーンターン」
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ラティランクレンラセオは部下たちがロガを殺害したと信じてはいない。基本的に他者は失敗すると考えてラティランクレンラセオは動いていた。
「実際はそんなことは無いのだけれどね。彼らを遠ざけるのには使えるだろう。カレンティンシス、君は自由には死ねないよ。自殺もできないし、死ににゆくことだってできないよ。でも僕は君に”死ぬよ”って言うんだ。楽しいね」
意識の全面に《キュラティンセオイランサ》を用意して、記憶の防御壁をつくりラティランクレンラセオはカレンティンシスが来るのを待ちながら、今度は僭主を殺して歩く。
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