ALMOND GWALIOR −203
 ザウディンダルは自分の身に起こったことを隠して、テルロバールノル貴族たちに説明をした。隠したかったこと以上に、下手に説明して話が混乱しては困ると考えた為だ。
「ケシュマリスタ王が陛下の警備を放棄して……」
「先程の咆吼はそれが原因か」
「あの、ちょっと待って下さい」
「陛下のことを思えば、気が急いてしまってな。続けよ」
 両性具有が嘘をつくことが苦手なのはテルロバールノル貴族達も周知の事実。
「その時俺は別件で怪我をしまして、陛下と遭遇することに。ケシュマリスタ王が警備をしていたら、俺はそのまま警備の手に委ねられる所だったのですが、周囲に人の気配はなく……陛下は俺に治療を施すために、私室に戻ろうとしたのです。そこに僭主の襲撃がありました。《インペラールヒドリク》と叫んでいたので間違いはありません。発音の感じと、さっきのヤツの感じからしてエヴェドリット僭主でしょう」
 ザウディンダルは事実に沿って、自分の身に降りかかった出来事をそぎ落として、シュスターク救出のために必要なことを語る。
「エヴェドリット僭主であることは間違いない。ビュレイツ=ビュレイアだ」
 襲撃してきた僭主たちはエヴェドリット一族ビュレイツ=ビュレイア王子系統を現す「夕顔の蔓を切り裂く幅の広い剣」の紋を掲げ、自らを隠すことなく正面から攻撃を仕掛けてきていた。
「俺は喋れないように薬などを投与され歩けなくなっていたので、陛下が清掃機の収納場所にあの剣と一緒に俺を隠してくれて、その後咆吼を上げて僭主と交戦を」
「なるほど」
「俺歩けるようになってから、第四副中枢に立ち寄って陛下の咆吼を拾って艦内放送できるようにしたんです。これで僭主やケシュマリスタ王を無力化している間に陛下をお助けしようと。でも直ぐに通信が途絶したんです」
「陛下の咆吼に行動が支配されない下級貴族以下たちの誰かが僭主に与し、権限を与えられているということか」
 通信を遮断する権限を持っている者は限られている。
「はい。それで俺、第四副中枢で陛下を追跡する時、エーダリロクから貰ったコードを使ったんです。ですが今、エーダリロクのコードを使っているのはあのスペーロ。だからヤツの配下に人間がいる筈です」
 話を聞いているリュゼクたちは、ザウディンダルの意見を全面的に信用するわけにもいかなかった。両性具有はこのような場面に投入されたこともなく、元々他人に依存しやすいという面がある。それだけでも簡単に信用することはできない上、ザウディンダルはリュゼクたちとは属する所が違う。帝国宰相以下、皇帝の異父兄弟たちには何度も煮え湯を飲まされている彼らにしてみると簡単には信用できない。
 嘘はつけず騙されやすい性質があるザウディンダルの言葉。
 どこまで信用するべきか? 悩みながらも、言葉の端々から感じる”正しさ”にリュゼクはもう一歩踏み込む。
「ふむ。ところでレビュラ、お前は先程からなにをしておるのじゃ?」
「副中枢を直せるだけ直します」
「理由は?」
「スペーロの目的は副中枢の破壊だと思うんです。副中枢は破壊されると権限が別の副中枢に移行して、残された最後の一つはメインと変わらないような機能を持つと聞いているので」
「……なるほど」

**********


 タウトライバは「任務」に向かう途中第二副中枢前で、僭主と遭遇した。
「……全員退避!」
 この場に留まり副中枢を守る必要もあるが、部下たちを一刻も早く逃がさなくてはならないと、彼の中にある経験が叫ぶ。
「良い判断だ、シダ」
 ビュレイツ=ビュレイア王子系統僭主の掲げる紋に使われている剣を、そのまま取りだしたような巨大な剣を持つ僭主。
「ヴィクトレイ=ヴィクシニア。貴様の背後の第二副中枢を破壊しにやってきた。襲撃計画を立てた男の命令ゆえ、一応は従おうと思ってな」
 タウトライバは任務に必要なプログラムをポケットに押し込み封をする。
 普通の洋服とは違い、軍服は戦闘することも考慮されているので、幾つかのポケットは重要書類が落下しないよう封ができるようになっている。
 タウトライバは軍刀を抜き構える。

―― なんて長さと幅だ

 ヴィクトレイの身長はタウトライバと同じくらい。異父兄弟の中でも最も背が高いタウトライバとほぼ同じで、剣の長さは軍刀よりも60p以上長い。
 背が高くリーチの長いタウトライバは、この手のタイプと戦ったことはあまりない。

―― 皆無でないことが救いだな。あとはこのヴィクトレイがカルニスタミアよりも弱いことを願うのみだが……センスがあったら勝負にもならないだろうな

**********


 ”僭主襲撃に関する作戦”を完全に網羅しているのは、
「イデスア公爵、陛下は?」
「まだ見つかりません。済みませんねえ、団長」
 イグラスト公爵タバイ=タバシュただ一人。
「いいや。急かして悪かった」
 タバイが作戦を独占したかった訳ではなく、連合艦隊の上に僭主取り込みという特殊な任務の為、あまり大っぴらにすることができず、教える人と情報を調整していった結果、網羅しているのがタバイだけという状態になってしまった。
 現在タバイは近衛兵団団長としての最優先任務「皇帝陛下の安全確保」の為に、聴覚が探査機として使えるビーレウストと共に艦内を移動していた。
「高エネルギー反応を見つけましたが、どうも陛下と違うような。でもこれはかなりですぜ」
 ビーレウストは聴覚を保護しつつ捜索できるエーダリロク製作の試作品を用いて、周囲を探る。
「高エネルギー? どれ程だ」
 第二副中枢を指さすビーレウストにタバイが尋ねる。
 ビーレウストが頭に被っているのは銀色で、そこかしこで光りが点滅している。一見すると子供が喜びそうな玩具にしか思えない。単純で安っぽく見えるそれに付いている”つまみ”部分を回して、携帯している艦内マップと合致させ、拾ったエネルギー値をも周波数を合わせる。
「えーとですね。この音からすると、第八段階かな」
「第八段階? 異形か」
「そうですね。どうします?」
「私が行ってくる。イデスア公爵は探索を続けてくれ」
「解りました」
 駆け出したタバイを見送るでもなく、さっさと別方向へとビーレウストも駆け出し、他の高エネルギーを探す作業を再開する。

 ビーレウストが現在装着しているエーダリロクの試作品は《ベメテ》という。ビーレウストの愛人であるアルテイジア・ベメテが被検体となり作成された”過去、見捨てられたシステム”の一つであった。

※ ※ ※ ※ ※

「さて。少し我輩に付き合いなさい、アルテイジア」
 皇君は手を叩き侍従を呼び、
「新しい炭酸水と、アルテイジアの為に薔薇水を用意しなさい。そして椅子も」
 召使いたちが一斉に部屋へと入り、帝婿用のソファーを運び出して、アルテイジアが座るための椅子を置く。
「さあ、座りたまえ」
 二人は話すこともなく、向かい合い飲み終えた後にアルテイジアは、
「では我輩は出かけてくるよ。君は好きな時に戻りなさい」
 椅子から降りて、頭を下げて皇君を見送った。
 アルテイジアは暫く窓の外を見つめる。

”今日はガーベオルロド公爵閣下は、皇君殿下の元にお出でにならないのかしら……そう言えば”幽霊”の噂していた召使い姿が見えない……どうしたのかしら?”

※ ※ ※ ※ ※

 そんな伯爵殿下は、人が寝室に入ってくることを嫌う。そして入ってくるなと命じたのに、入ってきたものは、容赦なく殺す。
 王の命だとか関係ない。殺し目覚めた後に命令を知り、寝室を後にする。
 子供であろうが、老人であろうがお構いなしだという。
「なんだ? アルテイジア」
 でも私は逃れられる。
 私がセゼナード公爵殿下の研究に必要な”物”だから。


※ ※ ※ ※ ※

『お喋りですので、噂話が主ですね。そんな中、ある召使いが”この頃、皇君宮で幽霊を見る”と言い出しました。その召使い以外にも見た人はいたようですが、その召使いが最も口が軽かったようで、あちらこちらに言い触らしていました。そうアルテイジア殿にまでね』
「はうはう」
 幽霊話は何処にでも”つきもの”で、珍しくはない。あまりに吹聴してまわると叱られる事もあるが、
『その口の軽い召使いが、殺害されたようです』
「誰に」
 殺害されることは”稀”だ。


※ ※ ※ ※ ※

 助けたキュラから ”あらまし” を聞き、騒ぎの一端を帝君宮に居を許されている者の責任としてアルテイジアから聞いた。

※ ※ ※ ※ ※

 問題がなにかは解りませんでしたし、尋ねる事もしませんでした。
 私が重用されるのはこの無口なところにあることは、伯爵もご存じでしょう。あら、ご存じありませんでしたか? 私は無口ですので、非常に重宝されているのですよ。
 それは確かに伯爵相手では良く喋りますよ。喋るように王子が命じたのですから、従っているのですよ。


※ ※ ※ ※ ※

―― いたのか。声をかけろ……といっても無理だな。下がれ ――

 私でなければ殺されていたでしょうね。


※ ※ ※ ※ ※

 アルテイジアは生まれた時から喋ることができなかった。声帯と脳の一部に破損があり、彼女が生まれた惑星の医療技術では治療不可能で、別の医療の発達している惑星に向かう途中で海賊に襲われて家族を失った。
 彼女は声がでなかったので、戦利品として連れて行かれた。声が出ない女ならば、余計なことを喋ることもないという理由で。
 基本エーダリロクがいる区域は宇宙で最も医学が発達している区域であり、爬虫類を捕るために遊びにゆく先は人もいないような区域が多い。
 結果アルテイジアのような存在と遭遇することは稀。
 エーダリロクの立場があれば”欲しい”と命じれば幾らでも手に入るのだが、命じたが最後役人がエーダリロクが許可していないような強権を発動させて人狩りをしてくるのは火を見るより明らか。それに《今すぐ研究しなくてはならない!》というものではなく、既にシミュレータで試作品はできており、それを装着してもらうだけなので、焦ってもいなかった。
 そんなある時、僭主を刈る帰り道に《希望の被検体》を見つけて回収してきた。それがアルテイジア・ベメテだった。
 アルテイジアは生まれつき喋ることができない。その彼女に装着させた《ベメテ》の機能は「喋りたいものだけ喋ることができる」というもの。
 昔から喋る事が困難な人々はいた。それを補佐する補助器を作ってみたのだが「喋りたいこと」と「思っているだけ」のことの判別が上手く付かず、内心が漏れてしまう機械が出来上がってしまった。それ自体は脳内から情報を引き出す機械として研究が続くが、補助器としての研究はそれで終わり。
 以降は医学の発展による治療で全てが解決した。
 その研究終了した補助器、一定の成果はあった。それは《元は喋ることができたが、何らかの怪我により喋る事が出来なくなった》という人であれば補助器は上手く使えたのだが、生まれた時から喋ることができなかった人には上手く発動しなかった。
 エーダリロクはある研究の途中、この廃棄された研究に行き当たり「もしかしたら使えるかもしれない」と、昔捨てられた技術を彼らが描いた形に仕上げて、アルテイジアに装着させてみた。
 王子の愛人が装着していても違和感のないアクセサリー型の補助器。
 話したい際はその補助器がアルテイジアの代わりに喋ってくれるようになっている。彼女が言いたくはない、心中に留めておきたい感情が漏れることもなく。

―― とても使い勝手がよろしいです
「そいつは良かった」

 ただアルテイジア、普段はそのアクセサリーを外しており《喋ることのできない愛人》を通していた。ビーレウストの愛人にしたのは此処が大きい。
 被検体であることを隠すためにの愛人。”音”に対して異常を通り越し、狂っている程敏感なビーレウストの愛人としてこれ以上ない程に相応しい。
 アルテイジアが機器を付けて話す相手はビーレウストとエーダリロクだけで、他の人相手には決して話すことはない。例え機器を付けていても、心で思うだけで他者と会話することはない。命じられたことには頷きで、筆談で答えるのみ。
 この研究成果を元にエーダリロクは来るべき襲撃、そう現在の襲撃の際に使える装置を開発して団長に見せてビーレウストに渡しておいたのだ。

「こっちか……行ってみるか!」

 ビーレウストの高性能過ぎる聴覚を殺さぬよう、補佐できる器械を。

**********


 タウトライバは自分の視線が下がっていくことで、両足を失ったことを理解し、手を伸ばして体が叩き付けられることを避ける。
「みたこともない義足だな」
 両足を切ったヴィクトレイが切り口を観て感想を述べながら、大剣を掲げる。タウトライバを脳天から真っ二つに切ろうと構え、そして振り下ろす。
 逃げるのは不可能だと覚悟を決めるしかないか……そう思ったタウトライバの前に、黒い影が現れ体を掴み大剣をかわした。
「タバイ兄!」
「無事のようだな、タウトライバ」
 太股を中程から切られたタウトライバだが、義足の為出血などは一切なく、命その物には危険はない。
「その格好、近衛兵団団長閣下か」
 たおやかで優しげな第四代皇帝プロレターシャと瓜二つのヴィクトレイの顔だが、笑うと第四代皇帝の姉であり第三代皇帝ダーク=ダーマの好戦的な物に良く似ていた。
「その剣は……放射線か」
「ほう、これに気付くとは。団長閣下も異形か」
「……」
 ヴィクトレイは命令を出した男を信用せず、自ら回復役となる放射線の塊を持ってこの艦に飛び乗った。
 人造人間は放射線に強いが同時に”鈍い”
 人間の空気と大差ないくらいの認識なので、当然と言えば当然。違うのは放射線が無くても死なないことくらい。
 ただ人造人間の一部には放射線を”嗅ぎ取る”能力を持つ者がいる。それが”異形”
「副総帥が部下たちを逃がしたのは良い判断であった。我の”これ”が発する放射線の前では、軍服の防護機能も無意味」
 タバイは話をしながら周囲を探り、持っているタウトライバを「ダクト」が通っている壁に向けて投げつけた。壁を破壊しダクト筒も破壊する。兄の意図を理解したタウトライバは腕を使い投げつけられた衝撃を弱め、ダクトから飛び出さないように落下してゆく。
「落下先に強敵がいたらどうするつもりだ?」
 ヴィクトレイの問いに、タバイは頭を振る。
「お前よりも強いのは、いたとしても後一人だろう。その一人は陛下を狙っているはずだから、ダクトの先にはいない。お前より弱ければ、弟ならば足が無くとも逃げ切れる」
「その通りだ団長閣下。皇帝襲撃部隊で我よりも強いのはただ一人。我が兄ザベゲルン=サベローデンのみ」
 右手で構えタバイに突きつけていた剣を左肩上へと上げ、副中枢目がけてヴィクトレイは大剣を投げつける。承認システムが必要な隔壁を破壊し、コンソールに突き刺さる大剣。
「仕事をしてからでないと楽しめないのでな。これで我が下された命令は完遂した。さあ、団長閣下、勝負だ!」
 やや前屈みになり駆け出してくるヴィクトレイ。黄色の左目の輝きに、

―― これが、ハネスト=ハーヴェネスが言っていたザベゲルンの……

 タバイは会話も交わしたことのない、遠くから見た事しかない”母親”を思い出し、
「顔面破壊といこうか」
 憎しみを込めて右顔面に拳を叩き降ろす。顔の骨が砕け、肉がそぎ取られたヴィクトレイの顔だが、
「この顔は見た目よりもずっと治りが早いぞ、団長閣下。さあ、誰に向けた憎しみかは知らんが、お前が強くなるのであれば、もっと恨むがいい憎むがいい」
 ヴィクトレイは腰を落として足を開き腕を構える。

―― カドルリイクフ。ダクトには近付くな、タウトライバがいる。戦闘力は削いだ。これで艦橋に戻らなければトリュベレイエスもやり易すかろう


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