ALMOND GWALIOR −205
《犬の領地?》
「そういうこと。ここは后殿下が飼ってたボーデンに与えられた領地」
僭主が襲撃場所に選んだポイントは、現在ボーデンの領地となっている。
この箇所で襲撃されるのは、帝国側はほぼ掴んでおり、僭主側も掴まれていることはほぼ解っていた。それでも此処を選んだのは、掴まれている可能性を考慮しても、此処以上のポイントが見つからなかった為。
現在は正妃ロガの飼い犬ボーデンの領地となっているこの区域は、一年程前までは皇帝が直接支配している形となっていた。
皇帝から領地を拝領する皇王族が激減したということもあるが、領地を下賜することは同時に治安維持用の軍備を持つことを許可する必要がある。
暗黒時代以来治安が安定しておらず、僭主もまだ跋扈している状態なので軍備は当然相応の物となり、結果として暗黒時代の再来を招くとして、ほとんどの領地は皇帝直轄領となっていた。
実際支配しているのは帝国宰相デウデシオン。彼に対して、《この場所は皇帝を帝星から引き離し、両方を同時に襲うに最も適している》とザセリアバは挑発した。
デウデシオンは自分の精神の脆さと、皇位を求める感情があることを理解しており、ザセリアバやランクレイマセルシュは、その意志があるかどうかは知らないが、挑発することでデウデシオンの立場を悪くしようと動く。
そんな折り皇帝からの命でボーデンに領地を与えることとなる。
この危険な場所が犬に与えた領地であれば、一応はデウデシオンの支配下ではなくなるので、それで体裁を保つことにした。
もちろん統治そのものはデウデシオンが行っているのだが、責任者が「ボーデン」であり、皇帝がこよなく愛する后の愛犬である以上、王二名はそれ以上の追求はしなかった。
その曰く付きのポイントだが、最大の特徴は近くに軍事拠点がないこと。だからこそ、皇帝親征の際の道に選ばれた。帝国領は普通王国軍の通過は許されないが、数少ない例外として皇帝親征に従う場合は許可される。
ボーデンの許可が必要なことだが、そこは帝国宰相が全てを取り仕切り、帝国軍と王国軍の混成部隊が帰途についていた。
《この領域に軍隊はないのか?》
―― 軍隊はあるぞ。先の会戦で陛下を救出したボーデンの艦隊が、そのまま滞在することになって帰還途中で別れた
先の会戦、皇帝シュスタークの初陣の際に、敵のシールドを破るために、シュスタークはキーサミーナ銃を撃つことを決め、単身宇宙に立った。
反動制御などない銃を放ち、予想外の出来事に遭遇して救助部隊の手をすり抜けてゆき、あわや宇宙で《迷子》になるところボーデン艦隊に救われた。
(ボーデン艦隊ではなく、救助移送艇という見方もあるが、後方に救援専門のボーデン艦隊があったからこその救助移送艇なので、ボーデン艦隊の功績と数えられている)
犬に艦隊を与えるという狂気じみた命令を出した皇帝シュスタークだが、当人は然程重く考えておらず「お供してもらうのだから」と、何時も通り腰を低く出した命令であった。
《ところでその犬は?》
ザロナティオンには決して出す事ができない、平和ぼけしたような命令だが、何時までも精神を尖らせてばかりの支配者でも良くは無かろうと。なにより今は自分が支配しているのではないからと、自らに言い聞かせ納得させる。
「解らないけど、無事じゃないかな? とは思う。救出の優先順位はかなり高かった。王弟の俺よりもボーデンのほうが上」
《なるほど。王よりは下だが、王弟よりは上か。ならば無事であるかも知れんな》
「無事だといいよな。后殿下もそうだが、ボーデンも僭主襲撃に巻き込まれる必要なんてないのに……まあ后殿下はこの先そうも言ってられないだろうが、ボーデンはそもそも后殿下の友人の飼い犬だっていうし」
《そうだな》
**********
”王弟よりも優先順位が高い”ボーデンは、ミスカネイアと共に皇帝の私室にいた。
普段は大勢が控えている部屋だが今は誰もおらず、慣れない武装をしたミスカネイアが緊張の面持ちでボーデンの隣にいる。
一人と一匹は、先程ザウディンダルが室内システム復元に使用したロガの辞書のすぐ傍におり、ミスカネイアは特にする必要もないのに、扉が開くかどうかを確認して、銃を構えて誰もいないと解っている部屋へと向かったりしていた。
緊張の糸が切れぬよう、だが張りきることはないように ―― 夫タバイの言葉を思い出して、何度目かの深呼吸をする。
緊張と恐怖が支配する空気だが、ボーデンは何時も通り丸くなり寝ていた。
「外の状況が少しでも解れば……」
**********
「外の状況が少しでも解れば……」
タウトライバは空調濾過システムの《ごみ》置き場で目を覚ました。
タバイに投げつけられダクトを落ちた際、自分が予想していた以上の衝撃であったことと、義足の生体接合部分が「脚」を失ったことにより、保護モードに入り体の自由がきかなくなり体を強かに打った。
強打した箇所が運悪く接合部分だったため、保護モードが更に強化され意識喪失にまで繋がることになった。
気を失っていた時間を確認すべく、腕時計を見ようと手を上げて顔の前へと持って来たのだが、
「……混乱しているのか」
時計の文字盤は見えているのだが、理解できない。
頭部の強打により脳が破損し、
「もう少し待てば、治るだろう」
軽度の障害が出ていた。人間であれば深刻な事態だが、人造人間の彼らは”速さ”の違いはあれども自然治癒は可能。
「あ、あー。私の名前はタウトライバ・ポーリンクレイス・ウェルスタカティアで、妻の名はアニエス・カンザー……あれ? 息子のなまえは……エルティルザ……エルティルザ……私が妻子の名前を言えないなんて、かなりの重傷だな。ははは……」
舞う塵と乾いた笑い。
タウトライバはなにかを考えていないと、意識を失ってしまいそうだと、作戦の反芻を始めた。
「僭主の襲撃ポイントは、エヴェドリット王が言っていた通りで、この襲撃の作戦は……襲撃開始すると同時に陛下を警備のケシュマリスタ王が、后殿下をザウディンダルが連れ出す」
襲撃ポイントが「ここ」だと解っていたので、警備配置を一任しているタウトライバが、遠ざける人員をまとめていた。
シュスタークとロガ、そしてザウディンダルは言うまでもないが、ラティランクレンラセオは「王」なので即座に安全を確保させると共に、敵との交渉をさせないためにも素早く退艦させる必要があった。ラティランクレンラセオが僭主に協力すると厄介。帝国側の指示に従わせる為には「皇帝の命令」以外の方法はない。
《皇帝側》の作戦はそうであったが、ラティランクレンラセオにも作戦があり、事態は混乱の一途を辿っていた。まだその事にタウトライバは気付いてはいない。
彼は、
「えーと。私はなにをするために、あ、どこへ……」
頭部の割れるような痛みと、戻ってこない記憶に遠退く意識。口内にはりつく塵と、肌が感じる緊張。動く手で自分の残っている上半身を触り、胸元のポケットの感触に自分の任務を思い出す。
「そうだ、わたしは、ブランベルジェンカおりじん……ちがう、おりじんはにいさんの……」
―― タウトライバ、どうしたんだい? いたいのか? いたいのいたいのとんでいけ ――
”本来”この任務につく筈であったキャッセルの笑顔に、頭の痛みも熱も忘れ、同時に意識がはっきりと戻って来る。
「……プログラムは無事だな。僭主が異形であることを掴んでいたので、空調設備が制圧され、放射線がばらまかれることは想定されていたので、放射線除去とその他システム復元を行うために、陛下と護衛の機体がある機動装甲格納庫へと向かい、ブランベルジェンカ105の動力を使いシステムを奪還して、艦橋に戻るのが任務であった」
敵の種類も解っていたので、敵がなにを持って来るかも想像が付く。
システムを奪われることを阻止するよりも、最低限を確保することを優先し、何よりも早く皇帝と后を脱出させることを決めていたのだ。
本来格納庫へと向かい、プログラムを流すのはキャッセルの任務であった。皇帝護衛用の機体「ブランベルジェンカ105」を使いプログラムを流し、同じ場所に格納されている皇帝の機体「ブランベルジェンカIV」に搭乗し、既に脱出している皇帝夫妻の護衛をし戦線を離脱する。
だがキャッセルは会戦で負傷し作戦から外れ、機動装甲には搭乗できないタウトライバがプログラムを流す任務についた。
「クルフェル……クルフェル……まだ耐えているな。よし、まだ待機だクルフェル」
自分が知っている作戦を思い出し、妻子のフルネームを心の中で呟いて、
「タバイ兄、無事かな……」
時計を見て自分が意識を失って記憶を取り戻すまで、十二分近く要したことを”理解”して、両手の平を付き体を起こそうと力を入れた。
「……?」
頭上のダクトから落下してくる音と、聞き覚えのある声に動きをとめる。
「いてっ! げふっ……ここ、空調に混じった塵の……兄貴? タウトライバ兄!」
落ちてきたのはザウディンダル。片手に皇帝の剣、片手に先の会戦で暴走した清掃機を持っている。脱出している筈の弟であり妹が落下してきたことに驚いたタウトライバであったが、
「ザウディンダル。私を艦橋に連れて行ってくれ」
動くことが先決と、ザウディンダルに声をかける。
「解った! さあ、背中に」
**********
”そっくり”な相手に行動を制限されてしまったエーダリロクは、副中枢に向かうことを諦めた。当初はカレンティンシスからの「放射線をどうにかしろ!」という命令を受けて、副中枢の一つに向かった。
どれか一つの副中枢に辿り着けたら、空調を完全に支配する自信はあったのだが、移動の自由が制限されていたので、
《用意がいいな》
「当然」
エーダリロクは「万が一のための拠点」へと入り、作業を開始していた。エーダリロクのコードを奪った相手は、システム副中枢に何度も足を運んで「エーダリロク」の侵入を弾いている。だがそれ以外の所は、重要視しておらず割合自由に動くことができる。
確かに重要な区画ではないが、何も出来ない区画ではない。
現在エーダリロクがいるのは「隔離室」
故障した機械が集められる場所で、先の会戦で暴走し近衛兵などにより破壊された「S−555」が、次の会戦までに”誤作動せず”使用できるよう改良するために、多数持ち込まれていた。
「あの混乱の後に、様々な機器を運び込んだ」
エーダリロクはそれらを直すと同時に、用意しておいた付属品を設置し、動作プログラムを注入していた。
S−555はもともと掃除用の機器なので、空調制御能力もある。拭いた時に塵が舞ったりすることを考えて、空気を吸い込み清浄化して放出するという、市販の掃除機にも使われている物。その機能を使い、内部に緩和装置を取り付けたのだ。
《だが何故、緩和装置なのだ? お前なら完全除去も可能であろう? エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
「それね。……俺はこの襲撃を知ってた」
《それは知っている》
「僭主側に異形がいることも聞いていた。でも后殿下の着衣は放射線防護”ではないのを使用する”ように指示を出した。理由解る?」
《解らんな》
「放射線を全艦にばらまかない用にする為だ。安全地帯を作るために、敢えてそうしてもらった」
《交渉か》
「そういうこと」
僭主戦の全てを知るザロナティオンは、エーダリロクが言わんとしていることを即座に理解した。理解していることを問い質す余裕はないので、もう一つの疑問に関して尋ねる。
《どうして通信を回復しない?》
エーダリロクが隔離室に辿り着いた頃、すでに艦内機能の大半は僭主の手に落ちており、ダーク=ダーマ内の通信も、他の艦への通信も不通状態になっていた。
「ああ、それね。その分野は俺の専門で、あんたの得意じゃねえもんな」
エーダリロクの能力であれば、それも回復出来る筈だろうとザロナティオンは考えた。だがエーダリロクは此処で、緩和装置の装着と、プログラム注入の間に、携帯というには些か大きすぎる”葛籠”のような通信機を作りはじめた。
「こいつは通信機じゃなくて、通信補助機な。これだけじゃあ通信できない、通信機に接続することで、外部通信を可能にするもんだ。それでまあ、あんたに高く評価してもらっている俺の能力だが……通信回復は可能だし自信もある。だが勝負になる、それも持久戦」
《勝負?》
「僭主はダーク=ダーマのシステムを乗っ取るプログラムを組んで、実際に乗っ取った。このことから相手にも相当の技術者がいると見て間違いはない。そして恐らく、そいつはダーク=ダーマ内の機動装甲格納庫にいるはずだ。でもそいつに手を出さない」
《なぜだ?》
「あとで説明するよ。とにかく僭主側の技術者が乗り込んできて来ている以上、単純なプログラムじゃあ対応できないし、プログラム流しっぱなしで出歩くわけにも行かない。相手がこちらの出方を見て、組み直して来る可能性も高い。そうなると俺は居座ってその場でシステムと勝負し続ける必要がある。相手の構築ミスを見抜いて、こちら側から勝負する。嫌いじゃねえが、この場でその勝負をしている余裕はねえ」
《簡単に勝利することはできないのか?》
「勝てるかもしれないけれど、簡単に勝つのは無理だろ。ここまでシステムを乗っ取れる相手だ、最低でも俺と同等くらいと考えておくべきだろ」
《それでは帝国で相手をできるのは、お前だけだなエーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
「そう言ってくれて、ありがとよ。それで勝負するより上手く使った方が良い。俺が調べたところ艦内の通信システムは破壊されてはいないんだ」
《破壊されていないだと?》
「そう。通信システムを全て破壊していたら、俺はここで単独通信機を使って艦橋に持って行って”これで連絡取れ”って置いてくる」
《……妨害しているのか?》
「そういうこと。妨害というより、通常《外側》に向かう通信を《内側》に向かせてるって言ったほうがいいかな。そして《外部》からのコンタクトを受け取らないように、全てが閉じているんだ。システムを破壊していたら、こんな細工はできない。システムその物を乗っ取って、言葉はおかしいが有効利用しているんだよ。ダーク=ダーマの動力を破壊して機動装甲の動力を使用して、通信に逆作用するプログラムってわけだ」
《なんとなく解ったが》
「俺が作ってる補助機は、僭主が持って来たプログラムを使用するんだ。だから動力源になってる格納庫向かいたくないし、組み替えられても困るというわけさ」
《ほお……この短時間で、よくそんな仕組みを作れるな》
「特別な機能じゃねえ……って言うより、失敗作の有効利用だ」
物理バリアに付随した透過機能遮断機能。遠隔画像撮影の透過機能も基本は”通信”
「こいつを”ちょっと”弄ってやるだけで、僭主の隙をつくことができる。通信機に繋ぐのは、僅かに残っている動力を拝借するためだ。僭主はシステムを乗っ取っている以上、通信機は完全に機能を失っている訳じゃない。現在通信を手に握っている僭主側は、これで状況確認なんかをしているはずだ」
《これは実用化されていない物だから、僭主も尻尾を掴み辛いというわけか》
「ああ。改良を任されたのは俺だったから、この原理に関しちゃあ完璧。まずは俺が試してみるけどな……テルロバールノル王にシステム管理者の権限を譲渡しろって言ってみる」
《なるほど。それと……お前先程から何を作っているのだ?》
エーダリロクは既に通信補助機を作り終えて、もう一つ”なにか”を作成し始めた。
「あ、これ? こいつは補助機の存在を隠すための装置だ。僭主は俺の真の情報は知らないだろうが、技術者としての能力は理解しているだろう。となれば、俺が何もしないのはおかしいと感じるに違いない。そう感じて、通信システムに入り込んでいるのを見つかったら元も子もない。これは簡単な機能だから、すぐにブロックされちまう。だから誤魔化すために作った」
《外部連絡用の補助機?》
「理論が違うんだ。艦内システムを使うもんじゃなくて、小型艇を対象としてる。小型機の送信受信量はダーク=ダーマ艦橋に比べると”小さくて簡略化”されている。ダーク=ダーマは帝国軍の司令塔だから情報の送信受信量は桁外れだ。桁外れだから、一度捕らえられると逃げ出せない。でも小型の移動艇への情報量は小さいから見落とされる。むしろそれを見落とすようにしないと、乗っ取れなかった筈だ。この辺になってくると説明聞いても解り辛いだろうから省略させてもらうけどさ、俺はまず港を確保させて、小型艇で通信しろとカレンティンシスに知らせると共にシステム権限の譲渡交渉をする。権限をもらえたらそのまま中枢に向かうけど、もらえなかったら、通信補助機を持って艦橋へと向かって渡して次の行動にうつる。カレンティンシスは詳細を艦橋にいるバールケンサイレ大将に知らせるだろう」
バールケンサイレ侯爵メリューシュカが艦橋にいることは”確実”だった。
彼女ほどこういった場合に強い将校はいないことは、誰もが知っている。
《了承した》
「装置は背負って歩く。ヤバイ敵が出たらあんたに変わるけれども、装置は壊さないでくれよ」
《確約はしないが、最善の努力はする》
プログラムが注入され、機能が搭載されたS−555改は空調ダクトへ次々と消えてゆく。その姿を見送り、
《それにしても空調ダクト、絶妙な幅だな》
ザロナティオンはしみじみと語った。
「まあねえ」
空調ダクトな内部を”十s以上のタンパク質”が通過すると、防御機能が働き回収する機能がある。強力な機能ではないが、人間ならば充分殺害することが可能。
その程度の防御機能ならば、回避することが可能な人造人間の殆どが通り抜けられない作りとなっている。
《私であれば、簡単に通過できたのだが》
「あんたの体の大きさと能力なら、たしかに簡単だろうな」
《ところで、本当にここを通り抜けられる僭主はいないのだな?》
「いないとは言わない。異形で機動装甲がいるってことは幼児型がいてもおかしくはないからな。でもまあ、心配する必要はないだろ」
《なぜ?》
「いたとしたら、大宮殿を襲う部隊に入っているだろう。艦隊に幼児はいないから、目立ちすぎる。なによりシステムは幼児形態を見逃さないように組まれている。子供を連れ込んだりするのは、よくある犯罪だからさ。この性重犯罪辺りはメイン中枢が管理しているから、幼児型は除外してもいい」
《なるほど……》
ザロナティオンは改良され走り出したS−555が消えていったダクトを見て、通れる人物に思い当たった。
《ザウディンダルはどうだ? あの女王の肩幅と腰回り、そしてあの運動能力であれば通り抜けられるのではないか? 事実何度か放送が入った所から考えると、それが最も適切のような気がするのだが》
ザロナティオンの予想は半分は当たっている。
「あーそうかもな。防御機能切って移動してないだろうから、危険だなあ」
エーダリロクとザロナティオンはザウディンダルが《皇帝の剣》を持って、垂直のダクトに指をかけて必死に移動しているとは考えもしなかった。
「激突しないでくれよ、ザウ……それにしても艦隊の動き悪いよな」
《こちら側のか?》
「そう。シダ公爵が指揮してないんだろう。攻めに転じないのは問題ないが、守りが甘い。僭主艦隊の陣頭指揮官をこちらの懐に入れたくないんだよな」
《エヴェドリットの陣頭指揮は珍しいものではないが、なにが困るのだ?》
「通信が途絶して僭主が強襲してきて、艦隊が攻めてきた。間違いなく襲撃部隊の指揮官と艦隊指揮官は双子だ。絶対に他者が傍受できない二人の通信に気付かれないように、通常通信を途絶したんだろう」
《お前に気付かれているではないか、エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
「そうだな。まあラティランクレンラセオもダーク=ダーマにいるから、僭主が遭遇することを期待しておく。俺に幻覚能力があったら最強なのにな」
ラティランクレンラセオは考えていることを無理矢理伝える事が出来る能力を持つ。その反対にある、相手の深層を勝手に読むことができる能力を《ザロナティオン》が持っている。敵の深層に辿り着ければ、《双子》が誰である解り、その該当者を行動不能にすることもできる。
《それは間違いなく最強だが、ロヴィニアたるお前が無い物ねだりをするとは、現状は芳しくないようだなエーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
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