デウデシオンが搭乗している機体が落下した。
ホールの中心部ではなく、クレメッシェルファイラの焼けた痕の上でもなく、壁を覆うような巨大なパイプオルガンの残骸に背中から突っ込んだ。
ホールの破壊後、風雨に晒され草木に浸食されていたパイプオルガンの最後の奏で。周囲の全てをかき消す音ではあったが、デウデシオンの耳には届かず、目を覚ますことはなかった。
―― クレメッシェルファイラ
「私、行ってきます!」
上空に待機していたバロシアンは、たまらずに艦橋を飛び出して移動艇格納庫へ向かった。
「……エルティルザ」
『はい。セルトニアード叔父さん』
「いま、バロシアンが移動艇で救助に向かう。地上に降りるまでの援護を頼みたい」
『解りました』
セルトニアードがエルティルザに依頼していると《また》画面に新たな敵影。
「ジュゼロ公爵閣下。エヴェドリット軍と現在ロヴィニア軍と交戦している僭主艦隊と同型の艦が幾つか、凄まじいスピードで迫ってきます」
足並みを揃えて進軍するのではなく、早い者勝ちといった雰囲気で迫ってくる僭主艦隊。味方に引き入れたものだろうとセルトニアードは理解し、彼らに現在交戦中の僭主艦隊との交渉を依頼しようとしたのだが、
「先行部隊か。通信を開……」
それをする前に、
「ジュゼロ公爵閣下。帝星の防衛本部より伝達!」
また厄介な事案が飛び込んできた。
「一体何が起こっているんだ」
セルトニアードは次々と起こる事態に、やや混乱気味だった。
―― こんなことが起こるとは、思っていなかった ―― 正直な気持ちは”それ”である。セルトニアードも計画通りに《ジルオーヌ計画》が進むとは思ってはいなかったが、いまは「本当に計画が成功したのか? 半分以上でも成功しているのか?」と思う程、計画書とは違う状況になっている。
だが計画通りではないと漏らすわけには行かない。この状況が計画であると、語ってはならないのだ。
「防衛本部からなんと?」
**********
バロシアンが移動艇に乗り込み、帝星に向かうと聞いたランクレイマセルシュは、ひっついて移動すれば護衛付きになると、自分の移動艇も動かそうとしたのだが、
「駄目ですよ」
まだ身体に穴が空いた状態のハイネルズに片手で止められていた。
「貴様に私を拘束する理由はないだろう。私は本来は自由であって、守られているだけだ。バロシアンが帝星に降りるのは好機。なにより帝星は帝国宰相が不在で、混乱しているのだから、陛下の外戚王である私が降りて収拾を付けねばならぬ」
「ヴェッティンスィアーン公爵殿下。一生懸命喋っても、私は一つくらいしか聞かないので無駄です。誰がロヴィニアの説得を真面目に聞きますか。そして今お話してくれたことは、金は正義! でしたよね」
身体能力で劣っている以上、対話という名の詭弁で説得しなければランクレイマセルシュには勝ち目がない。
「お前という男は!」
「ハイネルズデース! デース!」
ロヴィニア一族でも充分やって行けそうなハイネルズ。
ただランクレイマセルシュを止めておく権利や権力はハイネルズにはない。当人もそのことは解っているので、時間稼ぎをしていた。
決定的な”足止め”を得る為に。ハイネルズは”ランクレイマセルシュ殿下を帝星に降ろしてもいいですか?”と帝星を人知れず守備している父デ=ディキウレに連絡を入れており、
「……お、殿下ちょっとお待ちください。ただいま父上から連絡が」
その返事が今返ってきたのだ。
画面に現れる《ただいま工事中》の文字と、腹立たしい工事中のイラスト。
『初めましてではありませんが、初めまして。私ハイネルズの父親デ=ディキウレでございます』
「……なっ!」
あまりにも自分にそっくりな声と口調に、ランクレイマセルシュが驚く。
その驚きが見えていないのか? 無視しているのかは解らないが、
『殿下は地上に降りては行けません。ハイネルズ、しっかりと拘束しておきなさい』
「なんだと!」
『はーい。罪状はこ・れ』
工事中の画面に映ったのは、数字が書かれているノート。
「父上、これはなんですか?」
ランクレイマセルシュには見覚えがあった。
『脱税の裏帳簿だよ。ははは、税金払って下さいよ。追徴課税いきますよ。というわけで、そこで拘束です。ほら、帝国宰相閣下からの拘束令状』
まさかこのタイミングで、脱税がばれて逮捕になるとはランクレイマセルシュも思ってはいなかった。
穏便に適当に地上に降りられないと解ったランクレイマセルシュは、
「おい! ザセリアバ!」
『なんだ』
「助けろ」
地上に降りてデウデシオンが意識を取り戻すまでの間に、色々としたいことがあると、動けないザセリアバに対し言外に「アシュレートを貸せ」と言うが、
『だから脱税するなって言っただろうが。自業自得ってやつだ。おい、アシュレート。早く我を回収しろ』
ザセリアバに完全に無視された。
アシュレートもデ=ディキウレの「脱税」なる単語に、帳簿を見なくても完全に信用。誰も彼もが「ロヴィニア王だからな」と。
最良のタイミングで足止めに使われた脱税行為。
『帝国宰相を褒めるしかあるまいな』
アシュレートが回収部隊を派遣しながら、
『バロシアンは撃たなくてもいいか? 撃てば治療が遅くなり上手くすれば……だが』
大気圏に向かうバロシアンを指し示す。
『構わん。ハーダベイが向かわんでも他の奴が向かうだろうし。それに、お前ハーダベイを撃ち殺したくはあるまい。我とてハーダベイを殺すのなら、直接殴り殺したい』
王族兄弟が物騒なことを言い合っている中、バロシアンは着陸管制が沈黙してしまった帝星の空に入り、着陸目指して手動用の操縦ハンドルを握った。
**********
本来ならばバロシアンの着陸を許可するはずの防衛システム管理室は、それに割く人員も装置もない状態。装置は”有る”には”有る”が、稼働していないので”ない”と表現してもおかしくはない。
ジルオーヌ計画も最終段階に突入し、防戦一方だった皇王族も帝国宰相側がなにを目論んでいるか? 理解し、部隊を作り籠城、応戦する者も現れた。
これらを全てを残り四日間で全て決着をつけなくてはらない。
「陛下を襲撃した僭主艦隊の一部が、エヴェドリット軍と混在しているところをみると、投降した人たちでしょうね。現在交戦中の僭主艦隊の説得は彼らに任せて。エダ公爵、帝国宰相閣下の救護に向かってください」
システムが稼働せず、ロヴィニア王が捕まり、帝星に降りる許可を帝国宰相からもらう必要があるエヴェドリット王に、その許可を与えることの出来る帝国宰相は意識喪失で、連絡がつかない。この現状からメーバリベユ侯爵の手持ちのカードはあと僅か。その僅かを回復させるためにも、帝国宰相を回復させる必要があった。
命令されたエダ公爵は「もうこんな防衛システムが死んでしまった管理室を襲う奴等もいないだろう。精々ここで出来るのは外部通信のみ。これを回復できる自信のあるセゼナード公爵みたいなのが来たら、任せて直したあとに暴力で奪い取ればいい」と判断し、室内にあった救護用セットを掴み管理室から出ようとしたのだが、
「わか……全員、隠れろ!」
エダ公爵は持っていた救護セットを投げ捨てて、メーバリベユ侯爵を庇いつつ叫ぶ。
反応できなかった者の方が多かったが、負傷者はなかった。
「僭主……」
システム管理室に飛び込んできたのは、ジャスィドバニオン。
彼は周囲を気にせずに、通信機へと大股で近付き「皇帝襲撃艦隊」に呼びかける。
「ジャスィドバニオンだ! 返事をしろ!」
メーバリベユ侯爵とエダ公爵は部下達に”動くな”と無言で指示を出し、自分たちも息をも殺してジャスィドバニオンを見る。
完全に瞳孔が開いた、エヴェドリットが殺戮に狂っている状態を如実に表す状態に、下手に動くのは危険だと。
そうは思いながら「動かなくても危険には変わりないですけれどもね」メーバリベユ侯爵はそんなことを考えていた。
『生きておられたか、父上』
「トリュベレイエス! ハネストはどうした! ハネストは何処に居る」
『皇帝の艦隊に。我等よりは遅れて到着するでしょう』
「生きているのだな」
『生きておりますよ』
「オリバルセバドをオードストレヴに譲って正解だった。待っていたぞ、この時を!」
管理室にいた者たちには解らない歓喜に震え、ジャスィドバニオンはコンソールを破壊する。
ジャスィドバニオンが娘に向かって叫んだ「オリバルセバド」はシュスターククローンのこと、そして「オードストレヴ」はアシュレートのこと。ジャスィドバニオンはあの時我慢し、今も戦わずに待っていたのは、かつては戦うことが許されなかったハネストと戦うため。
頭を振り回し画面を破壊して、コンソールを拳で壊し、筐体を足で蹴り破壊してゆく。
「あの人を止められますか? エダ公爵」
―― さて、この管理室を捨てるとして、次ぎは何処から指示を出しましょう
エダ公爵の答えは分かっていても、一応は聞いてみた。エダ公爵はと言うと呆れて”解りきってるだろ”とありありと表情に浮かべて、
「無理……全員動くなよ!」
返事をしながら再度警戒態勢に入る。
エダ公爵に警戒態勢を取らせたのは、
「バーローズ公爵」
治療を終えたバーローズ公爵。
「セゼナードの妃か」
「司令権をお譲りしますが」
本来であれば彼が防衛を担当するのだが、誰もが彼に指揮を執って欲しいとは思っていない。戦争狂人の子孫はやはり戦争狂人で、防衛と攻撃の境が曖昧すぎて、帝星すら半壊させかねない。
何より彼は、防衛が嫌いだった。
「要らん。残り時間はあと僅か。この事態が収拾される前に!」
帝星で大手を振って《遊べる》のはあと僅かと、ハネストと戦えると喜んでいるジャスィドバニオンに殴りかかる。
「全員室外に出ろ!」
エダ公爵の指示の元、部下たちは一斉に部屋を後にして、メーバリベユ侯爵を守る。守られながら、
「ハーダベイ艦隊へ。帝星のシステム管理と防衛の指揮権全てを一時委譲します。メーバリベユ侯爵ナサニエルパウダの名をもって。この通信を最後にこの管理室を破棄します」
セルトニアードたちに無事、権限を委譲した。
「行くよ!」
エダ公爵はメーバリベユ侯爵を脇に抱えて走り、管理室から出てあまり意味はないが二人が入って来た扉を閉じて、部下たちの数を数え、彼らが持ち出したものを確認する。
「で、どうするんだい? メーバリベユ侯爵」
「ナドリウセイス公爵閣下の通信室へと行ってみましょう。それとエダ公爵、さきほど帝国宰相閣下の救護を命じましたが、それは取り消しです。私たちの護衛をお願いします」
「解った。帝国宰相は大丈夫だと思うよ。バロシアンが向かったっぽいからさ」
「では皆さん。下手に銃など構えずに、ゆっくりと隊列を崩さず進みます」
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「では本艦隊が一時全防衛権を持つということか。よし、エヴェドリット軍と共に来た僭主艦に繋げ!」
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