ALMOND GWALIOR −199
混乱の渦が残りの力を込めて最後に向けて動き出した。
「バイスレムハイブ公爵閣下」
臨機応変に対空から《僭主狩り》まで行っていたアウロハニアにも、この計画最後の面倒が持ち込まれた。
「なにがあった?」
「こちらの攻撃が当たらない敵が」
「避けられるのか?」
「いいえ」
部下の報告を聞いたアウロハニアは、部下の案内の元、敵の姿を確認する。
部下達は攻撃が当たらないまでも、足止めをしようと重火器で応戦していた。人の形をした別物である彼らだが、生物である以上重火器がもっとも足止めに効果がある。
「お前等、報告は正確に。あれは”攻撃が当たらない”ではなく”攻撃が届かない”だ。バリアを張れる個体なのだろう……解ってはいるが厄介だ。だが、あの重火器類で足止めができているということは、まだマシだな」
バリアにも攻撃を受け止めて通過させないものと、攻撃そのものを弾くものがある。目の前の相手は攻撃をするとバリアそのものが火に包まれたり、爆音を上げたりするとこから前者であることが分かった。
「如何なさいますか?」
後者であれば普通の攻撃は全て無効になるので手の打ちようはないが、
「時間を稼いでやるから、逃げろ。あの個体相手に時間稼ぎができるのは、この近衛兵団副団長の私くらいの者だ。団長閣下ならばバリアごと破壊して殺害できるだろうがな。さあ、撤収して攻撃が届く《知っている相手》と戦え。あいつはこれからお仲間になる奴だ」
”殴ってバリアごと本体を後退させる”ことができる種類なので、アウロハニアで時間を稼ぐことはできる。根本的な解決策はないが、長期戦に持ち込んでバリアが張れなくなるまで疲れさせれば良いだけのこと。
「畏まりました」
もちろん先に己の体が音を上げる可能性もあるのだが、やってみなければ解らない。部下から重火器を二つほど貰い、彼らが別のポイントに向かうために離脱の援護をする。
”彼”の特性を表すかのような、紅玉のようなバリアの向こう側に見える、僅かに元の色彩がわかる黄金髪。
「……顔は好みなんだが。声をかける前に、取り敢えず正気に戻ってもらわないとな」
アウロハニアは両手に持っていた重火器を捨て、戦い過ぎて正気を失ったエンデゲルシェントに飛びかかった。
**********
エルティルザの援護で攻撃を回避する必要もなく、デウデシオンが落下した大広間上空まで無事に辿り着いたバロシアンは、落下した機体が空けた穴から見える、自分を待っているかのような、見た事もないが懐かしい感じのする存在に焦りと恐怖を覚えて着陸した。
デウデシオンの機体はパイプオルガンにもたれ掛かっているかのような状態。地上に着陸したバロシアンは降りると直ぐに機体を飛ぶようにして登り、機動装甲の頭部を目指す。
頭部付近に見える光輝く、翼有る藍色の瞳の存在に訴えながら。
「連れて行かないでください! まだ連れていかないで」
搭乗部入り口前に辿り着いたバロシアンは手で剥がし、剣で斬りつける。搭乗部から腹部に深手を負った意識を失ったままのデウデシオンが液体と共に現れた。
「バロシアンか」
意識を失っていだろうとバロシアンは思っていたのだが、デウデシオンには意識があり、そして”笑った”。
「帝国宰相?」
笑っていたのではなくて、自分の姿を見て笑ったことにバロシアンは驚いた。だが驚きの理由を聞いている余裕はない。デウデシオンを仰向けにし、溢れ出した内臓を乱暴に押し込み傷口に大きなテープを貼り、回復を促す薬を投与する。
「帝国宰相、どうですか?」
「腹部で蛇が蠢いているようだ。……ここまで蠢いていたらすぐに治るだろうが。それにしてもいい加減な身体だ」
腕の骨が折れていた筈の手を持ち上げて、腹に張られたテープに手を置くと、感じている通りに腹部が動いているのが解った。
「帝国宰相、右目は」
「……そこら辺に落ちているのではないか」
デウデシオンはそう言い、立ち上がる。
「まだ安静にしていないと!」
「いい景色だ。お前も見てみろ、バロシアン」
穴の空いた天井ドームから差し込む、襲撃から六日目の朝日が差し込む。光に照らされた草木と、デウデシオンに破壊され飛び散ったパイプオルガンの鍵盤。
壁を伝う蔦に苔に、大地にある小さな焼け跡。はるか上空を鳥が飛んでゆく。
デウデシオンは両手を広げて目を閉じて空を仰ぐ。
「……」
楽しそうにしているデウデシオンにバロシアンはどのように声をかけていいのか解らず、同じ景色を見ようかと立ち上がる。
デウデシオンが目を閉じて見上げている形になっている光の中に、クレメッシェルファイラの姿があった。
「あ……帝国宰相」
「どうした」
「帝国宰相が目を開いた先に、女性のような……」
「クレメッシェルファイラだろう。お前には見えるのか? バロシアン」
「……」
「私には見えない……充分見たか? バロシアン。私が目を開いたら彼女は消えるだろう。あれがお前の精神的な母親だ。生物としての母親は変えられないが、あの時たしかに愛していたのは彼女だ」
「……もう充分です」
「そうか」
デウデシオンが目を開くと同時に、クレメッシェルファイラは光の中へと消えていった。眩い光とそれに似た笑顔に、目の錯覚ではなかったかと疑いたくなるほど、完璧にクレメッシェルファイラは消えていった。
「さようなら、クレメッシェルファイラ」
デウデシオンは腹に手をあてたたま前屈みになり、クレメッシェルファイラの方を向いていた眼球を拾い上げる。
眼球は光をデウデシオンの脳内に届けてはいたが、
「あの近辺にいたのか?」
「はい」
「そうか」
やはりクレメッシェルファイラの姿は見えなかった。
朝日の下、幽霊とも言われる不確かな存在に出会えなかったことは残念ではあったが、デウデシオンは納得も出来た。
―― 私には見えないから、こうして貴女は会いに来てくれたのだろう
眼球を押し込み、
「行くか」
「はい」
機体を滑り降りる。
タイルが剥げ、先程のデウデシオンの落下で再度飛散した残骸を避けながら大広間の外へと出る。
「なんの音だ?」
二人がその大広間を後にするのを待っていたかのように、天井に残っていたドームが一斉に砕け落下してきた。
硬い雨とも、冷たくない雹とも表現できそうなそれは乗り捨てた機動装甲にも降り注ぎ、灰色のくすんだ機体が輝きを放っているように見せた。
バロシアンが肩を貸してデウデシオンは黙って肩を借りて歩いていると、
「帝国宰相!」
処分対象の皇王族と遭遇した。
バロシアンが”あっ”と思った時には、すでにデウデシオンは肩から離れ、バロシアンが護身用に持って来た剣を奪い抜き振りかざしていた。
斜めに切り裂いた身体からこぼれ落ちた脊椎を踏みつけて、相手を完全に殺害し、それからまるで準備体操でもするかのように首を回す。
「帝国宰相! 無理をしないで下さい。その程度、私でも殺せまし……」
血と骨を踏みつけていた足を止めて、振り返りバロシアンの方を向き、
「自分の子供に人殺しをさせたいとは思わん。エヴェドリットの感性はどうも理解できん」
操縦席からデウデシオンを助け出した時にバロシアンが向けられた笑いと共に告げられた。
「…………」
長い年月願ったことが、今ここにある。嬉しいはずなのに、バロシアンは声を失う。歓喜の涙が溢れ出すこともなく、抱きついて喜びを露わにすることもできない。
「どうした? バロシアン」
「そ、それは子供も同じです。親に人を殺して欲しいと願う子なんていません!」
「そうか」
バロシアンの答えを聞き終えてから、その遠くから聞こえてきた足音に向けて走り出す。数名の皇王族が逃げようとしていた所を背後から切り殺し、少し遅れてきたバロシアンに間髪を入れずに指示を出す。
「バロシアン、お前は陛下帰還の準備をしろ。お前は文官だ、解っているな」
「畏まりました……お気を付けて」
「まずいと思ったら、お前を呼ぶ。期待しているぞ」
「はい。怪我が酷くなったら呼んでくださいね」
バロシアンは命令を受けて駆け出した。少し遅れてやってきた喜びに震える身体で。
向かう途中でメーバリベユ侯爵たちと遭遇し、状況を聞いてデウデシオンの命令に従う前に、クリュセークの通信室へと同行してそこから、
『通信妨害か』
「お願いします」
『解った。……帝国宰相が無事で良かったな、バロシアン』
「はい。セルトニアード兄さんも気を付けて。戦いに巻き込まれないようにしてください」
『エルティルザが援護してくれているから大丈夫だろう』
全通信の妨害を依頼した。
同時に投降した僭主艦隊と、投降を拒否した僭主艦隊が混戦状態となり、遅れてやってきたシベルハム率いるエヴェドリット軍本隊まで攻撃を開始し、
「酷い有様です」
「本当に」
「敵にしても、味方にしても厄介って。その通りだよね」
帝星大宮殿に勝るとも劣らない混乱状態に陥っていた。
**********
「なぜ陛下に! 帝国軍に連絡がつかぬのだ!」
「誰が妨害している? ヴェッティンスィアーン軍か?」
「違うようだ」
「陛下に、陛下に! あの忌々しいパスパーダが!」
「妨害している者が解った」
「誰だ!」
「ハーダベイが率いている艦隊だ。あいつらが情報を止め……来たぞ!」
大宮殿にある幾つかのシェルターから、狩られる側となった皇王族たちが最後の希望であるシュスタークに連絡を取ろうとしていたのだが、それらはセルトニアード達が妨害をし、届くことはない。
「来た!」
シェルターの向こう側にやってきたデウデシオン。
どれ程攻撃を防ぐことができても、籠城用の機器が揃っていようとも、その扉が相手の前に開いてしまっては無意味。
承認用ディスプレイに国璽を押しつけて、無効化させて堂々とやってくる。
大宮殿の中に閉じ込められ、大宮殿の中では隠れる所がない。そんな彼らに残されたことは少ない。命乞いをするか、徹底抗戦をするか。
「この子だけは! この子だけは助けてくだ……」
徹底抗戦ではなく命乞いを選んだ女が《価値》のある我が子を抱き締めて、床の上に転がり出て頭を下げる。
女の腕には五歳になる、四十番目の帝国騎士になる予定の男児が抱かれていた。
デウデシオンは女にも男児にも声をかけることなく、柄までめり込む程二人の重なっている身体を貫き殺す。
「貴様等を殺せば終わりだ。とっとと死んでくれ。自害なぞさせてはやらんがな」
国璽を持った手を口元へと運び、片方の眉をつり上げる。
「私たちが貴様になにをした!」
皇王族の問いかけに、デウデシオンはあっさりと答える。
「答える必要などない。強いて言うならば貴様等は”邪魔”だ」
答えはこの状況をはっきりと物語ってはいるが、理由にはならない。
「理由は!」
「理由か。お前達が自分を納得させるために造り出した理由でよいのではないか? 私は殺してしまう邪魔者たちのために理由を造ってやるほど優しくもなければ、それほど暇でもない」
デウデシオンと押し問答をしている皇王族以外の者がシェルターから逃げ出し、別の場所を捜そうとするも、出口にはアウロハニアと、
「この作戦が終わるまでは落ち着いていてくれ、エンデゲルシェント」
”正気”に戻ったエンデゲルシェントと、
「問題はない。このケベトネイアがいる」
二人の間に割って入って、エンデゲルシェントの正気を取り戻したケベトネイアが待機していた。
「戦って活路を見出すしかないのか」
「戦おうとも活路はない」
デウデシオンは片手を伸ばす。皇王族は一歩前に出るような素振りを見せて、奥へと飛び退き扉を閉めた。
「それもいいだろう」
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