ビルトニアの女
その花は咲き乱れ終焉を高らかに告げる【11】
 相手が選帝侯の一族であろうが、喜んで攻撃を加える「枢機卿の格好」をしているファルケスを全員が想像した。
 当たり前のことだが普通戦う場合は、枢機卿の格好などしない。しないのだが、どうしても”それ”と切り離せずに想像してしまった。
「話は少しずれるが、バダッシュ」
 ”ハイロニアは間違いないだろうな”と間違いだらけの枢機卿と、自分の半身である王の残酷さに将来をドロテアは託した。
「なんだ? ドロテア」
「お前はここに残って、ミロと一緒に神との共同戦線の計画を練って行動にうつせ」
「解った。だが俺とミロじゃあ、心もとないぞ」
「自分で言うな。主軸の神としてはロインを置いていく。あいつなら、ある程度人間と無理矢理接触させたことがあるから、上手く計画を遂行できるだろうよ」
 ドロテアを恐怖する神・ロイン。この先長い付き合いになることが決定した以上、ロインはいままで以上に頑張ることは確実だ。
「そうか。ミロと計画を立ててみる」
「それで話を元に戻すが、ヤロスラフ。選帝侯族は全員お前狙いだろ。オーヴァートは、そんなんでも皇帝だ」
「そんなのとか、ヒドイ!」
 喋り方も動きも、作られている《いつもの》オーヴァートに戻り、横座りで涙を拭うような仕草。
「酷くて結構だ。ヤロスラフ、お前はエルランシェで選帝侯族と交戦しろ。被害の拡大を防ぐためにもな。そしてオーヴァートだが」
「なあに、ドロテア」
「呼んじゃいねえよ。話の流れだ……で、俺は世界中のほとんどに神を遣わす訳だが、その際に邪魔なのは誰だ。二人いたよな、一人はエド法国に。もう一人は?」
「ここにいるね」
「世界をセツの願い通りに破壊するためには、オーヴァートは別次元に取り込まれる必要がある。元々は初代皇帝が建てて精霊神が封じられていた城に閉じ込めようと考えてたんだが、行くってなら止めようがねえしな」
 ドロテアは魔帝との戦いにおいて全てを握っているが、その全てを使用するためには、排除または封印する必要があった。
 法王アレクサンドロス四世はエド法国に閉じ込めなくてはならない。だから結界を張ることに長けているゴールフェン選帝侯が派遣されたのだ。
 同じくオーヴァートも何処かに隔離する必要がある。
 もちろん魔帝イングヴァールも、魔帝自らが作った異次元の中に「いてもらわなければ」神は帰還してしまう。
「だが!」
 それらを解ってなおヤロスラフは《行かせない》と叫ぶ。
「最高枢機卿閣下の願い通りに破壊するとは? 世界を破壊?」
 ヤロスラフにとって世界の破壊はどうでもいい。まして良く知っているセツの考えだ、聞かなくてもその真意はある程度理解していた。
「そうだ。俺が勇者として仕事をするとでも思っていたのか? クラウス」
「……」
 セツの答えに固まったクラウスを見ながら、ヒルダは姉が言った事が現実になる様を見つめていた。止めようがない現実が動き出したのだ。
「ギュレネイス皇国が近いうちにイシリア教国と戦争を開始する。それ自体は構わんが、その勢いを保ったまま、エド法国に攻め込んでくる」
「それは……そんな事はないと」
「お前の意見は意味がない。どれほどの重鎮であろうが、最後の決断はチトーのみが下せる。たとえお前がここで違うと言おうとも、説得すると言おうとも意味がない。この最良の機会を使わない理由にはならない。どうせ殺すのだ、それが前倒しになっただけのこと」
 セツの言動は間違っている、利己的だ。だがそれらを屈服させるだけの物があった。
「ドロテア? なんのこと? なんの話をしているの?」
「ああ、マリア。エルランシェに各国の兵士を集める本当の理由に関して」
「本当の理由? そんなものがあるの」
「ある。攻め込んでくるのは選帝侯族だったり、竜騎士のような化け物だったりと、正直なところ人間で形成されている軍隊なんて役に立たない。それをどうして”寄越せ”と命じたか? 理由は”殺すこと”が目的だ」
 ドロテアの笑顔に、
「……全員を?」
 マリアは来た兵士”全員”殺すの? と思ってしまった。セツが間違いを屈服させるだけの物があるように、ドロテアにも”あった”。
「違う。狙いはセンド・バシリア共和国の元兵士たち。傭兵としてギュレネイス皇国に雇われる奴等が狙いだ。他の国は目くらましだ。近いうちに宗教戦争が起こる。このまま兵力を維持させておくと、今から二年以内に発生する。そうなると泥沼になる」
 セツはマリアに語る。
「どういうこと?」
「今の法王はイシリア教国を見捨てない」
 ドロテアは目を細めて笑う。
「……」
 もしもアレクサンドロス四世が在位中にギュレネイス皇国とイシリア教国の戦争が再開したら、法王は仲裁するために武力を行使することを希望する。
 世界に平和をもたらす法王として、仲裁するのは正しい。だがそれは消耗戦にもなる。
 まず交渉の場に引き摺り出す為には、両者を納得させる必要がある。今現在はなりを潜めているがイシリアは元々は他国から「狂信者の国」として恐れられていた。狂信者というのは一人でも狂信者であり、その行動は予想不可能なことが多く、黙って交渉の場につくとは考えられない。
 ではギュレネイス皇国はどうでるか? 「セツの独断」として交渉の場に、やはりつかないだろう。
 好機なのだ。第一の宗教国家になるためには、いつかは袂を分かつ。まさにその瞬間に。
 イシリア教国がもう少し国力があれば、僅かな可能性ではあるがエド法国との同盟を警戒して交渉の場につくであろうが、イシリア教国に対しては勝つ自信が既にチトーにはある。
 宗教国家同士に勝利とはなにか? ゴールフェンのその地からイシリア教徒を完全に追い払うこと。流浪のイシリア教徒が生まれ、彼らが大陸に散らばるとエド法国側としても厄介であり、イシリア教徒たちは国を求めて益々大陸は混乱する。
「だが五年を超えたら、イシリア教国を見捨てて”法王”が打って出る。その代償として、セツは単身で魔帝の元に赴くんだ」
 和解を目的としない、第一の宗教国家がその座を死守するための戦い。イシリア教国のために「余分」な兵力を使わず、むしろイシリア教徒を使いギュレネイス皇国側の兵力を削ぐ。
「滅ぶの」
「どの国が滅ぶかは知らない。もしかしたらエド法国が滅ぶかもしれない。国の滅びは唐突なものと、緩やかなものがある」
「そっか……」
「俺はエルランシェでセンド・バシリア共和国から派遣されてくる兵士と、ギュレネイス皇国が雇ったセンド・バシリア共和国の傭兵を殺す。それに巻き込まれるような形で他国の兵士も殺すだろう。覚えておけ」
「……」
「あともう一つ」
 足を開き前屈みになり、ヒルダに向けて、
「なんですか? 姉さん」
「俺は兵士たちを殺す。だがそれは俺の力であり意思だ。神の力なんざ使わない。俺は俺の力だけで人を殺す。だから全員殺害はできない。意思も同じだ。気に食わなかったら俺は引き受けはしない、俺にはそれだけの力はある。俺は俺の判断で、俺の力で殺す。そこは勘違いするなよ」
 ドロテアは最後の一押しをした。
 《妹》と《自分》の生き方が大きく別れたその瞬間。虹がかかるわけでもなく、空から雨が降るわけでもなく。
「勘違いはしない」
 その高らかな宣言だけが、耳に残り、そしていつしか想い出となる。
「セツ」
「そういう女だから依頼した。貴様以外には依頼できない。だが一つだけ忘れるな、俺は宗教神の末裔であり、その俺の意志であるということは、神の意志でもあるということを」
「死ねよ、手前。誰が神の意志に従うかよ」

 好きだから同じ道を歩むほど幼稚ではなく、嫌いだから敵対するほどに愚かでもなく。人間として成熟しているというほどに穏やかでもないが、ヒルダは一歩を踏み出すのだ。

「マリア頼みがるんだ」
 セツと大陸の未来の話は終わりだとばかりに、ドロテアは前髪をかき上げ、
「なに?」
「エルランシェでイングヴァール以下の塵芥な選帝侯族と介するんだが、その際にマリアは選帝侯族と交戦してくれないか?」
 必要な「兵力」と交渉することにした
「私が?」
「さっき話したように、神を踏みつけて力を合わせれば、行けるはずだ」
「それは良いけど」
「ありがたい。踏みつけるのは、アンセフォな」
「あの人……じゃなくて神様煩いし」
「黙らせておくし、アンセフォの野郎も美女に踏まれて幸せだろうよ」
 アンセフォを直接知らない人たちは「どんな趣味を持った神様だろう」と、おかしな想像をしてしまった。ほとんどの人は神がどんな物か? まして趣味など知らない。
 それに追い打ちをかけるかのように、
「でもあの神様、彼女いない歴史長そうだよ。マリアにほれたらどうするの?」
 エルストの残酷な一言。
 確かに他人の妻に横恋慕して大騒ぎを起こしたのだから、言われても仕方ないのだが。アンセフォは弁明する場も与えられず、いつしかこれがねじ曲がり、遠い未来に「男女仲が悪くなる神様」として伝わることになる。
 身から出た錆といえばそれまでで、
「殺す。そして俺があいつのいた場所を乗っ取る」
 ドロテア辺りに言わせると ―― 間違いじゃねえだろ ―― で終わりだが。
「全て解決したようだな」
 深い話と適当な話の合わせ技による、最終の会議はこれで終わった。
「話は終わりだ。棺探しに行ってこい」
 あとは棺が《現れるのを》待つだけである。

**********


 エヴィラケルヴィスの町並みは、どちらかと言えばなだらかだ。
 首都にしては高い建物が少ないことが、他国から来た物には「なだらか」だと感じさせる。棺の捜索に向かうセツとレクトリトアード、そしてクラウスにエルスト。ヤロスラフは同行しなかった。それに関しては誰も話題にしない。
「今日の……」
 いつもと全く態度の変わらないセツとエルスト。元々無口なレクトリトアードとクラウス。その四人を見ながらビシュアは建物の切れ間からのぞく白い雲に目を奪われた。
 なぜ奪われたのかはビシュアには解らない。
「ビシュア。どうした? 立ち止まって」
「あ……いいや」
 飽きるほど見たことのある白い雲に、懐かしさを感じそこへ戻りたいと思った。そんな子供っぽいことを考えたことを恥ずかしく感じ、顔を伏せて歩き出した。

**********


 部屋にはドロテアとオーヴァート、そしてヤロスラフだけが残った。
 オーヴァートがセツと共にイングヴァールの元へとゆくことに関して、ヤロスラフは納得していない。
 阻止するだけの力はヤロスラフにはない。
 だから無視しても良いのだが、説得しようと、または”してやろうと”部屋に残り、互いに牽制し合う。
 ”城って部屋は豪華だが、豪華以外は言い様がないのも事実だな。立派とか派手とか、まあ良いけどな”
「俺の考えとしては、セツが単身でイングヴァールの元に行ったら、辿り着けないまま終わるだろうと考えた」
 セツの単独行動。それは”こちら側”から見た場合危険だが、あくまで相手がいるはなし”そちら側”がどう出るか? により、危険という言葉は不必要にもなる。
「そうだな」
 ドロテアは多くの人のように「勇者」に夢をみることはない。
「手前の一族だ。セツのことなんざ相手にしないだろう? オーヴァート。過去勇者は”三人”で魔帝が降りてくる前に封印した……ってのが真実だろ? 今度は封印じゃなくて確実に殺す。降りてきたら勇者”二人”じゃあ相手にもならねえな」
 イングヴァールが実際に戻って来ていたら、今の世界はない。だから降りる前に三人の力と棺に用いた特殊な力で封印を施したのだ。
「一人なら尚のこと、遊ぶだろうな。俺ならそうする」
 セツもそうだろうと予測して”突入する”といったのだ。相手が皇統である以上、自分をまともに相手にするとは思っていない。相手にされるほどの重要人物であると、セツは自惚れてもいない。皇統のお遊びに付き合い、時間が来たら逃げる。それがセツの考えだった。
「じゃあ手前がセツに同行したらどうなると思う? オーヴァート」
「セツの単独行動となんら代わりはないだろうな」
 オーヴァートその物も弱い。
 以前攻撃を仕掛けてきた選帝侯一族も、はっきりと言い切った。選帝侯一族は自分たちが仕えている主だから強いと言うのではなく『強いから』仕えている。それだけははっきりとしていた。もしもこの場にいるオーヴァートがイングヴァールよりも強いと感じたら、受け入れられるなどを抜きにして、彼らは寝返ることも考えただろう。
 だが彼らは一切寝返ろうなどとはしない。そのことからオーヴァートがイングヴァールに劣ることは明かだった。
 劣る相手で《遊ぶ》のは、皇統が持つ趣味の一つだ。悪趣味ではあるが。
「それでもセツの案内はできるのか?」
「それは可能だ。異世界に存在させた”城”を維持したままこの世界と接触させるとなると、城その物の強度を上げる必要がある。その際に主、この場合はイングヴァールだが、あれが先程お前がグレイに用意させようとしている魔方陣と同じように、術者となり城に力を送り込まねばならない。力を送ることができるルートは単純で、それを伝って行けば辿り着ける」
「あの魔方陣も手前の一族の産物だもんな」
 魔法の理論も基礎も全て皇統から生まれた。
「ああ、そうだ」
 皇統の技術を簡素化したものが魔法で、皇統以外は知らず、理解できないものが”城”を構築している。
「……セツの護衛をしろとは言わねえが、セツが死なないようにしてくれるってなら、俺がヤロスラフの説得を俺が引き受けるぜ」
「それはありがたい。じゃあ説得は任せた。俺がセツを守ってやろう」
「嫌な顔されるだろうけどな。じゃあな、行けよオーヴァート」
 オーヴァートは素直にドロテアの指示に従った。
 睨むような視線のヤロスラフの肩に手を置き、笑顔で足場などない壁に向かって歩み、すり抜けて消える。
「ヤロスラフ」
「ドロテア……」
「あいつの希望通りにするつもりはねえ。あいつはもっと苦しんで貰わないとな。心配するなとは言わねえが、俺のオーヴァート嫌いを信用しろよ。俺は絶対にあいつが思い描いた未来なんて歩ませはしねえ。なにより俺はお前を殺したくはないヤロスラフ」
「……」
「オーヴァートの野郎、俺がヤロスラフを殺せるだろうからって安心してるようだが、巫山戯るんじゃねえよ。俺が神の力を用いてヤロスラフかオーヴァート、手前等のどちらか一人を殺さなけりゃならないとしたら、俺は迷わずオーヴァートを殺す。だがいまは殺す時期じゃない、殺さなくても良いようにどうにかするさ」
 人を殺すのは全て自分の力だと言い切ったドロテアだが、オーヴァートとヤロスラフは人の力では殺害できない。
「そうか……俺は全力で選帝侯崩れどもと戦おう」
 消えたヤロスラフに、
「いきなり消えられると、違う意味で目のやり場に困る」
 ドロテアや足を組み直して、両手を頭の後ろに当てて、椅子に座ったまま背筋を伸ばした。
「人間であろうとすることに拘泥するのは、もう人間じゃなくなった証か。人間であろうとしなくなったところで、人間じゃないと言うやつもいるし。所業だけみたら、もう俺はとうの昔に人間じゃねえし……面倒くせぇえ……違うか……」
 壁をすり抜けそのまま空に溶けるようにして消えたオーヴァートや、すぐに目的地に移動することのできるヤロスラフなどと《自分》が同じになったと思えないし、なにより思いたくはなかった。二人の持つ力が、二人に与えた過去と未来を知っているからこそ。

 その日の夕暮れ時まで棺の捜索は行われたが発見はされず”また明日”に持ち越された。

Copyright © Iori Rikudou All rights reserved.