ビルトニアの女
皇帝の望み娘の謳う破滅【13】
 知っている人と動く人は違うのだ。
 知っていた人が全て居なくなり、何も知らない人達が知っていた人達の知識を拾い集め、自分達で解釈し、迷いながら進む。
 世界は効率良くないものだと、紙に無意味な図を描き、丸めて捨てる。

**********

「おい……グレイ……」
 ホレイル王国を襲った原因は 《棺》 で間違いないらしいと聞かされたビシュアは、それに納得したが、自分が置かれている状況は全く納得出来なかった。
「何すか、兄貴」
 地面に置かれている 《棺》 をスケッチしていたグレイは、兄貴と呼んで慕っているビシュアの声に手を止めて振り返る。
 そのあまりに無防備で間抜けな顔に、聞くのは無駄だと知りながらも叫ばずにはいられなかった。
「何で俺までこの部隊に混じってるんだ!」
「兄貴、混じってんじゃなくて、強制連行ですぜ!」
「嬉しそうに言うな! グレイ!」
 ヒルダに ”ほどほどに” と言われたビシュアだが、聖典が気になり夜更かしをした。それを見て、そこまで気に入っているのならと、ヒルダは説教を始める。
 興味を持っていることがはっきりと解る態度で聞いていたビシュアを、その後クナの居る邸へと連れて行き、クナの説教をも聞かせてやった。
 ヒルダの解り易い、完全初心者向けとはまた違う、大人に解り易いクナの説教を聞くことが出来て、満足だった。
 そうしているうちに、一行がエド法国へと向かうことを聞き、説教の ”お礼” にと邸の片付けなどをしていたビシュアだったのだが……居眠りをして気付くと、縛られて荷物と一緒に置かれている自分に気付くはめになった。
 気付いて近くにいたグレイに声をかけながら、自分を縛っている縄から抜けようと試みるが、縄は魔法製で縛り方は見事なギュレネイス捕縛術と来て、抜けようがない。
 グレイはビシュアを連れて行く理由は解らないらしく、
「連れて行くとしか、済みません」
 このくらいしか答えることはできなかった。
 とにかく状況は知りたいと、グレイに理由を聞いてくるか、事情を知っている人を呼んできてくれと、無駄だと知りつつ縄抜けしながら依頼する。

「何だ、盗賊」
 グレイが連れてきたのは、ドロテア。”何故、よりによって一番怖い相手を……” 思わずには居られなかったビシュアだが、最も決定権のある人物であることも知っているので、大きな声ではっきりと尋ねた。
「何で俺が世界を押し潰し、破壊して行くような部隊に連行されてんだよ!」
「必要だからだに決まってるだろうが! この俺が不必要なヤツを連れてゆくと思ったか!」
「そ、そりゃそうだよな……」
 美女に必要と言われても、全く喜べないのが不思議だなあ……と思いながら、ビシュアは腕を組んで、見下してくるドロテアに向かって、自らの価値を否定する。
「俺に出来る事なんて何もないぞ?」
 もちろん自らを否定しているが、卑下している訳ではない。
 王侯貴族に枢機卿、選帝侯に皇帝、神の力を持つ女に必要とされるような能力は無いと、事実を前にビシュアは否定的に軽く首を振ったのだ。
「俺が必要としているのは、盗賊の技能だ」
「盗賊ならアンタの亭主だけで充分だろ?」
「《棺》 が何処存在するのかは解らねぇから、盗賊技能がエルストとクラウスだけじゃあ足りねぇ。だからテメエを連れて行く。その天才画家の卵は盗賊として使い物にならねえのは、テメエが良く知ってるだろうが」
 指さされたグレイは、頭をかきながら ”すんません” といった表情でビシュアに謝る。
「いや……でもよ」
「二つが町中にあるんだ、最後の一つも間違い無く、人が大勢住む町中にある」
「……」
「そこに存在すりゃあ、魔物が襲ってくるから危険だと言って、どこか人里離れた所に隠すような事はしねえ。そもそも 《棺》 は人々に魔物が現れて危険だということを、衆目に晒す目的もある。危険だからといって隠して、事態が悪化するまで誰にも気付かせないなんて事は、無意味だからな。それとは別にもう一つ、テメエにはして貰うことがある」
「まだ何かあるのか?」
 ただの盗賊に、どれ程の事をさせようとするのかと身構えると、
「娼館に出向いてもらう。テメエみてぇな、何処にでも居る盗賊なら目立たねぇだろうからな」
 とてつもなく ”いや” な司令を出されることに。
 ビシュアは娼館に、自分の意志で向かうのは良いが、他人から、それも異性から司令を出されて向かうのは、少々どころではなく抵抗がある。
「それならグレイでも平気じゃねえのか?」
 ビシュアのその声は、全く聞き入れて貰えず、ドロテアは理由は言ったとばかりに背を向けて立ち去っていった。
「兄貴。俺、良い言葉知ってるんす」
「何だよ……グレイ」
「人間、諦めが肝心っす」
「そうだよな」
 その言葉を聞き、縄で縛られたままのビシュアはがっくりと項垂れ、力無く同意した。

**********

「では同行させてもらう」
 まだ治安が悪いのでクナと共に来た聖騎士達は残し、クナだけがドロテア達と共にエド法国へと戻ることになった。
 遠巻きに大勢の人々と、近くにいる女王達。
 ミロは国王らしく、女王と外交関係の会話をして別れ、バダッシュは顔見知りの未来の女王の夫に挨拶し、セツは女王夫妻から挨拶を受ける。
 オーヴァートに関しては、挨拶を拒否されたので女王夫妻は無理をしなかった。
 最後にクナに女王が声をかける。
 割と優しげな、女王というより年老いた母といった面持ちで声をかける母親を、憎々しげに見ているマルゴー。
 一連の流れを見ていたドロテアは、クナを乗せて帰る馬車の御者台に座る二人の姉弟を振り返った時、それは全てが繋がった。

”姉のイリーナです” 先に生まれたから
”弟のザイツです” 後に産まれたから

「クナ!」
 大声を上げ、会話をしている二人に近寄るドロテアは、クナの顔を凝視する。
「何じゃ? ドロテア卿よ」
「その顔の痣、原因が解った」
「なんと!」
「この棺は間違い無くアレクサンドロス=エドだ」
 言われたクナは痣を掌で覆い隠し、驚く。
 正体不明の 《棺》 が、己が奉じている神本体だと言われて驚かない人物は、そういないだろう。
「どういう事だ」
「聞いてたのか、セツ」
 全く驚かない ”神の代理人” も確かに存在するが。
「力ってのは ”とばない” モンなんだよ」
 ドロテアは前髪を右手でかき上げ、御者台に居る二人の方を向き、左手で近くに来るように合図を送る。
「姉さんいつも、ばーん! って飛ばしてるじゃないですか。船の上で海賊の首を落としまくったり。海に首がぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃんって、容赦なくやってたじゃないですか!」
「そりゃ、魔法だ。ちなみに俺は何時だって、相手が女子供に赤子だろうが、首切り落とすのは容赦しねえ」
「だったら何の ”力” ですか?」
「血統のことだ」
「はい?」
 聞いていてさっぱり解らない? と言った雰囲気になってしまったヒルダを他所に、ドロテアは女王に声をかける。
「女王! 手前、クナが腹に入っているとき、ついでに出来の悪いマルゴーも入ってた訳だが」
「さすがドロテア、嫌味は忘れないわね」
「そう言わずに、あれでも私が腹を痛めた子ですから」
「だったらもっと、まともに育ててやったら良かったのにな。要らないから、適当に育てたのかと思ったぞ」
「姉さん、追い打ちが酷すぎます」
「妾の母親に関してはそのくらいにしてやってくれ」
「クナの母親としては合格だが、女王として王女の教育は最低だって言ってるだけだ。それで、一つ聞きたいんだが、手前等の国って ”先に生まれたのが姉” なのか? それとも ”後に生まれたのが姉” なのか? どっちだ?」

 ドロテアは今、この瞬間まで自分の常識だけに囚われていたのだが、ふと ”あること” を思い出した。
 双子というのは、二人同時に生まれてくる訳ではない。
 二人が一つの腹に入り、生まれて来る時に ”順番” がつく。この順番により、クナとマルゴーの人生は大きく変わったのだが、その順番が果たして 《棺の中の人物の意図した通りか?》 そこにドロテアは引っ掛かった。

「え?」
 質問に驚くクナ。
 対照的に、出生順に最も責任を持たなくてはならない女王と、二人が生まれた時に立ち会い、確かに順番を確認した夫は顔を見合わせから、ゆっくりと女王はドロテアに体ごと向けて明言した。
「後に生まれた方が姉です」
 ドロテアは ”それ” を聞いて頷いた。ドロテアは「そのように決まる場所もある」事を知っていたが、今の今まで大事だとは思ってもいなかった。
「それが大間違いだったんだよ」
「は、はい?」
「どういう事じゃ?」
 クナの痣に意図が在るとして、その意図を読み解かなくてはならない。
 手元にある資料と、事実、そして思い込みを排除する。特に最後の事が、最も重要だった。ドロテアに呼ばれて、おずおずと近付いてきたイリーナとザイツを指さして、ドロテアの常識に則った説明をする。
「イリーナとザイツ、こいつらは双子だが 《先に生まれたのはイリーナ》 だ」
 聞いて直ぐにクナは理解できず、驚きの中、イリーナの ”立場” を無意識に口にする。
「イリーナは姉と言っておった……国によって違うのじゃな!」
「えっ! クナ様は先に生まれたのに、妹なんですか!」
 人は基本的に自分の尺度でしか物事を測らない。だから二人は会話した時も、イリーナはクナを「マルゴーの次に生まれた」と解釈し、クナはイリーナを「ザイツの次に生まれた」と勝手に思い込んでいた。
「その通り。ギュレネイス皇国の辺りじゃあ、先に生まれた方が姉、または兄。後に生まれた方が弟、または妹」
 ドロテアの良く通る声と、事実を聞き俄に周囲がざわつく。
 ホレイル王国では後から生まれた方が兄であり、姉であることが常識なのだから、驚くのは無理もない。
「知らんかった」
「事細かに人に聞くヤツはあまりいない。特にクナ、手前みたいに双子の姉と敵対しているように他人に取られている枢機卿に、この話題を振るヤツはそういない。俺は双子の順番なんてどっちでも良いと思った。そして誰もが、自分の住んでいる国の常識で物を考える。そうアレクサンドロス=エドであってもな!」
 アレクサンドロス=エドの 《常識》
 それを余人がどのようにして推し量るのか?
「どういう意味じゃ?」
「アレクサンドロス=エドにとって、双子の順番は ”フェールセン” が基準だと考えるべきだろう。フェールセン、即ち……」
 語尾を濁し口元に嘲笑いを浮かべてマルゴーを見るドロテアから人々は視線を動かした。動かした先は 《ギュレネイス皇国生まれの双子の姉弟》
 自らを作った主の元に存在する基準で 《彼》 は考えただろう。
「クナはアレクサンドロス=エドの意志においては、姉であり女王になる筈だったと言うのか」
 セツは地面に置かれたままの棺を見た後に、ドロテアに声をかける。
「そう考えるべきだろう。むしろ、そう考える方が普通じゃねえか?」
 セツはドロテアの言葉を否定しなかった。
「アレクサンドロス=エドが妾を女王にするつもりだった? とでも言うのか? ドロテア卿よ」
 クナは問い、
「何を言ってるのよ! 嘘よ! そんなこと!」
 マルゴーは大声を上げて否定する。
 女王になるのは自分だと、女王になるために此処にいるのだと全身で叫ぶマルゴーを無視し、ドロテアは暴き続ける。
「煩ぇから黙ってろよ。お前の生まれた村もそうだったろう? セツ。アレクサンドロス=エドが作った村で生まれた、アレクサンドロス=エドの末裔さんよ」
 地面に崩れ落ち、半狂乱で ”言わないで” と叫ぶマルゴーの声など耳を貸さず、
「そうだな。俺の村は間違い無く 《先に生まれた方が兄であり姉》 だった」
 ”末裔” であるセツは言い切った。
「手前等が持った文化の大部分は、フェールセン人、要するに昔から皇帝に仕えていた者達の考え方だ」
「アレクサンドロス=エドの考え方がフェールセン人に近いとして、それが何らかの意味を持つのか?」
 半狂乱に陥っている女の拠り所など、セツにとって破壊しても心は痛まない。必要なのは、真実だけであり、弱い者は立ち去れば良い。それがセツという男の考え。
「手前はホレイル王族の ”決まり” を知っているか? セツ。例えば、女王は王城で子を産まなければならない。それ以外で産んだ場合は、子が女子であっても継承権はない。ってやつだ」
「知っている。伊達にホレイル王族ハーシルと二十年近く争っていたわけではない」
 ドロテアは呆然としているクナの頬にある痣を指で軽く叩きながら、今度は女王に尋ねる。
「なあ、女王。なんで、あんたの国は女王で、城以外での出産が禁じられてるんだ? 理由は? 謂われは?」
 その様に定められているだけであり、それらに対して異論を唱えることは必要のない事だった。それが 《王家》 なのだ。
 継承に硬直化し、真実を追い求めることを拒むようになる事を知って、勇者達は王国を作りあげたのだろうとドロテアは今までの出来事から推察した。
 だがこれらは語るべき事ではなく、今語るべきは 《棺》 の中に存在しているのが、アレクサンドロス=エドであるとい証明。
「女王。あんたは、クナとマルゴーを妊娠中の大潮の時、海水を一口飲んだって言ったよな」
「はい」
「海水って、血の成分とよく似ているって知ってるか?」
「いいえ」
「あんたがあの日飲んだのは、ただの海水じゃねぇ。この棺をも浸した大潮 《とばない力》 血、そして双子の片方に現れた痣。以前言ったはずだが、クナとマルゴーは一つから分離して出来上がった双子で、全て同じになるはずだった。だがそれに違いが現れた、理由は 《海水》 だ」

 ホレイル王国が女王制である最大の利点は、女が国王以外の子を身籠もり ”貴方の子です” と言わせない所にある。
 特に王城限定であれば、外部との接触は最低限に抑えられる。
 戦争などが起こった場合は、男性国王であれば妻を残して出陣するが、妊娠中の女王が出ることはまず無い。特に王城で生まれなければ、跡継ぎにすることが出来ないとなれば尚のこと。
 そこまで女王を城に縛り付ける理由は何か? 《年に二回の大潮》 だと、ドロテアは ”結果から” 結論付ける。
 魔法はヒルダが言ったように、手から離れて飛び、人を殺すことも、傷を治療することも出来る。だが、魔法は決して子を孕まない。
 魔法は人間を作る事は出来ないが、胎内に出来た子に干渉することは、相当な能力を持った人物なら可能。
「力は 《とばない》 って、もしかして胎児に影響を与えるって事ですか?」
「そうだ。胎児にある種の痕跡を残す、そうなる場合は外側から術をかけてもかなりの確率で阻まれる。殺すのは簡単だし、毒薬で殺害するのも簡単だ。だが胎内にある状態で、外側からある種の目的を持って、力を後付けするのはかなり難しい。腹の上から手を触れてできるようなモンじゃねえ。だから魔法は、特殊な才能は ”血” に乗る。それ以外の方法で継承されない」
 そこで年に二回の大潮の際だけ、海水に浸る棺が意味を持つ。
「棺の中からは、簡単に力を出せないはずだ。だから年に二回だけに ”賭ける” これが国王だったりしたら、守りきれないことが多いが、女王で ”王城で産むこと” を定めれば、守られる確率は上がる」
「はあ、なるほど」
「これは双子であることも、関係したはずだ。同じ顔立ちで、片方にだけ痣があるという事。誰だって何かあると考え、そして行動に移す……筈だったが、海水を通じて痣を仕込んだ 《棺の主》 ですら、考えていなかった事が起こった。」
 《棺の主》 にとっては、痣のある方が女王となりホレイル王国に残ると考えていたのだが 《棺の主》 の常識とは違う常識から、痣のないマルゴーが次の女王と定められ、痣があり 《棺の主》 と交信を行う筈だったクナが国外へと去った。
「交信?」
「ああ。棺の中にいるヤツは、その痣を通じて自分の存在や、解放時期なんかをお前に告げるつもりだったと見て間違いねえだろう」
「じゃが! 妾という確証はないぞ」
「そうだ」
 言いながらドロテアは 《棺》 を蹴り、視線を半狂乱になっているマルゴーに向ける。
「だがもう後戻りはできない。今更 ”未来の女王はクナです” なんてのは、無意味だ。この使える枢機卿閣下を、こんな廃墟に置いて行く気はねえ。その痣が重要である以上、俺達と一緒に来い。マルゴー、手前は此処で朽ちるも、狂うも勝手にしろよ。……で、クナ。痣の理由がハッキリして、気は晴れたか?」
 クナは無言で頷くしかできなかった。
「なるほどな。これが王妃であった場合、離婚申し立てなどでアレクサンドロス=エドの力が継承された ”子” から権利が剥奪され、最悪殺害されてしまうこともあるが、女王であり、喩え離婚したとしても ”女王の子” である以上、権利が剥奪されないホレイルの制度は、力を伝えるのに役立つということだな」
 大陸の継承や相続に絶大な影響力を持つ、宗教国家の実質的支配者は全てを理解する。《胎児》 の時期に力を継承させるのだから、その胎児を有する 《母体》 の方に権力を与えなくては、継承させる仕組みの極みたる王国は無意味になるのだと言う事を。
「そういう事だ。クナの痣が地属性である以上、この棺の中にいるのは ”アレクサンドロス=エド” 以外に考えられねえって事だ。納得できたか」
 クナは痣の理由を知りたかった。幼い頃からつい最近まで、この痣の ”せい” でと、自らの人生を怨んだことは数知れない。
 その恨み辛みが晴れ穏やかに近い感情を得た今になって、目の前に差し出された物は、酷く残酷であった。
 力なく、だが今だ聞くことを体で拒否しようと頭を振っているマルゴーに対し、様々な感情がわき上がってくるが、そのどれも 《正しくはない》 としか思えない。
 哀れみを向けることも、同情することも、元気付けることも出来ない。もっとも、今までのことを考えれば、好きこのんでそんな事をしたい訳ではない。
 だが、聖職者であろうと決めた自らの生き方に照らし合わせた時 ”何かをせねばならぬ” 使命に駆られたのだ。
 痣以外はよく似ていた ”双子の姉マルゴー” だが、別れて過ごした歳月で、随分と顔が変わった。違う道を歩んでも、似ている者も居るが、自分達は全く違う道で、歩み寄ることのできない道を進んでいるのだと、その表情からはっきりと解り、心に決めた。
「さてと、行くか」
 瓦解した街と、壊れかけた女を残し、真実だけを語った女は立ち去る。
 優しい言葉一つかけず、背を向けて。問いたければ自ら動けと、黒い服をひるがえし、灰の空の下、歩み出す。
「お待ちください!」
「何だ? 女王」
 女王は振り返ったドロテアが、自らの質問を知っている事を表情から知りながらも、敢えて語る。
 此処で語らなければ手遅れだと、知って女王は ”聞いた”
「王国の決まり、そして棺の真実。どれも疑いません。ですから、ですからお聞きします。もう、この国は女王を頂かなくてもよろしいか?」
 マルゴーには娘がいない。
 その事を気に病んでいることは、女王も知っていた。女王は女王であり、両者の母でもあった。
「好きにしろよ。女王継承の理由を突き止め、意味を知り、告知すりゃあ出来ないことじゃねえ。むしろ今まで何も考えないで、緩慢に継承してきたお前達の罪なんじゃねえの」
 地に座り込むマルゴーを指さして、ドロテアは蔑みを隠さなかった。

**********

 馬車に乗り込んだクナは一人、聖典に手を乗せて窓の外を眺める。変わる景色と、徐々に明るくなってゆく空。
 決別とは言わないが、和解どころか最早歩み寄ることも不可能であろうマルゴーの事を想いながら、どの頁を読み自らの心を落ち着かせるべきかを考えていた。
「あの盗賊に説教したが、妾に説教出来るほどの……」

− 何もかもが遠く、そして近くて、全てが嘘であり、真実だ −

 馬車に乗り込むときに聞こえたオーヴァートがドロテアに向けて放った言葉の意味。それは一体何を意味しているのか。

− 手前の望み通りだろう −

 灰の空も湿気を含みまとわりつく潮風も、瓦礫も全てがもう遠く、皇帝の望みを歌う娘に問うことは出来なかった。


第十六章【皇帝の望み娘の謳う破滅】完


Copyright © Iori Rikudou All rights reserved.