ビルトニアの女
運命の女神【9】
『シスター・マレーヌの兄はセツ。これは本人から聞いたから間違いはねえし、本人の目を見て確認も出来ている。そしてセツは当然本名じゃあねえ。死せる子供達として名を変えられたのは当然で、その前の名前は……おそらくランド。今偽名で使ってるヤツだろう。ランドは教会に預けられた際に付けられた名前だろうし、マレーヌもシスターになる際に別名を。わざわざエド法国まで連れてきたってことは “シスター・マレーヌ” がエセルハーネにあたるんだろう。血縁だとアードのヤツが言っていたんだからな』
「アード」
 ドロテアは目を開き、ほとんどの人に見えてないアードに、周囲を気にすることなく問いかける。
【何だ?】
「エセルハーネは血縁なら、性別は関係ねえか?」
【関係ない】
「それともう一つ。エセルハーネ自体には、なにも突出した能力が無い場合もあるのか?」
【ある。エセルハーネは目晦ましだから、それほど力が無くても平気だ。 “レクトリトアード” と見間違え、いや感知間違いすれば良いだけだからな】
 アードの周囲には聞こえない声に頷き、ドロテアはいつも通りの考えるポーズ、顎に折った人差し指を添えて、再び目を閉じた。

『フォレンティーヌの館でエルストが言った言葉』

― 俺が生まれた頃に、北のほうにある小さな白い村が一晩で消滅したって噂は子供の頃に聞いたけど ―

『ギュレネイスの北にある、小さい白い村。エルストが生まれたのは三十三年前、そしてセツは三十九歳。セツが村を出たのは六つ、ヒルダの言葉が正しいとすると』

― お兄さんと一緒に教会に預けられたのが五つ、お兄さんは年子で六つ。それから二年後にお兄さんは事故でなくなったそうです ―

『ギュレネイスの北の外れから首都エールフェンまで噂話が届くまでかかった期間が二年。噂が立って首都に届くくらいだ、近くに村……』

 俺が死刑にした神父

「それがですね、何の探知にも反応しないんですよ。緑色の “霧” が掛かって当然駄目でした」
「神聖魔法系じゃねえよな。黒魔法でもなければ当然邪術でもねえ……」
「古代魔法ですかね? でも古代魔法の結界を張るようなモノ、姉さんの記憶にありますか?」
「ない。これは直感の部類なんだが、遠く離れていながら “入れない” ような気がしなかった。根拠もねえのに」
「そんな気はしましたね。アレは直感と言うよりは……体の表面がピリピリするような」
「本能、だろうか」
「探ってみますか?」
「残念ながらこの場に残る気も起きねえし。そのうち書類でも提出してみる。それよりヒルダまだまだ書類あるからな」


 ブラミレース

『ブラミレースとメルの村の先にあった封印! 人を拒むあの緑の霧で封印された向こう側に、何があった?』

― 俺達の力では入り込めない結界。フェイトナの力を用いた結界の向こう側に ―

『もしもあの先の村に、アードみてえな “勇者” がどんな形であっても存在していた俺達は呼ばれ……勇者が存在?』

― 魔帝は勇者を捕らえて、魔物に作り変える ―

 作り変えられた魔物は……
 ……俺が! 俺自身がマリアにエド法国で

「でも聖地神フェイトナは聞いた事あるわ。聖なる場所をフェイトナって呼ぶのはその名残なのね」
「そうそう。因みにこの前倒した魔王、ヤツが名乗った名前 “クレストラント” は “聖風の守護者” って意味でな。笑わせてくれるし、それじゃあテメエの属を言い表して弱点曝け出してるようなもんだしな」
「へえ。本当に風属だったの?」
「そうだな……多分な。魔城自体が風の地に建っていたから」


 言ったじゃねえか!

『そうだエド法国だ、エド法国に全て存在したんだ! “木は森に隠せ” そう特殊兵を主の側へ。レイが “人柱と呼ばれる女” に言われた言葉 “マシューナルかエドへ行け” エルセンには皇帝が居ない。マシューナルとエドには皇帝の一族が存在する。特にエドは法王の座に就き国外に出ることはまずない。魔帝から守るために、その子孫の庇護下に隠したんだな……それが知られたのは……』
 ドロテアはレイの背負っている剣を眺める。
 皇帝が寄越したその剣が、レイを隠してる。だが法王と共に居たセツは発見された。それは……
『アレクス、お前はついにラシラソフになるか……仕方ない、バトシニアに選ばれなかったんだから寿命はオーヴァートより短いのは確実なんだからよ。法王の生命力が傾いて、セツの存在を隠しきれなくなったんだろうな』

ギュレネイスでクナが笑いながら言った言葉

「アレクスが暗殺者に狙われてセツが身を挺して護った話か?」
「そうじゃ。それが笑えるのじゃよ」
「ほぉ、どんな?」
「暗殺者の刃がセツの上半身を切り裂いて骨も見えるほどだったそうじゃ、それは卿であれば知っておるじゃろうが、その続きがのお。セツはその怪我のまま猊下を肩に抱え上げて法王庁の自室まで走りきったんじゃ。血は滴るとかではのうて、噴出したままじゃったぞ。あれは凄かった、冷徹な性格から赤い血は流れていないと言われた男が鮮血を噴出しながら疾走する姿は圧巻じゃ」
「掃除大変だっただろな」
「掃除も大変だったろうが、その後も大変じゃ。何でも自分の落ち度で怪我をしたのだから、怪我を治さないと言い張って部屋から出てこんのじゃ」
「はぁ? 意味が解からねえな」
「猊下が再三治すように命じても首を立てに振らんでのぉ。猊下が治してくださるというありがたい言葉も無視じゃ。だが猊下はご自身を庇われて怪我をしたセツをいたく心配なされて、怪我をしたセツの部屋から出てこようとはせんのじゃ。三日間セツを説得してやっとセツは怪我を治す事を了承した。セツの怪我が治るまでの間、猊下は一歩も部屋から出てこなくて、皆が心配したものじゃよ。猊下が手折られるのではないかと」


 待てよ? セツが……だとしたら、あの事件は一体……まて、十三年前……十三年前から行方不明なヤツがいる!

『年代的にこの暗殺未遂はマクシミリアン四世殺人未遂の翌年に起きた。マクシミリアン四世殺人未遂の翌年? 両方とも毒殺、そして……皇帝に楯突きやがった! 廃帝でも皇統だ、楯突いたら抹殺対象だ。実際にソイツは法王の力で粉々になりやがった訳だから…… “慈悲の粉” の尋常じゃない量を精製した意味も解る。そしてこれを教えてやればマルゲリーアは手を叩いて喜ぶだろうよ。リンザードが行方不明なのは……あの瞬間から全ては此処に向かって動き始めていたんだな』

「あの時気付くべきだった。ロインですら移動させられない、俺とエルスト。それを物ともせずに俺達を移動させたあいつが限りなく “オーヴァート” に近い存在であることを」


― 勇者は聖火神の力を持つ俺を呼び寄せたんだ ―


 ドロテアの誰に向けていったのかわからない言葉を聞いて、誰もが互いに顔を見合わせて無言で “意味解るか?” と問い、誰もが首を振る。
「ドロテア?」
「旅に出た瞬間から、オーヴァートの手を完全に離れようとした瞬間から、俺は全てを殺す方向に突き進んでいたんだな。俺の目的は俺の目的で、その上に……」


 オーヴァートが笑って言った事がある
 神ってのは大体表裏一体だ。生があれば死があると、人の世界よりも単純な仕組みだ
 だが一つだけ三神で一つという神が存在する
 過去・現在・未来を司る神、運命という言葉の語源となった神
 召喚神としては存在していない。実際の神の世界にも存在はない。ただ『概念』として存在しているのだと
 この神は存在する概念自体が強力だ。何せそれは神ですら殺してしまえる力があるのだと……だから『実体』を持つことはなく『概念』としてしか存在しないのだ

 それがもし『実体』を持とうものならば、それは強大な力を発するだろう

― でもな、それには条件がある。
― それは何だ?
― ただ一つの絶対条件。過去と現在と未来の概念を実体とする時、それは必ず全員『女』でなければいけない

 神を捨てた一族の末裔を殺すために……
「……ミロ、通信施設を貸せ!!」
「そりゃ構わないけど……何か解ったの?」
「多分な……その神をも滅ぼすと恐れられた “実在する運命の女神” となってみようじゃないか! 行くぞ!」

 セツを助けるか、助けないかでドロテアは自分の人生は変わるとはっきり理解した。その四本の指を見ながら『まあ、それも良いだろう』と、そちら側を選ぶ。

「ドロテア、連絡を入れる先は?」
 ミロの問いに、最も恐ろしく美しい笑顔で命じる。
「ギュレネイスのクラウス、マシューナルのオーヴァート、オーヴァートは居なかったら、全ての国の連絡を入れることの出来る施設全てに連絡しろ!」
「解った」
「連絡が付き次第即座にエヴィラケルヴィスを出る! ついてくるってなら、とっとと準備しろ! ミロ」
 胸元に二本の指を突き立てられて、口の端を上げて笑ったドロテアにミロは “即座に用意する” と答えた。命令を受けた兵士の一人が、
「で、ですが時差がありますから、深夜に……」
 そう言うも、
「この俺が連絡入れろといったんだ! 時差もなにも関係あるか! 眠てえなら、一生目覚めることの無い眠りを食らわせてやる。余計なことなんざ、考えんじゃねえよ! 早く呼び出せ!」
「解りました!」
 駆け出した兵士とミロの後姿を見ながら、ドロテアはこの運命に乗ることを決めた。
 それは選んだら最後、戻ってくることは不可能な道。
「何処までも着いていくし」
 確かに俺は運命の女神の力を望んださ。それはシャフィニイと契約して履行される予定だった。使うつもりもない最高の力と契約した理由、それは消えぬ男の身体を消し去ってくれと、シャフィニイに依頼した。本人には知らせていないが……だが、どうやらそれだけでは終わらないらしい。
「今更聞く気もねえよ、エルスト。さあて、魔帝がどれ程のモノかは知らんが、所詮貴様はラシラソフ。その名の通りにしてやる」
 脇に立ち、周囲の人には話の前後のわからない言葉を淡々と口にしたエルストに “馬鹿なことを言ってるんじゃねえよ” と返す
 レシテイが語ったイングヴァール。
 その魔帝は、オーヴァートをも殺す事が出来る。
「今お前が戻ってきても、迷惑なだけだ」
 最後の子孫が地上を皇帝の支配から永遠に切り離そうとしている今、貴様が戻ってきても、
「この世は俺たちのものだとは言わんが、お前の物でもない。所詮話し合いなどありはしない、だから力ずくでお前を押しのける、待っていろイングヴァール!」

 選帝侯に『皇帝の忠臣』と言われた女が、その運命の糸を解きほぐし、そして切り裂く



 皇帝を殺す為に、人であった女は神となる道を選び、男はその女に付いていくことを決めた


第十四章 【運命の女神】完



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