ギュレネイス皇国
十年前、チトー五世が司教(ギュレネイス最高位)に就いて以来、発展著しい国である。
その手腕は父であるセンド・バリシア共和国大統領以上と、大統領自身が公言してはばからない。
法力はたいした事はなく、イシリアとの戦線に出向く事はない。だがよくよく考えれば国の最高位に就いている人物が、最前線に出る事の方が珍しいだろう。
そう言う意味ではエド法国の法王は変わり者なのかも知れない。
ギュレネイス皇国の最大の特徴は、前王朝の首都であった場所に建った国である所にある。
大陸全土が皇帝の所持品であり、税金を納め国が成り立っているのだが、その中でも特に首都を借り受けているギュレネイス皇国は特にオーヴァートの機嫌を大事にしている。
世界最古にして最大の建築物・フェールセン城の“外庭”を使用してギュレネイス皇国の首都はつくられている。塀の内側にはそびえ立つと称される居城が、帰ってこぬ主を待っているのか? それともいないのか。
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朝食後、首都に辿り着いたドロテア一行。
犯罪者の墓を参るのには、それなりの手続きが必要だ。そして中々書類が通らないのも事実である。普通犯罪者の墓を参るのは、大体が肉親で官吏がその肉親をいたぶるかのようにするのは日常茶飯事だからだ。誰もがそのいたぶりに何の感情も抱かない、人間とはそんな風に出来ているものらしい。
「ああ、昨日車軸買いにきたついでに役所に書類提出しておいたから、三,四日くらい待てばどうにかなるだろうよ」
「手際いいわね、相変わらず」
三,四日くらい役所に通い、許可を貰うつもりでいたのだが、ギュレネイス皇国においてドロテアは絶大に有名だ。国土の所有者の愛人だった事、地上でもっともオーヴァートに影響力がある事から。
ドロテアは元々大陸にその名を知られた大寵妃であった。オーヴァートと別れて七年程経ち、噂だけしか知らない人々の記憶からは消えていったのだが、最近の騒ぎで不本意ながら再び注目を集めてしまった。元々皇帝の大寵妃として人々に知られていただけに、噂の伝播も異常に早い。
特に美しさにおいて、為政者達は一度見てみたいという誘惑に駆られる。
「閣下がお時間を頂きたいと」
役所に許可を貰いたいと脅しにきたドロテア達は、顔を見合わせて頷いた。
チトー五世、本名はクロード・ラトアという四十歳を少し過ぎた、やや線の細めな男だ。辣腕として有名で、貪欲に人材を集める、その出自・前歴を問わない人の収集ぶりは、ある意味コレクションに近いものを感じさせる。
チトー五世当人が、ギュレネイス皇国生まれではないから人を集めるのに執着するのだともいわれていた。
母親がギュレネイス皇国から出ていった女性で、大統領の三番目の妻となった。幼い頃から政治に憧れたが、父親が政治家だったため法律でなれない事を理解し、母親の母国であるギュレネイス皇国に出向き『司祭』になるために着々と準備を進め、その希望通りに最高権力者の地位を買い取った。
ただ、買い取ったとは言え実力者で、治世は悪くは無い。繁栄に重点を置いているギュレネイス皇国は、華やかさにおいてはエルセン王国をも越したといわれている。
「……相変わらず大聖堂や法王庁ってやつは、人があまり訪問しないくせに派手だよな」
ふてぶてしく歩いているドロテアだが、今回の先頭はエルストだ。
ギュレネイスでは、男性の方が無条件で地位が上なので、歩く順列も決まっている。因みにエルストの次はマリアだ、女性の順列は家柄など関係なしに、年齢だけで決められているのが、この国の特徴である。
他国であれば当然ドロテア、ヒルダ、エルスト、マリアの順である。ドロテアとヒルダは拮抗する地位だが、大寵妃と司祭という比べるには甚だおかしい地位を人々は天秤にかけ、その主が皇帝と神(元勇者)ゆえに皇帝のほうが上位なのでドロテアのほうが上という事になっている。
そんなに変に難しく考えないでも、どうみてもドロテアのほうが上なのだが……
白い床に、黒地に銀糸で刺繍された鷹の旗が幾重にも下げられ、七段ほど上にある背もたれの高い椅子に腰をかけている、細身で鋭い目付きをした男こそ、センド・バシリア共和国の大統領アルマーヌ・ヘールアルスキウの五男にして現ギュレネイス皇国の最高位についているチトー五世である。上段から四人をじっくりと見据えた後、凛とした声を謁見の間に響かせた。
「そなた等が吸血鬼を討ち、イローヌの遺跡の暴走をも止めた一行か」
「はい」
エルストが答える、此処ではエルストが答えるのが当然なのだ。
「ギュレネイスの国威もそなたの活躍に比例して上がっておる、感謝したいほどだ」
「恐れ多い事でございます」
「書類を見る分には、犯罪者の墓参りを希望しているそうだな」
「先頃処刑されました、神父位を剥奪されたブラミレースの墓参りでございます。実の所彼を捕まえたのは我々でして」
「よろしい、取りはかろう。暫し時間が掛かるがよいな?」
『チトー五世当人が呼び出しておきながら、犯罪者の集団墓地に参るのに時間がかかるわけがないよな』とエルストはチトー五世の言葉が引っかかったが
「はい」
大人しく答え、考えをめぐらし、一つの結論に直ぐに辿り付いた。
「大規模なバザールも開かれる、退屈はしないであろう。ゆっくりと休むが良い。所で滞在中は何処に?良ければ屋敷も準備するが?」
話のふりかたがわざとらしい。よく言えば単刀直入なのだろうが、基本的に単刀直入でないから“わざとらしい”としか言いようがない。
「それはご心配には及びませぬ。恐れ多くも知己を得ている御方の城に滞在いたします、掃除と様子見を兼ねて泊まるよう指示されておりますので」
ドロテアの許可もなしに、オーヴァートの城に泊まるとエルストは口にした。
「そうか。時にエルスト、主の知己を得ている御方とは、皇帝陛下か?」
皇帝陛下ことオーヴァートの名をこの場で話題にしたかったのだ、チトーは。なので敢えてそう水を向けたのだ、そのほうがチトー五世の機嫌がよくなり墓参りも直に出来るために。
「はい、そうで御座います閣下。皇帝陛下には学芸員の資格をも頂きました」
エルストは心中で笑った。現実的で効率主義者のチトー五世が四人を呼び出したのは三人の美しさを確認したいとう事ともう一つ、エルストと直接話をしたいといのがあったのだ。為政者なのだから簡単に呼び出し話もできそうだが、そうは上手くいかないでいた。
チトー五世がエルストを引き込もうとしているのは、最終的にオーヴァートを呼び戻す事に繋がり、それをマシューナル王国で阻止している上に、ドロテアもエルストも全くコチラには出向かない、何せ用事がないので。用もないのに態々こんな場所に出向くような二人ではないのは周知だ。
エルストの故郷なのだから足を運んでも良さそうだが、エルストは故郷に殆ど未練もないしドロテアにいたっては女性なのでギュレネイス皇国に来てもなんら学術的な興味をそそる場所に足を踏み入れる事ができない。そんな理由で二人とも全く皇国の存在を無視していた。
切望しても会えずにいた二人が、突然訪れたのだからこの機を逃がすわけがない。此処で一度会い、滞在理由を問いただし滞在を引き伸ばして説得する気なのだろう。そして引き伸ばすにはもってこいの理由でもある。
「なるほど、もっと話をしたいところだが時間が都合つかぬので退席する。其方が滞在している間に必ず時間を作る故、是非とも話をしようぞエルスト。後は警備隊長にまかせる、何事でも言いつけるが良い。クラウス!」
「はっ!」
“俺を説得してもねえ……閣下。ドロテアを説得しないと無理ですよ。最もドロテアを説得できるならオーヴァートも説得できますけれどね”
全くである。
そしてクラウスと呼ばれた青年が四人の後で頭を下げ冷静さを感じさせる声で名乗りを上げた
「皆様のご案内をさせていただきます、クラウス=ヒューダと申します」
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フェールセン首都には少ない黒髪の男が頭を垂れていた。男はゴールフェン人、故郷から親に連れられて此処まできた。
彼の赤い瞳の先に映るのは、フェールセン人の男。
−アイツが悪いんだ! アイツが殺したんだ!−
灰色の髪と、薄い青色の瞳が特徴のフェールセン人
黒い髪と、薄い赤色の瞳が特徴のゴールフェン人
金色の髪と、薄い翠色の瞳が特徴のエールフェン人
フェールセン人はエルスト
ゴールフェン人はクラヴィス
エールフェン人はウィリアム
三人とも警備隊に所属していた
−アイツが悪いんだ! アイツが殺したんだ!−
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昨晩、ドロテア達が骸骨相手に会話をしていた同時刻。
若い、それでいて位の相当な高さを示す着衣と腕章を纏った黒髪の青年が、報告書に目をとおしていた。
「何故だ?」
秘密裏に情報を集め、対応策を練る為に毎日のように残業していた男は書類から目を離し、椅子から立ち上がって身体を伸ばす。
夜空に星を求める、輝きが見えるのに雨足は一向に収まる気配がない。ギュレネイス皇国の首都フェールセン一帯は、天気雨が降る事で有名だ。
有名だというのには訳がある、雲が出る事は一切ないのだ。雲もなく雨が降り、そして虹がかかる。空を仰げば美しいが降り注ぐ雨は真冬のように何時も冷たい、それがフェールセン。
窓から外を眺めていた、黒髪の男はカーテンに手をかける。彼の“生まれ”故郷とは違う雨。
そして見える淡く光る巨大な建物。
虹の袂に建ったと称される、幻の財宝を宿したフェールセン城。大陸最大規模を誇る城。首都の五分の三はその城に覆われている。
もう誰も帰っては来ない城。
最後の皇統にして稀代の学者が、マシューナル王国に居を構えて二十年近く過ぎている。
カーテンを引きながら、マシューナルに送った男の事を思い出した。ノックの音に入るように指示を出す。
「クラウス隊長、明日閣下が謁見なさるそうなのですが……」
「どうした?」
部屋に入ってきた部下が、酷く歯切れ悪く言う。何か問題でもあるのだろうか?と。意を決したように部下が、
「あの、吸血大公を討った一行だそうです」
つい最近、大陸最大にして最強の国家・エド法国を襲った吸血大公。その強さたるや想像を絶していたという、だがその吸血大公をもはるか凌いだ攻撃魔法の使い手、回復魔法の妙手、一歩も引かぬ聖騎士、そして一人の男。エド法王・アレクサンドロス四世に随分と信頼を置かれ、セツ枢機卿も誉めそやしたその男の名が、私の背筋を凍らせた。
「そうか、素晴らしい実力の持ち主だと聞いたが。それがどうかしたのか?」
同姓同名だろう。珍しい名前ではないが、珍しい名字ではある……多分この地にしかいない、あの血を持った人間しかそんな姓名はない。
その名を繰り返しながら、不意に私は彼に嫉妬していた事を思い出す。正確には言えぬが彼の生き方に対して。他者からみればどうして嫉妬するのかわからないかもしれないが……私自身だってわからないのだ。
部下はそのまま言葉を続ける。
「役所の書類を提出に来たのですが、確かにエルストだったそうですよ。同名の別人ではなく、やはり当人だそうです」
姉が恋した男、エルスト=ビルトニア。
自分達家族が越してきた先の、すぐ近くに住んでいた三つ年上の生粋のフェールセン人の男は、穏やかで何をしていても本気では無いように思えた。自分と時を同じくして越してきた、エールフェン人のウィリアムとは対照的な。
−悪法といえど、法だ−
「そうか……」
少し苦手だった。精一杯背伸びをしている自分にとって、エルストは苦手だった。強烈な印象を与えるウィリアムより余程、恐ろしさを感じさせた男。
部下を下がらせ、再び引いたカーテンを開ける。もう、エルストの生家はないが
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親の金を奪ったのではなく、親が金を隠せば遊びに行かないだろうと隠したのだ
当人の金を
いい歳しをた息子にそこまでしなくてもいいだろうが
そしてエルストの両親は、早く一人で生きていけるようになって欲しいといっている
だがその両親は同じ口で、年を取って、心細いから出て行かないでくれと言う
かなりの矛盾だと
そして、姉の縁談の邪魔になると口を挟んだ自分の両親
「お前の為でもあるんだぞ、クラウス。クララが良縁を結べばお前も……」
自分の両親が段々と疎ましくなってきていた頃
誰よりも出世しろと、口喧しく言う両親に
「うるさい」
ともいえない自分。遠く離れたマシューナル王国に送り込む手続きをした
あそこにはフェールセン人の主たる『皇帝』がいるから、そんな理由で選んだ
彼は恐らく解っていたはずだ
何故国を追われたか
彼は何も言わずに彼は国を後にした
何を考えているのか解らない、高等教育まで受けておきながら
元々出世欲も少ない人間なんだそうだ、フェールセン人というのは
彼が国を去った後に知った
自分の部下だった頃も、どこか飄々としていた。でも何処か怖かった
昨日の夜、雨にけぶる夜空に過去を思い出した
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少し悩みながらも、直々に仰せつかった役を拒否は出来るはずもなく、灰色の髪の男の後に膝をついた。
「皆様のご案内をさせていただきます、クラウス=ヒューダと申します」
四年前、此処を出て行った時と変わらない男。
違うのは、見た事もない異国の美女達と共にいること。
不思議なものだ、貴方は何時も幸せそうだ
−じゃ、元気で出世してくれよクラウス−
あれは嫌味だったのか、それとも嫌味と勝手に私が感じたのか
ウィレムはもういない
そしてエルスト
貴方が私の目の前にいる