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『今日はドロテアの結婚式だな』
『そうだなあ』
『行かないのか?』
『俺が行けば祝福する筈の神も来られんだろう』
『それだけか?オーヴァート』
『それだけだ、ヤロスラフ』
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「そうか……」
人は腐り土に還る
ベッドに体を預けたまま、エルストがドロテアの顔を覗き込む。
「随分と昔の話だし、オーヴァートは言う気は無いそうだ、全てを」
選帝侯は風に消える
じゃあ……オーヴァート=フェールセンは? そしてもう一人のフェールセンは?
「俺寝る。あ、その前に、これ。転がったの拾って加工しておいた」
エルストが差し出したのは、吸血大公の胸から零れ落ちたオレンジの石。
「手癖が悪い男だ。ありがたく貰っておく」
ドロテアは受け取って、ネックレスに加工された石を握り締めた。
「後、寝る前に一言」
「何だ? エルスト」
「いい女だな、ドロテア」
「……そりゃどうも」
波の音が聞こえる。陸地を離れてまだ一日も経っていないのに、懐かしいような。海鳥の鳴き声に、ドロテアも瞼を閉じた
どうして滅んだのに、解体したのに生き延びているんだ? 目的か理由があるのか
理由を聞いて俺は愕然とした。ドロテアも愕然としたと言った
それでも終止符をあの男は打つと言う
強いが、その強さの原動は決して聞いてはならない
強ければ強いほどに、その原動力は悲しいから
何も考えていないような素振りで、人を煙に巻いて生きるしかないだろう
甲板にいて海を見つめている二人の耳に、聞きなれない声が届く。
鳥のなく声に二人は顔を上げる。大きな海鳥がまるで船を先導でもするかのように飛んでいた
「あ、海鳥ですね。何て言うんでしょうあの白い海鳥」
ヒルダが指差し、マリアも暫く眺め、眺めながら
「さあ、私は海出たのは初めてだから。後でドロテアに聞くといいわ」
「そうですね。鳥は飛んでいる時、何を考えて飛んでいるんでしょうね」
羽ばたくかのような長い髪の毛が風に舞い
「不思議よね。多分……私達なんて及びもつかないような哲学的な事を考えて飛んでるのよ」
波打つかのような髪が風に舞う
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人は鳥が何を想って飛ぶのかも解らぬのだから
「猊下。オーヴァート卿がお出でになられました」
真実など何一つわからぬままに、生きていけばいい
「そうか」
フェールセンは涙を流す事もなく
生きてゆくのだ
『エルスト』
『ん? オーヴァート、何?』
『神の祝福を受けてドロテアと幸せにな』
神から最も遠い場所にいる男は、二人の門出をそれでも祝った
神から最も遠い場所にいる男は、祈りを捧げる二人の為に
『有り難う』
『ほら早く行け。ドロテアが教会で待ってる筈だ』
神に祈る、祝福をくれと
神を捨てて生きた末裔が
生きてゆくのだ
滅びに向かいながらではあるが
それを愚かだと笑えばいい
「お初にお目にかかります、皇帝よ」
ギュレネイスの雨は皇帝の涙
暖かな空気の中落ちる雨は後悔の涙
世界を支配せしめて何を後悔したのでしょう?
世界に生まれた事を後悔してしまったのでしょうか?
それとも罪を犯したことを悔いているのでしょうか?
フェールセンに落ちる雨
青空から落ち虹を幾重にもかけるその涙
救われてくださいと 救われたいと 救いたいと 救いましょう と
「初めまして、法王よ」
神の国に住まう皇帝鳥は飛ぶ事もなく啼きもせずに
皇帝の代わりにあの空は泣くのだ
第五章 完
【神の国に住まう皇帝鳥は飛ぶ事もなく啼きもせず】