「レイ! 俺が指示を出したら切り裂け!」
風圧で動けなくなっている全員を背後に、足を踏み出した。扉が開き、轟音とともに見上げるように砲台がせりだしてくる。空は綺麗な青色だが、この室内は赤紫の目に痛いような色で染まっている。
ドロテアに渡された刀を握り締め、指示を待つ。
刀が身体にシックリと馴染んで、飛び上がる巻き込み渦巻く力の中から、何かが禍々しく舌を出す
醜悪なバケモノが口を開けて、舌を出している。あの日のようだった、逃げ惑ったあの日のような
村人全員が殺された時も、わけの解らない光に辺りが包まれ、そして殺された。あの日の再現のような
「レイ! 今だ!」
ドロテアの声に、跳躍する。通常の人のそれとはまるで違うといわれる跳躍力をもってしても、ラトーヤとかいうモノの半分にしか到達できない、だが壊すのには充分だ。
「これで終わりだ!!」
両手で柄を握り、剣から流れ込む力と同化して、それを振り下ろす
スパッと音を立てるかのように剣が抜ける。何の苦もなく
“切り裂いた”
「まさか! そんな筈は!」
レクトリトアードの力を利用しようとしていたコルネリッツオだが、レクトリトアードの力がこれ程だとは思わなかったようだ。自意識の過剰なコルネリッツオは、自分で制御できると信じていた、レクトリトアードの力を。
レクトリトアード単体であれば、魔法磁場を用い自分の狙ったとおりに使えたかもしれないが、今レクトリトアードの手に握られているのは、彼の力を無限といっても過言ではない程に力を増幅させる刀。
その威力に誰もが、切り裂かれ二つに割れてゆく砲台を見つめている。一瞬の静寂の後、壊れた禍々しい力の渦が辺りを巻き込み、壊れた己の部品を撒き散らし暴れ出した。その轟音は、無機質なものの壊れる音というよりも、何かの生命を持ったモノの咆哮にも似ていた。
足がすくむような、そんな崩壊の音の中一人何時もと変わらず声を発するドロテア。
「動くなよ」
ドロテアが魔法磁場を用い魔法を紡ぎだし、飛んでくる瓦礫を弾き飛ばす。
一人だけ、飛び上がり見事に砲台を切り裂いて、前かがみになり着地したレクトリトアードが、顔を上げる。影が見えた、彼の着地した場所は丁度、切り裂いたその兵器の前。
刹那、空が光った事を感じ取った。レクトリトアードだけが
“逃げられる速さじゃあねえ……まあ、レイなら半身避けられるかもしれねえがな”
誰も見えはしなかったが、突如空から光が落ちてきた。レクトリトアードの頭上に
「がっ!!……」
それを条件反射以上の“本能”で察知した。
ドロテアの言葉通り、半身かわし、太股を半分切断されるだけで留めたレクトリトアード。だが動く事は出来ない。半身かわせただけでも、人のものではない反射神経だが
「対空だと! バダッシュ! 何か聞いていたか!」
ドロテアが空を見上げ舌打ちをする。その舌打ちも、崩壊の音にかき消されていってしまう。
「いや! 動いて無い筈だ? オーヴァート卿が動かしているとか?」
オーヴァートが個人的に動かしている場合は、一般的に知られない事もある。だが
「オーヴァートが動かしてたら対空程度は制御しているはずだ!」
途轍もなく手に負えない変わり者のオーヴァートだが、遺跡の管理は完璧だ。対空制御程度を忘れるような男ではない。例えしていなくとも、対空砲が動いたと同時にオーヴァートならば潰せる。だが、そうではないということは、オーヴァート以外の誰かが、正式な手順を踏まずに遺跡を動かしている事になる。
「ドロテア! 第二波は!?」
「これだけ時間が開いたという事は、恐らく来る事はないだろうが。レイでもあの怪我じゃ治るのには少々時間がかかるな」
立っているのが精一杯の轟音を生み出す風と、辺りに無数に交差する光に、誰も動く事はできなかった。
頭上から降ってきた光には負傷を追ったレクトリトアードだが、室内を縦横無尽に行き来する光は跳ね返している。
**********
「はあっ……はあっ……」
右手で剣を握り、左手で身体を押さえる。切れ飛んだ太股から下の足と上の足はどちらも傷口から血管が伸びている。切れた瞬間に血管の何本かが瞬時に伸び、相手の足と身体に繋がっている足を捕まえた。
血管だけで繋がっている膝下が風に揺られ、持っていかれるたびに、激痛が走る。だが、あと少しすれば繋がる。そしたら、もう一度あれを切り裂けば……
目を閉じないように力をいれ、視界を保つ。そこに痛みで噴出した汗が入ってくる
『早く繋がってくれ!』
殴られて眼球が飛び出した。それを拾って元の場所に収めたら治った。人は治らないらしいな……
大きな欠片がまるで破壊した彼に一矢報いるかの如く、俺の居る場所に向かってくる。下手に動くよりも、この欠片を受けた方が全てに置いて最善の策だと判断した。
飛んでかわし後ろにいる者にあてるよりも、ムリをして弾き飛ばしてあたりに被害を加えるよりも、人より頑丈に出来ている自分なら大丈夫、回転してくる冷たい鉄の塊に手にかざした。その時だけ目を閉じた。
何故目を閉じた?
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ごいん!!
「ごいん?」
あまりに変な音にエルストが音がした方に目をやると、何時の間にかレクトリトアードの前に飛び出して行ったヒルダが欠片を弾き飛ばしている。正確には背中に背負ったヒルダよりも大きい盾に当たって、欠片が飛んでいった。その大きな欠片めがけてドロテアが魔法をかけ、また弾き返す。欠片は出てきた床下に吸い込まれていった。
「上手いなドロテア!」
「そうかい、エルスト! もう水の壁はいい。コルネリッツオを捕まえろ、ヤツはタダの人だ」
「了解」
エルストはレイピアを抜き、歩き出した。
轟音の中、最も危険な場所にいたレクトリトアードの前に立ち、自分で進んで最も危険な場所に立ったヒルダ
「大丈夫ですか?」
庇われた当人は、何が起こっているのか理解できないで目の前に立つ司祭を見つめる。辺り一体はまだ行き場を失ったエネルギーと、破片が飛び交っている。
「そっちこそ大丈夫か?」
まだ繋がらない足を、ヒルダが押さえる。
「大丈夫ですよ!」
血が白い法衣を汚していくのが迷惑なような、ちぎれてしまっている足を大事そうに手で支えてもらうのが悪いような、なんともいえない気分に一瞬だけ陥ったレクトリトアードだが、直に気を取り戻しヒルダに戻れと言おうと口を開いた。
「早くよけ……」
言い切る前に、突如ガツリと右手が踏みつけられ、
「動くなよ!!」
ドロテアに見下ろされるレクトリトアード。
「あ、姉さん!!」
「レイ! 手に力を込めろ! 光芒なる光と風よ、我が剣となりて敵を打て!」
真正面に飛んできた部品を光と風で叩き返す
「な、何しているのあれ?」
「レクトリトアードの力を吸い出してるんだよ」
「手間の掛かるガキ共だな! 西方の魔を歌う詩人、この地にて踊り狂え」
指が宙を撫でるように動き、そして靴底がターンするときのように高らかに鳴る。三人の前に、黒い壁が出来上がるがそれをも突き抜ける勢いで、壊れた部品が襲い掛かってきては、ドロテアに弾き返される。
「かの人を待ちし最後の乙女、玲瓏なる月の優しき光をこの手に」
ヒルダがレクトリトアードの足を繋げようと、魔法を紡ぐもその光は足に当たった瞬間に消えてしまった。
「無意味だ」
「本当に効かないんですね」
「足押さえてろ、ヒルダ」
「はい!」
「海よりきたり、我が僕……とっとと俺の思い通りに出てきやがれ!」
指先を腕を縦横無尽に動かしならが魔方陣を宙に描き、次々と魔法を紡ぎだす。それはドロテア本来の魔力ではなく、レクトリトアードと刀が接している面から吸い出している魔力を持って描き、破片たちを弾き返している。
扉が閉じると、辺りは水を打ったように静寂になり、そして
静寂の中、追いかけっこが始まった。
「待ってくれ!」
魔法と邪術がなければコルネリッツオは普通の人と変わらない。寧ろ年をとっている分、体力は劣るだろうエルストに。
「やだな」
エルストはそれだけ言うと、レイピアを肩に根元まで突き刺しコルネリッツオを引き倒した。
消え去った轟音そして、今度はコルネリッツオの悲鳴が木霊す。
「許してくれ!」
叫ぶが、エルストは無言のまま、まるで蜂の巣にでもするかのようにレイピアを刺す。その振り下ろし、刺す姿に何の躊躇いもない。
「中々、ギュレネイス警備隊お得意の尋問術だな」
それを見て、バダッシュが呟いた。
「尋問……ってあれがですか?」
ナーシャがバダッシュを見上げる。あれはどう見ても拷問で、建前上は禁止されている筈だ、何処の国でも。
「ああ、ギュレネイスの警備隊は殺さないように刺す技術を習うからな。あそこの警備隊も聖職者の一種だから刃物は原則的に持てないから、棒を使う。偶に先を尖らせた棒とかな」
「エルストって警備隊とか言うところのにいたの? 知ってたヒルダ」
足が繋がったレクトリトアードにハンカチを差し出しながら、マリアの問いに答えるヒルダ。
「いいえ、知りませんでした。天下流浪のギャンブラーだと思ってました」
「アイツは警備隊員だったんだぜ。知らなかったのか?」
ヒルダは小首を傾げた
エルストは人を殺す事を好まない。寧ろ臆病で嫌いらしい。
だが、エド正教徒であるヒルダは知っている
ギュレネイス神教の警備隊というのは……
大陸で最も“無力の人間を殺す事を楽しむ隊”だと言う事を。
だがエルストの態度は本当に人殺しを嫌っていたし、下手であった
だが今目の前にるのは、バダッシュが言うとおり間違いなく “その顔” であった。
「知ってた所で過去の話だしね」
マリアもエルストはギャンブラーだとばかり思っていたのだが、そうではないらしい。
「そうそう。過去は必要ありませんし。語れば、昔の男の話がボロボロ出てくる人もいますし」
ヒルダは詮索はしないと、話題を打ち切り笑った。義理の兄の過去を詮索する必要は無いのだ、多分姉は知っているのだと。
ヒルダにとってはそれが最も重要な事であった。
過去に警備隊にいたエルストは、何時にない態度でコルネリッツオを刺し続ける。 十回以上も刺されて死なないのは、余程上手に急所を外しているとしかいいようがない。
「喋る! 何でも喋るから!」
コルネリッツオの懇願など、全く聞きいれずザシュザシュとレイピアを突き刺す。逃げないように足で踏みつけ、死なない場所に刺す、刺し続ける。その、微塵も後ろめたさを感じさせずに刺す姿は、見ている方は嫌悪感以前に、不思議な感覚に襲われる。
何が起こっているのか、理解できない。そんな感覚だった、普段その役割はドロテアが担っているだけに、そしてエルストという男が、怒らないで有名だっただけに。
その後姿を見ながら
「怒ってたんでしょうね、エルスト」
私の出番がないわね、とマリアが苦笑いする。
「そりゃもう」
ヒルダも苦笑いした。
「助けてくれ! ドロテア! とめてくれ。儂が悪かった!」
血まみれになりながら助けを求めるが
「バダッシュ、制御室に行くぞ」
「ああ、解った」
それは虫のいい話である。先ほどまで“殺してやる!”といきまいていたのだから。そんな勝手な言葉をドロテアはサラリと無視して、バダッシュとともに制御室に向かっていった。
「優しい顔して意外と怖いのね」
「そりゃまあ、妻を傷つけた張本人を笑って許すような男じゃないわよね」
マリアも槍で一刺しくらいしてやりたいなとは思っていたが、エルストの刺しっぷりに感嘆するばかり。
そして
「はい、姉さんの事好きですからね……。エルスト義理兄さん! そろそろ」
“止めてください”と言うのだろうと誰もが思った。一応聖職者だヒルダは。だがそれ以上に……
「交代してください」
およそ、聖職者にあるまじき言葉である。ヒルダの、地獄に一直線に叩き落す言葉に、エルストはレイピアを仕舞い笑いながら身体を避け
「どうぞ、ヒルダ」
「ありがとうございます」
なんと言っても、聖職者以前に“あの”ドロテアの妹だ。
「す、素手で殴るのか?」
刃物は使えないと聞いていたレクトリトアードが滅多に見せない驚いた表情と声で尋ねるが、表情変わらずで
「いえいえ違います」
と言いヒルダは菓子が入っていたバスケットから石を取り出した。遺跡に入ってくる前に拾ってきたものだ、準備がいいというのか何と言うのか。
「石で殴るのか?」
ふんふん〜と鼻歌を歌いながら、ヒルダは頭に被っているクルヴェージュを脱ぎそれに石をいれ、グルングルン振り回しながら殴り始めた
「戒律で刃物はダメですから!」
「いたっ! いたっ!」
バチンバチンと、体中に穴の開いた老人を石で殴りつける。その姿は、明らかに強者が弱者をいたぶっているのだが、そんな事知ったことではない。肉親を傷つけられて、笑って許せる程には聖職者として達観していないらしい。それを達観というのか、それとも聖職者の本当の姿というのか、そこは当人の自由なのかもしれない。人を石で殴りつけるのは自由かどうかは別として。
「ヒルダ、あんまり頭部は傷つけない方がいいぞ! 証拠物件だから」
うりゃうりゃと言いながら、遠心力で殴るヒルダ。いっそ、刃物で刺されたほうが楽だろう……というか、刃物より凶悪に見えるし凶悪だと思うのは
「俺だけじゃないよな……」
レクトリトアードは溜め息交じりに口にして、周りの人間も頷いた。
「ふふん! 取り敢えず姉さんの仇」
声高らかに、そして殴った音も高らかに。バスボス、ゴキッ! と鼻の骨が折れて鼻血が噴出し、助けを求める声も途切れ途切れになるが、ヒルダはやめようとしないし、誰も止めようとしない。今此処でヒルダを止めても、マリアも控えているわけだ。どちらに転んでも、暫く殴り刺されるのだコルネリッツオは。自業自得とは言え、悲惨極まりない状態である。
容赦なく石を振り下ろし、少しばかり返り血を浴びているかもしれないが、レクトリトアードの血に紛れて全くわからないヒルダ。その背後に立ったドロテアが
「俺の仇ってなんだよ。それに取り敢えずってなんだよ」
「気持ちですよ、気持ち」
キラリと振り返りヒルダの堂々たる語り口は、他者が口を挟むものではない。というか、やはり姉妹であるドロテアとヒルダは。
「……まあ、なっ!」
言いながら、コルネリッツオの肋骨を踏み折るドロテア。呼吸が一瞬できなくなったコルネリッツオは、悲鳴を上げることすらできなかった。最早止める止めないの域を脱している姉妹だ。
**********
ヒルダがコルネリッツオを殴打している時、ドロテアとバダッシュは大急ぎで施設の稼動を終了させていた。色々な箇所を押しながら、危険区域を閉じるとバダッシュがドロテアに声を掛ける
「エルストを止めないのか」
バダッシュもエルストがあんな事をするとは思ってもみなかったらしい、あれがドロテアならば誰も驚かないのだが……驚かれないドロテアというのも、ある意味困り者ではあるが。
「生かして連れて帰りたいか?」
「いや、ムリに生かして連れて帰ろうとしたら、逃げられるかもしれないから、構わないけどな」
最も此処で逃げても、遺跡の無断稼動が罪状とドロテアを負傷させた罪状が加わり、オーヴァートが出てくるのは火を見るより明らかだ。特に後者の罪状はコルネリッツオを極刑に処すくらいの重さだろう、オーヴァートにとって。
「なら、やらせておけ。……それにな……」
「それに……なんだ?」
「いや、いい。とっとと停止させるぞ」
「わかった」
ボタンを押し終えると、仕掛け時計が動いているような音が徐々に収まっていった。
「なら、やらせておけ。……それにな……あんなに怒ったエルスト見たの初めてだ。怒ったエルストを見たこと自体、初めてだ。それにアレは止めようがねえよ、俺じゃあ止められねえよあれは……」
ドロテアですら、初めてみたのでエルストの怒った顔を。
あの、どれほど何をしても怒らないあの男が、初めて怒った表情。淡々と今まで暮らしてきた三年間では信じられないようなエルストの怒り方。
その行為を見て、相手が自分を愛していると喜ぶ程、ドロテアは無邪気な馬鹿ではなかった。
過去に同じような行動をとった男の愛人だっただけに
だが、それを重いと感じる程、エルストを愛していない訳でもない
ただ、あるがままなのだ
ドロテアとエルストは
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