ビルトニアの女
勇者の祈り僧侶の言葉【12】
 古代遺跡にはある特徴がある。
 どう使用しても軍事施設であるはずの建物に、人を収監する場所が無いのだ。それは“人を捕らえて尋問する”という事が無い時代に造られた事を意味する。
 すなわち、人を捕らえる必要も尋問する必要も無いただ純粋にこの建物が“破壊行為”に使われていた事を示すのだ。
 そんな遺跡の中でも、人は“人を収監できる場所”というのを捜す。ある意味、それらを探す能力に長けているのだろう“人間”は。
「牢屋として使えそうなのは半地下に一箇所ある程度だ」
 地図を見ながらドロテアは地下と地上の境にある、空白の場所に目をつけた。その場所であれば、内部に放った魔法生成物にも襲われず、尚且つ入れられた人間が簡単に出る事もできない場所がそこにはあった。
 どうも、簡単な武器庫であり弾薬や火薬を収納していたのではないか? と現在研究が進められている場所、火薬庫である為に鍵がかかり、空調も整備されている。
 逆を返せばそこ以外はあまり人を閉じ込めておくのには向かないのだった。
 ドロテアが地図を指差そうとすると、指の力が抜けたようにフニャリと折れる、面白く無さそうに手を振り再び指差す。
「そんな事より肩の傷大丈夫? ドロテア?」
 その仕草を見て、マリアは心底心配する。
「ああ、平気だよマリア」
 ドロテアは笑いつつ肩の傷を叩いて見せた。
「ドロテア、此処にいなかったら王太子達は殺害されたと見たほうがいいかな?」
 エルストがレイピアを抜き、一応警戒しつつ前を二人の前を歩いている。
「そうだな、俺の性格を知っているから“王子達を助けたければ剣を置け!”なんて言っても無駄なこと知ってるだろうし。……まあヤツの事だ殺しちゃいねえだろうよ。まだまだ使い道はあるしな王太子達は」
 ただの人ではあるが、王太子というのは立場的に色々と使える“国があるうちは”だが。
「それにしてもドロテア。イローヌを支配してもオーヴァートが出てきたら終わりじゃないか? どうするつもりなんだろうな?」
「確かに終わりだが……嫌な噂を聞いた事がある。ギュレネイス皇国の一部の神官が遺跡を戦争に用いようとしている、ってのをな」
「何だそれは?」
「ギュレネイス皇国の首都・フェールセンはあらゆる古代遺跡の攻撃を受け付けない、どうしてかは解るだろうエルスト?」
 その首都出身のエルストには、よく解る。そうでないものでも、解る。大陸に生きているものならば誰でも解る事
「そりゃそうだろうな、あそこは皇帝の城の一部だし」
「だろ? だから使用して相手が使用してきても、こちらは無傷だからって考えてる奴等がいるらしい。そんなヤツラに売る気かも知れないな」
「オーヴァートは許さないんじゃ?」
 マリアは不思議そうに尋ねるが
「どうかなぁ……オーヴァートが死んだ後に行動されると誰も止められないな。それまでコルネリッツオが生き延びれないって事も無い」

**********

世界の抑止力となっているオーヴァート。彼が後何年生きるか?
抑止力が無くなったとき、人は力に対する欲望を抑えられるのか?

無理だろうか?
無理なんだろう

人は愚かだと
造った当人たちも愚かだから
造った当人たちを越えられない

抑止力となる事を望んだ初代皇帝
破壊施設を億の単位で作り上げた初代皇帝
彼の目的は何だったのか?
それは解らないにしろ

世界は間違いなく抑止力を失う

**********

「よくやったな、ヒルダ」
 戻ってきたドロテア達と二人の王太子。ドロテアは自分で出血を止めただけで、治療はしていない。治癒の魔法はドロテアよりやはり本職のヒルダの方が上手い。
「魔法使えますね、では治療を」
 ヒルダがドロテアの肩を治している間に、王太子二人を囲み
「王太子殿下、ご無事で!」
 口々に生還を喜ぶ。そしてエルストに数えてはもらえなかった男爵が
「王太子殿下を先に逃がさなくては!」
 訳の解らない事を口にすると、いつもどおりの口調が男爵を怒号する。
「バカか。出口も塞がれているんだ、連れて行くしか無いだろう。こういうのは手元において、見張ってないとな。いいなウィリアム、俺の指示に従えよ!」
 ウィリアムと呼び捨てにされた王太子は黙って頷き、隣に居るダンカン王太子に耳打ちした。何を耳打ちしたのかは大体わかるが、誰もが取り敢えず知らないフリを通した。ゾフィー王女と知り合いという事は当然ウィリアム王太子とも知り合いだ。
 二人の隣に立って、辺りを警戒しているレクトリトアードにドロテアは視線をやり
「さて、作戦だがレイお前はコルネリッツオの挑発に乗ったかに見せて攻撃をしろ。お前の攻撃をヤツは最も欲しがっている筈だ」
「?」
 話し始めた。ドロテアの性格上、一度しか言わないので全身全霊を向けて話をきくレクトリトアードやエルスト。彼等の聞きっぷりは真剣そのものである。

……ドロテアがそんなに怖いのか?

「生贄は基本的に原始的なエネルギーの抽出方法だ、それを高めると魔法、そしてそれ以上の威力を発揮するのがお前の剣から発せられる“力”だ。高次元の力というのが、お前の強さの根源だ。お前は意図しなくとも、純粋な力を振るう事ができる」
「純粋な力?」
「そうだ、何者にも止められない力だ。球に力を溜めるのは不純物を濾過する役割もある、が、お前はそれらの工程を意図せずにやってのける。実際敵を倒す際、意識しなくても崩れ去るだろ? それが物質に直接作用する力だ」
 ドロテアに渡された刀を握り締めながら、レクトリトアードは必死に聞く。
「そして奴はそれを狙っている。お前の戦いを闘技場で見たことがあるはずだ。あの戦い振りを見ていれば知っているヤツなら見当がつく。お前の力が高度な次元に存在するものだという事が。そもそも、王太子を誘拐したのはお前が王太子の護衛だからだ、王太子はお前を釣る餌程度でしかない」
 王太子が側に居るのに、この言いぶりはドロテアならではである。レクトリトアードが剣を一振りする力は、それこそ生贄五万人分に匹敵する程だろう、簡単に刀を振り回しただけで。
「それだと起動してしまうが……起動させるのか?」
「起動すると室内を覆っている天井が開く、そして主砲がその姿を現す、それを壊せレイ。お前の力を持ってすれば壊す事は可能だ、援護できるように準備しておく」
「いいのか? 勝手に壊して」
「それは後で説明するから、とにかく壊せ。そして他の奴等はなるべく魔力は使うな、主砲が起動すると防御砲も動く、防御砲ってのは主砲を攻撃するものを捕らえて攻撃してくる。その“光”をかわすのは不可能に近いが水で跳ね返せ、一定の時間が来ると撤収されるように設定もされている。ここの設定は変えていない筈だ、ヤツ自身の身にも危険が及ぶ可能性があるからな」
「水の壁を作るんですね」
 ヒルダが頷きながら掌に指で呪文を書きなぐっている。水の壁を作る魔法をいかに唱えるか?を考え始めたのだろう?
 姉に感化され、ヒルダも相当呪文は短くなってきた。何せ先ほどのドロテアの肩の治療で唱えた呪文は「祝福の息吹大盛り二人前!」だったくらいだから……それにしても、どうにもこうにもヒルダの呪文は食べ物っぽい。
「そうだ、ヒルダ。そのくらいなら出来るヤツもいるだろうが」
 水の壁を作るとき、ヒルダは一体なんと唱えるのだろう?
「はい」
「殆ど動かなければ狙われる事は無い、レイお前だったらその“光”は跳ね返るから気にせずに攻撃しろ。水の壁はお前から跳ね返った“光”を防ぐ為のようなものだ」
「わかった」
「ドロテア、対空はどう対処する?」
「それはな……調べてる暇なかったからな」
 舌打ちしながらドロテアが忌々しげに空を見上げる。
「何の事?」
 全く解らないマリアはドロテアに質問をする。本当は他の人も質問したいのだが、下手に質問すると間違いなくドロテアに……。バダッシュに後で聞こう! と誰もが思っているのだが、マリアだけは別格で質問を受けて付けているドロテアであった。
「ココを起動させ、主砲が準備をすると“何処か”が同じく起動していた場合、潰しにかかる可能性がある。元々は潰し合う施設だからな。ただ起動させるのは基本的に許可が必要だ、此処に張り合うような施設が起動ささっていると、お前らが「死刑大全」って呼んでるヤツにかかれるはずだから、多分他の遺跡は動いていない筈だ、それに賭けるしかない」
「動いているとどうなるの?」
「撃たれる、一応俺は結界を張るが俺の結界では防ぐのは無理だ。まあ誰の結界でも無理なんだが、一応空を気にしろ。キラリと光ったら諦めろ、逃げられる速さじゃあねえ……まあ、レイなら半身避けられるかもしれねえがな」
「空から降ってくるの?」
「ああ、俺達が住んでいるこの大陸の上空に死角なく降り注げるように無数の反射板が浮遊設置されている。地上から目的地の指示が行くとその反射板の角度が変わり、地上から打たれた対空砲が目的地に降り注ぐ。これは対空砲と呼ばれているのは一説には地上に降り注ぐ為に造られたのではなく、対無限空間……要するに夜空に向けて発射される為に設置されているとも……って関係ネエなこれは」
「反射板ってなに?」
「鏡みたいなモンだ」
「凄い鏡ですね。無敵鏡(むてきかがみ)ですね!」
「黙れヒルダ……」

“無敵の光を操る鏡の『素材』ってのは皇帝金属の事かい?”

一人、なんだかやる気なさそうなエルストが、空を見上げて小さく言った
「鏡……か」
「えっ?」
隣に立っていたナーシャが不思議そうに聞き返したが、エルストはそれ以上何も言わなかった。

 死角をなくする為に上空に、無数の鏡のような反射板を設置しているのさ。設置している反射板の角度は此方で計算して、瞬時に動く。
 早いよ、相当にね。光の速さと同じスピードだし、エネルギーは全てを破壊通過するようにされているんだ。
 理論上では、どんな魔法を用いても遮断できないよ。
それでも壊れないものはあるけど
“そうだなあ、皇帝が金属なんだ”
朽ちぬ肉体と犯罪と。空に浮かぶ鏡の元は“何だったのか?”

意志があるまま空を漂う鏡達は

フェールセンの罪人だ
嗚呼、だからフェールセンに降る雨は冷たいのだと……

「解ったかい? エルスト」
「よーく解った、オーヴァート……今俺が置かれている状況が、いかに危機的な状況なのかと言うことが」
「済まない済まない。ヤロスラフがあんなに怒るとはね〜はははははは」
「普通怒るさ、オーヴァート」

鏡は己を映すのだと
反射させる鏡の元は、壊れない“モノ”の冷たい牢獄
そこは笑うところじゃないよ、オーヴァート……。


「取り敢えず、行くぞ!」
ドロテアの声に弾かれ、全員が歩き出した。

**********

「久しぶりだな、ジジイ」
「久しぶりだな、女」
「全く、何をしたいのか聞く気もねえが、黙って捕まる気もなさそうだな。身の程を知らないってのは、哀れを通り越して死ねといいたくなるな。身の程知らずは時の皇帝の女に手を出そうとしてみたり、皇帝の遺産を無断で使用してみたりと、皇帝のお下がりすらもらえないで生きてく惨めな人生に“皇帝”という彩りをつけるのが好きな男だな、コルネリッツオ。健全な精神は健全な肉体に宿る。顔が悪いやつは悪人だ、などという時代に生まれなくて良かったなコルネリッツオ。お前は存在しているだけで、極悪人扱いだな。親兄弟も巻き添えくって処刑されそうな程の悪ツラだ。そもそも悪党面で悪党である時点で、同じような悪党面で善人である方々に対して多大な迷惑をかけている事を知って欲しいものだ」
 ドロテア、言いたい放題である。
「口の減らない女だな」
「全く、貴様なんぞと同じ空気を吸ってやる義理もないが、無断使用を止める義務はある。貴様には遺跡を無断で動かす権利もないし、顔からいってもそんな権利もない」
 顔は関係ないのだが、相手を怒らせるのには侮辱するのが一番だ。……普通でもドロテアはこんな感じではあるが。
「何も、あんなに煽らないでも」
「まあ、性格だろうよ」
「性格だねえ。それに穏便に済ませるわけもないだろうよ、王太子の誘拐実行犯にして、遺跡に無断侵入・無断使用だ。死刑が七回でもまだ足りないし」
「黙れ貴族の小童。苦労知らずにつかまる訳もない」
 コルネリッツオはバダッシュに言い、目の前の操作盤を叩き始める。コルネリッツオの視線がコチラから離れたのを見てドロテアが魔法を唱え始めた。魔法をより使いやすくする為の、魔法磁場である。だが
「さすがに、魔法防御を固めていたか」
 ドロテアが磁場を置こうとすると、既にそこにはコルネリッツオの魔法磁場が設置されている。既に置かれている魔法陣の上に魔法陣を描くのには、前に描いた人間より魔力が上でなくてはほぼ無理である。
「魔力が上がったようだが、基本的には儂の方が上じゃからな」
 魔法磁場を設置できないでいるドロテアに、優位に立ったコルネリッツオが笑いながら喋る
「その才能、何で無駄に使うかね。コルネリッツオ」
「ここで、お前も殺してやるわいバダッシュ」
「さて、それはどうかな? 魔法磁場は置けないが、魔法磁場を打ち破れるヤツはコッチにいるぜ!いけ、レイ!」
「了解した」
 背負っている刀を抜き、コルネリッツオに飛びかかろうとすると辺りに魔道生成物が飛び出してきた。
「この程度で足止めになるか!」
 レクトリトアードが剣を振り回す度に、辺りの壁が光り輝いてゆく。壁自体が、力を収集する構造になっているのだ。
「どうする気なんでしょうね? 姉さん」
 ヒルダは水の壁用の呪文を紡ぎながら、妨害を切り裂いていくレクトリトアードを眺めていた。

**********

 外から古代遺跡を見ていた学者達は、稼動し始めた事に気付いた。
 外壁が紫色に染まり始めるのが、稼動し始めた事を示し、それがドロテアからの合図でもあった。
「よーし、外側を結界で覆うぞ」
 学者達は、指示通りに結界を張り次の状況に備える。

**********

 レイが全ての魔法生成物を倒し終わる前に、コルネリッツオが叫んだ
「掛かりおったな!」
 室内を赤紫の光が満たし、天井部が開き空が見える、コルネリッツオの立っている背後の壁が開き始めた。開いた扉の向こうには、床からせり出してくる
「あれだ、対攻撃砲ラトーヤ。……そして掛かったな!! コルネリッツオ!!」
 ドロテアが手のひらに留めていた魔法磁場をあたりにたたき付ける。その空間に書かれた特殊な文字の欠片が、壁や天井などに飛び散り、その文字達はコルネリッツオの魔法磁場に潜り込んだ。
「き! キサマ!」
 魔法磁場がドロテアのモノに摩り替わったのだ。突如水の壁が辺りに広がり、コルネリッツオが自衛の為に紡いだ魔法を打ち消す。
「魔力が無い人間ってのは、こういうのに長けてるのさ。全員、水の壁を出せ! レイ! 俺が指示を出したらあれを切り裂け!」
 辺りは床に開いた、奈落の底のような穴から吹き付ける風で、動くのもままならない。
 魔法を唱え終わったヒルダに、背後にいるマリアが風の音にまけないように大声で尋ねる
「今何したの? ドロテアは」
 ドロテアの手から光の欠片が無数に飛び散り、辺りに消えていったようにしかマリアには見えなかったのだが
「えーとですね、多分魔法磁場を奪い取ったんでしょう。魔力がある人は多少基礎や理論がおざなりでも構成できるんですよ、魔力で魔法陣の欠落部分を補って魔法磁場を作り上げられるんです。勿論脆いんですが、繋ぎとめておくことはできます。でも魔力の無い人は、正確に基礎と理論が必要ですから、完璧に覚えているんですよ。姉さんはレイさんが戦っている時、ずっと張られている魔法磁場だけを見てましたから、足りないスペル部分を見つけてそこに自分のスペルを埋め込んで、掠め取ったんだと思いますよ」
「そういう事出来るの」
「ええ、出来ますよ。まあ、こんな切羽詰まった危険な状況で使える人も、そういないとおもいますが」
「場数が違うものねドロテアは」
 馬車の中で一生懸命詰めていた計算は、コレだったのだ。久しぶりの完全魔法磁場を思い出していた。
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