ビルトニアの女
勇者の祈り僧侶の言葉【11】
 コルネリッツオはドロテアを殺害してから、他の者達を殺害する予定だった。
 ドロテアが厄介な相手なのは良く知っていたし、ドロテアが死んだりしたらレクトリトアードは無力になるか、怒りに任せて暴れまくるかのどちらかだろうと。それを期待しての作戦だったのだが。
 まさか邪術と魔法を使うドロテアが、あれ程までに格闘技に長けているとは思わなかったのだ。勿論、物凄く強いというわけではないが、戦いなれしている部類に入る。ドロテアがあれ程強ければ、もっと上の生成物を送り込んだのに、と歯軋りしたが既に時は遅い。
 ドロテアは仲間達と合流してしまっている、コルネリッツオも動きは関知できるが何せ一人で遺跡を操るのには限度がある。勿論二ヶ月、三ヶ月と時間をかけて遺跡を陣取り、扱いやすいように手を加えていればまた違うのだが、古代遺跡は全て“初期化”された状態で保管されている、これは遺跡を無断で使用した者が、簡単には扱えないようにする為で、巡回検査なども定期的に行われており、その都度初期化されるのだ。
 勿論コルネリッツオも時間をかけ、自分の扱い易いようにする予定だったのだが、運悪くベルンチィアにドロテアが来た。バダッシュが王太子の失踪に送り込まれてくる事は予測できたコルネリッツオだが、ドロテアが訪れるのは計算外だった。厄介なバダッシュをも葬り去ってやろうというコルネリッツオの企みだったのだが、ドロテアの妹がベルンチィア公国出身の聖職者で帰還時期と重なるとは、まさに神がコルネリッツオに神罰を下そうとしているとしか思えない偶然である。神は皇帝の僕であるからそれもあながちない話ではないだろうが。
 コルネリッツオもバダッシュ一人ならば何とか上手く立ち回れたかも知れないが、ドロテアとバダッシュが組んだため、予定していた通りにはシナリオは進まなかったのだ。
「何時も何時も邪魔しおって」
 と、呪詛の言葉を監視用の空鏡に向かって呟いたが、ドロテアに言わせれば“邪魔した覚えはない”で片付けられてしまうであろうし、バダッシュにしてみれば“それが仕事だ”で終わってしまうだろう。

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 肩に巻かれた包帯が、直に赤く染まりだした。肩を貫通してしまった傷は、中々出血も止まらないでいるようだが、痛みはするらしく黒い手甲で傷口を偶に押さえながら、地図をバダッシュに開かせつつ廊下を歩く。
 そしてある場所に到達した。ぱっと見たところ、ホールのような場所だが、ドロテアは壁の直前に立ち向き直り話はじめた。
「魔法は使えないと言っても、特殊な魔法は使える。直に触れて改印の魔法を唱える、そうするとこれは壁に見えるが、この遺跡の中枢の一つと言ってもいい。見ていろ」
 ドロテアが印を結び、手を壁に付けると壁が赤紫色に変色し始めた。
「なっ!! 壁の色が!!」
 驚くのも無理はない、まるで生きている者のように壁が脈打ち、生々しい色が皆に降り注ぐ。そして
「この壁を切り裂け、レイ」
ドロテアが軽く指示を出すと、レクトリトアードは黙って従い
「ああ」
といい、身長の十倍近い壁を切り裂いた。あまりにもレクトリトアードは簡単に切り裂くが、他者にこんな真似は当然出来ない。
「この遺跡の中にはコレと同じものが後、六つある。場所はわからない、日替わりで勝手に変わるんでコルネリッツオですら掴みきれて居ない筈だ。それを壊しきれば魔法の使用が可能となる」
「一つ一つ見つけて潰す訳か?」
「この丸いホールの様な場所にしかコレは現れない。ホールは全てで二十。後十九のホールを探して壊せ。誰か今の魔法を使えるヤツがそっちにいるか?」
 改印といっても千差万別で、難しいのから簡単なのまで多数ある。今のは明らかに難しい印だ。レクトリトアードが部下を見回すと全員首を横に振る。
「いないようだ」
「なら、ヒルダ。お前に任せる」
「はい!」
 アホウに見えても魔法は姉直伝だ。中々ヤル。特に改印は金貸しをしていた両親と旅していた頃、必要で覚えた魔法である。余程の者でない限り、しまいこんだ宝に罠などは仕掛けない。仕掛けは売っているものではなく仕掛けをしてもらうもので中々金が掛かる。が、硬い魔法錠がされる箱は買い求めることができる。そこに金をしまいこんで返さない輩などがいる為に、腕利きの金貸しは改印の魔法を使えるものなのだ。その経緯でヒルダは改印の魔法を覚えた、勿論その頃覚えたのは普通の宝箱の改印だが、突き詰めれば遺跡の改印魔法まで使いこなす事ができる、理論は同じなので。こうしてヒルダもドロテアに匹敵する程の改印魔法の使い手になったのである。
「俺達は一応王子を捜してこよう。恐らくこの地下にある牢に入れられているはずだ、鍵を外すのは俺とエルストでなけりゃムリだろうかなら」
「あ、私も一緒に行くわ。怪我してるしね、アナタ」
 マリアが手を挙げ同行すると言ってきた。ドロテアは頷き
「そうか、じゃあ三人でいくぞ」

三人でホールを出て行こうとするドロテアにレクトリトアードが声をかける。

「妹は必ず守ろう」
「大して期待はしてねえが、まあ手っ取り早くな」
「集合場所を決めておかなくていいの?」
「魔法が使えるようになれば、テメエ等の居場所なんて直に察知できる。テメエ等は固まって待ってな」
 包帯から血が滲んでいるが、痛そうな素振り一つなく、ドロテアはエルストとマリアを連れて地下に向かおうと部屋を横断し、別の扉に向かう。
「解った、全力を尽くす」
 その後姿にレクトリトアードが静かな声をかける、レクトリトアードは感情に任せて叫ぶということはほとんどないが、それにしても静かな声だった。その声に先のとがった靴の歩みを止め
「あ。そうだ、コレで戦っておけ」
 ドロテアが鎖で何時も背中に背負っている刀をエルストに外させ、投げつける
「こっちの方がマシだろうよ。じゃあな」

 その剣は「火」の力を無限に引き出す剣

**********

「……」
 切り裂くのは容易い。部下を見ると、一体相手にかなり苦労している。三人がかりで一体を必死に倒している。どうやらコレは強いようだ
「俺が倒す」
 ザシュリと切り裂いた身体は少しだけ再生しようとして、そして力を失った。ドロテアに渡されたこの剣は手に馴染む。まるで、昔から使っていた、使いこなしていたような感触の剣。
 一通り倒して、ホールの中を警戒する。ドロテアの妹が魔法を唱え始める。『姉さんほどの速さは求めないでくださいね』とは言っていたが、バダッシュは地図を片手に感嘆の口笛を吹いていた。
「早い、のか? ドロテアならもう終わっているだろうが」
「早い早い。早いと言って、充分なスピードだ。大体ドロテアは論外だ。アイツはこの手の達人だからな……天才じゃあない、アイツは達人だ」
「そうか……また来たようだな。ヒルダの周りを固めていてくれ。逃さないように倒すつもりだが」
 然程強い敵は出てこないので、何も感じずに次々に倒していく。
「シャゲェェッ!!」
 頭から真っ二つにバケモノを割り、魔法で判明した壁も割く。バダッシュ達がどちらに進むかを、地図を開きながら言い合っている時は斬り裂いたバケモノを蹴っていた。
「凄い数だな、魔物が。魔法生成物か?」
「どっちでもいい様な気もしますけどね」
 独り言に答えが返ってきて、驚いて振り返る。手ぶらのヒルダが立っていた。
「これを持っていろ。その杖よりは殺傷力がある」
 腰に下げている二本の剣の一つを差し出した。王太子の護衛に選ばれた際に渡された二振の剣、長さは中くらいで刃幅が広く頑丈だ、名刀らしいがドロテアに渡されたこの長剣にはまったく及ばない。そしてヒルダは手には薬草と菓子の入ったバスケットと杖を持つのみだ。この危険な場所に足を踏み入れているのにも関わらず。
「ありがたいですけど、戒律で刃物が持てないんで」
 果物ナイフとかはいいんですけれどね、と。この場にそぐわない、気の抜けたような話。
「この場でそんな事を言っていると、死ぬぞ」
「まあ、そうですが。要りません」
「持っているだけでいいだろう?」
 なんと言うか、正直に言えば刃物を受け取って構えていてもらえれば俺の心が落ち着くのだが、ヒルダは受け取ってはくれなかった。
「持っていると使ってしまいますから、私はそれほど意志が強いわけではないのでね」
「殺されそうになってもか?」
「はい、信仰ですからね。それにレイさん信用してますから、強いんでしょう?」
 目を大きく開き、笑ってくる表情を少し見つめてから目を逸らし
「そうは言われるが、どうだかな。君の姉には遠く及ばないな、強さは」
 戦うだけの強さなら勝てるだろうが、それ以外はどうだかな……
「はあ? ……でも私、こうみえてもロクタル派なんで、そう心配してくれなくとも平気ですよ」
 胸を叩くヒルダに、小さな声で返す
「ロ……クタル……派?」
「ええ、エド正教ロクタル派。体術を学問の一つに入れている派なんで、肉体を鍛える事を忌避するバリアストラ派とは正反対なんです。それに体術には結構、自信ありますから」
 勢力はさほど無くて、高位聖職者には就き辛いんですけれど、かえって気楽でいいですよ。ザンジバル派とかジェラルド派よりは、と笑いながら言ってくる。
「そうか、知らなくてすまなかったな」
 実際、ザンジバル派とジェラルド派すら何なのかよく解らないのだが、俺は。
「いえいえ。さあ、行きましょう! 期待してますから」

**********

 半数以上の壁を壊し歩いていると、バダッシュがなおもヒルダを褒める。
「さすがドロテアの妹と言うべきだな。聖職者でこの種の魔法を使えるのは数が少ないから、価値がある。ヒルダ、セツ枢機卿に会ったんだろ?」
「はい、お話もさせていただきました」
 姉は「セツ!」と呼び捨て、枢機卿は「あの女!」と言っていた、というのは伏せておいてヒルダは笑顔でバダッシュの問いに答える。
「間違いなくエド法国に召喚されるだろうな、ヒルダは。そして出世するよ、そういう付加価値のある魔法を使える聖職者を今、セツ枢機卿は集めてるからな」
 ドロテア達が立ち去った後、セツは幾人か自分の息がかかった大僧正を枢機卿にして、ジェラルド派を押さえ込み遂に学者を呼び寄せる事を枢密院会議で承認させ、王学府の建設もの着手し始めた、まさに電光石火の早業である。ロクタル派で功績があり、今回のこの事件の報告書をバダッシュがあげれば間違いなくヒルダはエド法国に召喚されるだろう。学者でも中々ない、平定隊主隊クラスの働きである。
「バダッシュは全く魔法を使えないのか?」
「全く持って無理。俺は成績で言えば最下位に属してたしな、王学府じゃあ」
「ふ〜ん」
「学者の中じゃ、本当に使い物にならないクチだ。逆にコルネリッツオなんかは上位だったんだぜ、成績は」
「それがどうして?」
「アイツはギュレネイス人だから学者じゃあ出世しないよ」
「エルストもなのか?」
「エルストはあれは、フェールセン人だから……。でもまあ、ギュレネイス皇国の人間はあまり学者じゃあ出世しないな。その状況を打破する為にチトー五世が必死に皇帝の帰郷を依頼しているのさ」
「何でギュレネイスの人はダメなんですか?」
 実力主義を貫くはずの王学府出身の学者が、自分ではどうしようもない“生まれ”でその道を阻まれるとは知らない人は想像もつかない事だ。ただ、その生まれというのは、学者らしい純然たる理由があるのだ。
「ギュレネイス皇国は、女性の就学を認めていないし、女性の地位は大陸で最も低い。そんな国で幼少期を過ごしたギュレネイス出身の男性学者は女性を一段低く見て、同格であるはずの学者を召使のように使ったりする。そしてギュレネイス皇国を出て必死に学んだ女性は、男性に負けてなるものか! と、気負いが大きくもなる。だからギュレネイス人の女性学者はヤタラと男性に牙をむく。だから使い辛いんだよ、両者とも凄く。女性だけ、男性だけ、で組めば少しは統制とれるけれど、これもまた色々あってな……それでもあまり使いたがらないないし、そんな理由を加味して隊を組んでやる必要は上層部には全くないからな」
 学者は「優秀さ」や「知性」で捜索隊等を組むので、性別別けなどは全くしない。
 当人の成長した国の情勢や、思想などが集団にそぐわない場合彼等彼女等を使用する為に注意を払うつもりなど学者達にはない。それこそ幾らでも別の学者が存在する。
「“皇帝の帰郷”ってことはオーヴァートさんか。オーヴァートさんがギュレネイス皇国に住めば、ギュレネイスの学者達にとって良い事があるんですか?」
 ヒルダは嘗て『オーヴァート卿』と呼んでいたのだが、聞いている方が具合悪くなるからその呼び名はやめろとドロテアに言われて以来、オーヴァートさんと呼んでいるのだ。
「まあ、殆どの遺跡の無断使用はオーヴァート卿に報告されて、それから学者を組み込んだ平定隊が作られるんだよ。勿論各国から選ぶんだけれど、急ぎの場合は自分のいる国から多数選ぶ。学者は出世する場合、論文を書いて発表するよりも、どれだけ平定隊に選抜されたかの方が重きをおかれるんだ。それにゆっくりと予定を組む調査隊も最終的にはオーヴァート卿の許可をもらわなければ行けないしな」
 大体論文を読む立場にある上位の学者達は、全員フィールドワークが大好きなのだ。他人の論文、それも偶に見当違いなのも含まれているのを読むよりかならば、実地で自分の知識を養った方が良いという考えの持ち主ばかりだったりする。
「選抜されないとダメなんだ」
 選抜されるには余程の優秀さと、相手に顔を覚えてもらう事が大事だ。だから上層部が“棲家”としていない国にいるのは不利となる。
「そういう事。だから今一番学者が多いのはマシューナル王国。今ベルンチィア公国で拾えた学者は二十四人だったろう? 殆どがマシューナル王国に流れていくのさ。折角覚えた知識だ、使う機会がないと出世もできないしな。なにより今マシューナル王国に学者の本部があるわけだしさ」
 学者達の本拠地は一定ではない。最高責任者がいる土地が本部になるのが慣習だ。オーヴァートの前はアンセロウムが最高責任者であり、二代続けて学者達の総本山がマシューナル王国にあることになる。
 学者達が集まり、調査隊が組まれれば移動の際の馬車や食糧などの需要も高まり、結果経済も潤う。そのため現マシューナル国王は、必死にオーヴァートを引き止めている。オーヴァートを引き止めるのに最も効果があるのがドロテアだと知っている国王は、ドロテアに対しても相当気を使い快適に生活できるように影で取り計らっている程だ。そして最近は特に気を使っているらしい、何せ夫であるエルストがギュレネイス出身のフェールセン人なので、一緒に夫の故郷に戻られると大変だと。
 そして、チトー五世はそれを狙っているらしい。
 ドロテアを介してオーヴァートの帰郷を促すことを。
「だが、コルネリッツオは何故学者になったんだ? みんな知っていることなんだろう? ギュレネイス人が出世しないということを。ならば役人でもいいだろう」
 頭が良いならそのくらいは簡単にわかるだろうとレイは呆れたように言う。
「まあな。……ギュレネイス皇国の前段階を知ってるか?」
 言われたバダッシュは話の裾野を広げてゆく。学者であれば誰でも知っている事だが、馴染みない人間達には相当な衝撃であるらしい、生まれた国で差別されるというのは。
「知らないわ」
 イザボーは知らないのを恥じているのか顔を真っ赤にしながらも、正直に答える。貴族の娘特有の安っぽいプライドだけではないらしく、人に物を尋ねることもできるようだ。知らないといったイザボーと、他の人の表情を見て、誰も知らないらしいと判断したヒルダが口を開く。最年少者なので一応は気をつかっているのだ、ヒルダも。
「ブレンネル正統聖教を頂いた「正統エド神正教法国」ですね。エド正教聖騎士団が推すブレンネル枢機卿と、幻の女法王といわれるハーニャ枢機卿の対立から生まれた国。エド法国から袂を別ったその“正統エド神正教法国”が、その後二十年もしないうちに再び分裂してギュレネイス皇国とイシリア教国になりました」
「さすがヒルダ、本職は違うね。その通りなんだ、でその国の元になったのが聖騎士団ってのが、コルネリッツオを役人にするのを阻むんだよ。あいつ、足が悪いんだ、片足を引きずって歩くんだ」
 その後その騎士団とも袂を別つのだが、その種の法律は残っていた。
「聖騎士団は、入団後の負傷によりなるのは許可しているけれど、入団前の怪我やその種の事を持つ相手には入団を許可していないものね」
「ギュレネイス皇国の役人てのは、全部聖職者だ。あの国は確かに軍隊を捨てたが根本的な法律は建国当時のままだ、女性の就学禁止からもわかる通り」
「なれなかったのか」
 役人にもなれず、学者にもなれなかったコルネリッツオ。
 その悪法を抱いている国を変えないのは当人の父や祖父であり、当人自身でもある。
「そうなる。でもな、アイツ身の程知らずだぞ」
 バダッシュは苦笑いを浮かべながら、ヒルダを見つめる
「何がですか?」
「アイツは絶対学者で出生しない。それは賭けてもいいね。アイツはかつて時の皇帝の大寵妃に手だそうとしたから……らしいぞ」
「ドロテアにか!?」
 さすがにレクトリトアードも驚いた。
「女なんて、どうとでもなるという考えの国で育ったのが敗因だったらしい。それに最近はギュレネイス人でも登用されるぞ、オーヴァート卿は見事な人を選び出しているしな。結局、コルネリッツオは差別を打破できるほどの知性と人間性がなかったって事だ」
「人間性……ね」
 ある人物がこの場にいる全ての人間の脳裏に描かれた。その表情からバダッシュがフォローする。
「言っておくがドロテアの人間性は問題ないぞ。あの性格はむしろ出世するタイプだ」
「……」
 取り敢えず全員何も言わなかった。言ったらダメだと誰もが思った、例えドロテアが側にいないとしても、どこかで聞いているような気がしてならなかったらしい。壁に耳あり、扉に目あり、どこにでもドロテアありといったカンジだろうか?
「それに確かに成績は上位だったが、学者で、それもギュレネイス人で出世しようと思えばそれこそ最高の頭脳が必要だ。あのオーヴァート=フェールセンが見つけ出した天才として名高いミゼーヌ。あれ程だったら出世は約束されたも同然だけど、そこまで良くは無いんだよな」
 真の天才ならば道も開けただろう。
 才能が豊かな人間など、溢れる程いるのだ、王学府は。才能だけを頼りに生きていくのには、コルネリッツオは足りなかった。そしてそれを当人が認められなかったのだ。
「……半端に良いと言うわけか?」
 意外に痛い所を突くレクトリトアードだった。
「そうなるな。当人は相当な自信家だったから、認められないんだろうけど。俺やドロテアより魔法の才はあって、尚且つ記憶力も豊富だったけど、ミゼーヌの記憶力や計算力、構築力の足元にも及ばない。当然オーヴァート卿には歯牙にもかけて貰えなかった。学者で出世するなら学閥最高位にいるオーヴァート卿に目をかけてもらわなきゃ」
 違う意味で目を『つけられ』ては、ますます出世など望めないわけだ。
「バダッシュ殿は、オーヴァート卿の目にとまらなかったのですか?」
「全然。だから学者位を持って別の職場に勤めてるだろう、普通はこういうのを“学者を辞した”っていうんだけどさ。学者として活動しているヤツラより立場は劣るけど、向いていると思うな自分では」
「あのドロテアと言う女性は?」
「ドロテアはそりゃオーヴァート卿の女だったからな、当時は。ま、それだけで厚遇された訳じゃないのは確か。学者としては俺よりは知識もあるし、何より後方の処理にずば抜けてるから。探索に出る際の費用や準備品、その他事後報告の書類の作成なんかは得意中の得意。あと、魔法の知識が豊富なのが良かった。使えなくても魔法の知識だけは十分だもん。それに関してはミゼーヌより上だからな、それにあの強さもね」
「魔法はコルネリッツオの方が上でも、知識は姉さんの方が上なんですね」
「そう。それに魔力的にはヒルダの方が上だろ」
「はい、そう姉さんも言います。単純な魔力ならエルスト義理兄さんの方が、私達姉妹よりも上だとも言ってました」
「それを認められない奴もいる訳。コルネリッツオも普通の学者を目指せば良かったのにな」
 それを満足できない人間がいるのも確かだ。高みを目指す人間も確かにいる、だが自分のそうやって生きていれば才能の限界を感じることもある。限界を感じないまでも、こんな所でこんな風に終わる人間ではないと思うものもいる。多くの人間はそう思いながらも、目を瞑りながら生きていくのだが。
「でも意外でした。学者さんて全員魔法使えると思ってました」
「使えない使えない。聖職者だって全員使える訳じゃないだろ、ヒルダ」
「聖職者は学者と違って金で入学・卒業できますから、できなくても不思議じゃないんです」
 サラリと毒を吐く、ヒルダ。さすがドロテアの妹だ。
「魔法だけが全てじゃないから、知識だから学者は」
「一つ物知りになりました」
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