ビルトニアの女
勇者の祈り僧侶の言葉【7】
 バダッシュの頼みを聞いたドロテア、学者の性というのもあるが、ドロテアは過去に遺跡を使った権力闘争に巻き込まれたことがある。
 その時、散々な目にあった上に、危険極まりない事を肌で知っている分、頼まれて首を立てに振るハメになったらしい。
 嘗て、巻き込まれた権力闘争というのは総責任者の選出の際、学閥で争った事件である。この事件、生存者はドロテア・ミゼーヌ・ヤロスラフ・オーヴァートの四人のみ。
 その使われた遺跡、死亡した学者や学生の数、そしてその後の審議、総責任者の選出。どれを取っても嘗て沈んだグレンガリア王国事件に匹敵する、ありとあらゆる意味で、桁違いな闘争であった。

 全然関係のない話だが、先ほどまでバダッシュが何処でなにをしていたかというと、ボスター公の邸の側の家を無理矢理借り上げ手紙を書いて、執事から順繰りにせめて行っていた。幾ら名家の出であっても何の連絡もなしに真夜中に王弟をたたき起こすわけには行かない。
 執事に手紙を出し、秘密裏に会談し何とか話を纏めていたのだ。

 ボスター公アンドルーの居城は当然首都の中にある。然程大きな国ではない訳だから、王弟の住む場所もそれに見合った大きさだ。
 マシューナル王国の、オーヴァートの館を見慣れた者や、大貴族にしてみれば王族が住むには少々貧相な感じを受ける。最も、家族三人が住む空間としては大きすぎるが。門番に男爵が説明している脇を通り過ぎ、悠々と玄関前の通路を歩くドロテア。
 警備の者が声をかけたが、取り敢えず眼光一閃と男爵の説明で全員引き下がった。大きな玄関の扉を蹴りつけてドロテアは足を踏み入れた。
「さすが傍若無人の女王……」
 まさに、そのままである。あまりに呆然として、小声にするのを忘れてしまったナーシャに全員の視線が集中する。そして少し遅れて
「誰がそんな名前を付けたんだ、女」
 ドロテアが振り返る。別に怒ってはいないのだが、地顔自体が整っているので怖いのだ。睨まれてナーシャ以外の慣れない面々も半歩以上後退した。
「まあまあ、ナーシャが言い出したわけじゃないしな」
 と、バダッシュがとりなしていた。慣れている人はどうってことはない、こんなの何時もの事だから。
 馬鹿デカイ扉を開いて、足を踏み入れた先は、これまたムダに広いホールと、人が六人並列で登れる螺旋階段が目に飛び込んでくる。ホールの正面には、これまた阿呆のようにでかい肖像画がかけられて、いかにも王族の城であった。不意の来客に、急いで召使が集まってくるが、それを気にせず
「ゾフィー! ゾフィー!!」
 ドロテアが叫ぶ。召使達に必死に説明しているのは、公国側の兵士達である。
 公国側の兵士達も、この美貌の女が皇帝の嘗ての愛人だと知り、過去の評判を集めてきたらしい。知れば知るほど恐ろしくなる女、ドロテア。彼女の傍若無人ぶりを横目に、必死に説明をしていた。そして嘗ての皇帝の愛人、それも大寵妃と呼び声高いドロテア相手では、貴族は萎縮してしまう。
 あの”変人”の”愛人”であったという称号は、偉い人・身分のある人に切り札の如く効くのだった。
 ドロテアの地を這うような叫び声が届いたのか? それとも玄関の騒ぎに気付いたのか? 一人の品の良い女性が、召使に傅かれながら現れた。
 ボスター公爵夫人である。ボスター公の後妻で美貌は大した事は無いが、気立ての良い隣国・マシューナルの王女であった人物である。
「よお! ゾフィー!」
 当然、ドロテアは知り合いだ。
「ドロテア! 久しぶり!」
 螺旋階段を駆け下りてくる彼女は、本当に楽しそうな笑顔だ。
 ドロテアがまだオーヴァートと一緒に住んでいた頃、ゾフィー王女はマシューナルにいた。年の頃からいけば、大公夫妻の息子・要は王太子の妻にピッタリであり、事実王女はそう教育されていた。が、王族最大の政治問題である結婚は、そう思惑通りには進まなかった。権力者の大臣からの頷かせるような横槍『隣国の王女を娶れば、わが国の歴史からいって、併合騒ぎになやも知れませぬ』により、王女は大公の弟であり、父親程も年齢の離れているボスター公の元に嫁ぐ事になった。
 マシューナル王国も、隣接していた大国・トルトリア王国が存在していた頃はこの海辺の小国、それも嘗ての家臣(王族ではあるが)が建てた国などかえりみる事などしなかった。

 話は横道に逸れるが、国にも色々と優劣があり、亡国トルトリア王国・エルセン王国・エド法国、この三つは有名な英雄が建てた国なので、格が高いとされている。
 だがトルトリアは既に国は無く、世襲制ではない法王を抱くエドは国王達以上の力を保持しているが国王ではないし、一つの国という概念も薄い。エド法国はエド正教徒の集う場所であり、エド法国とはエド正教徒が存在すれば何処でもエド法国なのである。
 そして三人が建てた国で残っている世襲制の王国はエルセンのみ。よってエルセン王国が王国としては格が高く、その国王であるマクシミリアン四世が、国王として最も格上だと一応は言われている。人間性はさておいても。

 他の国に目をやるとイシリア教国とギュレネイス皇国は前に述べた通りであり、マシューナル王国・パーパピルス王国・センド・バシリア共和国がエルセン王国に続く。この辺りは歴史がエルセンより浅い。この三つの国よりさらに歴史が浅いベルンチィア公国はエルセン王国あたりから見ると、新興国である。
 そしてあとは島国であるネーセルト・バンダ王国と、ハイロニア群島王国。前者の国は、交通の便が悪く、王国といっても殆ど名ばかりの王がいるだけだの貧乏国家だが、後者のハイロニア群島王国は“海洋帝国”の異名を取る、一大国家であり現国王は“海賊帝王”ともあだ名されている程の人物だ。
 ハイロニア群島王国とベルンチィア公国は、国が興った時期はほぼ同じだが、決定的に仲が悪い。なぜなら、ハイロニア群島王国の元は海賊であり、海賊討伐の功績で建った国とは成り立ちからして敵対しているのである。経済的な船の航行はいくらでもするが、王族同士の親交となる疎遠を通り越して、絶縁状態だ。
 大陸で最も若い、今だ新興国扱いであるベルンチィア公国は、元々自国の貴族令嬢を大公妃に添えて来たのだが、近年事情が変わった。
 ハイロニアを“海洋帝国”と呼ばれるまでに育てた、ハイロニア前国王が一大事業を成し遂げたのだ。それは王の姉を金でエド正教大僧正に仕立て上げ、王族と大僧正という二つの身分を持参金にし、当時のエールフェン選帝侯に嫁がせたのだ。
 その姉姫も見事に次代のエールフェン選帝侯となる男児・ヤロスラフを産み落とす。彼女はヤロスラフを産んだ事を夫に褒め称えられ、彼の権勢により枢機卿の位にも登り、ザンジバル派の中においても圧倒的な発言力を握る事となり、出身国であるハイロニア群島王国に多大な便宜を図った。
 彼女こそセツ枢機卿の後ろ盾となった枢機卿にして、選帝侯夫人にして、ハイロニア王女であった、ニドス=バルミア=ハイロニア=エールフェン。彼女の存在がハイロニアを“海洋王国”に育て、ベルンチィア公国とマシューナル王国の婚姻を結ぶ遠縁となったのだ。

 で、話を戻すとベルンチィア公国が何故突如、国外から姫を、それも隣国マシューナル王国を選んだのか? というと隣接国ということもあったが、何よりも婚姻でハイロニアに先んじたかったらしく、選帝侯の主である皇帝がマシューナル王国と縁付いたので、マシューナルの王女を貰う事に決めたのだ。そんな理由で決められたのがゾフィー王女である。
 勿論、王女が三日で逃げ出した男・オーヴァートである。
 ゾフィーの結婚が決まった頃はドロテアを愛人としていたが、それでもマシューナル王国に住み続けていたので、マシューナル側は必死に王女や自国の貴族の娘をオーヴァートに薦めていた。
 気が向けば、王女を妻にするかもしれない。そんな可能性からこのゾフィー王女が隣国に嫁ぐのが決まったのだ。

 余談であるがハイロニア群島王国は今は亡きバルミア枢機卿が後ろ盾た最高枢機卿・セツの未だに後ろ盾であり、現国王にして海賊帝王の異名を取るハミルカルはセツ枢機卿と友好関係を維持し、その保護下に入っている。セツ枢機卿に便宜を払ってもらい並々ならぬ海洋利益を上げているのだ。
 このセツ枢機卿と、ハイロニア王・ハミルカルとの関係は周知の事実であり(全世界の海洋利益の八割近強がエド法国とハイロニア群島王国で占められている)ハイロニア王・ハミルカルは当然ザンジバル派で、従兄であるエールフェン選帝侯とは仲が良い。
 最高枢機卿・海賊帝王・選帝侯・皇帝。この四人が確りと結びついていると取られても仕方ないだろう。そしてこのザンジバル派の最大勢力図といわれる事実に、ジェラルド派は警戒し、学者を法国に呼び戻す事にさいしての一悶着になっているのである。

そんな思惑と先行し過ぎた皮算用から誕生したのが公爵夫人・ゾフィーである。

 灰色の髪を綺麗にまとめ、藤色のシックなドレスにエメラルドのネックレスをした貴婦人を、ほけ〜と見つめながら
「知り合いなの? お姫様と」
 ヒルダは驚きを口にする。がエルストやマリアは特に驚きはしない。お姫様と呼ばれたゾフィーは、ヒルダに向き
「まあ、お姫様だなんて」
 満面の笑みを向けた。笑みを受けたヒルダは
「すみません、お妃様でいらっしゃいました」
 少し照れていた。美人ではないが、ゾフィーは笑うと愛嬌がある。苦労も無く育った王女だからこそ出来る笑顔というのを簡単に作る事ができるのだ。
「いえいえ、懐かしいわ。そう呼ばれるの。それにしても妹さんも美しいわねえ」
「同じ造りだからな」
 否定しないどころか、自画自賛してるしドロテア。
 遅れて出てきた城の主は、変わった一行を見渡す。妻が非常に仲良く話しをしているドロテア達
「知り合いなのか、ゾフィー」
「ええ公爵。ドロテアよ、昔はオーヴァートと一緒に宮殿に良く来てたのよ」
 王様と話そうが法王と話そうが、動じないのはこの頃に培われたものか? それとも元来の性格なのか? 恐らく後者が正しいかと思われるが。
「それは、吸血鬼を討った一行か?」
 公爵を視界に入れるとドロテアが口を開く
「まあそうも言うな、手っ取り早く話をすすめよう、ゾフィーも聞くがいい。テメエの失敗だ、それに下手をすると妻の命も危ないぜ」
「え? 私の命」
 心底驚き、ゾフィーは他の人を見回す。が、連れてこられたヤツラも今一つ話が解っていない。自分達は行方不明になった王太子を探しに、その背後にいるのは王弟であること、どうやら遺跡もかんでいるらしいまではわかっているのだが。
 だが、疑問は口にしなかった。したら、間違いなくドロテアの拳に沈められると、彼らは調べて知ったのだ。
「ああ、そうだ」
 ドロテアの念を押す言葉にゾフィーは言葉を失い、真剣な面持ちになった。ドロテアの性格を知っている分、この場で嘘を言うような人間ではない事を知っている。そして事態が抜き差しならぬ状態なのを理解したのだ。
「所でアンタにはゾフィーとの間に息子がいたな? 殿下」
 階段の下から指差しているのに、何故か顔つきは既にアオリが入った、見下しポーズに近い。その様はやはり一言表すと
「偉そうだ」
 である。それを口にしたヒルダが大分慣れた様子で、そのやり取りを見守る。
「そりゃまあ、法王に向かって命令口調な女だからな」
 それにエルストが、のんびりと答えた。慣れればどうって事はない……らしい。というか、慣れてしまっていのだろうか?
「単刀直入が信条だ、嘘をつくなよ。アンタが指示を出したんだな、公爵。王子の逃亡、そして監禁を」
 相変わらず容赦無しで問答無用状態のドロテアに、辺りを見回してボスター公は頷き、そして
「確かに、私が指示を出したが。まだ成功していないはずだ」
 前半は肯定し、後半は否定した。何も初対面の小娘に、素直に答えなくても良いだろうが、迫力負けして既に額から汗が流れている始末。早く降りて来い! と顎で公爵に指示すると、矢継ぎ早に言葉を続ける。
「使ったヤツがいるわけだ。誰だ?」
「ギュレネイス人だ」
 何で簒奪を企むのに国外人を使うんだ? 目立つだろうが! と思いながらもドロテアは質問を続ける。
「公爵程になりゃ、紹介状も無しで人は雇わない。何処から紹介状を?」
「役所からの紹介状だ、確かに王学府を終了していた者だ」
「役所って事は、表向きは“何の仕事”で雇った?」
「私の管理している遺跡の、代理で。古代遺跡はそれ相応の知識があった方が良いと」
 それなら、国外人でも可笑しくはないな……そこまで考えて“ある人物”が頭を過ぎった。
「何時雇った?」
「半年程前だが」
『まさか……だが、得心がいく、あの重罪のヤツが発見されないのは……。厄介だぜ、これは』
 ドロテアが口を開こうとした瞬間、ホールに叫び声が響いた。
「公爵!!」
 門番は今日二度目の驚きを目の当たりにする。ン度目の驚きは、普通の驚きではあるが。
 突如軍隊が王弟の館を取り囲んだというのだ。
「何! 軍隊だと!」
 兄である、大公陛下が差し向けたものだと書状もあった。それを聞いて
「やはりそうか! レイ! 公爵に付き添え」
「あ、ああ」
 今の今まで、何の話をしていたのか皆目見当がついていないレクトリトアードは、突如話を振られて勢いで頷いた。最も、理解していたとしても、ドロテアに突然話を振られると、勢いで頷くレクトリトアードだ。これは嘗ての「一年の付き合い」で刷り込まれたものらしい。たった一年でそれほど刷り込まれるとは、可哀想に……。
「公爵、レイを連れて紹介状を探してこい! 恐らくないだろうがな」
「なんだと?」
「いいから行け! そして大臣の姪!」
「イザボーよ!」
 ドロテアが皇帝の寵妃だった、それも現在も勢力を持つ(と思われている)と知った後なので、イザボーも最初の頃程の威勢はない。貴族はあくまでも、位で態度を決めるのだ。それでも、中々強気な娘らしいことは、声の張でわかる。
「入り口の軍隊は、テメエの伯父の差し金だろう。そうでないにしても、テメエなら食い止められる筈だ。此処で阻止するのが、王太子を見つける最善の策だ」
「わかったわ」
 頷いて、イザボーは三人程連れて軍の責任者のと話をすべく、館をあとにした。
「取り敢えず、公爵はコッチで預かる。そして男爵、イザボーに命令をだせ」
 ドロテアから出された命令を、一度で聞ききれなかった男爵は睨まれて卒倒しかかっていた。因みに二度目の説明はなく、バダッシュが丁寧に説明をしてやっていた。
「脳みそが貴族ってのは、使い物にならんな」
「ドロテア、それは酷いよ。せめてユルイ脳みそくらいにしておきなよ」
 エルストのフォローは何時でも力ない言葉である。


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