ビルトニアの女
神の国に住まう皇帝鳥は飛ぶ事もなく啼きもせず【18】
聖職者は原則として召喚魔法を使う事はない。
神聖魔法は召喚魔法とは違う。よってエド法国の首都・エールフェンで召喚魔法を使う者は殆どいない。
属性変化という特殊な魔法がある。
神の力を抑えて、己が神となり召喚魔法使用の力を授ける事もできる。
不思議な力だが、使えるのはフェールセン皇帝だけだ。

 勿論、上限があるだろうが。人が使える力の上限には、簡単に到達しているだろう……な。

 白い建物と、白と青を基調にした着衣。中心部はいつもは静寂に満ちているが、今は騒がしい。全員が慌しく準備をしている最中
「でも聖火神の力って凄いのねえ」
マリアと
「そうだなあ」
 ドロテアは暇だった。マリアは自分の準備さえ整えてしまえば後は出立を待つだけである。ドロテアは……言うまでもない。
 二人法王庁の出口の階段に腰をかけて、準備の様を眺めている。そして何となく会話していた。
「神様って何体いると言われてるの?」
「最高神が四体。そして一体につき472体の属神がいるから1888体。足して1892体ってとこだ、それにあとレシテイを足す」
「レシテイってあの聖火神に言い寄ってる神様」
 言い寄ってきているのか? 何をしているのか? 不可思議な神だが
「そうそう。レシテイは聞く所によると最も若い神なんだそうだ」
「へえ〜。どんな神様なの」
「直接会った事は無いが派手な神だと聞くぞ」
 流石にドロテアも会った事は無い。自分が契約を結んでいる神様の天敵……というか、迷惑極まりないな相手。他の神様にその詳細を聞いた事はあるが、返ってくる言葉は同じで”派手”。何がどう派手なのか気になるには気になるのだが、こればかりは覗きに行こうにも行けない神界だ。
「派手の神様なの?」
 言葉に素直に反応を返すマリアだが”派手の神様って一体どんなものだ、マリア?”とドロテアは思う。が、それ以外言いようもないだろうと、少し考え
「……いや破壊神だとか、崩壊神だとか、破滅神だとか……」
 ドロテアは嘗てシャフィニイの属神を呼び出し聞いたのだが、上位神(シャフィニイのすぐ下に属する)達が、困ったようにこう口にするだ。
 元々神は、種類を持って誕生する訳ではない。まして赤子が大人になる訳でもない。
 突如現れて、その力と気質で周りの神が勝手に呼び名を決めるのだが、どうにもレシテイは、破壊行為がお得意らしい。いや行動が破壊的だけらしいが。
 その力は最高神をはるかに凌いでいるのだが、若いせいかムチャクチャな所が目立つそうだ。これで長い年月を経て落ち着けば、その力で最高の”創造神”となる事も出来るのではないか? と毒神ロインや光神ハルタスは言っていたが。
 勿論ドロテアが生きている程度の時間では、到底無理だ。
「強そうには強そうな神様ね」
 そうとしかマリアにはいえないし、
「まあな、だがコイツは書物にも載ってない神だからな、一度は会ってみたいような気もする」
 そうドロテアが思うのも無理はない。本当に新種の神のようである、まあ……珍種とも言えるかも知れないが、レシテイ。
「そうそう聖火神はシャフィニイでしょう。じゃあ他の神様は?」
「聖風神エルシナ。聖水神ドルタ。聖地神フェイトナと言われている。聖風神と聖地神は兄弟なんだそうだ。まあシャフィニイの言う所によると大分前から行方不明らしいんだよこの三神」
 神様って意外と全能ではないらしい。話を聞いてそう思ったドロテアであったのは言うまでも無い。ドロテアの表情から、本当なのだと見て取ったマリアも
「……家出とか?」
 奇妙な表情を浮かべる。何と言っていいのか解らないだろう、行方不明の最高神。
「さあ?」
 そもそも神様って家に住んではいないと思われるが。
「でも聖地神フェイトナは聞いた事あるわ。聖なる場所をフェイトナって呼ぶのはその名残なのね」
「そうそう。因みにこの前倒した魔王、ヤツが名乗った名前”クレストラント”は”聖風の守護者”って意味でな。笑わせてくれるし、それじゃあテメエの属を言い表して弱点曝け出してるようなもんだしな」
「へえ。本当に風属だったの?」
「そうだな……多分な。魔城自体が風の地に建っていたから」
 自分で瞬殺した魔王と名乗っていたバケモノを思い出しながら、ドロテアは頭を掻いた。
「成る程ね。少し聞きたいんだけど」
「何だ?」
「もしも私が神様を、最高神を呼び出そうと思ったらどんな手段があるもの?」
「う……ん。マリアは呪文使えないし、法陣も書けないからなあ…手段としては前に言った”生贄”が必要だ。マリア自身の命と引き換えになるな」
「そう。私一人の”生贄”で召喚できるもの?」
「さあ。古来より”真摯な祈りを捧げ、僅かな迷いも無く、死を恐れずに、己が手で、その脈打つ心の臓を、右手にて空高く、掲げよ。左手にて、望みを表せ”とあったが、言っちゃなんだが生きたまま自分の心臓を、素手で刳り貫いて空高く掲げれるヤツはいないぞ。俺でも無理だ」
「難しいものね」
「一応。そうでもしなきゃ、人は神ばかり呼び出して、何もしないだろからな」

心の底から叫んでも、中々現れてくれはしないもんだ

「準備が整いました!」
「遅せえよ」
 ドロテアは当たり前のように、セツ枢機卿の乗る馬車にエルストと共に乗り込んだ。マリアとヒルダはネテルティの乗っている馬車に、これまた当たり前のように乗り込んでいく。
 馬車の中に響く、車輪の音が変わる。舗装された石畳の音から、水気を含んだ草原、そして今は硬い岩の上を車輪は回り続ける。響く音の中、
「このまま進めば到着するのは日が暮れてからだ。一晩明かしてから踏み込むのか?」
 遠いという程ではなく、近いという距離でもない。徒歩であれば丸1日以上、馬車であれば半日少々、飛行であれば二時間も掛からない距離にある禿山。正確にいえば禿山ではなく、古代遺跡の塔の先端部。
「近寄ったのなんざ、ばれてるだろう。日が暮れても踏み込む」
 セツ枢機卿の言葉に、ドロテアは頭を振って否定する。
「危険ではないか?」
「大体吸血城は地中に埋まっている、日の光なんぞ届きはしない。城に入るのは昼でも夜でも同じだ、違うか?」
「確かに」
 馬車の中ではセツ枢機卿は普通に喋っている。要するに馬車の中にいる者達はセツ枢機卿の側近であるわけだ。馬車の中でも、我関せずで煙草を咥えて、灰を窓の外に捨てながら
「それに吸血大公になれば多少日の光が当たっても、直に崩れ落ちたりはしないそうだ。壁に書かれてたぜ」
 ドロテアは告げた。元々”日光に弱い”とされる事に根拠はない訳だから、壁に書いていた文字……と呼ぶには少々心苦しい文字を信用した方が賢明だ、とドロテアは判断した。
「それは法王から聞いてはいないが?」
「読まなかったさ。あんな人が沢山いるところで、真昼間でも危険ですだなんて言えるか?」
「確かにな」
 だからドロテアは警備を立てておけと指示を出したのだ。
「だが何故だ?」
「日光に弱い場合でも、光の屈折度を変えれば問題は無いしな。所謂透明化の魔法の応用を用いていると考えて間違いない」
「防ぎきれるものなのか?」
「まあ、完全には無理だろうが。透明化というのは……詳しく説明して理解できるか?」
「恐らく。一応魔法だけは使えるんでな、理論もそれなりに」
「後で口頭で試験するからな」
 おいおいドロテア、それは厳しすぎるよ……とエルストは思ったが、やっぱり黙っていた。そして周りの人も黙っていた。

「姉さん、セツ枢機卿と喧嘩してなきゃいいですねえ」
「大丈夫じゃない?喧嘩したらセツ枢機卿の方が負けそうだけどね」
 他の馬車で、他人には笑えない話を二人はして笑っている。


お前から貰ったもので、コイツは一番役に立つ。
左手に今もつけているショルダーアーマー
金銀財宝、数多の宝石、無数の煌びやかな物も楽しかったが
実際の所、一番役に立ったのはこの黒い手甲


 結局、本当に暗闇が辺りを支配して月の明りだけが照らし出してくれるような時間帯に一行は東の塔に辿り着いた。
 其処には、岩に埋もれたようにであはるが確かに人工の建造物が転がっている。
「ふ〜ん。魔鍵か、当たり前だが厄介なだな」
 扉と思しき場所に立ち、ドロテアが何時もやるように指先に魔力を乗せて扉を調べる。ドロテアもさすがに今回はショルダーアーマーをフル装備していた。ただそのショルダーアーマーは吸血城と引かれあうような変わった輝きを放っていたのだが、その理由を尋ねている暇は一行には無い。なにより
「魔鍵?」
 ”まけん”と言う聞きなれない言葉を、セツ枢機卿が聞き返した。ドロテアは両手で入り口らしい場所を探りながら
「魔法の施錠と通常の施錠を複合しているヤツだ、手順が複雑多岐にわたる。両方の技能を持ち合わせていないと開錠できん」
「外せるのか」
「魔法施錠なら殆ど外せる、通常施錠は簡単なヤツならな……通常の施錠は特に開錠し辛いもんだが、エルストはそっちが得意だ安心しろよ」
 伊達眼鏡を外して、フレームの分解を始めているエルストを横目に
「不可思議な男だな、お前も」
 セツ枢機卿はエルストを眺めていた。
「そうですか?」
 セツ枢機卿の含みのある視線を、知っていていながら気にせずに開錠ツールを準備するエルスト。この能力を買われて、大陸の果てまで借り出された事もある男・エルスト=ビルトニア。
 その脇で入り口を調べていたドロテアが
「おいおい、まるで入れと言わんばかりの小さな穴が壁に空いているな」
 壁に真新しい穴があいている事に気付いた。
『城の中で勝負したら……勝ち目があると踏んだのか? 甘いぜガーナベルト。お前の主の末裔でも”抑えられなかったんだぞ”』
 壁の前で不機嫌そうな表情を、闇夜に浮かべる姉に
「中に入って即座に吸血鬼殺しちゃうんですか? 姉さん」
 ヒルダが訊ねる。
「別にそれでも良いが、折角此処までマヌケ面下げて来た聖騎士達と枢機卿がいるんだ。扉は開けてやろう、行くぞエルスト」
 聖騎士はまだしも、枢機卿はセツ一人だ。だが特にセツは何も言う気は無いようだ、当然。
「わかった」
 エルストを連れて、小穴に身体を滑らせて二人は吸血城の中に消えていった。
「大丈夫でしょうかね?」
 各々の呼吸音しか耳に届かないような静寂な塔の屋根で、壁の小穴を覗きながらヒルダが言うと
「大丈夫でしょう。ドロテアとエルストよ、どちらかと言えば危険なのはコッチじゃないかしらね?」
 マリアが答えた。マリアはそう気にしてはいないようだ。
「必殺の魔法もありますしね」
 小穴から目をはなし、マリアと話をするヒルダ。
「それに小悪党って絶対弱い方から襲うってドロテアが言ってたし。それが趣味なんろうなって言ってたわ」
「マリアさん……小悪党って。まあ……」
 姉さんに比べれば吸血大公も小悪党かも知れないなあ……と、ヒルダも思う。
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