ビルトニアの女
神の国に住まう皇帝鳥は飛ぶ事もなく啼きもせず【13】
 一通り必要なことを纏めて、報告書として雑ながら記入を済ませドロテア達は法王からの迎えの馬車に乗った。ただ、その馬車は法王庁には向かわずに
「ちょっと待て。何で俺が説法の広場で話をしなきゃらならん?」
 首都全域にその声が届くというあの広場にドロテア達を連れてきた。馬車から降りて、トハ大僧正から説明を受けたドロテアはさすがに嫌そうな顔をした。
 ドロテアは人前で喋るのは別に何とも思わない。照れたり、赤面したりなどしないがこの広場”説法”専用であり、一介の学者が昇って話をするような場所ではない。難色を示していると、遂に法王が出向いてきて
「首都に住む全てのものが危険に怯えております。是非とも全ての者に教えておきたいのです」
 と頼まれる始末。”諦めて説明してやれよ”と三人もやる気無さそうに説得をしていた。
 因みにこの場にセツ枢機卿はいない、法王が法王庁を空けている隙に毒薬が使われるといけないと法王庁に残ったのである。
”後でセツに説明するのも面倒だしな、此処の声は全部に届くし”とドロテアは考えて
「解ったよ……それじゃ」
 ガツガツと台に上り、
「聞こえてるか!!」
 一声を発した。少なくともこんな声をこの場で上げたのは、ドロテアだけであろう
「いい度胸よね、ドロテアって」
 友人歴の長いマリアが、偉そうなドロテアの態度に”らしいわね”と意味をこめて言うと
「そりゃまあ……」
 二人の友人歴よりはるかに短い夫婦歴しかないエルストが苦笑いする。
「法王と枢機卿以外であそこで話した人って、多分姉さんが初めてでしょう」
 ヒルダが壇上の姉を見守る。別に温かい眼差しで見守るとかいうのではなく、言葉に出来ない複雑な感情を秘めて。それは、”恐怖”なんだか”どうにでもなっちゃえ”なのかは知らないが
「そして多分最後だと思うぞ、俺は」
 エルストもヒルダと同じ様な眼差しで妻を見守った。伊達に魔王を瞬殺した女じゃないよな、と。そんな二人の心の内など、知っていてもどうでも良しなドロテアは、人差し指で群集を威圧するように指差し
「まず始めに言っておく、質問は法王からしか受けん! 疑問があっても黙って座ってろ!!」
 本当に威圧した。因みに群集は、法王庁の偉い人達が相当数いるのだが
「偉そうだ……」
 ヒルダは姉の性格に感動すら覚えて
「さすがだ……」
 エルストは相変わらずだと感動を覚えた。

「まず第一に吸血大公・ガーナベルトは生きている。最早復活していると言ってもいいだろう」
「何だと!!」
 そう声を上げた群衆の一部を睨みつける。
 その瞬間、人々は息を殺した。殺さなければ、本当に殺しかねないからな、ドロテアは。人々が大人しくなった頃合を見計らい、壇上を叩きながら説明を続けるドロテア
「あの使い魔、伝承に出て来ている名前から取ってランディールとでもいっておくか、ランディールの動きに統一性がある事からも解る」
「統一性とは、と猊下がお尋ねです。」
「先ずランディールは魔方陣を用いている、あれは主に封印された古代遺跡などを復活させるものだ。そして一度法王、もしくは枢機卿の攻撃を受けた後に、飛ばないよう指示を出された形跡がある。吸血族は忠実な吸血鬼の僕(しもべ)だが、古代魔法を理解はしていない。その詳しい説明は避けるが納得はできるだろう」
 法王に話し掛けるドロテアと、法王の言葉を受けて
「話を続けてくださいとの事です」
 言葉を返す大僧正。
「そして、カジノの壁にあった古代文字。見慣れない文字だが、あそこに書かれているのは”古代人の英知を借りて、吸血大公を封印する”と書かれている」
「古代人の英知?」
 マリアが不思議そうな声を上げるが、マリアは叱られない。他の人なら叱られる事確実だが。ドロテアはマリアの方を向き
「この国が建った頃にはまだ古代文明の伝承者が多数残っていた、それらの力を借りて地下に鎮めた吸血城を封印したんだ。伝えられている”山を乗せた”と言うのは吸血城の何らかの手段で”沈めた”と考えた方が納得できるだろう。そしてその上に、古代人の知恵を借りて都市を作った。だから建物の増築や改築、破損や落書きは厳禁となった。この街自体がすべて封印に必要だからだ」
「だから通路の石畳も全て地面に接する方に、変わった彫刻が施されるんですね」
 神学校の教科書に載っていた記述を思い出し、ヒルダが言う。
「そうなるな。所で、吸血鬼というのは大きく分けると何に属するか知っているか?」
「しらないわ」
 マリア以外の聖職者達も知らないようで、互いに顔を見合わせる。法王も隣の大僧正と顔を見合わせているらしいが、誰も解らないらしく少しだけあたりがざわめき、それを制するようにドロテアの声が響く。
「大属で”地属性”なんだ。吸血鬼の力の源は”血”だと言われているが、それにも増して必要なのがある。それが”土”だと言われている。それも、負の力の籠った土で眠る事が必要なんだ」
「法国の地下が負の力に満ちている訳なかろう!!」
「誰が質問受けるっていったぁ! 黙って聞いてろ!!」
 拳で壇上を殴り、その音が首都全体に響き渡る。それは法王庁にいるセツ枢機卿にもエギ大僧正にも確りと届いていた。”怖い女だ、ドロテア=ランシェ”そう思いながらセツ枢機卿は、もう一人残っている高僧・ハーシル枢機卿の言動に注意を払っていた。
 ただ、ハーシル枢機卿も余りの怒鳴り声に度肝を抜かれて何も仕出かせなかったようである。
 勿論広場でも
「黙りなさいと猊下がお怒りです、フィーシブ大僧正」
 大僧正が法王から叱られていた
「は、申し訳ございませぬ」
 断っておくが、大僧正はかなり偉い、何せ枢機卿の直ぐ下だ。が、そんな事は気にせずにドロテアは法王に身体を向けて一気に喋る。
「聖を求めると負が集まる。それにその土地の守りが強ければ強いほど、負の部分に殺される。例としては二十一年前に半日で滅んだトルトリア王国。あの国に攻めて来たのは全て”風属性”の魔物だった、”ウィンドドラゴン”が城壁を叩き壊して首都に侵入したきたんだからな。聖と負の違いはあれど、力の根源は同じだ。それに、意図して血も流された、古代王朝解体後に最も血の流れた場所は何処かわかるか? 最も戦争が、内乱が死者が多かった場所だ、法王!」
 静かになった聴衆と、絹の擦れる音。そして静かに語るトハ大僧正の声。
「このエド法国一体、ギュレネイスもイシリアもすべてでしょう、と」
 どれ程人が死んだか解る筈も無い。ギュレネイスやイシリアとは歴史が違い、そして死者の数も桁違いなのがこのエド法国だ。法王の言葉にその通りと手を動かし、そして不敵な笑いを浮かべてドロテアがこう続けた
「それが、地下からの吸血大公・ガーナベルトの干渉も混ざっているとしたら?」
「一体どうやって?」
 壇上の姉に驚いたような眼差しを向けたヒルダ、それに答えるドロテア
「ヒルダ、一昨日大聖堂に来たんだから見ていこうよ、って言ったのは何だ?」
「罪の噴水……あれは地中深くから湧き出している水だから」

−吸血城は地下に沈んでいる−

「そう、吸血鬼の魔力だ。噂ではあれは法王庁が建った後に、地下から噴出してきたそうだな。吸血鬼が行ったと考えてまず間違いはない」
 噴出させた頃には、碌な聖職者がいなかったのだろう。そして、その汚れた水には人を操る魔力が込められている。
 飲んだ者は魔力が上がったのではない、吸血鬼の力を『良心と引き換えに間借』していたのだ。だから
「それを飲んだ法王・シュキロスは……」
 エルストも得心がいった。それならばシュキロスの行動にも意味がある
「困るだろう? 色々と吸血鬼を封印しておく知識が残っていると。使い魔の一匹に成り果てたのさ、法王位を狙って外道に堕ちたのさ」
「それで、焚書坑儒か!!」
 恐らくシュキロスの代が、最も法力の無い”金で買った位”の高位聖職者が立ち並んでいた時代であり、その中でもシュキロスは最も力もなにもなかった人物であったのだろう。
 そして吸血鬼に魅せられた、そこまでは吸血鬼の思惑通りに進んだのだろうが。世の中は吸血大公の思惑通りには進まなかった
「そうだ。だが、良くは解らんが真面目なんだか、狂気にかられたのか、ディス二世が突然法力の高い子供を集め出した。世に言う”死せる子供達”だな。親や、国が干渉してこないように、死んだことにして名前を変えさせて。この行為自体の是非は俺には問う気は無いが、結果、法力の高い子供達が集められる事となった。焦ったのはガーナベルトで、これ程の法力が集まるとは思ってもみなかっただろうから。その為に急遽ランディールを設えたのさ」
「復活しているのに何で出て来ないの?」
 ドロテアの話し振りから察すると、吸血大公は既に復活しているようなのだが。何故そんな回りくどい事をしているのか? とマリアが問う。マリアとヒルダは質問を受け付けてもらえるらしいな、と群集は思い、そして自分の疑問も口にしてくれないか? と願っていた。
「そりゃ良い質問だ。出てこられないんだよ、今の法王と最高枢機卿の力が強すぎて。押さえ込まれてしまっているんだ、吸血城が。吸血鬼の魔力を持ってしても、この首都の封印と二人の法力の強さによって。さすがはアレクサンドロス四世、それにも勝るとも劣らないセツ枢機卿。吸血鬼は吸血鬼だが、吸血城は吸血城として存在する。意味が分かるか? 吸血城は吸血鬼が築いたものではない。当たり前に考えりゃわかるな? 何処の世界に吸血鬼がレンガ積んだり彫刻したりするか? まして”無から有”など生み出す神の力など持ち合わせている筈も無い。”吸血鬼と吸血城”二つ一緒で初めてその力を発揮出来る。吸血鬼の本体は吸血城だと言っても過言ではない、吸血城を守る為に吸血城が生み出したものだというのが学者達の見解だ。古代遺跡に残る”兵器”の狡猾な部類に入るんだろう」
「だが首都に施された”魔法”を別の”魔法”で打ち消せば吸血城は復活する訳だな? ドロテア」
 長きを生きる吸血大公、その手段を持ちえていても何ら不思議ではない。エルストのその言葉に
「そうだ。吸血大公は言った通り”この土”で眠る。吸血大公が眠った土は負の力を帯び、荒廃してゆく。吸血大公としてはそれが狙いだから、何が何でも城を表装部に出さなくてはならない。深い部分では駄目だと聞く。”血が大地に滴る、その血が届く”範囲でなくてはな、何せヤツの力の根源は吸血城とこの大地だ。それに力を与えるのが人々の怨嗟と血と欲望だ」
「それは絶対に阻止しなきゃならないんじゃないの、姉さん」
「ま、そうだろうが。……こればっかりはな。以上だ、後聞きたい事は?」
 話すだけ話して、すっきりしたようなドロテアの表情と対照的に聖職者達の表情は重い。
 それはそうだろう、この首都の真下に吸血大公が既に目を開き復活を狙っていると聞かされれば。
「あ、あの協力を仰いではいけないでしょうか、と猊下が」
 トハ大僧正の声も上ずっているが、ドロテアは気にせず、
「コッチは魔王を倒すのが仕事だ。吸血大公なんざ構ってられねえよ」
 それだけ言うと壇上から軽々と飛び降りた。ともう倒しているのに、シレッっと言い放つドロテア。倒す気などサラサラないだろうが
「言うとは思ったよ、ドロテア」
 書類も渡したのでもうどうでもいいのだろうなと、エルストは妻を眺めていた。
「そこを何とか!」
トハ大僧正が、自分の言葉を叫ぶ最中、輿から法王が降り立つ。周りの者を制して、ドロテアの傍に近寄ってゆく。ゆっくりと。
「何のつもりだ?」
ドロテアの前に立った法王は、静かな口調で
「倒して下さいお願いします。私では無理です」
「だがな……」
「私にはもう帰る所もありません。このエールフェン以外に居る場所も、必要とされる場所も」
穏やかなその声は、普通に喋っても祈りに近い。

**********

法王の心の中にあるのは

死せる子供達の親はもう、子供達を忘れているだろうか?

 二十年前にディス二世が崩御した際、アレクサンドロス四世は直に”死せる子供達”を集める事を禁止した。それでも数多くの”死せる子供達”がいる。
 法力を見込まれて連れて来られたものも、誘拐されてきたものもいると噂がたった。
 当時、子供が消えると半狂乱で法王庁の壁を握りこぶしが裂けるまで叩いていた母親もいた。
「返して! 返してよ!!」
 私は豪華で重く、罪人の着る服のようなその絹の下から、半狂乱になったその女性を冷静に見ていた。

死せる子供達の親はもう、子供達を忘れているだろうか?

忘れる筈はない。親は決して忘れない、兄も姉も弟も妹も忘れない
だが親がもういない……兄も姉も弟も妹もいない……誰もいない

 死せる子供達にセツは告げた。
『戻るのなら位を返上し、二度と聖職者の道を歩むな。名乗りを上げても良いが、親族だからと言って位をあげるような真似はするな……そして』

−思い出の中で生きていた方がいいだろう。我々はもう、普通の生活に戻れはしない、誰も昔のように接してくれはしない。一度でも高位に就いた我々は普通の生活に戻るのは不可能だ、子供時代が無いのだからな−

 誰も戻らなかった。でも、自分のことを忘れないでくれている人がいる
 誰一人、自分を必要としてはいない。法王とて変わりは幾らでもいる
 それだからこそ、私は神の作った国で生きて行く。愚かだろう、神を遣わしたのは
 アレクサンドロス=エドを人々に遣わしたのはフェールセン皇帝
 私は……

遠い遠い島からきました

 法王が、その窮屈であろう衣装の中最大に頭を下げる。それは会釈程度だが、立派な”礼”。ソレを見てドロテアが苦笑を浮かべる
「あのな……俺たち本当は勇者なんかじゃねえんだぞ。まあテメエは知ってるだろうがよ」
”稀代の学者”ではないが”稀代の女”だとセツは言っていた
 笑う年下の女性は、引き込まれる程に美しい。女性が苦手な私が美しいと思ったのは、この女性が始めてだ。
 口の端が品良く上がり、桜色した唇が艶かに開く。軽く化粧をした顔と、大きな目を細めて見つめてくる。黒衣が良く似合っていて

幼い頃一度だけ見た海鳥
あの海にしか飛ばぬ、真っ黒な海鳥
”私”が入った棺が海に、魂もない棺の上を飛んでいた


「私には貴女が見えた。他の私を取巻く上辺の讃辞と、どす黒い憤怒ではなく。美しい砂の都を駆け抜ける微風が私を包み込んだ。貴女は勇者では無くとも、私は全てあずける事が出来る。貴女は貴女の神がいる、それは私に共鳴した」

国王達がこの地に足を運び、私に頭を下げるから私は何処へも行く事が出来ない
荒れ狂う海に沈められた”私”が入った棺
そして私は消えてしまった


バルコニーに夜出て、見るのは首都だけ。遠くを見るのは夢の中だけ。
「やれやれ。セツが献身的に仕える理由が何となくわかるな。中々大した法王だな」
何処へでも行くのでしょう、貴女は。滅んだ国をも知っている
「私は二十年前に法王になりました。三十一年前に”死せる子供”となりました。二十一年前には既に最高枢機卿でした……既に先代の法王の力を超えていたのに、トルトリアの異変に気付く事もなく、助ける事も出来ず。それを詫びます、随分と都合の良い事を言っているのでしょう。それでも敢えて私は貴女にお願いしたいのです、輿に担がれて人の波の間を運ばれる法王では何も出来ない、空を飛べる貴女に。全て貴女の指示通りに、貴女に従います」

空を飛ぶ海鳥よ
どうか私を大陸へ連れて行ってくれないか
この高き山を  その翅で
越えられぬこの高き高き山を  荒れ狂い  船の通られぬ海を
あの大陸へ  あの大陸へ
私を連れて行ってくれ



唄を乳母が歌っていた。二度と帰ることのない故郷の唄
美しい女が瞼を閉じた。
私は万能ではないから、彼女が何を考えているのかはわからない
美しい女性だ
−死んだはずの従弟が生きていた、可哀想にな。もう戻る場所もないだろう
−だから神の代理人か? ……だってあの”神”は……お前の祖先が遣わせたんだろう?


何かがドロテアを引き止めている

**********

 瞼を閉じて、微笑みを確かな笑いにかえドロテアは目を開く。意思の強さを湛えた鳶色の瞳に浮かぶ光
「いいだろう。代金は金じゃない、それでも良いか」
「はい。私の全てを差し上げます」
 胸元で、手を交差させて祈りの体勢に入ったかのようだ法王と、それを見下ろすような女の会話は周りの人には聞こえなかった。
「何話してるんだろう」
「少なくとも、法王猊下が頭さげてるんだから、言う事は聞くんじゃないか?」
 エルストも、少しだけ下がった場所からその姿を見ていた。
「多分ね。かなりの条件付きで」
 いやでも聞かない可能性もある、ドロテアだから。それが三人の一致した見解だったりもする。

 法王の輿を呼びつけて、法王を戻すとドロテアは再び壇上に駆け上がり
「仕方ねえな。ならば吸血大公はお前達で倒せ、俺達は吸血城の復活を阻止する」
 事も無げに言い放つドロテアに
「出来るのですか!!」
 トハ大僧正は、本当に驚きの声を上げる。
「まあな。吸血大公は恐らく六日後の緑色月の日に、法王の血を啜りに来るはずだ」
「六日後に又来るんだ」
 其処まで解っているなら協力してやろうよ、ドロテア。とエルストは思ったが、黙っていた、当然。
「方陣を完成させるには、もう一箇所血の生贄を捧げる必要がある。その場所は大聖堂の”罪の噴水”だ。そしてそれが最後の一撃となり、注がれた瞬間に城が復活するだろう」
 ドロテアの深い声が首都中に響き渡り、恐怖が渦巻く。そんな中、群集の一人が手を上げて起立した
「お怒りを受ける覚悟で、一つ質問をよろしいでしょうか?」
 衣装から
「何だ? 大司教さんよ」
 なのだが、ドロテアの口調は変わらない。ただ、中々度胸のある大司教らしい
「ランディールと呼んでいる吸血鬼の使い魔は、何処から来ているのでしょうか?」
「それは言ってなかったな。地図で見た所東に小さな山だろう、禿山だから誰も近寄らない。あの山自体が吸血城の一部だ。この首都の大きさと、伝承から言っても”最も高き塔”の名残だろう。そこから出てきている」
「ではそこへ行って、先制攻撃を加えたならどうでしょうか?」
 という大司教の問いに
「やめておけ。敵の陣地に入って攻撃するよりも、自分の懐に招きいれて確実に殺した方が賢いぞ」
 そんな事は考えるなと言う口調でドロテアは続けた。
「それは……」
「指揮権は俺にある、そうだろう法王」
「はい、その通りです」
 と、返されれば大司教も黙るしかない。他に質問はないか?と言った目つきで群集を見据え
「じゃあこれから色々と迎撃用に準備がある。まず第一に法王庁を空にしろ。六日後あの場で魔方陣を砕くから、他者は……特に聖職者は邪魔だ。俺達四人だけにしろ。そしてこれから地図に書いて指し示す線上にある家の者は直に避難させろ、この線上に力が終結するからな。そして最も広い場所での戦法を聖騎士団は考えて置け。吸血大公は復活の美酒として間違いなく、嘗て自らを地に沈めた人間の後継者の血を啜る。そう歌にもかかれているからな。法王と枢機卿達で迎え撃てば、勝てる可能性もある。こちらも陣を壊したら即座に参戦する。その際、多少街並みは壊しても構わない。元々吸血大公の城を封じ込めるものだし、中身がわかれば調べも付く」
 最早説明というよりは『演説』に近い勢いである。伊達に王学府の履修科目『演説』を取っていただけの事はある、ドロテア。
「解りました」
「それじゃ、解散……そうそう、町に住んでいるヤツに言っておくが下手に逃げん方がいいぞ、首都に居た方が格段に安全だ。逃げ出して、生贄を求めているランディールに出くわしたりしたら終わりだからな」
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