ビルトニアの女
神の国に住まう皇帝鳥は飛ぶ事もなく啼きもせず【14】
 法王庁の一室に通されて”喉に良いです”と出された、甘い水を飲みながら偉そうに椅子にふんぞり返っているドロテアに
「所で、本当に吸血大公の城の復活を阻止出来るのか?」
 吸血城が古代遺跡の一つだと昨晩聞かされたエルストは、力ではとても押えきれないくらいは直に解る。
「アレだけの方陣に、負と言えども魔力。一度は試してみたい召喚が軽く出来る」
 水を飲みきり、ヒルダにもっと注げと指示を出しながら、ドロテアは事も無げにエルストの問いに答えた
「召喚? ……もしかして、吸血鬼達が下準備した魔方陣で、別のもの呼び出す気か」
 それこそ前にドロテアが言った通り、節制した聖職者をふんだんに生贄にして地下の強大な魔力を呼び水にして、その魔力の源を呼び出す魔方陣が完成間近。
 となれば、それを言葉は悪いが横取りしてしまえばいいのだ。ヒルダが、「高級氷だって」と言いながらドロテアのグラスに氷を足し、差し出す。
 高級氷というのは、それこそ言葉通りに高い山脈からわざわざ切り出してきたもので、魔法使いが小銭を稼ぐのに水を固めたものではない。その程度ならドロテアはもとより、あの役に立たなそうなハーシル枢機卿でも出来る芸当だ。
 舌触りも良く、直ぐに天然のものだとわかる。それを再び口に運びながら
「おう。シャフィニイを正式な手段で召喚してみようと思う」
 道端に落ちていた、気前の良い神様を使って魔法陣をぶち壊しにでるらしい。
「シャフィニイの魔力を持って、邪を断つって事か」
「まあな。古来から言われていることだ。毒を持って毒を制す、邪を持って邪を封じる、まあシャフィニイは悪ではないがな」
 それなら手順さえ間違わなかったら勝てるだろう。そしてドロテアが手順を間違うとは到底思えないな、とエルストも頷いた。
「でも人の身で吸血鬼に勝てるのかしら、法王猊下と枢機卿で」
 吸血城を阻止すると言っているドロテアをマリアは絶対に信頼できるが、法王と枢機卿が吸血大公を討てるか?というのには懐疑的であった
 そんなマリアの問いに、ドロテアが
「多分よ……法王は初代アレクサンドロス=エドより強いぜ」

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四百年近く前、世界が闇に閉ざされた
今は無きフェールセン王朝の皇帝は、人々に請われ三人の勇者をつかわした。
ハルベルト=エルセン、シュスラ=トルトリア、アレクサンドロス=エドの3人の勇者を
何故フェールセンは三人をつかわしたのか?

−その時の皇帝は身体が弱かったのさ。力と身体の強さは違うけどね
−みんなテメエみてぇな訳じゃねえんだな
−まあね。歴代最高の力は初代、そして時点がエロイーズ。同格でイングヴァールだったろうなあ
−見てきたみたいに言うじゃねえか
−はは! ヒ・ミ・ツ
−別に知りたくもねえよ

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「え?」
 ドロテアは頭を掻きながら淡々と話す。
「魔物もそうなんだが、吸血鬼ってのは年を経る事に力が強大になっていくんだ、人と違って。優に三百年以上前に封印された吸血鬼、力だけなら蓄えられているはずだ。だがその力を持ってしても首都の封印を解けない。魔方陣をも破る程度の魔力はあるはずだ、事実大聖堂に力を送れているから。だが、その力も今の法王の前では霞む」
「じゃあ圧勝ってことか?」
 エルストもさすがに驚くが
「残念ながらそうもいかん。吸血鬼は強い、いくら法王の法力が吸血鬼の魔力を上回っていても、体の差がある。頑丈にして半端な魔法なんざはね返すほどのな。体の強さで並べる人間がいるとしたら……古代民族の血を色濃く受け継いでいる”レクトリトアード”っていう男くらいのもんだろうな」
 恐らくセツ枢機卿も『そうかも知れない』のだが、間違って殴られて死んだりしたらそれこそ一大事なのでドロテアは口をつぐんだ。こればかりは、殴られたり切られたりしてみない限り判断が付かない厄介なものなので。
「レクトリトアードな」
 エルストも頷いた。エルストがマシューナル王国に住み着いた頃には既に闘技場を引退していたが、その強さは近隣諸国に鳴り響き引き抜き依頼も相当あった。
 魔法は一切効かない。下手な剣では身体を貫く事も出来ない、その跳躍力は飛んでいるのと同じと言われた闘技場無敗の男。
 最も、エルストにしてみれば”ドロテアが自分の前に付き合ってた男”と表現するのが一番手っ取り早いのだが。その無敗の男であれば吸血大公とも対峙できるだろうし、戦える”勝てる”だろう。
「それじゃあ指示出すからな」
 そしてドロテアの指示の元、三人は各々の仕事に向かった。

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 ドロテアは聖騎士団に呼ばれ、護衛に対する助言を授けていた。
 ”授けた所で役に立たないと思うがね”そんな思いを顔にアリアリと乗せながら、問いには答えていた。
「吸血大公の弱点とかはわかりますか?」
「伝承通りだとしたら、胸元に大人の握りこぶし二つ分のオレンジ色した石が埋まっているはずだ。それがヤツの魔力の源だ。半端な魔法は効かないが、直接攻撃なら何とか壊せる筈だ。魔力が補強されるから、俺も欲しいなと思うけどな」
「倒した暁には差し上げますわ」
「そりゃどうも、ネテルティ」
「迎え撃つ方法等を考えたいのだが」
 聖騎士団を率いるフォルデス団長が今回の作戦の総指揮だ。年の頃はセツ枢機卿より少し上だとドロテアは記憶している、穏やかな物腰に隙のない身のこなしだ。ドロテアは煙草を咥えたままフォルデスに
「空を飛んで戦えるヤツはいるのか?」
「いないな。陸戦というか地面に足をつけて戦うか、騎馬で戦うかしかやった事はない」
「馬はこの場合邪魔だからヤメロ。じゃあ盾でヤツの攻撃をかわして時間を稼ぐしかないな。囮に法王、実際の砲撃はセツ枢機卿に任せたらどうだ。二人は離して置けばいいだろう」
 煙草を揉消し、目の前に出されていた葡萄水を口に運ぶ。だがドロテアの提案に、フォルデスが難色を示す
「ですが、それでは猊下が」
 と言うが
「それを守るのがテメエら、聖騎士団の役目だろう?」
 タンッ! と音を立てて円卓にグラスを置かれ、一瞬怯む。空白の時間がしばし流れ、色々な思案を巡らすフォルデスを見据えながら再びグラスを口にドロテアが運んでいると
「大変です!!」
 扉が突如ひらき、円卓にいた多くの者が中座した。
「何事だゲオルグ。今大事な話をしておる!!」
 ざわついた室内を一喝するようなフォルデスの声が響き、全員が再び座り直した。そのフォルデスの一喝に怯んだあと、ドロテアにコケにされていた聖騎士がそれでも叫んだ
「済みませぬ、ですが!」
「会議の場に来るなんて、どれ程大事な事があったの。ゆっくりと話してくれるかしら?」
 ネテルティがゲオルグに優しく声をかけて、脇にあった水を飲むように勧める。一気に飲み干した後ゲオルグが
「は……あ! ドロテア卿も!」
「卿ってガラじゃねえが……」
 ゲオルグは眼差しを上にして考えを纏め、口の中で反芻して一気に話はじめた
「実は首都にいたもう一組の勇者と魔法使い、その幼馴染である聖騎士二名、彼らに呼応した聖職者四名と聖騎士三名が東の山に!」
 もう一組というのは、あのカルロスとか言うご一行らしい。それに呼応したとなれば、聖騎士達も相当年若い者達だろう、ドロテアはそう思い黙って聞いている
「何だと! 猊下の命に背くとは! 直に連れ戻せ!」
 ゲオルグの報告にフォルデスは火がついたように怒鳴りだした。
「はっ!」
 フォルデスの命令を受けて、ゲオルグが立ち去ろうとした時
「ちょっと待て、聖騎士団団長サマよ。連れ戻した輩はどうなるんだ?」
 ドロテアは再び煙草に火を点けて、冷静な口調でフォルデスに問い質す。ゲオルグも廊下と室内の間で立ち尽くし話を聞く
「それは猊下の勅命に背いたのですから、極刑に処します」
「平たく言えば死刑だな。……勝って帰って来てもか?」
「当然ですな。功名心のみを追う様な輩など聖騎士団には必要ありませぬ。聖職者もそうです、何があろうとも猊下の勅命に従う事を誓っているですから」
「なら、行かせてやれ」
「は?」
「忘れたか?あと一箇所で生贄を捧げる必要があると」
「彼等、彼女等を生贄に?」
 フォルデスもまさかそんな答えが淡々返ってくるとは思わなかっただろうが、ドロテアはそのまま続ける
「どうやっても生贄は出る。吸血大公と法王が対峙している間に、ランディールが聖職者を襲って魔方陣を完成させる手筈だろう」
「ですが今度は場所もわかっておりますから、警備のしようが……」
「警備をして血が流れちまったらそれで終わりだ。攻めてくれば戦うしかないし、普通の人でもまあ何十人も集めりゃ同じだ」
「どの道、魔方陣は完成してしまうのですか?」
「完成はするが、復活はさせんよ、それは確約できる。だがな、生贄を阻止するのは無理に近い。ならば極刑に処させるヤツラを使え。それにあの程度の魔法使いと、空を飛んで戦う事の出来ない聖騎士達ではランディールに敵う訳もねえ」
「敵いませんか?」
「無理だな、勝てるなら勝てると俺はいう。普通の人の身じゃあ無理だ、余程の力が無い限り。対抗出来るのは法王とセツ枢機卿のみ。他の二人の枢機卿でも力不足だ、精々役に立ってもらうし、命令違反の末路を見せて規律の引き締めにでも使えよ」
 脇にいた聖騎士にグラスにもう一杯注げとドロテアが指示を出す。
「お見苦しい所を。ゲオルグ、ドロテア卿の言ったとおりだ。捨てておけ」
 フォルデスの言葉に
「は……はい」
 ゲオルグは、冷たい何かを飲み下したような表情となりその場を辞した。
「じゃあ作戦を詰めるぞ、フォルデス」
ドロテアの言葉に、全員が席に戻り会議が再び始った

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 その頃マリアとヒルダは宿泊している宿の台所を借りていた。
「えーと、調味料はコレとコレと」
 ドロテアから言われた事は『トルトリア風ピラフを作れ』であった。呼び出した後、振舞う予定らしい。
 まさかこんな事で吸血大公も吸血城の復活を阻止されるとは思わないでしょうねえ、とマリアは香辛料を選んでいるヒルダの脇で、その他の添える料理を調理していた。
「へえ……でもどんな神様なのかしらね?」
 トルトリア風の料理が口に合うと言う事は、味付けが濃くてドロテアが好む物がいいのよね? とマリアはドロテアから教えてもらった料理を思い出し、材料と相談して鶏肉の飴炊きと、スパイスが大量に入った魚介類のスープを手際良く作っていた。
 因みにコレは練習で、ドロテアが試食してOKのサインを出すのだ
 ただ、ピラフは決め手になるのでヒルダが作るようだ。ヒルダの作るピラフは、ドロテアよりも更に味が濃いので良いだろうと。そのヒルダもマリアの問いに
「どんな姿でしょうね? 不謹慎ながらも興味がありますよ」
本当に楽しそうに答える。
「そうね。ロインの上にいる神様でしょう? 姿みて吃驚とかしたら、気を悪くするかしら?」
「大丈夫じゃないでしょうか?」
 どんな姿をしているのか?と二人で話しをしながら料理を作っている様は、長閑なものである。

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 一通り聖騎士に指示を出し、作戦を詰めて報告と打ち合わせにきたドロテア。目の前には、厚く豪華な衣で覆われた法王とセツ枢機卿がいた。
「と言う訳で、囮は法王で攻撃はセツ、いいな?」
 ドロテアは他の二枢機卿を見たが、ハーシルは論外でクナは力はあるが、吸血鬼と対峙するには足りないと判断した。
 クナ枢機卿は、ドロテアなどよりは相当上の法力を持っているのだが、クナ枢機卿よりもエギ大僧正や、トハ大僧正の方が力は断然上だ。
「私は構いません」
「危険ではないか、アレクスが囮となると。……それに吸血鬼と対峙は……」
「じゃあ、テメエが吸血城の復活を阻止するか?」
「確かにそれは無理だ」
「こっちで、吸血城の復活を阻止したら直にソッチに向かってやる」
「まあ囮だが、一応それらしく力を使ってくれ。吸血城を封じ込めるように力を地に注いでいろ。そうすれば、ヤツは俺達の存在に気付かずにあまり動きもしないはずだ」
「そうですか、ですがセツが”祈り”を完成させるまでに必要な時間は五分、私は二分。時間から行けば私の方が」
「そうなんだが、もしも吸血鬼に襲われた際、酷い話だがセツ生贄にして法王が祈りを捧げろ。法王は確かに囮だが、攻撃を仕掛けてくるセツに吸血大公は注意を向ける筈だ。そうなれば俺達を隠す為の力を使う法王よりも先に、セツを攻撃してくるだろう。聖騎士団が防ぎきれなく、俺達が間に合わなかった場合セツに命と引き換えに吸血大公の足止めをしてもらう。そこから法王が祈り始めて二分だ、間に合うだろう。だから正確に言えばセツは囮と攻撃両方を受け持ってもらう事になる。法王は聖騎士や僧侶達の精神を鼓舞する為にその場に無傷でいてもらわなければならない。セツに万が一の事があっても法王が無事ならば統制は取れるだろう」
 ドロテアは聖騎士団にその事は告げてはいない。全てを加味して、伝えなかったのだ。
 聖騎士団にはハーシルに従う者もいる、出来るだけ手の内を曝け出さないほうが良いだろうと判断をした。
「それは……」
 答えを返せないでいる法王の隣で、枢機卿は顔を隠したヴェールの下で笑った。”さすがだな”と。セツ枢機卿は大体気がついたらしく
「成る程。そこまで考えていたか。それならば私の方には異存は無い、アレクス此処は指示に従おうではないか、元より全権は卿に委ねたのだ、我々が口を挟む権利はない」
 どこか似たような二人は笑い、法王は躊躇う。
「確かに……全権はドロテア卿に委ねたから」
「襲われそうになったら先ずは胸元のオレンジの石を狙え。武器は刃物は駄目だろうが、強化した杖でも持ってな。刃物は戒律違反だからな」
 そう言って笑うドロテアに
「拳で殴りつけてやる。私の前に立った事を後悔させてやろう」
 セツ枢機卿がそう言って握り拳をドロテアの前に差し出した。
「上等だ」
 そしてドロテアも黒い手甲を嵌めた手を握り締め差し出し、
「失敗するなよ、セツ」
「そちらもな、ドロテア」
 拳を叩き合わせ、ドロテアは二人の前を後にしていった。

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 ドロテアが出した指示の中に法王庁を空にする、という司令があった。当然それは法王の名で全ての者に従うように指示がだされた。
 法王庁には人が住んでいる、法王以下大僧正までが此処に住んでいた。
 基本的に法王以下大僧正までは首都に自分の別宅を持つ事は禁止されている、国外の別荘なら構わないというのは些か可笑しいが。
 ともかく法王庁に住んでいる者は何人かいる、そして空にするとなると、大事な物を持ってでなくてはならない。特に、人に見つかってはいけない物を抱えている人物にとっては、致命傷でもある
「法王庁を空にするだと!!」
 これ以上無い程皺の刻まれた顔が、怒りと困惑で震えている。そう、ドロテア達を国に招き入れる原因となったハーシル枢機卿だ。勿論当人は全く知らない事だが
「ハーシル枢機卿……」
 側近の一人が、怒りに震える枢機卿にどんな言葉を掛けていいのかわからず言葉を濁す。
「あの女、法王の間でセツと会っていたな」
「はぁ。セツ枢機卿とエギ大僧正と」
「セツの入れ知恵か、それとも頼まれでもしたか」
 王族出身者らしい、豪奢な部屋と高級品を入れる為の金庫。その金庫の中に、大量の毒が保管されている。この毒を持って法王庁から出るのは、目立つしセツ枢機卿とエギ大僧正の配下が見張っているのも明らかだ。互いに見張りあっている以上、その事くらいは直ぐにわかる。
 どうしたモノかと立ち尽くしていると、一人の枢機卿が部屋に入って来た。
「大伯父上。何ぞ人目に触れるのが困る様な品でしたら持ち出さぬ方が宜しいでしょうぞ」
「コンスタンツェ!」
 コンスタンツェと呼ばれたのは、クナ枢機卿である。ハーシル枢機卿の姪の女王の娘たる王女だが彼女自身は中立を心がけていた。ハーシル枢機卿はもっと自分に恩義を感じろと常々思っているのだが、クナ枢機卿にしてみれば無理矢理枢機卿にされたも同然で、恩など感じたことなど一度も無い。
 クナ枢機卿は法王尊敬奉っているが、セツ枢機卿がやや苦手でもありその結果中立と言う立場を取っていた。セツ枢機卿の立場からしたら、クナ枢機卿に警戒をはらうのは当然なので、嫌われても仕方なしとしている。少なくとも目の前の大伯父よりも理性的で落ち着いている人物だ。 そんなクナ枢機卿が、慌てふためいている大伯父に
「吸血鬼殲滅に力を注ぎ、存在を誇示出来ればそれに越した事は無いでしょう」
「それは」
「まあ、妾には声が掛かっておりませぬし、大伯父上も戦力外でしょうが。せめて何か出来る事でも探しましょう」
 二,三話すと、クナ枢機卿はハーシル枢機卿の前を辞した。ちなみにホレイル王国は女性の方が王位継承権が上なので、大伯父が聖職者であっても何らおかしいことはない。
『何ぞ、宝石など盗まれもせぬだろうに。あの世には持っていけぬものを後生大事にするから』
 クナ枢機卿は、大伯父がまさか『セツ枢機卿』を毒で殺そうとしている等とは夢にも思っていない。そして、セツ枢機卿を殺そうと企んでいるとは思ってもいない本営がある。狙いは法王だと考えている者達、殺害を計画されているセツ自身の本営。
「クナ枢機卿の出方は?」
 エギ大僧正達である。セツ枢機卿を殺しても、ハーシル枢機卿は法王にはなれない。年齢からいっても法王位を狙うのなら、法王を害さなければならないと判断し法王の警備をトハ大僧正に内密に伝えていた。そして、二枢機卿の動向を常に監視している。
「ハーシル枢機卿に呼ばれましたが、直に退席なされました。その後着衣を整え、部下を連れ既に法王庁から退出なされました」
「宜しい。私はセツ枢機卿に法王庁に残れるようにしてもらう」
 そうエギ大僧正が言っていると、扉をノックする音が響き。
「誰だ?」
「エルストです」
 その声にエギ大僧正が扉を開けるように指示をだし、開くと一礼をしたエルストが室内に入って来た。
「エルスト殿、何か?」
 エギ大僧正がエルストに声をかける。非常に威圧的で、威厳もあるのだが妻が妻なだけに怖いものは無いエルストが、何時もの口調で
「探し物を一緒にしましょう。と、言っても聞き入れないでしょうから、三人までなら許すそうです。それがドロテアからの言伝です、それじゃあ御武運を」
 それだけ告げると、エルストはエギ大僧正の前から淡々と立ち去っていった。その後姿を見ながら
「こっちの出方、答え方などお見通しと言う訳か」
 悔しいが、あの女には勝てないだろうとエギ大僧正はヴェールの下で、唇を噛んだ。
 エギ大僧正が調べたドロテアの素性を聞いて、セツ枢機卿は声を出して笑った。
「イイ女だ。さすがは皇帝の”愛妾”になっても良いが”皇后”になる気はないと言い放っただけの事はある」
 それと彼女の親友、黒髪の美女マリアに興味を抱いていた。
 女性であるエギ大僧正から見てもあの三人は美しさが際立っている。特にマリアという女性は美しさにおいてはドロテアやヒルダをも凌ぐ、単純な美しさだけを競えばあのドロテアでも完全に負ける。
 セツ枢機卿に届かぬ思慕を抱くエギ大僧正にとって……
「三人か。私とあとは……」
 嘗て美しい事が罪だとされた時代あったと。それを思い知らされるような美しさ、そしてそれだけではないのが悔しい。
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