月球宮・5

「確かにね。でもさ、これをどうやって拷問に使うつもりなの?」
 深く追求している場合ではないだろうとキュラが「当初の目的」に立ち返り尋ねる。
「ビーレウストをこの鉄球に縛り付けて、鉄球の下からじわじわと炙るのじゃ」
 薄くなってしまった署名部分に手をあてて押さえつつ、淡々と記憶にある拷問を語る。
「君、わりと拷問好き?」
「いいや。地味ながら残酷さを持ち、それでいてあまり残酷ではないように見えることを考えてみた結果だ」
「いや、だがカルニスタミア。ここは派手に拷問されている映像のほうが良いのでは?」
 地味とか派手とかいう問題でもないが、そもそも起点が「拷問ありき」なので、どうやっても間違った方向へと進んでゆくのも致し方のないこと。
「そうか? 鉄球火炙りも結構なものじゃが」
「鉄球火炙りから離れようよ、カルニスタミア」
 二人が話しているのを聞きながら、それは止めた方が良いとアシュレートは考えていた。形見分けの品を使うのがいけないなどではなく、鉄球にビーレウストを縛り付けるのが面倒だというのが最大の理由。
「インパクトのある拷問で一気に”カタ”を付けよう」
 ”黙って拷問される映像を撮影させろ”と言ったところで聞くような大人しい男ではない。もちろん普通の人も黙って言うことなど聞かないが。
「何か良い案あるの? ジュシス公爵」
「幸い我が家にはプロがいる」
「お前の一族は全員、特殊訓練済みじゃろが」
「最高の専門家に依頼する。我はその有様を録画しよう。録画機を我が持っていないと、すぐに破壊されてしまうだろうからな」
 静的な拷問よりならば動的な拷問。それが彼等エヴェドリット。
「その専門家って、もしかしなくてもアジェ伯爵?」
「ああ、そうだ」
「ちょっと待て、アシュレート! それは専門家過ぎるじゃろう!」

―― 数日後 ――

「兄貴」
 カルニスタミアはまたもや煩雑な手順を踏んで、兄王と面会していた。
「何じゃ? カルニスタミア。言っておくがデファイノスは……」
「まあ、黙ってこれを見るのじゃ」
「?」
 卓上再生機によって映し出されたのは、血まみれのビーレウストとシベルハム。
「この二人は一体なにをしておるのじゃ!」
「監禁しているだけでは無駄だということで、周囲の壁の耐久テストを兼ねて暴れてるのだそうだ」
「壁ではなくて本人同士が! ああ! デファイノスがあ!」
 映像の二人は壁になど目もくれずに、ひたすら相手を殴る。限度を超えた兄弟喧嘩では済ませられない状態。
 灰色の壁に鮮やかな血や暗紅色の血が飛び取り、骨や僅かながらの脂肪も飛び散る。
「教えておこうと思ってな。じゃあな」
 再生したまま部屋を去った。カルニスタミアが部屋を立ち去るのを待っていたかのようにカレンティンシスは映像を消して、大急ぎ解放の連絡を入れる。

「早うせんか! ザセリアバ。今すぐ出て来たら、挨拶なしでも許してやるぞ!」

※ ※ ※ ※ ※

「で……行方不明なんだ」
「ああ。解放したは良いが、部屋から飛び出し乱闘したまま地下迷宮に消えたそうだ。アシュレートが追いかけているとは聞いたが……本当に申し訳ないかぎりじゃよ」
 カルニスタミアは溜息すら出なかった。愚痴は幾らでも出て来そうではあったが、それは飲み込み眉間に皺を寄せる。
「月見まではあと三日かあ……見つかると良いね」
「見つかっても死んでたら困るのじゃがな」
「それもあり得るから困るよね」

 カルニスタミアは立ち上がり、三度兄の元へと向かった。

「なにぃ! 行方不明じゃと!」
「アシュレートが必死に捜してくれておるからして」
「貴様も探しに行け!」
「無茶言うな。それに儂とて捜しに行って良いのなら、捜しにいっておるわ。あの二人はリスカートーフォン迷宮に消えたんじゃ。このアルカルターヴァたる儂が、他王家の地下迷宮に向かうとなると、陛下の許可が必要じゃ。兄貴は陛下にこのこと知られたくなかろう?」
 ”陛下にお願いしても、この結末は変えられなかったじゃろうな”と「もしも」を考えながら、兄王を宥める。
「もちろんじゃ! 陛下に知られたら、知られたら!」
「帝国宰相に許可をもらうという手段もあるが、帝国宰相から許可が降りるのには最低でも一週間かかるの忘れてはおらんじゃろう?」
「…………んー」
 綺麗さっぱり頭から抜け落ちてました、カレンティンシス。
「後日アシュレートにお礼をしておけよ、兄貴」
「言われずともするわい!」
「月見の用意をしてビーレウストが来るのを待っておけ。まったく嫉妬し過ぎじゃよ」

 カルニスタミアが立ち去った後、
「い、言われんでも! 言われんでも……」
 小声で文句を言いつつ引き出しから仕様書の冊子を取り出した。
 帝国宰相が追加として寄越した書類《ススキは当日にレビュラ公爵が届ける》をクリップ止めしている表紙を開き、
「解っておるわい」
 様々なところに付箋を貼ったり、書き込みをして、すっかりと内容を覚えてしまっている冊子に再び目を通す。
「用意な……用意。この儂が自ら用意してやろうではないか。この月見団子とやらを……じゃが、月見団子とは何じゃ?」
 この場にビーレウストがいたなら教えてくれたであろうが、生憎彼はただいま発狂して地下迷宮を爆走中なのでどうにもならない上に、彼を驚かせたいという気持ちがあるので、
「誰に尋ねるべきであろうな」
 居たとしても尋ねたりはしなかっただろう。
 もっとも居た場合は ”月見団子をカレンティンシスが作る” 流れにはならないが。
「カルニスタミアは……弟が知っていて、兄が知らぬのは恥でもあるし、なにより迷惑をかけたから排除。同じくガルディゼロも、ジュシスも排除。陛下には恐れ多くてお聞きするわけにはいかぬし。帝国宰相に聞くのは腹立たしい。やはり王に聞くべきじゃろうな」
 ロヴィニア王に聞いてみたらどうだろう?
「ぬおぉぉ! あの男に聞いたら、どれ程法外な値を付けられることか! 儂の私財は国のもの! あの男にくれてやるわけにはいかぬ!」
 資金面(ぼったくり確実)で却下。
 エヴェドリット王に聞いてみたらどうだろう?
「あの男が知っているとはとても思えぬし……団子は団子でも肉団子の作り方しか知らなそうじゃし。あいつらの肉料理は原材料が犯罪臭くていかん。デファイノスは喜ぶかも知れんが、儂は人肉料理は嫌じゃ」
 材料面(否定できないところが怖い)で却下。
 最後に残ったのは、
「やはりラティランクレンラセオか。仕方あるまい、聞いてやるか」
 誰もが口を揃えて”そいつにだけは聞くなと! 何度言ったら解るんだ!”と叫ぶケシュマリスタ王に聞くことを決めた。

―― 月見当日・夕刻 ――

 カルニスタミアとキュラは【解放された月】を眺めていた。
 エーダリロクが「月見の日まで惑星プラントで覆っておく」と言い張ったので、今夜が初お目見えだ。
「発見できなかったのかな?」
 二人は用意した月見の席ではなく、アシュレートが探索にゆく前に「最悪、ここで待ち合わせしよう」といった場所に待機して、月を見上げていた。
 待ち合わせ場所は未だ修復されていない、アーチバーデ城にも似た廃墟。崩れ落ちた天井から差し込む、赤身を帯びている月の光。
 赤色から徐々に高度が変わり黄色となり、銀色に見えるよう大気も調整された。
「さあなあ。発見は出来ても、救出できなかったのかも知れん。もしかしたら、アシュレートもそのまま参戦して地下迷宮の水路を流されて内海へと向かっておるのかも知れんな」
「へえ……地下迷宮って内海に繋がってるんだ。僕知らなかった……あっ! ジュシス公爵!」

 宇宙でもっとも赤が似合う一族の男の一人が、瓦礫の山から飛び出して来た。

「待たせたな! カルニスタミア」
 この瓦礫の下にリスカートーフォン通路用の出口の一つが存在していたのだ。
「アシュレート!」
 肩に乗せられているのは、着衣からシベルハムと解ったが、何時もの彼とはどこかが違うようにキュラには見えた。
 一目で解るほど違うのだが、何処が違っているのか解らない。そんな不思議な状態。
「ビーレウストはこれから来る。血で狂っているぞ。我はこの死んでる副王を蘇生機に入れてくる! あとは任せた!」
 アシュレート本人も血まみれながら、仮死状態の副王を担いで走り去った。
「感謝する! アシュレート」
 残った血の匂いを追って、地下迷宮出口から《這いだしてきた》のは、瞳孔が完全な狂気状態を表しているビーレウスト。
 顔半分が血まみれになり、這いだし前傾姿勢になった時”ふさふさ”と音を立てた。奇妙な音にキュラは凝視すると、
「ちょっと! 来たよ、カルニスタミア。僕じゃあ、あの気狂……何くわえて……もしかして、アジェ伯爵の髪の毛?」
 瞳孔異常、両鼻穴から出血、そして口には髪の毛。よくよく見るとシベルハムの顔が付いている。
「そうじゃな。シベルハムの顔面の皮が剥げておった原因のようじゃ」
 シベルハムは元々髪が深紅なので、剥げていても”なんか髪が短くなった?”程度で、顔が真っ赤でも”あれ? 髪が顔を覆ってる”とキュラは考えてしまったのだが、いちおう冷静で有名な王子カルニスタミアは見極めていた。
「どうするの? ビーレウスト完全にイッちゃってるよ!」
 鼻は血が溢れ、口も頭皮(実兄の顔皮つき)をくわえているので呼吸し辛いらしく、肩で息をしていた。
「確かビーレウストは脳に第三の眼球があり、それは弱点にもなると聞いた。よって殴って脳を揺する。同時に発狂材料である血を提供している口の頭皮も落ちるだろう。よほど大事なんじゃろうなあ。おそらくエーダリロクに届けようと考えて剥がしたんじゃろう。手がないから落としたら困ると思っておるんじゃろうよ」
 ちなみに今のビーレウスト、両腕の肘から下がない。
「手加減してあげなよ、カルニスタミア……って! 左手で殴る気なの!」
 混乱状態のビーレウストの正面に立ち、殺気を持って構える。
 その殺気に反応し、ビーレウストは動きを止めて首を不規則に動かしながら脚による攻撃態勢を取った。
「心配するな、キュラ。儂は両利きといわれるが、自分では右利きだと思っとる。じゃから左で殴っても、大丈夫じゃ」
 ”さすが両腕がかけても、バランス一つ崩れぬな”
 戦う為に生まれてきた一族に敬意を評して、カルニスタミアは正面から殴り掛かかる。
「あのさ、カルニスタミア! 僕からみると君は……」
―― 左利きだと思うよ!
 キュラが言い終える前にビーレウストは弧を描き後方へと飛んでいった。同時に口にくわえていた頭皮も回りながら飛び「ぽすっ」と気の抜ける音を立てて床に落ちた。
 そしてもう一つ。
 殴られた衝撃で飛び出したビーレウストの右眼球が転がる。
「飛び出してしまったようじゃな」
「凄いね、君。エヴェドリットって顔面は異常なまでに丈夫だってのに」
 キュラは転がった目玉の方へと向かい、カルニスタミアは倒れているビーレウストの方へと向かった。
「起きろ、ビーレウスト!」
 眼球が飛び出すほど殴った頬を、今度は目覚めろと平手打ちを繰り返す。
「いて……てぇ……」
 ”そりゃ痛いだろうな”と誰もが一目見て思う状態のビーレウストは、意識を取り戻したが、痛みに暴れる事もなく上手に立ち上がる。
「儂の兄貴が迷惑かけたな」
「いいや、べつに。それよりお前に迷惑かけたな、カル」
「平気じゃよ。儂よりアシュレートに迷惑をかけたじゃろうよ。シベルハムは知らんが」
 カルニスタミアは赤い月の光に照らされている頭皮を見る。
「ああ! そうだった。シベルハムの頭皮を唇に噛みついて剥がしたんだ。思い出した、思い出した! エーダリロクの研究に使えるかと思ってよ! 悪ぃけど、あれ保存しておいてくれねえか?」
「構わんが。それにしても噛みついて剥がしたのか?」
「おう。両腕切られちまったからよ。噛みついて剥がしてやろうと思ってな」
 なにをしていたのか? なにを考えていたのかを問いただしてはいけない。ただ彼等は本能の赴くままに戦っていたのだ。
 不規則な瓦礫を照らし、影を作る月。
 彼等は今、それを眺めなくてはならないのだ。どのような状態であろうとも。
「話なんてしてる場合じゃないよ。腕切り口に包帯巻いて、着替えるくらいしか時間ないんだから。治療時間はないとおもうよ」
 キュラは眼球を床に置いて、急いで腕の傷口に包帯を巻く。
 直ぐに巻き終え次はビーレウストの軍服を脱がせようとファスナーに指をかけたが、
「まて! キュラ! 脱がすな」
 ビーレウストは体を捩り拒否する。
「なに? ビーレウスト。今更恥ずかしいとか言わないよね」
「誰が手前に裸晒して恥ずかしいなんて言うか。違うんだよ、今服脱いだらそのまま内臓もぶちまける」
「え? だって服にはそんな傷無いよ」
 内臓ぶちまけるとなると、服の表面にも大きな傷があるはずだが、
「シベルハムの奴は得意なんだ」
 専門家と言われる男は特殊な機具をビーレウストの口に通して内側から裂いたため、ビーレの上半身は、まさに皮一枚で繋がっている状態。
「大丈夫なのか?」
「胸骨と内臓と胸筋がいかれてるが、下着がカバーしてるからどうにかなりそうだ」
「なれば多少予定時間に遅れても、治療したほうが良いのでは?」
 ”ついでに儂が吹っ飛ばした眼球も”と思い治療を勧めるも、
「あとが面倒だ。遅れてごめんなさいするくらいなら、治療しないで招待時間に間に合わせた方が良い」
 ビーレウストの天秤は治療には傾かなかった。
 この状態になっても《遅れて申し訳ございませんでした》の方が大変だと言うのだから、
「済まんな、そんな兄で」
「確かに面倒だよねえ」
 そして誰も否定しないのだから、いっそ大したものである。
「尻穴に気合い入れてりゃあ内臓もはみ出さないから、なんとかなるだろ」
 最早「お前の幸運を祈っている」としか言えない状態。
「眼球はどうする? 口に放り込めばいい?」
 キュラは拾い上げた眼球をポンポンと掌で遊びながら尋ねる。
 飛び出した眼球を食べると《あ! 眼球が無くなってるぞ。再生しなくちゃ! どちらの瞳だ? これは……》と信号を出して修復する機能が備わっているので、食する者もいる。
「頼む、キュラ」
 特になにを食べても気にならない一族は、それは躊躇いなく食べる。
 蛇か? と思うように丸呑みして、
「じゃあ行ってくるぜ。お前達も楽しめよ。頭皮の保管よろしく」
 何時も通りの口調と歩調で去っていった。
「大丈夫かなあ……」
「本人が平気といっておるのじゃ、平気じゃろう。さあ、行くかキュラ」
 頭皮保管に関する連絡を入れて、カルニスタミアは頭皮を右手に、キュラの腰に左腕を回して歩き出した。
「あ、うん。行こうか」