月球宮・4

「さて」
 執務室前にはカルニスタミアが呼び出した王国軍が、テルロバールノル王国軍総帥の証を用意して待っていた。
 それは柄の部分に王国軍旗(長さ十五メートル)が飾られた全長六メートルの鉾槍(ハルバード)
「王よ、王弟じゃあ。扉を開け」
 鉾槍を肩に担いでカルニスタミアは執務室に乗り込む。
 入室してすぐに人払いをさせて、カルニスタミア、キュラ、カレンティンシス、アシュレートの四人だけとして、
「王よ、この王弟に会って下さったことに感謝しておるから、ビーレウストの監禁要請の目的を教えるんじゃ、兄貴!」
「貴様、儂に対する! 王に対する挨拶がなっとらんぞ! カルニスタミア」
「これから長々と挨拶してやるから、挨拶の最中に今尋ねた事に関する答えをまとめとけ! ゆくぞ挨拶じゃあ! アルカルターヴァ公爵にして、テルロバールノル王 ルクレツィアが直系の子孫にして ウキリベリスタル・イジュメシュライア・ディルファーゾン・ルディ・アル・ディルジョン・アルカルターヴァ……」

 テルロバールノル王家の長い挨拶。

「以上をもち挨拶といたします。プランセ・ライハ・カルニスタミア・ディールバルディゲナ・サファンゼローン・バウサルテゥ・リラ・アルカルターヴァ」
 四十五分後に無事終了した。
『カルニスタミアと同じ”王族”に分類される我ではあるが格が違うというか、我にはテルロバールノル王族なんぞ務まらん。よくもまあ教本通りに全くつっかえもせず、声の大きさも速さも一定のまま言い切れるな』
『いつ聞いても、凄いんだよねえ。思わず聞き惚れるんだよね。……君さ、何時も聞いてるから飽きると思ってるでしょ? それ間違いだよ』
 滅多に聞くことのできない王弟の王に対する正式挨拶。
「さて聞かせてもらおうか。……なんじゃ、兄貴。その顔」
「ば、馬鹿者! 貴様の挨拶を全身全霊で聞いておったから、なに一つまとまってはおらん!」

 ―― 自信満々に言うことじゃねえだろ、兄貴!

「どっちが馬鹿者じゃあ!」
 キュラとアシュレートは顔を見合わせて頷いた。
 ”まあなあ。ここまで完璧に挨拶できる王族は、カルニスタミアとカレンティンシスくらいのものだからな”
 ”そうだよね。カルニスタミアは飽きてるじゃろ? って言うけど、全く飽きさせない迫力と気品があるんだよね。とくにカレンティンシス殿下、格好良いカルニスタミア大好きだし”
 由緒正しい王家の王弟に相応し態度を取っている時の実弟は大好きで、胸が高鳴ってしまうカレンティンシスは「貴様こそ、儂の跡取りじゃ」以外考えられずに聞いていた。
「儂を馬鹿というな、愚弟が!」
「愚弟で結構! 賢兄王よ、愚王弟の質問に答えんかあ!」
 《話の足踏み度合いも何時も通りだ》思いながら二人は傍観者を気取っていたのだが……。
「早く教えろ。ビーレウストを招待したくないのなら、儂が断ってやるから。何も監禁依頼せずとも良かろう」
「招待したくないわけじゃない! じゃが招待したくはないんじゃ!」
「儂は兄貴の言動に慣れておるからして、その言い方で ”凄く招待したいんじゃ! 招待を断るなんぞしたら戦争じゃ!” と言っているのは理解できるが、他人には通じんのじゃ! 解るか?」
「黙れ! カルニスタミア! 格好良い正統派挨拶しおって! 儂は本当に嬉しかったぞ。それに引き替えデファイノスの奴は……ジュシス! 貴様の家の教育はどうなっとるんじゃ! というか貴様儂の前で挨拶してみろ!」

―― やばいぞ、跳弾してきた

 アシュレートは正式な挨拶をする自信はあるが、属する王家の合格値が低ラインなので、
「それはまた、今度」
 宇宙で最も儀礼作法に厳しい王が一切文句を付けないような挨拶のあとに、する気にはなれない。
「兄貴! アシュレートに挨拶は関係なかろう! 挨拶を仕込みたいのであれば、兄貴のビーレウストにでも」
「儂のビーレウスト言うな! 恥ずかしいではないか!」
「兄貴はいつも”儂のカルニスタミア”言っておるではないか! 儂は良くてもビーレウストは駄目なのか?」
「煩い!」
「兄貴!」
 もともと簡単に口を割る兄ではないことをカルニスタミアは理解している。
 理解しているので、
「言わぬと攻撃するぞ」
 六メートルの鉾槍を頭上に掲げ両手で高速回転をさせた。回した直後から高速で形が見えなくなる鉾槍と、風を切る十五メートルの軍旗。
 222cm、手を掲げ伸ばすと300cmに到達する男が、
「言わんかああ!」
 まさに風を切りながら叫ぶ。

―― なにが凄いかって、カルニスタミアが元帥鉾槍振り回しても、部屋の端には程遠いところだよね

 王一人用の執務室は広かった。それはもう広かった。
「さあ! 言わんか! 儂の手が滑って鉾槍が大宮殿で暴れたら恥じゃぞ!」
 本来は当然本人の恥なのだが、王弟の恥は兄王の恥(カレンティンシス限定)
「ぬおぉぉ! 儂に恥をかかせるなあぁ!」
―― 言えば良いじゃん……ビーレウストのこと。
「脅しだと思っておるな? うおあぁぁぁぁぁ!」
 カルニスタミアはそう言って、鉾槍を手放した。高速回転しながら向かった先はアシュレート。何事もないかのように片腕で掴み嗤う。
 普段は賢帝に瓜二つの顔が、一瞬にしてラウ・センの表情に支配され、
「うおああああああ!」
 叫び声を上げながら頭上で回転させ始めた。
 大人しそうに見えようが、割と大人しいタイプであろうが、それは人の皮を被っているだけで、すぐに脱げて狂人が現れる。
「うおらぁぁぁぁ!」
 カルニスタミアに向かって鉾槍を投げつけるアシュレート。
 同じように片腕で受け止めたカルニスタミアは再び頭上に鉾槍を掲げ回そうとした時、
「やめんか! 貴様等! なにをしておるのじゃ。特にカルニスタミア! 殺戮人でもあるまいし!」
「脅しではないことは理解してもらえたようじゃな。それで理由はなんじゃ?」
「……ううう……り、理由は……理由はつ……つきが……きれいなのが……悪いんじゃあ!」

※ ※ ※ ※ ※

 聞き出せたのは「月がきれいなのが悪い」ということだけ。
「聞き出せただけでも良しとするか」
 兄の性質を知っているカルニスタミアは、これが限界であることも理解していた。
「全く話にならんな……どうした? キュラ」
 ”他王家の王の性質は解り辛いな” と、半発狂した兄王ザセリアバの言動のほうが解り易かったアシュレートは真っ直ぐな髪をかき上げながら斜め後ろに立っていたキュラの表情に感じるものがあり声をかけた。
「僕、大体解ったよ」
「何じゃと?」
「なんで解るんだ? あの怒鳴りで」
 むしろ「怒鳴ってしか」いなかったのだが、キュラは自信ありといった表情で事情を説明しはじめた。
 ちなみに三人は頭の血管が切れそうなカレンティンシスの執務室から逃走的退出後、移動用のモノレールに乗って、夕食が用意されている食堂へと向かっている。
「僕ね、この前皇后殿下とお会いして話したの。単純に言うと”月がきれいですね”は”私はあなたのことを愛しています”という意味があるらしいの」
「なんだ? それは」
「ん? 聞いたことがあるな。昔どこか小さな国ではやった言い回しじゃったはずじゃ……」
「地球の古典らしいんだけど、そんなもん知ってるのって王子はビーレウストくらいじゃない? ビーレウストが知ってるってことは、エーダリロクが知っててもおかしくないでしょ? それでさ、エーダリロクが奥様にそれとなく教えて、奥様が皇后に」
 ロガの話相手でもあるキュラは、侯爵に会うことも多く、その関係で月を作る理由を聞いたのだ。
「ビーレウストが知っているということは、兄貴も直接聞いたという可能性が高い……いや、完全に教えられたな」
「そういう事。それでさ、月を作るのはエーダリロクじゃない? ビーレウストは大喜びで月褒めると思うんだよね ”月きれいだなあ! エーダリロク作った月は最高だな!” って。当然彼はテルロバールノル王家に招待されているから、隣には儂王様じゃない」
「我には全く理解できない」
 ”月がきれいが愛している”であろうが”エーダリロクが作った月がきれい”であろうが、アシュレートとしてはどうでも良いこと。
 言わないように命じれば良いだけではないか? と彼は当然のことを考えたのだが、その当然は当事者にとっては当然ではない。
「アシュレート……兄貴は王ではない部分において、極度の照れ屋じゃ」
 カレンティンシスは”言って欲しいような、言って欲しくはないような”気持ちで揺れ動き、自分の気持ちを持て余し、その結果が「依頼して監禁」となったのだ。
「照れ屋……」
 自分で聞くのは恥ずかしく、他の人がいる場所でそれを言っているのは腹立たしくも、理由の一つだ。
「さて……どうしたものかの?」
 カルニスタミアは打開策を考える物の、
「ほっとけば? ご本人のお望みなんだからさ」
 キュラは ”どうにも出来ないよ” とお手上げ状態を表すように両手をひらく。
「放置するしかないだろうな。王と王の契約だ、王弟や王の異母弟ではどうすることも出来なかろう」
 内容が内容なので、放置しておいても良いなとアシュレートは判断した。本音は「むしろあまり関わりたくはない」なのだが。
「お前も王弟だろうが、アシュレート」
「確かにそうではあるが、我はお前ほど王の弟をしてはおらぬよ、カルニスタミア」

 モノレールが停止しても、三者三様の方向を見て座ったまま。

「陛下じゃあ角が立つから、皇后に陛下にお伝えしてもらえるようにお願いする? それに関しては僕がお願いしてきても良いけど。皇后も吃驚するだろうね」
 カルニスタミアがシュスタークに依頼した場合は後が喧しいが、皇后が「ナイトオリバルド様にお願いが」であれば……
「陛下は絶対の切り札じゃが、皇后に迷惑がかかる」
 やはり後が喧しい。
 カレンティンシスが皇后如きに怯む訳もない。
「王二名の契約を無効にするとなると、陛下のお言葉以外思い浮かばないが……より一層怒り出しそうだな」
 皇帝の命であれば聞くのは解っているが、その後叱られるのは嫌だった。
 叱ると言うよりは《怒鳴る》
「確かに」
 皇帝に「怒らないように言ってください」とはさすがに言えない。
 「王として王族の態度を叱責する」のは皇帝でも易々と口を挟める問題ではない。各王家に独立した文化を認めているので、皇帝が良いと感じても、その王が認めなければ「生命を奪わない限り」において、叱責は自由だ。

 『多少』度を超していたとしても。

 三人は降り、食堂へと向かう途中もずっと”いかにしてカレンティンシスを怒らせないでビーレウストを解放するか”を話合っていた。
「想像つくね。怒り狂うね。やだなあ……そうだ、やっぱりさ、直接テルロバールノル王に訴えかけようよ」
「どうやって?」
「どのようにじゃ?」
「カレンティンシス殿下は残酷なこと嫌いじゃないか。対するエヴェドリットは、残酷残虐、拷問破壊のスペシャリスト揃い。ここは一つ、痛い目にあってるビーレウストを撮影して、殿下に見せて”折れる”ように仕向けようよ」

―― ビーレウストなら多少痛い思いしても良いだろうし、カルニスタミアを困らせて、こんなに迷惑かけてるんだから、少しは痛い思いしてもらわないと ――

 キュラの心の声は誰にも聞こえず、
「良いかもしれんな」
 案としても悪くはなかった。
「それは良い案じゃな……ちょっと付いてきてくれ二人とも」
 カルニスタミアも「それが一番かも知れん」と思うと同時に、ある道具を思い出した。思い出した理由はモノレールに届いていた本日の夕食のメニュー。

 (食前酒) 銀河の草原を駆け抜ける風がはぐくんだ「酒の銘柄」
 (前 菜) ダークマターが駆け抜けるようなカルパッチョ
 (一皿目) ・・・・・・・

 など、皇君の詩を彷彿とさせるようなメニューを見て、思い出したのだ。
 食堂近くにある自分専用の荷物を保管する部屋の扉を開き、
「待っていろ」
 カルニスタミアは一人で部屋へと入るしばらくすると扉の中から、
「ごろごろごろ?」
「ごろごろごごろ……だな」
 球体が転がってくる音が響き渡ってきた。
 扉から出て来たのはカルニスタミアの三倍ほどある「鉄球」
 音の正体はもちろん ”コレ”
「この鉄球を拷問に使うとするか」
 エーダリロク風に言い表すなら ”すっげー良い顔してるぜ、カルニス!” なその表情に、
「拷問以前にさ……君、これなに? ―― 鉄球だ ――って答えは無しだよ、カルニスタミア」
 キュラはビーレウスト風に表現するなら ”おい、死にそうな面してるぜ、キュラ” の表情で尋ねる。
「実は先日皇君より、また形見分けの品をいただいたのじゃ」
「形見分けなの? 君、それを形見分けとして普通にいただいちゃったの?」
「ああ。形見というからには形見なのじゃろう」
―― これだから王子様ってのは!
 思わず叫び鼓膜を破損させそうになった時、アシュレートが手を叩き、それを阻止することに成功した。もちろん、阻止しようと思って手を叩いた訳ではない。
「もしかして、大宮殿を壊した仕掛けの鉄球か?」
「そうらしい」
「どういうこと?」
「我やカルニスタミアも聞いただけだが、簡単に説明すると……」

 シュスターク帝の父親の一人、帝君アメ=アヒニアンがまだ元気だった頃

 大宮殿は今でもそうだが「大半が崩れている状態」のままになっている。
 ある日エーダリロクは全壊手前の建物を見て、

―― そうだっ! 装置を作ろう!

 思い立ったのだという。
 切欠とか、理由などという、陳腐なものを求めてはいけない。敢えて理由をつけるのならば、それは『男の浪漫』
 おまけに「装置」というのは、鉄球を転がし残っている柱を次々と倒し、建物も破壊してしまおうという物。
 ちなみに成長したエーダリロクに目的を尋ねてみても「理由と目的? そりゃ、鉄球を転がして柱を次々と倒して建物も破壊することが目的」とそのまま返ってくる。
 ある意味「子供の頃だから、理由なんて忘れちゃった」のほうがマシというものだ。
 ともかく確固たる意志と、天才の頭脳、そして親友ビーレウストと共に、大宮殿の中に装置を作りあげた。
 高さ千メートルから鉄球を落下させて運動エネルギーを発生させ、次に方向転換用に……と作ったのだ。
「よーし、落とすぞビーレウスト」
「任せとけ! エーダリロク」
「いっせぇのぉでぇ!」

 二人で鉄球を仲良く突き落とす。

 結果は見事なもので、計算通りに崩壊しかかっていた大宮殿を完全崩壊させて、地震計まで揺らすほどの大震動を巻き起こす。
 エーダリロクの計算では鉄球を内海に落とす予定だったのだが、その場にちょうど鮫に餌をあげていた帝君がおり、津波すら起こしかねない高速回転する鉄球を発見し止めた。
 その場にいたのが皇婿や帝婿であったなら、はじき飛ばされて破片になっていただろう。
 何事だ? と、帝君が鉄球を確認するとそこには、

 『えーだりろく と びーれうすと の てっきゅう』

 署名を発見して、大急ぎで皇君に助けを求めた。地震計が揺れるほどの震動だったので、二人は少々ながら注意されたが、壊した場所が壊れていた場所であり、死人も出なかったのでそれで済んだ。

「……なにそれ」
「全てだ。詳しく聞きたかったら、当事者のどちらかに聞いてくれ。それにしても、鉄球が残っていたとは」
「聞いた話では故帝君はビーレウストが関係した物は、何でも取り置いていたそうじゃ。普通ならば捨ててしまうようなものであっても、儂等には取り置くスペースはそれこそ無限にあるからな」