Valentine ― 2010 ―

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【ランクレイマセルシュ VS ザセリアバ】

 菓子がある。
 長さは彼らの人差し指ほどであろうか。
 大きさは彼らの小指よりも小さい。
 チョコレートをクッキーでコーディングした細長いもの(要するにt○pp○)

 でも商品名書くと問題があるので(伏せ字が伏せ字になってないのは愛嬌という単語で片付ける)チョコクッキースティック、略してチョークと書く。異存はないな!

 男と男が向かい合い、判定人がチョークを宙に放り投げる。男たちはチョークの端に食らいつく。
 一瞬にしてどれ程食べることができるか? 一口で食べた量が多い方が勝ち。それがこの勝負。

 ランクレイマセルシュは食らいつき、ザセリアバも食らいつく。互いの唇が触れるギリギリまで。一万分の一ミリ単位で測定しても同じ長さ。
 二人は向かい見つめ合ったまま、口にチョークが入っているが、噛み切らない。
 噛み切らずに……

《やっぱり手前の顔は腹立たしい! ザセリアバ》
[それはこっちの台詞だ! ランクレイマセルシュ]

 チョークで口が繋がったまま、相手の鼻穴に指を突っ込んだ。それも両者、両方の鼻穴に。

《早く離れろ! ザセリアバ!》
[お前が先に離れろ! ランクレイマセルシュ!]

 耐久戦ではない。
 噛み切れば離れられるのだ。いや、離れられないかもしれない。
 鼻穴に指を突っ込んでいるから。
 凍えゆく空気。周囲から消えてゆく生気。人々の目は虚ろであり、口は歪み、思考回路は現実逃避。
 そんなことを気にせずに、二人はしばし睨み合って(口にチョーク、鼻穴に指)互いに首を動かして、口を繋いでいたチョークを折った。それと同時に指も離れる。
 手袋を引き裂き、
「ぼりぼーり。ランクレイマセルシュ!」
「ぼきぼきぼり。ザセリアバ!」
 投げ捨てて、口に入っていたチョークを飲み込みながら怒鳴り合う。

 何時もの事とも言えるが、周囲は中々慣れることはない。慣れたくはないし、慣れるほど遭遇したくはないというのが本音だ。

「全く。腹立たしい野郎だ」
 ザセリアバは頬を膨らませながら、手袋を嵌めさせる。その脇に立っているシベルハム。
「そんなに腹立たしいなら、顔の皮剥げばいいじゃないか。お前なら出来るだろう? エヴェドリット王」
 鼻穴に指を突っ込んで、そのまま顔の皮を剥ぐのは容易なことであった。単純な力ならば、ザセリアバに適う王はいない。
「……ん、まあなあ。確かにな」
「ヴェッティンスィアーンは、確かに面の皮は厚かろうが、それは言葉上であって、実際の面の皮は我々よりもはるかに薄かろう? お前の力で物理的に剥がせぬ顔の皮など存在せんだろう? なぜ剥がさん」
「……ふ、ふかい……深い意味はない」
 シベルハムに言われて、ザセリアバは初めて気付いた。
 今まで気付かなかったザセリアバを愚かと言っても良いかもしれないが、とにかく気付かなかったのだ。
「じゃあ、浅い意味は?」
「そんな物もない!」
「まさか借金してるから、顔の皮剥げないとか?」
「借金もしてねえぇよ! ランクレイマセルシュに借金するくらいなら、ラティランクレンラセオに借金する! 誰があの強突張りに金借りるか!」
 怒鳴りながら立ち去ったザセリアバの後ろ姿をシベルハムは見送って、
「どうしてだと思う? アシュレート」
 思考停止しながら眺めていたアシュレートに声をかけた。
「さあな。あれはあれで楽しいのだろう」
 シベルハムにとってザセリアバは甥でやや血筋としては離れるが、アシュレートにとっては同じ父母を持つ兄。
 よってダメージは大きい。
 正直な所、アシュレートにとって精神的なダメージは「ザセリアバが死ぬ<鼻穴に指突っ込み・突っ込まれ」だ。

 死んだところで何とも思わない一般的ではない一族なので、当然といえば当然なのだが。頻繁に他者の鼻穴に指を突っ込むのも一般的ではないが。

「鼻穴に指を突っ込まれる性癖? 変わってるな」
「お前に変わっているとは、ザセリアバも言われたくはないだろう。それに、突っ込まれるのではなく突っ込むほうかも知れんし」
 他人の鼻穴に指を突っ込む性癖だろうが、突っ込まれる性癖だろうが、世間的には変わっている。
「我の性癖は、ただの拷問だ。……鼻フック好きなのか?」
「それも違うと。だが確かに……顔の皮を一度剥げば、二度とヴェッティンスィアーンも指を突っ込んでは来ないだろうが」

 シベルハムにもアシュレートにも、そうしない理由は解らなかった。

「我とて解らんわ!」

 本人にも解らないのだから、どうにもならない。

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