Valentine ― 2010 ―

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  【帝后アシュレート ルート】  

 男がいた。
 気付かなかった自分が愚鈍であるのかもしれないが。
「なぜ、貴方がここにいるのだ……」
 そして我は絶望した。

† † † † †


「リーデンハーヴが?」
 シュスタークがロガと遊んでいる所に《リスカートーフォン公爵が、陛下にお会いしたい》という旨が記された書状を持って伝令が訪れた。
「……何事か? まあ良かろう。ロガ、今日は遊んでくれてありがとうな」
「私も楽しかったです!」
「手作りチョコレートもありがとうな(宵宮.Verのロガは料理は並)」
「皆さんと食べてくださいね!」
「ああ」

 気分よくバレンタインを過ごしたシュスタークは、夕食前にロガと別れて部屋へと戻った。部屋には《会いたい》と手紙を認めた本人がいた。
「どうしたのだ? リーデンハーヴ」
 何をしでかしても悪びれない一族と言われるエヴェドリット。その一族の王は、やはり悪びれずに己の凶行を語った。
「実はアシュレートが陛下のために作ったガトーショコラを食ってしまいましてな」
「え?」

 話は”こう”だ。

 アシュレートはシュスタークがバレンタイン当日に自分のところに訪れないことは知っていた。知ってはいたが作りたくなり、一人でいそいそとガトーショコラを作りはじめた。
「ラッピングの味自体は普通でした」
「あ、ああ」
 特に料理が上手なわけではないが、破壊的に下手というわけでもない。ドジで砂糖と塩を間違って投入してしまうことや、チョコレートを溶かす際には削って湯煎ということを知らないわけでもない。だが出来上がった物体は、プロ顔負けという代物ではなく、歪というほどではないが売り物になるとは言えない形。
 一言でいうなら「普通の女の子の手作り」クラスの”でき”
 ある意味もっとも可愛らしい”でき”とも言えよう。
 これまた”センスに溢れる”や”金が取れる”とは程遠いが、素人の手にしては中々上手なラッピングも完了し、アシュレートは休憩を入れることにした。
 一人テラスで、バジルソース食欲をそそるベーグルサンドとオレンジジュース、ザクロソースのヨーグルトを食べおえて、部屋へと戻ったところで、
 ―― なぜ、貴方がここにいるのだ…… ―― 言いながらアシュレートは血の気が引いてゆく音を聞いた。
 テーブル乗せておいた、箱に入れてラッピングしたガトーショコラが消えていたのだ。
 何処に消えたのかなど、聞く必要は無かった。

「箱ごと食っちまいましてな」
 リーデンハーヴ、娘王女が皇帝のために作ったガトーショコラ、ラッピングごと完食。

 その後当然ながら怒りだしたアシュレートだったが、
”陛下に食べていただこうと!”
”お前な。陛下にお出しできるレベルじゃねえぞ”
 箱ごと食った父王に言われて落ち込み、そして、
「落ち込みぶりがはげしくて、我にはどうすることもできぬので、陛下にお願いしたく」
 誰にも会わないと部屋に閉じ篭もってしまった。
 人を殺しても悪いことと感じないエヴェドリット族の王リーデンハーヴ。一族の特性を容姿以外は完璧なまでに持ち合わせた男は、娘が落ち込もうが知ったことではない。

 だが、娘は以前の娘ではない。すでに人妻、それも皇帝の正妃。

 リーデンハーヴは父親として全く信じていないのだが、事実として彼の娘であるアシュレート帝后が正妃の中では皇帝に最も気に入られている。皇帝お気に入りの正妃を落ち込ませて、なんのフォローもせずに帰るのは、王と王女という立場ではなく皇帝と国王として国家間の問題になると。
 たかが娘の作ったガトーショコラ食べたくらいで、そんな大それたことになるかよ! と、言い切ったリーデンハーヴだったが、周囲がなんとか説得して「落ち込んでいる理由を、自分で皇帝に伝える」ことだけは了承した。

―― 落ち込んでいる理由が陛下ご自身にあると勘違されてしまうと、後々帝国宰相煩いから

 最大の理由である。
 帝国宰相が煩いのはバレンタインは弟妹両性具有と、めくるめく褐色なチョコレートタイムから、白濁した何かに移行している最中で、それを邪魔するヤツがいようものなら、惑星一つ焦土と化すことも辞さないくらいに”うにゅうにゅ”しているからだ。
「そうか。ちょっと待っておれ、リーデンハーヴ」
「はい」
 割と良くある親子喧嘩の理由を聞き(リーデンハーヴVSアシュレート限定)シュスタークは、アシュレートが篭もった部屋の扉の前に立って、軽くノックして話はじめる。
「アシュレート」
「……」
「余のために菓子を作ってくれたのか」
「……はい」
「食べられなかったのは残念だが」
「美味しくありませんし」
「アシュレートが作ってくれたものだから食べたいのだ。アシュレートが余のために作ってくれた菓子以上に美味しいものなど、余には存在せぬよ」

 人の良い皇帝は、そう言って召使いたちに「菓子作り」の材料を用意させた。

「……」
「どうしても余はアシュレートの作った菓子が食べたい」

―― でもリーデンハーヴに食べられてしまって、もうない。だから、一緒に作ろう

 そのように続けようとしたのだが……
「陛下!」
 扉を力任せに開いたとしか言い様のない音を立て現れたのは、当然ながらアシュレート。
「アシュレート!」
 癖一つ無いプラチナブロンドの腰まである長髪と《剣》
「お待ち下さい陛下!」
 両手に持った剣を振りかざし、アシュレートはリーデンハーヴに斬りかかった。
「やるか!」
「最初からこうすれば良かったのだ!」

 皇帝陛下お気に入りの正妃である娘に殴り掛かるリーデンハーヴと、

―― 陛下が食べたいとおっしゃった! なにを呆けていたのだ、アシュレートよ! 父の腹を割いて取り出せば未だ間に合うかもしれん!

 父王の腹を切り裂いて、未来を切り開こうとする正妃アシュレート。
 長い両手が掲げる短剣の刃が煌めき、アシュレートの特徴とも言える、美しいプラチナブロンドが刃に映り込む。
「ま……まて……」
《余は間違ったようだ》
 腰を引きながら、剣と拳の対戦、またの名を親子喧嘩を必死に止めようと声をかけるシュスタークだが、
「うぉりゃああああ!」
「くぉぉぉ!」
 戦闘中のエヴェドリット勢の耳に入るはずもない。
 アシュレートの切先がリーデンハーヴの頬をかすめ、リーデンハーヴの拳がアシュレートを弾き飛ばす。

「あ……あ……あ……」

 シュスタークは目の前の光景に、擦れ途切れた意味をなさない声を上げるしかできないでいた。
 破壊されてゆく室内と《本気》で負傷してゆく二人。特にアシュレートの攻撃は、リーデンハーヴの腹部に集中しており、本気で取り出そうとしているのは明らか。
 腹を切り裂かれて、胃袋からドロドロになったガトーショコラを差し出されたら……
『食べねば、アシュレートが傷つくであろうな』
 思う反面、それを自分が笑顔で食べられるか? と問われたら、シュスタークは首をふる。
 胃袋が引きずり出されたら他の内臓もはみ出すのだが、シュスタークにそこまで考える余裕はない。あるのは切られた腹と胃袋と、色は解らないがガトーショコラが入った箱だけ。
 できることならアシュレートの心を傷つけず、リーデンハーヴの腹部をも傷つけないで事態を収拾させる方法を自ら素早くはじき出し、実行に移さなければならない。


 ちなみにシュスタークは綺麗さっぱり忘れているのだが、リーデンハーヴは胸骨から腹部までが部分的に開き胃袋に直接《まるごと》収めることが可能。
 その体質だからアシュレートが気付いた時にはすっかりとガトーショコラの入った箱が消え去っていたのだ。普通に箱ごと食べていたら、アシュレートは気付いた。
 そしてシュスタークはリーデンハーヴがそのような体質であることは知っている。

 だから皇帝としてリーデンハーヴに「腹部を開け」と命じれば良いのだが、パニック状態のシュスタークにそれをしろというのは無理。そして何時もは助言してくれる(同時に殺しにかかる)帝国宰相が休みを取っているので傍にない。

「アシュレート!」
 シュスタークは二人の間に割って入り、アシュレートに抱きついてそのまま床を転がる。
「陛下、お離しください! あの男の腹から! 腹から!」
 二人の距離を引き離し、落ち着かせねば! その思いは切実だった。
「落ち着けアシュレート! 一緒に作って食べよう! な?」
 周囲を見渡せば、調理用品を用意していた召使いたちの姿はない。それに関してシュスタークが思うことは、
―― 屍体はない。全員無事に逃げたか。良かった ――
 有り触れていながらも、当然のことであった。 
「なにを?」
 シュスタークに抱き締められたアシュレートはやっと正気を取り戻し、まだ狂乱状態のリーデンハーヴは部下たちが必死に部屋から連れ出した。帝后宮から彼らの宮殿にあるリスカートーフォン宿舎区画までの通路は、軒並み破壊されていた。
 リーデンハーヴ一人だけではない破損状況だったが、誰も何も言わなかった。
 皇帝と帝后。めずらしく二人きりになり、
「ガトーショコラ、一緒に作って食べような」
 安心させようとシュスタークは微笑む。

「……はい」

 アシュレートは返事をしてやっと剣から両手を離て、シュスタークの背に抱きついた。ちょっと興奮気味なので、力加減が間違っていてシュスタークでも苦しいほどの力がこめられているが、そこは我慢するのが夫としての甲斐性の見せ所。
 抱きしめ固定されたまま、シュスタークは必死に首を動かして、アシュレートにキスをした。

 ガトーショコラ作りが開始されるまで、後半日はかかる模様です。

宵宮Valentine.帝后[終]


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