Valentine ― 2010 ―

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  【皇后カルニスタミア ルート】  

 皇后のカルニスタミア(十八歳・装備☆ ☆)は、気分が優れず、座り心地の良いソファーに崩れるように寄りかかっていた。気分が優れない理由も理解している。
「はあ」
 理解しているからこそ時間の流れが遅く、そのあまりの怠慢さに苛立ちを募らせていた。
 気分が優れない理由は、シュスタークが妾妃のところへと足を運んでいることにある。
 「バレンタイン」シュスタークが「誰と過ごすか?」となった際に駆け引きがあったのだ。
 特別な日に正妃の誰か一人だけと過ごせば諍いになる。
 一年おきに正妃を巡るということも提案されたが、そうなると今度は順番が問題になる。この手の順番は皇后→帝后→皇妃→帝妃……と、簡単に決まるものではない。
 とくに第一子の誕生どころか正妃たちに妊娠の兆候すらない今の段階は、王たちは出来るだけ正妃を皇帝に近づけようとする。
 結婚して最初の年《イベント》に関しては、王たちが必死に皇帝と過ごす日をもぎ取るのだ。第一子の誕生は王家の発展に深く関わることなので、仕方ないと言えば仕方ない。
 これが皇太子が既に定まり、もう何時退位してもよい時期であれば、皇后→帝后→皇妃→帝妃という順番と……も行かないのが実情だ。
 正妃の誰か一人が死去して、新しい正妃が立てばそれを挟んでまた騒ぎになる。
 ともかく順番を決めて二人きりになるというのは得策ではない。
 だから皇帝はこれらの日、一人で過ごしたほうが良い……が、他が楽しそうにしている時に(特に帝国宰相)皇帝一人ぽつねんと部屋に置いておくのも憚られる。むしろそれでは帝国宰相自身が弟妹といちゃいちゃできないので困る。
 その程度のこと困らせて、帝国宰相と皇帝を一緒にしておけば良いのだが、帝国宰相の機嫌が悪くなるのは誰としても避けたいので、結果皇帝には誰かと《お時間をお過ごしにお為りになっていただかねばならぬ》となるのだ。

 その結果として妾妃ロガと遊ぶことになった。

 妾妃ロガは帝妃キュラの召使いの立場にあり、住んでいるのは帝妃宮。頭の回転の良い、策略に長けている帝妃は陛下お気に入りの奴隷を手元におき保護して、たまには皇帝とロガと共に時間を過ごしている。
 その程度のことはカルニスタミアにも解っていた。―― そこが問題だった ――

 カルニスタミアの中にあるプライドが、皇后として奴隷妾妃と仲良く過ごす皇帝との間を取り持つ立場になることができなかった。
 これは気位の問題なのだが、気位こそが王家の証でもあるテルロバールノルの王女。
 理解していても行動に移せるはずもない。
 もっとも行動に移そうとしても、父親であるウキリベリスタルがそのような策は認めなかっただろうことも解っている。
 皇帝との時間を増やしたくとも、その為に奴隷妾妃を傍に置くというのは、苦肉の策にもならない。

 自体の全てが解り、自分の感情が《今頃、奴隷妾妃や帝妃と……》という嫉妬を自分が覚えていることも全部解っているからこそ、気分が悪いのだ。
 表情もいつになく曇っており、その曇りが嫉妬を映したものに見えたカルニスタミアは、侍女を全て遠ざけて、何をするのでもないが、ぼんやりとも出来ない状況で時を過ごしている。

† † † † †


「姉上さま」
 そんなカルニスタミアの元に通信が入った。相手は、姉であるカレンティンシス王太子。
《なんで連絡寄越したのじゃろう?》
 カレンティンシスは、妹王女が皇帝とバレンタインを過ごす権利を得ることができなかったと聞き、落ち込ませないようにと叱咤激励しにきたのだ。
 ちなみにカレンティンシス王女の叱咤激励は普通の人にはは”ヒステリー様。お怒りをお鎮め下さいませ”状態になるのだが、
「心配をかけたようじゃな」
 姉の泣き声を解読できる妹には、叱咤激励と取る事が可能だった。
 カレンティンシスの”喚き”をそのように解釈できるのは、この広大なる宇宙にカルニスタミアだけであることも事実。
『し、心配なんぞ、しておらんぞ! だ、誰が妹王女の心配など、など……』
「そうか。それで、立派な講釈をしてくださった姉上さまは、やはりバレンタインなどはせぬのか?」
 カレンティンシスはカルニスタミアに《バレンタインはケトレンディバーゼの豚の養殖場が大地震の際に、ビル街から紙吹雪を撒いたのが始まりであって、儂等一族が行うに相応しくない行事だ》ということを、語ったのだ。
 ケトレンディバーゼというのを無理矢理訳すると”資本主義”である(厳密には違うが)

―― 豚の養殖場の経営者ではなく、豚の養殖場がビルから紙吹雪を撒けるものであろうか?

 カルニスタミアが気になったのは、その一点であったが、この場合は然程問題ではない。問題にしてはいけない。

 妹にその様に言われて、
『当たり前じゃ』
 自信満々に答えたカレンティンシスだったが、直後図ったかのように扉が開き、
『おーい。カレンティンシスさまよぉ。言われた通りにプレゼント用意してきたぜ!』
 王太子婿ビーレウスト殿下が、大きなリボンで飾られた箱を両手に抱えて現れた。ちなみに扉は、蹴り開けた。王子なので扉を開かせればよいのだが、足癖の悪い王子は何時も蹴り開けて、妻である儂王太子に叱られている。
『貴様! 儂の王太子の威厳を!』
―― いやわかっておったがなあ
 カレンティンシスがビーレウストに《我が王家のバレンタインは男が女に贈り物をする日じゃ》と言って、欲しいものを次々と言っていたと、リュゼクから報告があったのでカルニスタミアはこうなっていることは知っていた。
 ちなみに《ホワイトデーは貴様の実家の風習を持ち込んでもよいぞ》と言い放ったカレンティンシス。
 ビーレウストの実家ことエヴェドリットはホワイトデーには《男が女に贈り物をする日》である。要するに、二ヶ月続けてプレゼント寄越せということだ。
 妹の前で”年上の王太子姉”らしく格好をつけていたカレンティンシス。まったくついていない訳だが、本人としては姉として妹を、王太子として皇后を諭していた空気が当然ながら霧散した。
『王太子の威厳? おっ! カルニスタミア。元気にして……って、あんた何だよ? 服に塵でもついてるのか?』
『違うわい! 儂は殴っておる……のじゃああ』
 漫画でいうところの「ぽかぽかぽか」といった感じで殴り掛かっているカレンティンシスだが、相手はビーレウスト。全く痛みを感じない。
『なんで? プレゼントは全部あんたの指示通りの……』
『うるさあぁぁぁい!』
 何時もどおり、頭の血管(主に額)が切れるのではないか? と思える程に顔を真っ赤にして叫びだしたカレンティンシスを観て、
「あービーレウスト。姉上さまは照れておるのじゃ。それではな」
 コレは通信を切らねば、後々大変なことになるであろうと、カルニスタミアはさっさと幸せ姉夫婦と会話を打ち切る。
『カルニスタミア! 儂は照れてなぞおらぬ!』
『あ、そう。じゃあな』

「姉上さま。幸せそうで何よりじゃ」

 通信を切った直後、思いもよらない事態が起こった。

「陛下が?」
 人払いをしていた部屋へ、使者が訪れたのだ。それも《すぐに会いたいと》なる手紙を持って。
「はい」
「どうなされたのじゃ……」
 自分の正妃であっても相手はテルロバールノル王家から来た皇后。
 手順を踏まないと叱られるとばかりに、シュスタークは”逸る気持ち”を押さえ込んで、手紙を認めて廊下でうろうろしながら返事を待っている。
 廊下から響く足音に、
「今すぐお通ししろ」
 カルニスタミアはちょっとだけ自分に素直になってみた。
 本来であれば、様々な手順を踏まねばならないのだが、姉とビーレウストの雰囲気に当てられ王女らしからぬ行動に出た。
 使者は最初何を言われたのか理解できなかったくらいに、テルロバールノル王家としては異端な行動。

「カルニスタミア!」
「はい」

 通されたシュスタークは、笑顔で部屋に飛び込んで来てそのまま腕を伸ばして抱き締めた。

「へ、陛下?」
「あのな、あのなカルニスタミア」
「はい」
 そしてシュスタークは医師に告げられた言葉をそのまま口にした。

「御懐妊おめでとうございます!」
「は?」

 カルニスタミア、気分の悪い理由の一つは確かに皇帝の不在であったが、もう一つの理由は《これ》であった。
「贈り物というのはおかしいが、本当に嬉しいプレゼントだ!」
「陛下……”御懐妊おめでとうございます”は陛下のお言葉としてはおかしいです。あの……贈り物というか、陛下より授けていただき……儂も本当にうれしゅう……恥ずかしいのじゃ!」

―― 懐妊したら、もっと凛々しくしっかりと受け答えできると思っていたのに

 カルニスタミアは姉と同じほどに顔を赤らめて、シュスタークの腕にしがみついた。
 普通に医師から直接報告されたならカルニスタミアも冷静に受け答えできたのだが、シュスタークが喜びを露わにして抱きついてきての報告に普通の乙女になってしまったと。

「カルニスタミアに似た子が生まれたらいいな。顔は凛々しく腹筋がはっきりと割れているような」
「陛下。さすがに儂に似た子でっあっても、生まれた時点で腹筋が割れていることはあり得ません」
「そうなのか! カルニスタミアは物知りだな」
「……(陛下。でもそんな所も、可愛らしいのです。ああ、陛下に似た御子に)」

宵宮Valentine.皇后[終]


「この☆がついているネグリジェ、大好きだ。カルニスタミアに似合っているからな」
「さようでございますか。ではマタニティも全て、☆で……恥ずかしいのじゃ!」

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