私の名を呼ぶまで【02】

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  シュザンナ  

 皇子が冷静になっても周囲はなかなか冷静にはなれないようです。でも周囲を責めることはできませんよね。悪いのは皇子ですから。
「シュザンナ」
 シュザンナって誰やね?
「お前の故国から側室がやってくる」
 ……どうやら私のことのようです。まあ皇子がこの部屋で話しかけるのは私か侍女だけで、侍女はシュザンナではないので私以外はありえないのですが、呼ばれていると気付けないので「?」となり、口を挟む機会を失う。
 それにしても私の名前、そんなに覚え辛い名前じゃないんですけれど……皇子に覚えて欲しいと思いはしないので、それはそれで良いのですが。
 故国からやってくるのは従妹の姫。王女さまの代役に選ばれた方がやってくるとか。
 従妹の姫さまにこの地位を譲れと? それは良いですねと思ったのですが、どうやらそうではなさそうでした。
 ただ来ることを教えただけ。そして部屋を出て行きます。皇子の思うところが分からないので私は黙って見送りです。

 することがない暇な私は、後宮を観察するのが日課になりつつあります。側室の方々の生活を見ていると、とても真面目。

 どの側室も読書家でいらしゃって、宝石よりもドレスよりも本のほうが良いのだそうで。舞踏会など開かれず、皆実家で政治などの学問を教え込まれ、贅沢は敵だと育てられ。後宮って想像よりもずっと地味だなと呟くと、
「一時期流行ったんですよ」
 侍女が笑いながら教えてくれた。
 ここ五十年くらい王の心を射止める女性は「小国の姫。女騎士。侍女。取り立てて美人ではない。読書好き。派手な物には興味がない。質素倹約。控え目ある いは男勝り。剣が使える。知性派」そして何より重要なのは【皇后になるつもりなんてありません】という態度なのだそうだ。
 貴族や王族も馬鹿ではないので、ならば王の心を射止めるために娘を「そのように」育ててるとして……結果、後宮は下手をすると下町よりもぼそぼそした感じになっている。
 全体として地味。私の故郷よりも地味。
 だって誰一人としてお茶会なんて開かず、ただ黙々と土いじりをしたり、本を読んだり……ここは修道院ですか? と言いたくなるような静けさ。
 侍女も以前は一人に十数名つけられていたのだが、質素を尊び気付いたら一人に一人。

 物語に登場するような華やかな世界ではない。

 私の所にわざわざ嫌味を言いに来た大国の姫はかなり浮いている模様だ。こんなぼそぼそとした所で気を張っていると思うと少し労りたくなるので、私は今日も大国の姫から悪口を黙って聞く。

 私の名前をしっかりと覚えている大国の姫の悪口を聞きながら思ったことは、皇子のお母さまも地味な人だったのかなあ?

 大国の姫が帰ってから、侍女から流行りの「選ばれる女性」について、詳しく聞いてみた。
「お妃さまは”沿った”御方ですよ。元侍女ですし……」
 私は元侍女で取り立てて美人じゃないものね。言葉を濁したことについては聞かなかったことにしておく。
 そうか私と皇子の噂が広まったのは、流行りに沿っていたからなんだ。世の中の夢見る少女にとっては歓迎するべきことなのかもしれないが、私にとっては迷惑な風潮だ。
 ついでと言っては駄目なのだろうけれども、皇子の生母も”沿った”人だったのかと尋ねたところ、
「お美しい方だったそうです。美貌を王が認めて側室に」
 おや? 綺麗なのか。
 だがどうやら美人は三日で飽きるを王が地でやってしまったようで、連れてきて数度手を出してあとは放置、そして生まれたのが皇子。
「美人はいつも平凡顔を恐れています」
 なんとも大変なことだ。貴族さまたちの世界がそんなことになっていたとは知らなかった。
 ……でも、何となく解った。王女さまが側室の一人になれたのは、顔が普通で小国の姫だったからだ! なんと失礼な……失礼なのは私か。

 パーティーが開かれ私も出席することに。その会場にいたのは、これもまた地味なご夫人方だった。どの方も知的さを前面に出し、数名は男装していたりと……。
 私一人だけもの凄い豪華なドレスで、目立って仕方がなかった。
 そうか王が地味目な普通顔で真面目を選ぶから、家臣もそれにならってこうなるんだ。恐いなあ。
 その会場で一人すごく綺麗な女性を見かけた。
 他のご夫人方のようにシンプルな地味な色のドレスを着て壁際に立っている方。綺麗な黒髪に白い肌に、銀色のこれもシンプルなネックレスが映えて、本当に美人だった。
 パーティーが終了し部屋えと戻ってから侍女に、あの人は誰かと尋ねたら侯爵令嬢なのだそうだが……綺麗なので嫁の貰い手がないと。
「正確に言いますと、侯爵が”どうせ嫁いでも、後からきた身分の低い不細工に追い出されるのだからどこへも嫁がせぬ”と仰って、結婚させてもらえないそうです」

 どんだけ平凡顔の読書家質素信仰が浸透しているのだ。

「今の所身分の低い者は美しい女性を妻にしていますが、美しい妻=女を見る目がないと言われる世の中なので、出来る限り普通で地味目で散財を嫌う女性を欲しがりますね」
 そう教えてくれる侍女の顔を見る。侍女は美人と普通の中間くらい。
 後宮で良い人を見つけるのは、ちょっと難しいのかもしれない。

―― うわー見えないところでしてくださいよ、皇子

 侍女と話を終えて寝る準備をして出窓に座って風景を見ていたら、皇子と侯爵令嬢が抱き合っている姿を発見。
―― 見えるところで逢い引き中なので、かぶりつきで見させてもらいますよ皇子
 木が生い茂って隠れるに適していると思っているのだろうが、私の部屋寝室からは丸見え。せっかくなので下世話に窓に張り付いて二人の逢瀬を凝視する。
 月明かりの下、美貌の男女が抱き合っている姿は絵になる。女性のほうが涙を流しながら抱きつくさまは、私が憧れた世界そのもの。
 二人は離れ難そうにキスをして、その場を去った。いつの間にか背後にいた侍女も私同様、窓にかぶりつき。
「身分も家柄も問題ありませんが、美人ですからねえ」
 可哀相過ぎる。
「なにより皇子はお妃さまを迎えたので…………侯爵は許さないでしょう」
 私が普通だから美しい侯爵令嬢では勝てないと言うことですね。過去、どれほどの美女が地味女に敗北したのか? 想像するだけで怖ろしい。

 皇子のことはまったく尊敬申し上げていない自業自得だとは思えど、少しだけ憐れには感じた。恋した相手が美人だから妻に出来ないだなんて。

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