私の名を呼ぶまで【03】

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  ヘッセニア,ペネロペ,シャキラ,カンデラス,
ユリアーネ,エスメラルダ 

 気付いたら故国から従妹の姫さまが後宮入りしていました。
 こんな場合はお茶会に呼ぶべきなのだろうか? 
「……話を聞いていらっしゃいますの? 貧しい家柄の出のお妃には、話が難し過ぎたかしら?」
 大国の姫は呼ばなくても一日おきにやってきてくれるものの。
 大国の姫の故国の自慢話ばかりですので、難しくはありません。でも”難しくない”と訂正する気にもなれませんし。
 しかし今日も今日とて元気な方だ。
 話は尽きないようでなので語らせておくが、私は暇なので目の前の大国の姫を観察してみることにする。
 大国の姫、身長は私より高くて、体重は見た目だけでは解らない。
 細からず太からず、くびれるところはくびれ、出るべきところは出ている。ただしお尻は解らない。椅子に座っている時に後ろ側に回るわけにもいかないし、妃として頂点に立っているので彼女の後ろを付いて歩くこともない。
 大国の姫らしく、肌は白くて透き通るようで顔の作りも上品。
 綺麗というのなら侯爵令嬢ですが、可愛らしさがあるのはこの大国の姫。全員を知っている訳ではないけれど、後宮にいる側室の中でもっとも可憐で美しい……美しい? あれ?
 どの国もこぞって不細工を後宮に送り込んできているのなら、この大国の姫の容姿は異質だ。
 いつも聞いている素振りでまったく聞いていなかった話に耳を傾ける。なにか重要な事が聞けるか? と思ったが、そんなことはなかった。

 解ったのは四人姉妹の次女だってことだけ。もう少し、実のある話をして欲しいものです。

「ヘッセニア」
 侍女も私もヘッセニアという名ではありませんよ皇子。二人とも一文字も名前かすってませんって。
 皇子の適当さ加減を蔑みつつ、話を聞くことに。
 皇子も私と話などしたくはないでしょうが、私……いやお妃の部屋は、皇子と顔を合わせやすい作りになっている。
 なにせ皇子が自分だけの寝室に辿り着くためには、私が居る部屋を通り抜けないと到着できない作りになっているので、どうしても顔を合わせることになる。
 入り口、廊下、応接室にも使われる正面ホール。その次の部屋が皇子と私が二人で食事をとるための部屋。
 大体私はこの食事をとるための部屋にいる。
 皇子がここへやって来たら、正面ホールで出迎えなくてはならないためだ。私室に引っ込んでいると、入り口のベルが鳴ってから駆け出しても間に合わないから。
 そして食事をとる部屋から私の私室になる。この私室にはドアが二つあり、一つが私の寝室で、もう一つが皇子の私室へとつながる。
 皇子の私室から個人の寝室となり、その向こうにはもう一つ皇子の専用私室がある。
 皇子の寝室と私室の二部屋に関して私は立入禁止。
 皇子は私の私室も寝室も出入り自由……不公平に感じるが、ここは皇子の後宮なので当然のことだと、自分を納得させるしかない。

 ちなみに皇子が妃と同衾する際は、妃の寝室が使われることが決まりだそうで、私はとても豪華で広いベッドを一人で独占している。
 
 こんな感じで部屋の作り上、どうしても私と皇子は顔を会わせることになる。
 無視して通り過ぎてくれて構わないのですが、皇子はぜったいに声をかけてくる。無言で通り過ぎたことは一度もない。
 声をかける前に、名前を覚えてこい! ……別に言いたいわけではない。適当に覚えておくといいと思います皇子。
 私は皇子と食事中。
 後宮で食事を取る場合は、妃の部屋以外は禁止なのだそうですよ。
 無言のまま皇子と食事するのは構わないのですが、
「なにか聞きたいことなどあるか?」
 初めて話題を欲しいと話をふられたので、大国の姫について聞いてみた。
「知らん。あの女のところには通わないつもりだ。あの女もその条件に納得して後宮にきたはずだ」

 触れないのに側室?

 皇子が部屋に戻ってから侍女に何か知っていることはないか? 聞いてみたら、知りたいことは侍女が全部知っていた。
「四人姉妹のなかでもっとも美人な方です。美人なのでご両親である大国の王も嫁に出す気はなかったようですが、本人が希望してやって来ました。ご本人が美 人だから許したのでしょう。当国とは同盟関係にありますし、跡継ぎが生まれたほうが問題になりますから、このまま何事も無く手折られない側室のまま終わる のは確定ですね」

 可憐な美人なのに可哀相なことで。ところで問題があるってどういう事だろう?

**********

「継承権を持った子が外国で誕生すると厄介ですからね」
 私の部屋にやってきた皇子の従兄が、大国の姫が触れられない理由を噛み砕いて教えてくれた。

 本日いきなり挨拶に来て、そのまま居座って茶を所望した従兄殿。
 話すこともないのだが、なにか話さないと帰りそうにもなかったので聞いてみたのだ。
「貴方はご自分が元侍女であることを気にしているのですか? 後宮は基本身分のない女が入る場所ですし、下手に身分のある姫が子を産むと王位継承権が複雑 になるので、誰も良い顔をしません。私は陛下の姉を母に持ち皇位継承権を持っております。同じことが後宮でも言えます。後宮に姫を入れて、その方が子を産 むと当国の皇位継承権と他国の王位継承権を持った子が誕生するのです。その子が他国へと帰り王位を継いで、当国に跡取りが生まれなかったらどうなります?  他国から来てもらわなければならなくなるのです。その方が側室の子でしたら国内に残っている私のような立場の者を戴くことも可能ですが、正妃の子であっ たら他国にいる王子のほうが継承順位は上になりますから」

 美形だが”気障”な感じのする従兄殿は話続ける。

「大国相手ですとぶつかりますが、小国相手でしたら後継者を得た時点で簡単に併呑できますから。物語が小国の姫や侍女が多いのは、利害関係上、大国の姫は 後宮入りしないからです。後宮にいるのは小国の姫や侍女が圧倒的に多いので、必然的に正妃は後ろ盾の弱い女性になります。ですからお妃が言われた彼女は、 かなり浮いています。彼女以外の容姿が優れていないペネロペ王女やシャキラ王女、カンデラス王女がやってきた所で同じことでしょう」

 従兄殿は私の質問に答えてから、
「明日お迎えにあがりますので」
 有無を言わせずに言い、招待状を私に握らせて去っていった。
 私は彼の見送りもそこそこに招待状を開き”なんの招待状なのか?”を確認する。
 皇帝夫妻からの招待状だった……彼、これを届ける使者だったのか。なんてよく喋る使者なんだ。

 夜半にやってきた皇子に招待状を見せて、どうするべきかを尋ねた。皇子は眉をつり上げて舌打ちをしたが、
「拒否はできないな……明日か。私が用意はさせておく、ユリアーネ」
 招待は受けることになった。
 そして私の名前はユリアーネじゃないって。名前、本当にかすりもしない。ついでに皇子に大国の姫とその姉妹の名を聞いたら、
「ペネロペ、シャキラ、カンデラスだ。後宮にいるのはエスメラルダ。それがどうした? ユリアーネ」
 間違えずに答えやがった。
 皇子は名前を覚えられない病気かと思っていたが、どうやらそれは私だけに対してかかる病気のようですね。

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