PASTORAL −65

「第三皇子が第四皇子になって、第三皇子が皇籍に入ったのか」
「この皇子も強いんだってなあ。確か、九歳の頃に襲われて相手を殺しちまったんだよな」
 皇帝陛下の異母弟が皇族として認められた。丁度、俺と同い年の皇子。
「将来は近衛兵団か。団長は無理でも、副団長にはなるだろうな皇子になったんだから」
 皇子はつい最近まで“皇子”じゃなかったから、普通の生活をしていたらしい。結構厳しい生活だったんじゃないか、詳しくは知らないけれど。
 “貴族”ではあったらしいが、家名も貰えなかった妾妃の息子として生活していた。
 ただ、顔は綺麗らしい。その噂が立ったのは六年前から……らしい。殆ど伝聞だ、直接観た事はない。
 見目の綺麗な彼を、家名もないただの爵位貴族のドラ息子たちが襲おうとして、返り討ちにされたのが六年前。襲った彼等は、その子供が皇帝の私生児だったとは知らないで、後で泣きを見た。
 泣きってのは、処刑。今の皇帝陛下、当時の皇太子殿下が判断を下されたそうだから、それはもう”あっさり”と処刑されたそうだ。
 その襲われかけ返り討ちにした皇子は、十五になって一般教育を終え、皇子専門修学コースに入った。
 で……
「サベルス男爵家のアダルクレウス。第三皇子の学友に任命する」
 いや、確かに俺の家も名家だけど、皇子のご学友ですか? ちょっと位と血筋が足りなくないですか? とは思ってみるものの、俺の家に拒否する権限などない。何せ俺は直接皇帝陛下に呼び出され、任を拝命したのだから。父親もしたことはない個別謁見をして来た俺は、一族の英雄になった。個別謁見だぞ! 個別。
 でもさ、俺なんて必要なくないか? 第三皇子と第四皇子って一歳違うか違わないかくらいだろ? それもどちらも軍人系。
 子供の頃から軍人として将来を嘱望されて、天才的な才能を見せてきた弟皇子殿下と一緒に過ごされれば、それで宜しいのではないでしょうかね?
 そんな事を思っていたら、ご本人にお会いできた。第四皇子殿下に……と、年下だが怖い。
 眼は皇帝眼だし、髪は黒いし体格は遙かにがっしりとしているし。
 眼は皇帝眼で髪が黒くて軍人……第三皇子は子供の頃に“男に襲われかけた”……若しかして!
「本来ならば、私が兄上のお傍に付くところであるが」
 予想通りだった。
 “シュスターの呪い”はホンモノらしい。
 黒髪皇子と金髪皇子じゃあ、一緒に置いておけば恋人同士になる確率高いもんな。
 金髪で王子といえば、俺の家名「ケシュマリスタ」の次期王になられるカウタマロリオオレト・テリアッセイラ=リサイセイラ・ザリマティアスタラーザ殿下……。今年二十二歳で、やっとご結婚なさるらしい。
 一人っ子だから、十五くらいで結婚しても良かった気がするが……。仕方ないか、良い噂は聞いたことないし。
 俺がカウタマロリオオレト殿下の行く末を気にしても仕方ない。与えられた使命である、第三皇子殿下と一緒に勉強しよう。そうは言っても毎日机並べるわけじゃなくて、週に二度程共通授業を取るだけなんだけどな。
 皇子がいる人工惑星の講義室にいたのは俺一人。学友やっぱり俺だけらしい……第三皇子は“大公”じゃなくて“宮中公爵”だっていうしな。色々と絡みがあるんだろう。
 慣れない環境でお疲れの(第四皇子談)の宮中公爵に、誠心誠意お仕えさせていただこうと思っていたら、ガラガラと戸が引かれ、琥珀色の瞳をした第三皇子が。
「初めまして、エバカインと言います」
 皇子、扉一人で開ける?! 教科書とか自分で持ってる?
「こ、此方こそ。ご自分で戸を? 引かれた……の、ですか?」
「はい?」

 第三皇子は、俺よりも庶民派だった。

 衝撃だった。
 皇子が! タッパー持ってきて、その時の俺はそれが何なのかは知らなかったので、
「皇子、それなんですか?」
 尋ねたさ。 そして、
「タッパーです」
 答えられた日には、何が何やら! 庶民は当然知っている物だと知るのは、職務についてからだ。皇子よりも温室育ちだった俺は、その行動に驚く。
 夕食の残りのパンを籠に入れたり、バターをそのタッパーとかいうヤツに入れたりして、持って帰ろうとしているんだ。
「何をなさるのですか?」
 普通聞くだろ? それで返ってきた答えは、
「夜に食べます。夜食ですかね」
 待て! 夜食って何! その、
「皇子! 皇子が命じれば、即座に料理人が用意いたします。前もって命じておけば、直ぐに整いますから!」
 言ったら、
「そこまで面倒かけたくないので」
 貴方は皇子殿下です。
 銀河帝国皇帝の異母とはいえ、妾妃の子とはいえ、正式に認められた皇子殿下ですよ! それが、夕食の残ったチキンやらポテトやらを取り紙に包んで、タッパーに入れて夜食にするって!

 翌日俺、熱出た。知恵熱だよ。

 結局”皇子”こと、エバカインのその行為はずっと続くんだが……苦労したんだろう、そう思う事にした。そして転じて、平民は多分……と、色々独自に行動する事にした。
 例えば多めに作っている食事の残りを包ませて、夜勤の部下達にくれてやった事がある。
「冷えてるが」
 そう言って渡したら、喜ばれた。
 平民は多少料理が冷えてても、普通に食べられるという事を俺は知った。だから俺も、多少料理が冷えていても文句は言わないことにした。
 そして軍で部下に淹れさせるコーヒーが不味くても、文句を言わないのが正しいと知った。
 上手く淹れられるわけないんだよな、上手にコーヒーが淹れられたり、紅茶が淹れられたりする奴等は上級貴族が従卒として持っていったり、食堂勤務になったりするんだから。
 食堂勤務や、喫茶店勤務は履歴書の段階で、特別査定に回されるくらい。
 因みに俺は上手だぞ。
 いやな、エバカインがやたらと上手いんだ。皇子なのに……アルバイトしようと思って、コーヒーや茶を淹れる専門コースに通ってたって。
 お前とお前の母上は、本当に皇族になる気なかったんだな! 本気で思ったよ。
 物はついでにエバカインに習ってきたさ、コーヒーの淹れ方。
 偶にだ、自宅から茶葉や豆を持って淹れてやって振舞ったら、妙に尊敬された。平民は貴族を家柄よりも、才能で判断するらしい。ある意味貴族よりもシビアだと知った。貴族だったら家柄とか血縁言えば尊敬されるが、平民や下級貴族は並び知らんからな。よほどの大貴族でもない限り。
 甘くなりすぎないよう、そして厳しくなりすぎないように接して来たら、
「隊長、平民の扱い上手ですよね」
 下層階級を使わせたら屈指の帝国貴族、そう言われるくらいになってた。
「ホント、ホント。サベルス男爵は、平民の扱いが上手で有名ですよ。この隊に配置されて良かったな、と思ってます」
 この力加減は食事だ。人間、食い物には弱い。
 部下達を連れて、偶に下級兵士の食堂に向かったりする。
 食事はタダだが嗜好品を奢ってやる。大した金額じゃないが、これで結構マジメに仕事してくれるからな。かの三十七代皇帝も、一般兵の食事を良くしたことで、絶大な人気を得たくらいだから。……あのクラスになると、桁違いだが。
 俺も庶民の扱いを上手になろうと思ったわけじゃなくて、気が付いたら上手になってたんだよ。庶民派ってか、貧乏皇子エバカインのお陰で。
「そういえば隊長、大公殿下のご学友でしたよね」
「エバカインの事か?」
「はい、ゼルデガラテア大公殿下の」
「ご学友ちゃあ、ご学友だったな」
 だが、その貧乏性皇子というインパクト以上のインパクトが……。 
 俺の中の学友時代のインパクトは、クロトハウセ大公のほうが断然上だ。ある日気付いたんだ、クロトハウセ大公が俺の様子を窺っている事を。
 多分、親王大公殿下は過去に襲われた事もあるエバカインが、また襲われないかどうかが心配で、様子を見て来いと命ぜられていた……んだと思いたい……絶対、様子見て来いって命ぜられていたんだ、うん! エバカインの方が、俺より遙かに強いんだけどなあ。
 それでよく、来ていらした。明らかに獲物を狩る眼で俺を見ていた……。
 何故か鈍いエバカインは気付かない。あの皇族特有の視力や、戦闘能力を持ちながら、自分に対する危機管理能力が低かった。
 俺も最初は綺麗だな、と思ったが……長い事一緒にいると微妙な気分に陥る。なんていうんだろう……天然? うん、天然だな……。間違ってもアッチ方面な気分にはならなかった。
 なんていうのかなあ、俺の好みじゃなかった。どちらかというと、肉親? そう、手間の掛かる世間知らず(正確には貴族社会知らず)な弟。
「どうした?」
「大公殿下、今、皇后宮においでですよね」
「そうだな」
 何か知らんが、皇帝陛下のお相手を務めているらしい。
 正直、マトモに陛下のお相手を務められているのか? あいつの数少ない貴族友人として本人に聞きたい。
 というか陛下、エバカインより気が利く男は多数いると思いますよ。絶対に気の利いた抱かれ方するのは、無理だと思うんですよね。
 それとも陛下、飽きられましたか? 気が利く、技もある男は飽きられましたか? だったらあれは最適です! 極端に鈍いので。
 それで、銀河帝国で1.2を争うほどに鈍そうな男がどうしたって?
「大公殿下が皇后宮にいるのは、陛下の皇君に選ばれたからだって噂が」
「……」
 ……本当かよ……
「あくまでも噂ですよ」
「別に怒ってるわけじゃない」
 あいつがサーターヒ(皇君)に決まったのだとしたら、それは陛下の御意思であり御決断。俺がどうのこうの言うべき事ではない。
 ……ですが! 陛下!
 アイツを皇君にするくらいなら、いっそウチの大将・カウタマロリオオレト殿下を貰ってください。顔やスタイルなら、アイツより殿下の方が格段に上ですよ! そして賢い弟君の一人をケシュマリスタ王に下さい! 陛下! 本気です。ケシュマリスタ貴族は、大小もれなく思っております。不敬などを振りかざしている者や、口を閉ざしている者は、真剣にケシュマリスタの事を考えていない奸臣です! ……いっそ、エバカインに頼むか……進言してくれって。
 などと思っていたら見慣れた金髪に、帽子を被った高級将校の姿が視界に入った。髪の短い帝国軍高級将校は、銀河帝国に唯一人。
「エバカイン? 何してるんだアイツ」
 フラフラと歩いている、大公になったエバカインを呼び止めて、食堂までついていった。供をつけて歩く……という頭がないらしい。
 子供の頃から一人で歩いていたせいもあるが、これでも立派な大公だ。お前は偉いんだと、言い聞かせる必要があるな……と思いつつ、部下から聞いた噂の真相を尋ねようとしたが邪魔が入って聞けなかった。意識を失った血だらけの男を肩に担ぎつつ、走り去っていったエバカインの後姿を見送る。

近いうちにお前の側近になるんだろうな……そしたら、クロトハウセ大公殿下に見張られるんだろうな……俺……。

 殿下、本気で俺はアイツの事何とも思ってませんよ。アイツの全裸みても、なーんも。言っても信用してくださらないでしょうが。

backnovels' indexnext