PASTORAL −66

「皇帝陛下の料理人達」
 皇帝陛下とその相手を仕る相手の食事を作る、帝国最高の料理人、それが彼等・彼女等。
 六十三名からなる「皇帝陛下の料理人」は、筆記試験や実技試験、犯罪歴や家族歴などを調べ上げられて、最高の者が選ばれる。
 その彼等・彼女等が呼び出されたのは、親征の二週間ほど前。
 呼び出された場所は、皇帝の私室。料理を作っていても、会話する事や顔を合わせることはまずない。代表責任者のみ陛下にメニューを伺うことはあるが、全員が呼びだされる事など過去にはなかった。
 彼等・彼女等は緊張を隠せない。
 もちろん、呼び出されたと言っても皇帝陛下から直接声をかけられるわけではない。二段下の位置に立っている侍従の一人が、呼び出した用件を読み上げる。
「ゼルデガラテア大公殿下の誕生日を祝う料理。ブイヤベース・スペアリブ・ボンゴレ・クロワッサン」

 ここから料理人達の戦いが始まる

 料理人全員が皇帝陛下と共に出兵する。そこで陛下の日常の食生活を管理する他に、もう一つの仕事を言い渡された。会戦後、二十三歳の誕生日を迎えるゼルデガラテア大公殿下を陛下が祝う為、その料理を用意せよ。
 最近皇帝陛下のお気に入りである、ゼルデガラテア大公殿下に料理を作る……のだが。
「殿下は一度も“これら”を注文なさった事がないのだな」
 ゼルデガラテアが皇帝陛下と食事を共にした際、食べた品物の記録を見直して全員が顔を見合わせた。好物な割りに彼は一度もそれを注文した事がないのだ。だが、好物であるのは間違いない。
 なにせ皇帝陛下自らが認めた書状で、ゼルデガラテアの生母に「好物」を問うたのだと。その結果かえってきたのが「ブイヤベース・スペアリブ・ボンゴレ・クロワッサン」
「やはり、母君であらせられる宮中伯妃の手料理の方が好みだからであろうか?」
 食べ辛いから……などと言う理由は彼等には思いつかない。だって相手は皇子殿下だから。
「家庭料理というのは、あまり注文しないのだろうな……だが、そうも言ってはいられまい。陛下の御口にも殿下の御口にも合う料理を作らねば」
 皇帝陛下の御口に合うブイヤベース・スペアリブ・ボンゴレ・クロワッサンを作るのは、言葉は悪いが簡単である。彼等は何時も、皇帝陛下の味覚に細心の注意を払っているのだから。問題は『主賓』に位置付けられているゼルデガラテア大公殿下。
 彼に食事を出し始めたのはつい最近の事。
 それに回数も少ない。皇帝陛下と共に食事をしない場合は、大公殿下付きの料理人が調理をするので、皇帝陛下の料理人達はそれ程の回数を大公に出した事がない。
 出征前に大公殿下の料理人からデータを貰ってきたが、彼等が作ってお出しした料理リストにもブイヤベース・スペアリブ・ボンゴレ・クロワッサンは載っていなかった。
 大公殿下の味覚・嗅覚・そして食べやすい大きさ、それらが皇帝陛下の料理人達には解らなかった。
 そして運の悪い事に、大公殿下までもが戦闘前の潔斎にはいられてしまったのだ。それ相応に料理を食べてもらってデータを引き出そうとした彼等の目論見は外れた。
「戦勝後、普通に食事をなさってくれてからのデータではどうだ?」
「時期から言っても間に合わないだろう。戦闘終了予定日時から一週間もない。その間に陛下と共に閨に入られると報告がある。そうなれば体に優しい食べ物をお出しせねばなるまい」
「データを取る所ではないか」
 彼等は野菜サラダや果物、チーズの好みを細かく取った。
 結果、色々な事がわかった。当初の予定されているメニューではいけないと、
「恐れ多くも皇帝陛下に言上いたしたく」
 料理人の代表が、サフォントに告げた。
「ゼルデガラテア大公殿下は、生クリームをふんだんに使ったケーキよりも、オペラケーキの方を好むと思われます」
「作れるか」
「はい。最高の物を作らせていただきます!」
「ならばそれにせよ」
「御意!」
 命がけのメニュー変更!
 戦争の最中でも、
「パスタの太さは何mmにする?」
『味方第五隊、壊滅』
「全パターンを作るが、お食事に全てを出して確認する訳にもいかないし」
『敵戦闘空母……アリギュレーター……オペレーションシステム一時シャットダウン。クローディンリンクシステム発動』
「殿下は何処のアサリがお好きであろう。帝星で市販で手に入るアサリを使うわけにも行かぬし(皇帝陛下の食事は、皇帝陛下専用の場所で採れた物以外は使用できない)代用として、バロミアン御料惑星のアサリで良いであろうか」
『敵の無人戦闘機が多数飛来。測定不能』
「だが、海老はサーマインド御料惑星の方がお好みのような」
『20077機動装甲射出口付近に援護! 早く!』
何があっても料理人は料理しか作らない。戦争なんて、帝国防衛なんて一切気にせず前線で料理を試行錯誤する。最早超越した存在とも言えるだろう。どんな時でも、皇帝陛下の料理人は料理をひたすら作る。
「カカオが足りん! 大至急取り寄せていただこう!」

こうしてゼルデガラテア大公殿下の、お誕生日料理は作り上げられた。

「口に合うか? エバカイン」
「もちろんで御座います、兄上」
「兄上ではなく、お兄様であろう」
「申し訳ございません」

 彼等の努力が実を結んだ瞬間である。

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