PASTORAL −64

 無事に帝星に帰還。兄上は毎日大忙し。
 凱旋式から祝賀パーティー、執務に兄上の生誕祭の準備など。帰ってきてからお会いしたのは、この一ヶ月で三度くらいかな。
 ほら、離宮に行く為のスケジュールの調整もあるらしくて……無理なさらなくても宜しいのに……。
 俺は、向かう離宮の映像を観たりして毎日怠惰に過ごしてる。いや! 何時兄上が御呼びになっても直ぐに向かえるように、準備はしてる!
 それと実家に帰ったりもした。
 料理の事で文句言ったら「二度と帰ってくるな」って言われてきたけど。少しは考えてくれよ。
「大公殿下、使者の方が」
 母さんと同い年くらいの女官長に声をかけられて「通して」と指示を出して、使者からの手紙……っても「兄上が此方においでになる知らせ」以外は滅多にないんだが。今回もそれだった。
 俺は書かれている通りに、使者が持ってきた服に着替える。
「これが新しいメイドの制服か」
 宮殿内の召使の衣装の一新が行われた。その中のメイド服を俺は着ておくように命じられた。
 昔はこれ、女の人専用だったらしいけれど今は男でも女でも同じ格好するからな。昔女性だけが着用していたタイプ、昔男性だけが着用していたタイプと二種類には分けられるが、原則的に着たい制服を選ぶ事ができる。
 実際俺の所の女官長は、男性が着用していたタイプを着ている。
 もちろん主の意向の方が尊重されるから、主が「女性は全員メイド服」と定めるとそれに従う。俺はどちらでもいいので自由にさせている。
「あれ? 帽子は?」
「頭部に着用される物は、陛下が直接持ってこられるそうです」
「そうか」
 着替えて待っていたら兄上がいらっしゃった。
「少々急ぐから用件のみだ。これを被せてやろう」
 言いながら、先ず俺に赤い……頭巾を被せて、首の所で綺麗な蝶結びに。
「クロトハウセの宮へゆけ。あれの宮は男性着衣の男しかおらぬ故にメイド服の変更など解らぬ。見せておかねばあれの事だ、賊と勘違いして殺しかねぬからな」
 女性一人もいないのか。
「この籠に入っているワインを直ぐに届けよ。それと皇君宮の庭で花を摘んでゆくように。お前の好きな花でよい。あれの事だからお前と話をしたがるであろう、少し可愛がってやれ。頼んだぞ、ゼルデガラテア」
「御意」
 兄上はまた忙しそうにお戻りに。本当に大変そうだなあ。そんな訳で俺は途中で花を摘んでクロトハウセの宮へ。
「陛下からワインをお届けするように命ぜられたのだが」
 入口でそう告げ、
「お待ち下さい」
 少し宮殿の入り口で待っていたら、
「兄上! お待たせいたしました!」
 中から、タオル被ってガウン着たクロトハウセが。クロトハウセ……正直、格好いいよな。顔つきも鋭くて、雰囲気も男らしいし。男だから当然男らしいんだが。
 兄上は別格だけれど、クロトハウセも雰囲気に迫力あって格好いいよ。
「兄上、そのご着衣は?」
「中に入ってから話ても良いかな? 先ず陛下からの贈物を」
「気が利かず申し訳ございません。兄上、このクロトハウセ今すぐ着替えて参りますので。お前達、兄上をご案内しろ。それで、しばしお待ちくださいませ」
 大広間に通されたら、テーブルの上にはクリスタルボウルに入った生クリーム……本当に好きなんだなぁ……。
 他にはチョコスティックとか、トリュフとか、ビスキュイに生クリームケーキに生チョコレートケーキにカステラにバームクーヘン……凄い、甘いものばっかりだ。
 兄上から聞いてなかったら吃驚する所だった……聞いていても吃驚したけれど。
「申し訳ございません! 兄上お待たせいたしました!」
 何で元帥の正装して出てくるのかなあ……俺はメイド服だよ? あ! そうか! 兄上からの贈物だもんな。そうだ、そうだ。
 無事に俺は大役を果たして、
「陛下が摘んで持ってゆくようにと。何が好きなのか解らないので、適当に摘んできたんだけれど」
「このクロトハウセ、棺の中まで持ってゆきます」
 持っていかれても困るから、俺がそこら辺で摘んできただけの花を。
「それにしても兄上? その格好は?」
「これ。陛下がメイド服の変更をお知らせしてくるようにと。この赤い頭巾は違うのだが、制服はこれ。黒のロングスカートに、カフスは御使えする方の身分によって色が違う……のは知ってるよね。エプロンは淡いピンク色で……どうした? クロトハウセ」
 何か凄い顔になってる。
 そ、そんなに女性服を見るのが嫌なのか……筋金入りだなあ……
「あ、兄上。頼みがあるのですが、聞いていただけるでしょうか?」
「出来る事なら何でも言ってくれ」
「くるっ! と回っていただけませんか? その……スカートがどれ程膨らむかを確認しておかないと、攻撃する際の踏み込みがわからないので。それに、似たような制服を作って忍び込むものもおりますので、正規品の膨らみや動き、光沢を確認したいのですが」
 うあ……軍人だなあ。俺、そんな事は全然思い浮かばなかった。
 そんな訳で回った。普通に回ったり、腕を上げて回ったり、スカートの端をつかんで回って
「あの……中はどのように」
「あ、観る? あんまり綺麗なモンじゃないけれど」
 見せたら軽犯罪で捕まりそうだけどさ。
「いいえ! 結構でございます! えーと兄上! その、一緒にお食事でもいたしませんか! わざわざ来ていただいた兄上を持成さずに帰すなど、このクロトハウセ……一ヶ月前から教えていただいておれば、最高のお出迎え準備をしたものを」
 あのね……クロトハウセ。俺はただ、変更されるメイド服を見せに来ただけだよ。確かに兄上からのお使いも頼まれたけれど。
「でも私は、気楽に食べられる方が好きだ。あのテーブルにあるチョコとか食べていいのかな?」
「兄上! あれ……あれは古いので、今すぐに違うものを準備させていただきます! 早く片付けろ! 兄上! 外でご一緒しませんか」
 庭でケーキバイキングのような状態で、話を。
 クロトハウセの食べること食べること……ケーキは女性の方が……とか聞いたけど、次元が違う。どんなケーキでもボウルに入った生クリームをくぐらせて、食べる食べる。生クリームケーキを生クリームにくぐらせて食べている姿は驚きだ。
 話は楽しかったよ。
「兄上の配下となり戦える日、楽しみに待っております」
 とか……偶に訳の解らない事を言ったりもするが。どう考えても俺がクロトハウセの上に立つことはないと思うんだけど。
 その後庭で食事をして、クロトハウセ宮の庭の怖ろしい程急勾配な坂を下ったりしていた、それにしてもスカートって歩き辛いよな。
 兄らしく振舞ったつもりだが、考えてみれば普通の兄は、昔の女性の格好なんてしないよな……。今度頑張るよ、戦場で頑張って兄らしく振舞うよ。能力的には全くの役立たずだけれど。
 そんな事をして夕方過ぎまで一緒にいたら、わざわざ兄上が、俺を迎えに来てくださった。
「陛下! クロトハウセ一層、陛下に忠誠を誓わせていただきます! ありがとうございました!」
 兄上が何かをクロトハウセに囁いた後、クロトハウセは兄上に平伏してた。クロトハウセに手を振って、兄上の斜め後を付いて歩いていたら、兄上突然足を止められて振り返られ、
「明日はその格好でゼンガルセンの元に行って来い。誕生日の返しを持って」
 えっ!? そんなもの必要なんですかっ! 知らなかった!
「他の方は」
「他の者はカルミラーゼンが手配したから安心するがよい。カルミラーゼンの仕事に抜かりはない。ただ、ゼンガルセンだけはお前が直接向かわなければな。送られた品も高額であるし、あれには権勢もある故に隙を与えるのは得策ではない。品物は余が整えておる、それを持っていけば良い」

 翌日、言われて贈物を持って来たんだが……

 縦15m 横12mのキャンバスに描かれているのは『皇帝陛下』……兄上です、兄上。正面から描かれている兄上は、生身の兄上程の迫力はないのですが俺の五十万倍は迫力が。
 恐れ多いというか、俺が怖いので厳重過ぎる程に厳重ながら、肖像画に失礼のないように包ませゼンガルセン王子の元へ。
 休暇を受理されていたゼンガルセン王子は、今日から領域の方に戻られるとか。
「皇族代表で見送りに来てくれたのか」
 皇族代表の見送りがメイド服着た俺というのも、何と言っていいのやら。かえって失礼な気がする、格好じゃなくて俺だけというのが。
 皇族とリスカートーフォン公爵家は仲悪いから仕方ないのかも知れないけど。
 四大公爵全体的に皇族とは仲悪いし、公爵家同士もそれほど良好じゃあ……俺が考えた所でどうにもならないな、とにかく仕事はしないと。
「はい。そうそう、ゼンガルセン王子がお戻りになれた頃にはメイド服はこのように変わっておりますので」
 クロトハウセが『賊』を気にして、回ってくれと言ったのだから、当然ゼンガルセン王子の前でも回っておくべきだな。
 言われないでも回っておこう。気が利かない奴だと思われたら、困るような怖いようなお方だからね。
「そりゃ、わざわざ。ご苦労だったな」
「それと、この前の誕生日に頂いた品物のお返しです。私は不慣れでよく解らないので、陛下が準備してくださいました」
 部下達が運んできた絵画の包みを見て、頷かれているゼンガルセン王子。
「確かに絵画好きではあるが」
 絵好きなんだ。見かけによらない……訳でもないか、王子殿下でいらっしゃるんだから。
「大公は中に何が描かれているか見たか?」
「は、はい……一応拝見させていただきました」
「……そうか。何にせよ、ありがたく頂いておこう。我の休暇中に陛下の身辺警護、頼んだぞ大公。もっとも、我以外陛下の身を脅かせる程の力量を持つ者はいないから安心して休暇を楽しむがいい」
 相変らず、危険というか何と言うか。
 発言の一つ一つが剣呑な方でいらっしゃる。
「ゼンガルセン。それでは、大公も離宮でお楽しみください」
 咎めるように間に口を挟んだ伯爵を横目で見ながら、王子の気持ちはすっかりと兄上がご準備してくださった絵に向いているようだった。本当に絵画が好きなんだな。
「ありがとうございます。オーランドリス伯も休暇をゆっくりとお過ごしください」
 俺はやっと役目を終えた。
 幾ら絵が好きでもあの大きなキャンバスに描かれた兄上は……あのくらいの人なら貰ってもどうって事ないんだろうなぁ。俺だったら、毎朝毎晩ご挨拶しても尚、落ち着かないってか、緊張するというか。
 それにしても、どこに飾るんだろう? 兄上の肖像画は飾れる場所は決まってるよな。皇帝の肖像画は本城のどこだったか……って規則にあったけど。
 俺は解らないが、ゼンガルセン王子ならそこら辺は網羅してるだろうし。なんにしても、兄上の肖像画は大事に扱ってくださいね、王子。そして伯爵閣下。

 これらの事を終えて、俺は兄上と一緒にバルメスハイカスタ離宮へと向かった。何故か船の中でもメイド服着用だったが……まあ、いいか。従卒の延長って事で。


Second season:第一幕「萌えた日」 終
Second season:第二幕「群集の溜息」に続く

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