PASTORAL −63

 母さんのばかぁぁぁ!
(何よ! いきなり! 失礼ね:宮中伯妃)

 兄上に連れられて別室に移動したら、宴の準備が。宴っても、料理が並んでお酒が並んでいる小さなもの。
「余と二人きりで祝おうではないか」
「嬉しいです」
 其処までは良かったんだけれども
「宮中伯妃にお前の好きな物を尋ね作らせた。思う存分に食べるがよいぞ、エバカイン」
 兄上のお優しさが痛いです。
 それでもう一回『母さんのばかぁぁぁ!』少しは気を利かせてくれよ!
 テーブルの上には確かに好物が乗ってるけれど「ブイヤベース」「スペアリブ」「ボンゴレ」「クロワッサン」って、どれも食べるのにどれ程苦労すると思ってんだよ! 母さん! 俺は家にいる時みたいに手掴みで料理を食べるんじゃなくて、ナイフとフォーク、それに箸を使って食べてるんだよ!
 兄上と一緒にお食事させていただく際だって、できるだけ食べやすい物を選んで注文しているってのに! パスタだって綺麗に巻けないから、注文しないでいたのにさ!
 ああ、もう皆見事に殻がついたり骨がついたり、クロワッサンは砕けやすいし。
 パン屑なんて気にしなければいいんだろうけれど、兄上は全く落とされない。パン屑すら兄上の前では恐れをなして出てこない? ような。いや、ただ兄上がお食事するの上手なだけなんだけど。
 椅子に座って乾杯した後、必死にスペアリブを……確かに簡単に肉と骨は別れるけれど
『切るのに骨邪魔だ』
 凄い緊張して、できるだけ皿とナイフが触れないように一口大に切って……切って。ブイヤベースの海老は、兄上のはあんなに簡単に外れるのに、俺のはどうしてこんなに外れないんだろう?
 それは兄上の方がお力がありますが、本当に何時もお綺麗に食べられるなあ。
 感動していたら俺の皿から海老が飛び出していった。こんなに失敗したの始めてだよ……
「泣きそうな顔をするな。新しいのを直ぐに持ってこさせるゆえ」
 ああ、母さん……俺は海老になりたい。なった所で問題は解決しないし、大体何言ってるのかわからないけれど。
「兄……お兄様……あの、今日だけは」
「何だ」
「手で直接掴んで食べても宜しいでしょうか!」
「構わぬぞ」
 そんな拍子抜けする程あっさりと……。でも許可を頂いたので、吹っ飛ばした海老を拾って噛み付く。
「それは食べずとも良い、エバカイン」
「いえ、自分の失態ですので食べさせてください」
 勿体無いので食べさせてください!
 都合が悪いので、できるだけ兄上のほうを観ないでモゴモゴと食べていたら
「余のも食べるが良い」
 余程好きだと勘違いされて、兄上の分まで。
「あ、あの」
「遠慮せずとも良い」
 遠慮しないというか、何と申しますか切ないです、色々と。
「ありがたく頂きます」
 でも兄上が寄越してくださった物を断るわけにもいかないので、必死に食べていたら、
「エバカインは甲殻類が好きか」
「……いえ、何でも好きですが」
 そりゃ必死に海老にかぶりついてれば、そうも見えるよな。兄上はグラスを傾けながら昔語りをしてくださった。
「ルライデは海鼠が好きでな」
 ”なまこ”ですか……
「乾燥海鼠を持ってきて、歯が立たないと泣いてな。水で戻せと教えてやったら三日後に、元に戻った巨大海鼠を抱えて余の元へと来て“一緒に食べましょう”と誘われてな。両端から二人で食べたものだ」
 チョコスティックとかでするのは聞いた事あります、それも恋人同士で。
 それを聞いた時は寒いと思いましたが(僻みではなく)水で戻った巨大海鼠を両端から食べあう尊貴なるご兄弟というのも、少々どころではなくブリザードかと……思わせてください、お願いです思うだけ思わせてください!
 それよりも行儀悪い状態なので、できるだけ早く食べ終えて急いで手を洗って口を拭いて、再びお部屋に。
 オペラケーキが準備されてる、結構大きい四角いヤツ。長いのが二本に短いのが三本、そりゃ均等に挿されてた。
 燭台には大きな蝋燭、そして長いキャンドルサービスするかのような蝋燭を持った兄上。
「蝋燭を灯そうではないか」
「はい」
「一緒に持ってつけるぞ」
「え?」
 まるでキャンドルサービスですよ。それも床に座った状態で(何故か皇族は床に座ってケーキを食べる)
 兄上に抱かれるかのように腕を回されて、一緒にキャンドルを持って五本の蝋燭に点火。そして兄上のあのお声で誕生日のお歌。人生の中で最も高貴な誕生日の歌、ありがとうございます。歌詞……短くて良かった……。
 何とか無事に蝋燭を吹き消した所で、ケーキが取り替えられた。
 全く同じ物に……蝋燭挿したケーキは穴があいているので食べないらしい。そして、
「さて、切るか」
「はい」
 蝋燭に点火した時とおなじく、兄上に腕を回されてナイフを二人で持って……
「結婚式のケーキ入刀みたいですね」
 喋った後に自分で薄ら寒くなった。何を言っているんだ……
「余の婚儀にはないが、一般には普及しておるようだな。お前とならばしても良かろう、エバカイン」
 そりゃまあ、男同士ですから。
「はい。お兄様はどの位お食べになられますか?」
「真二つでよかろう」
 ?! この大きいケーキ二分割で食べきるんですかっ!
「お兄様が大目にお食べください。先ほど、海老貰いましたし」
 こんな大きいの半分も食べられないと……
「遠慮なぞするな。本日はお前の誕生日だエバカイン。存分に食べるが良い」
「あ、あの、お腹が一杯でして」
 食事の他にワインも二本程飲みきってしまったので、結構……
「少食だな」
 殆ど言われた事ないですが、そんな事。むしろ『顔のワリに食う』と言われた事は何度か。
 『顔のワリ』ってのも変な言葉でけれど、それ程ものを食べなさそうな顔立ちなのか? 
 そんな事を考えていたら何時の間にやら兄上のお手の導かれるままに、ケーキは見事に両断されて、取り皿にも取らずにそのまま食べる事に。
「切る必要も無かったな」
「そうですね」
「こうやって、二人きりでお前の誕生日を祝えるのは、これが最初で最後なのは残念だ。ケテレラナとお前の誕生日が同じとは。来年からは三人で祝う事になるな」
 ケテレラナ……ケテレラナ……はいはい! 帝妃になられる予定のお方ですね! アルカルターヴァの親戚筋の! あの方と俺、誕生日同じなんだ……ってか、俺は要らないと思うのですがっ! 兄上とケテレラナ帝妃のお二人でお祝いください!
「そのように言っていただけるのはとても嬉しいのですが、私は要りません。帝妃となられるケテレラナ殿とお二人でお祝いください。今日此処で、お兄様に祝っていただけただけで充分でございます」
 気にしないでください、兄上。
「お前は本当に無欲であるな、エバカイン」
 いいえ、普通かと。何故正妃と俺が一緒に並ぶのか? その方が不思議です。
「そうでございましょうか? 私は陛下にお声をかけていただくだけで、充分幸せでございますから。特段のお祝いなどを、それも帝妃となられた方と並んでまで……」
 そんな事したら、胃が痛くなりそうです。帝妃の前でまた海老吹っ飛ばしたりしたら、兄上の尊厳に傷がつきます。
「そうも控えめであると、来年もお前の誕生日を二人きりで祝いたくなる。ケテレラナの誕生日を変更させるか」
「そんな事は! 私の誕生日を変えてください!」
「冗談だ。お前もそれ程気にせず、来年からはケテレラナと並べ。その位しかあれと並ぶ機会はないから、一日くらいは我慢せよ」
「はい」
 そんなにお誕生日祝ってくれなくても良いんだけどな。
 正妃達は皇帝陛下に誕生日を「祝ってもらった」「祝ってもらわなかった」で喧嘩になるらしいけれど、俺は別に関係ないよな。

 俺は三本目のワインを開けて、軽く酔っていた。もう二本くらいいけそうだ。
 そんな事を考えていたら、突然
「エバカイン」
「はい」
 兄上はケーキを指で掬うと、
「舐めろ」
 何故?! と思ったが、
「……舐めれば、宜しいのですよね! はいっ!」
 よく解らないけど、ケーキを舐め取れば宜しいのですね! お言葉に従って舐めていたら、
「これもまた、控えめだな」
 舐め方に控え目も何もないかと。
「そうでしょうか?」
 兄上はまた指で掬って眼前に出すので、ゆっくりと舐めていたら、
「クロトハウセは生クリームが大好物でな。こうすると、指まで食べる勢いで食いついてきたものだ」
「……は、はい……」
 クロトハウセ、生クリーム大好きなんだ……。見た目と違って、いや! 俺だって顔の割りに食べるって言われて困るから、良いんだ! どんな姿で甘党であっても!
「あれはケーキが好きでな、あまり食べ過ぎで侍従長が止めた事もあった。それでも食べたくて仕方ないのか」
 俺は聞きながら舌で兄上の指についているクリーム舐めています。
 皇子というのは、好きな物を好きなだけ食べさせてもらえる人種だとばかり思っていましたが、止められる事もあるのですね。驚きです。
「“ケーキが食べたいです”と余の所に泣きながらきて、仕方ないので一個だけと、それが毎日続いてな……余の甘さだったのであろう。そのせいであろう……」
 次はワイングラスを持って俺の口に注ぐ。兄上って若しかして、凄く人のお世話するの好きなのでしょうか?
「クロトハウセめ、体脂肪率が7%もありおる」
「ぶっ……失礼しました」
 俺は9%もあります……咽かけた俺の背中を兄上は擦りながら『そういえば、兄上の握力って279以上だったよな』思い出していた。この掌から、どれ程の握力が……
「お、お兄様は幾つでいらっしゃいますか? 体脂肪」
「4%くらいはあった気がする。5よりは上になった事は無い」
 鋼でいらっしゃる……確かに俺と兄上の身体は全く別物だもんな。
「お前はもう少しふっくらとした方が良いぞ、エバカイン!」
「いいえ! 明日から絞ります!」
「お前はそのままで良い。折角のさわり心地の良いその体、余の為にそのままにしておけ」
「畏まりました」
 伽の役目が終わったら、ガッチリと絞ります。ギュウギュウと絞り込みたいと思います。
兄上のような鋼の体を目指したいと思う所存であります! 一応軍人ですから!
「ところでエバカイン」
「はい、何でございましょうか?」
 またクリームを前に出されたから、必死に舐めてる。
「余もお前の欲しい物がわからなかったのでな、ありとあらゆる物を準備した」
「は、はぁ?」
 これ以上、俺に何を与えるおつもりですか! 今年だけで一生分の贈物を頂きましたよ。
「久しぶりに女を抱きたいとは思わぬか? 準備はしておいたぞ、十五歳から四十歳までの美しい女を」
 がりっ!
「申し訳ございません! 兄上の指を噛んでしまいました!」
 うわぁ! 兄上のお指を噛んでしまった!
「構わん。痛くも無いわ」
「要りません!」
 そんな事、思い浮かびもしませんでした!
「興味の対象範囲外か? 十五歳以下は余としては勧めたくはないが、一応皇王族から十三と十四も連れてきておる。上も六十までは準備しておいたが」
 そういう意味ではなく! 凄くありがたいのですが! とてもありがたいのですが! ……ああ、男として終わってる? その……
「とてもありがたいのですが、あに……お兄様のお相手を務めさせていただいている以上は、お兄様からの贈物であっても他人に触れるつもりはございません」
 体力がないというか、情けないですが、ナニが無いという方が正しいんです。女性を見ても、何とも思わないんです……全裸を見ても全くだとおもいます。
 次、結婚を命じられたら、その旨を正直にお伝えしたいと思います。それでも良い相手なら行ってきます。多分もう無理です、なんかもう……。
 俺が言い切ったら兄上、少し止まって、それから微笑まれて(顔自体は微笑んでいらっしゃらないのだが、微笑んでいる事は解るようになった)
「試したわけではないが、其処までお前が言うとはな。不自由はないか?」
 たくさん不自由ですが、そ、それもまあ、
「大丈夫でございます」
 仕方ないというか、なんと言うか大丈夫な気がします。……酔ってるせいかもしれませんけれど。
 兄上に頬をつかまれて
「そう言われたら可愛がってやりたい所だが、時間がなくてな。余はこれから別の会合に向かうが、寂しくは無いか?」
「はい。もう一本ほどワインを飲んで寝させていただきます」
 兄上にガッシリと抱きすくめられ、そのまま……寝てた。

俺、疲れてたんだろうな

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