PASTORAL −62

 兄上は三日程戻ってこられませんでした。いつもお仕事なさってて頭が下がります。
 それに引き換え俺は……何もしてません。でも三日目にしてやっとお仕事が!
「お似合いですよ」
 兄上からのお呼び出しをいただきました。
 少将の格好をさせられてこれから向かう所。良いのかなあ、あんなので出世して。
 でも兄上がお決めになったんだから……次は頑張りま……次の会戦はゼンガルセン王子の援護だ。その次くらいに頑張ろう! 生きていればの話だが。
 ゼンガルセン王子について回ったら、それだけで戦死しそうな……ま、良いですが、軍人ですので。
 連れて行かれたのはあのパーティー会場。急いで退却した場所だ。
 会戦前に立食パーティーを開いた会場に入ると、既に中に人が。見るからに全員上級貴族、要するに四大公爵の近い血縁。
 彼等彼女等が一斉に振り返る。基本的に全員顔が整っているので、怖い。何処に行けばいいのか戸惑っていると、
「どけ!」
 クロトハウセが彼等を押しのけて、
「兄上、お待ちしておりました」
 満面の笑みで出迎えてくれた。三日前の鬼の形相は夢だったんじゃないだろうか?
「ありがとう、クロトハウセ」
「さあ、此方へどうぞ。貴様等! 邪魔だと言っているのが解らんのか! 兄上のお体に触れるな!」
「まあまあ」
 多分過敏になってるんだろうな、前回のゼンガルセン王子の行動が。俺は気にならないけれど、全裸の大股は困ったが。情けなさ過ぎて。
 兄上の前に連れて行かれたので礼をすると、声をかけてくださった。
「参ったか、ゼルデガラテア」
 兄上は相変らず、他の追随を許さぬその威圧感を、惜しみなく玉座から発せられていらっしゃいます。
「誕生日を祝おうか」
「は……はぁ」
「本日は、帝星標準日時においてお前の誕生日だ、ゼルデガラテアよ。ここに居るのはお前に誕生祝を持って、祝いたいとはせ参じた者達だ。つまらぬ物もあるやもしれぬが受け取ってやれ」
 一斉に笑い声が上がる。今の笑いのポイントは何処?
「では一番に私から」
 そういってゼンガルセン王子が、オーランドリス伯から立体映像機を受け取って、空中に映像を。
「四個艦隊差し上げます」
 ぐっ! 四個艦隊? はぁ? 四個艦隊? 俺の驚きなんて全く無視のまま、オーランドリス伯が艦隊の詳細を告げてくださってます。
 一艦隊の編成数が有人戦艦七万に、無人戦艦三万……それ、大将クラスの編成じゃないですか? 幾ら軍事に疎い俺でも解りますよ! それに、
「旗艦は赤ですが、陛下の御髪の色と同じですので問題はないかと」
 旗艦は赤って! 赤はリスカートーフォン家の色じゃないですか! それゼンガルセン王子が自分用に作ってたのを急遽此方に回したのでは? 絶対にそうでしょう! ありがたいというか、態々要らないのです。戦艦だってゼンガルセン王子と一緒に戦いたいでしょうに。
「我々は艦隊を贈るのが慣わしだ」
 誕生日に艦隊ですか。あと、オーランドリス伯爵が少将クラスの空母艦隊くれました。
 何時でも贈れる様に、艦隊は四六時中作っているのだそうです……法律違反ギリギリのような、でも許可されてるんだから良いんだろうな。
 それにしてもこの艦隊、どうやって維持するのか全くわかりません。大公なら私設軍を持っていて当然らしいのですが……後で教えていただこう。
「次は私から」
 クロトハウセから貰ったのは惑星。
「兄上の御領域に近いので受け取ってください」
 惑星って『惑星』だけ貰うわけじゃないんだよ! その惑星に向かう周辺航路なども全部いただく。クロトハウセから貰った惑星は、行った事はないけれど位置的に観て交通の要所だ。俺が見て解る程有名な箇所だよ。
 ここ通行税の収入相当だろうに、俺が貰っていいのかな? でもこの惑星航路の安全確保は俺の責任になるのか……要所だよな此処。気を引き締めて警備しなきゃ駄目だろから……後で勉強しておこう。
 宮中公爵は領地(惑星)だけで、航路の税収入は関係なかった。
 その税収だって役所を通して『給金』という形で振り込まれるだけだから、実質何もしなくて良かったが今は領地は全て直轄領。
 当然、俺が直接やらなけりゃならない。現時点では、俺が慣れていないというので、カルミラーゼン兄大公殿下が代理で統治して下さっていらっしゃる。
 本当に優しい兄上ですカルミラーゼン兄大公殿下。何でこんなに優しいカルミラーゼン兄大公殿下が、貴族間で怖がられていらっしゃるのだろう? でも、何時までも甘えてられないから、落ち着いたら勉強しなおそう!
 そして今はまず、贈物をくれたクロトハウセにお礼だ! 格式ばったヤツじゃなくて、兄らしく!
「良いのか? クロトハウセ。私としてはとても嬉しいが」
 よし、少し砕けた感じが出たはずだ。兄上のほうに視線を動かし目が合うと軽く頷かれた。兄上のご期待に応えられて嬉しいです。
「もちろん。ここはとても美しい別荘地です。美しい場所は美しい方にこそ相応しいので、是非ともお受け取りください」
 美しい人って……誰? この場合、俺なんだろうけれど、クロトハウセの美的センスが少しだけ心配だ。俺は皇族・貴族で規格外だから目立つだけであって、本来美しいってのはカウタマロリオオレト殿下のような方に向けて言うべきだよ。
 こんな感じで次々と贈物を頂いた。殆ど琥珀で……その、第二回琥珀の捕囚みたいな状態に(第一回は皇后ロガの時)
 山積みになった琥珀やら、名画のデータなどを見せられて、何がなにやら。
 お誕生日を網羅して、忘れずに贈物を準備するのが貴族の嗜みだとしたら、忘れた人は悲惨だなあ。俺の誕生日を覚えてなかった人が一名……リスカートーフォン家のアウセミアセン王子。
 明らかにみんなにバカにされた視線を投げかけられてた。俺が居た堪れなくなってきたけれど、貴族の中では礼儀知らずになるらしい。俺なんか礼儀知らずもいい所だろうが、彼と俺じゃあ立場が違うからな。
 次の四大公爵の当主がこれじゃあ。
 可哀想だけれど、庇いようがないし、誰も庇おうとしない。その空気を兄上が軽く払ってくださった。
「用意していないものは仕方あるまい。では最後に余から贈ろうではないか」
 兄上だ! 兄上、俺に何を贈ってくださるおつもりですか? 正直もう、要らないくらいなんですが……。構えていたら、
「欲しい物を何でも言ってみよ。何でも叶えてやろうではないか」
 周囲で息を飲む音が。当然だっ! 兄上が“何でも”だよ! 銀河帝国皇帝が……範囲が広すぎて、何を言って良いのやら。
「欲しい物なんてたくさんあるだろ。我なら直ぐに口から出るが」 
「ゼンガルセン、おぬしの希望は黙しておれ。それが口から出たら危険極まりない」
 再び笑い声。そこ、笑うところですか? 笑うところなのですか? 皆さん。
 明らかに彼の希望はリスカートーフォン公爵であって……そんな事はどうでも良い! 兄上に希望を! この場合、貧相な物を口にしたりしたら兄上の威厳に傷が付くから、今までもらった物以上の物を口にしなくては!
 四個艦隊、惑星、機動装甲、絵画、宝石、楽団……なに! これ以上って何っ!
「兄上は奥ゆかしい方ですから」
 違います、クロトハウセ。品目が出てこない、ただの貧乏性です。
「陛下。兄上の目安となる地位や金額をお教えいただければ、答えやすいかと」
 そうだね、最高限度額を聞いておこうか。ありがとう、クロトハウセ。
 良い弟だよ……俺は良い兄じゃないけれど。
「階級であれば副帝をくれてやっても良いぞ」
 奇声が上がった。そうだろ……副帝って皇太子殿下よりも上の地位で、普通は正配偶者(大体は皇后か皇君)に与えられる地位だ。
 人臣が陛下からいただける最高の階級……そんなもの要りません、使えませんし、とてもではありませんが、いただけません。
 何を言えば良いんだろう? 焦る、凄い焦る。考えておけと命じておいてくだされ……命じられても全く思いつかないな、無意味か。
 そんな事はいいんだ! 何を兄上に、えーとえーと、
「あの、離宮に行ってみたく思っております」
 離宮は兄上の持ち物だから、許可を頂かないとな。
「その程度で良いのか」
 ゼンガルセン王子の声。この位で許してくださいよ!
「ゼンガルセン。ゼルデガラテアは余と離宮に行きたいと申したのだ。余が即位して初の離宮行幸の供を務めたいと」
「は、はい」
「ほう、陛下の初行幸の供とは、考えた物だな」
 いいえ、全然。兄上の助け舟がなければ全く。
 そうか、兄上は初なんだ。初の行幸のお供って、凄い栄誉なんだよ……良いのかなあ、俺如きが貰って。ま、いいか……誕生日プレゼントもこれで決着がついたし。
 その後、全員が兄上に礼をして去っていった。
「ついて来るが良い、ゼルデガラテア」
「はい」
 二十三年間で一番疲れるお誕生日でした。

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