PASTORAL −41

「お待ちしておりました、カルミラーゼン大公殿下」
「お久しぶりですね、エミリファルネ宮中伯妃」
 私は陛下の書状を持ち、伯妃の館の城主の間へと向かう。どんな貴族であっても爵位があれば家に「城主の間」と言うのがあり、主よりも身分が高い人物や、偉い方からの書状を持ってきた相手を其処に通し椅子に座らせ、其処から主が書状を受け取るようになっている。
 儀礼というものだ。
 私はエミリファルネ宮中伯妃に陛下の書状を渡す。彼女はそれを受け取って、頭を下げて別室でその書状を読み、私に口頭で返事を返す。書状として返すのは翌日以降で、使者も別の者が立てられるのが決まりとなっている。
 決まりが多いのだよ、貴族階級は。
 書状を読んだエミリファルネ宮中伯妃は少々驚きの表情を浮かべて戻ってきたが、私の前まで来て微笑むと
「陛下のご寵愛を受けられるような教育を施しておりませぬので、失礼も多数あるかとは思います。失礼がありましたら、何卒ご寛大な処置をお願い致します」
「心配は無用ですので。このカルミラーゼンが全面的に支えますので」
「心強いお言葉、ありがとうございます。これ程までに息子が皆様に愛されて、私も嬉しゅうございます」
「後日、ゼルデガラテア大公となった皇子が使者を兼ねて帰宅しますので、その際にゆっくりと話をすると良いでしょう」
「はい。ですが大公(皇君の事)となった身、それほど引きとめはいたしませぬ」
「気にせずに結構ですよ。その方が陛下もお喜びになられるでしょう。陛下は何時でも皇子のことを考えてくださる方ですから」
「勿体無いお言葉でございます」
 エミリファルネ宮中伯妃は元は下級貴族であり、それほどの美女ではないが、話せば直ぐに返ってくる賢い人ではある。そのような人が育てたからエバカインも良く育ったのであろう……対して、これをどうしたものか。
「こ、この箱の中身の手紙を、私が、読むのですね」
「“読む”のではなく“読み上げる”のだ、ゼルデガラテアの前で」
「私一人で、ゼルデガラテア大公殿下の前で、読み上げるのですね」
「そう、目が覚めたら直ぐにだから待機しておくように。待っているのだぞ、皇后宮の近くで。大叔母君の宮で待っていると良いのではないか?」
「はい」

 本当に解かっているのであろうか……カウタめ……

 追求しても無意味なので、解かったという事にしておこう。
 そして婚礼だが、やはりサフォント帝はエバカインも他の三人の妃と同じ日に婚礼を挙げる事に決められた。初夜の立会いも……エバカインにとっては初夜ではないが、建前上初夜と言う事で行われる検分も、三人の妃と同時に行われる事となった。
 我らが母・皇后のように最初に一人だけ結婚式をしていて、後から来た三人の方が華燭の典に気に食わない所が……エバカインはそうは言わないだろうが、逆に三人の正妃がそう思えば困るので。
 「エバカイン一人の式の方が、我々三人の式よりも豪勢であった」とか文句が出ないわけでもない。我々兄弟としては、一人だけ豪勢にしてやりたい気持ちもあるのだが、サフォント帝がそれは拒否された。立場の弱いエバカインの周囲に波風を立たせたくないようであられる。
 我らが母は父帝が皇太子の頃に嫁いで来たので、それほど派手な式を挙げはしなかった。その後、父帝が即位後に迎えた三人は、同時に“正妃”として盛大な式典が催されたのだ。別に我らが母をのけ者にしたわけではないが、一度式を挙げているので主賓ではない……多分そこから他の三正妃と不仲になったのだと思う。
 だから兄上は四人同時に婚礼の式を迎えさせるのに重点を置いている。
 序列の不満はどうにか出来るがその……華燭の不満は一生解消されないものだからな。我らが母は大公で三人の妃達は侯爵であったが、それでも不満に感じていたのだから。

「あっ……」

 私、クリミトリアルトと結婚式してないな。今は第二妃となったバタニアルハスとは式を挙げたが……段取りでも考えておくか。バタニアルハスとそれ程盛大な式を挙げてなくて良かった、それに順ずる結婚式でよいのだからな。順番は逆になったが、確りと結婚前の段取りを踏もう。
 先ずは手紙を書いて、笑ってしまうが今更ながらヴェッテンスィアーン公爵に書状を出して、ドレスを二人で選んで……
 こういう些細な事が、後々大問題になる手間隙を惜しんではいけない。我らが母を見ていると心底そう思う。……そういえば、私の第一子がケスヴァーンターンを継ぐのだったな。どちらの妃の子にするべきであろう。
 クリミトリアルトは皇太子殿下の叔母であるし、バタニアルハスはケシュマリスタの縁戚であるから
「悩む所ではあるな」
 本来であれば、ルライデがケシュマリスタ王になる予定であったので、ケシュマリスタの縁戚であるマイルテルーザを妻にさせる予定であった。もう一人のデルドライダハネ王女は大公の妃として、それも同時に二人迎える時点でアルカルターヴァ家が即座に結婚を拒否し連れて帰るだろうと予測していたのだが……そう上手くはいかなかった。
 今も既にアルカルターヴァからルライデを王婿にしたいと申し出て来ているので……申し出というよりは、かなり強烈な“お願い”となっているが。ルライデが上手くアルカルターヴァの王女と折り合いを付けられるかどうか? 十八歳の大公の初の大仕事であろう。
 そして……取り敢えず、私は妻は二人で充分だ。

 翌日、暇を見てエバカインの様子を見に行ったのだが、五十種類くらいのコードが身体についていた……無事ではあるらしいのだが。

backnovels' indexnext