PASTORAL −40

「皇室典範には欠陥がいくつかある」
 さすが我が兄サフォント帝、全て網羅していらっしゃるようだ。
「欠陥とは?」
「皇太子妃が皇太子妃のまま死ねば、その時に生まれた子は皇太子妃の子と明記される。死者を正配偶者にする法律がなければ、死んだ皇太子妃の子と、皇帝に即位後に迎えた正配偶者の子とで争いになる。大体、親が生きている方が強いのは言うまでもない。余がこのまま正妃を迎えれば、皇太子は立太子しても追い落とされる可能性がある。よって、故人となった皇太子母、皇太子妃ザデフィリアを“死後”皇后に位を変更させる事が出来るように法を変更させる」
「かしこまりました、それにあわせて草稿いたします」
 私が草稿して、それをカウタの祐筆が映して、それをカウタが委員会で発表する……という仕組みだな。
「本来はそれだけで終わらせるつもりであったが、実は典範にはもう一つ抜けている箇所がある」
「何でございますか?」
「余の配偶者、皇帝の配偶者について事細かに四十八万項目もあるというのに」
 覚えてらっしゃるんですか……さすがですね、サフォント帝。
「同性異母を配偶者にしてはならない、という決まりがないのだ」
「えっ!」(私)
「ええ!?」(クロトハウセ)
「えー!!」(ルライデ)
 サフォント帝の前で失礼ではあるが、声を上げてしまった。……どういう事……言葉通りなのであろう。
 えーえーと……落ち着けカルミラーゼン!!
 聞きたまえ! 諸君! (誰に向かって?)
 皇帝陛下の正配偶者になるには決まりがある。
 実は階級は全く明記されていない、奴隷階級から皇后になったロガもいれば、平民階級から帝后になったグラディウスもいる事から解かるだろう。それに再婚も禁止されていない。配偶者は陛下が亡くなった後の再婚は禁止だが「陛下と結婚する為に離婚してきました(離婚させられました……が主だが)」というのは許可されている。
 その際の子の処遇とかは、今は関係ないから放置しておく。
 陛下の結婚相手というのはどちらかと言えば、身体的な事に重点を置かれているのだ。
 我々は帝国の成り立ち上、両性具有を伴侶にしてはならない。生まれつき単一性のみと限定されている。これは禁忌だから心中でも語る事はできないが……陛下の結婚相手は「地球滅亡より1200年前まで当然であった、自然な生まれ方をした単一性の人間」という決まりとなっている。
 人工授精とか代理出産とか性別転換とか……色々禁止事項がある。むしろ禁止事項の方がはるかに多い(わざとハードルを高く設置しているのだ)……のだが
「書きすぎて……漏らしてしまったようですね」
 速読の達人であるルライデが必死に項目に目を通す。クロトハウセは本棚から書かれている本を抜き出してそのページを開く、何処に陛下の結婚相手の禁止事項が書かれているかは、二年前に調べたので記憶に確かだ。
 ……気付かなかった。
 だが、そんな事はこの際どうでも良いのでは? という事はエバカインを妻……じゃなくて(妻でも妃でも全く構わないような気もするが)配偶者にする事が可能? 可能というより配偶者になさるおつもり……ですね! そうでなければこの場面で言われませんでしょう!
「兄上! このカルミラーゼン大公 ハウファータアウテヌス・タイドクレアド・ケルセザロス・バウサルテゥ・シュスターヌ! 臣下として心よりお喜び申し上げます! 兄上のご決断に対してこのような口を利くのは不敬ではありますが、兄上! 最良のご決断であらせられます!」
 これでエバカインは人生最高の幸せを手に入れたも同然! 銀河帝国最高の栄誉だ! 兄は! お前の兄は! 罪滅ぼしも兼ねて、お前の幸せを心より応援するぞ! 応援だけではない後ろ盾になる! 任せろエバカイン! 心臓が停止しても大丈夫! 予備心臓も多数クローニングして準備しておくから! 心臓停止の前には意味がないような気もするが、些細な事だ! 何があっても大丈夫にしておくからなっ!
「カルミラーゼンは飲み込みが早いな」
 弟二人は何の事か解からないで、顔を見合わせあっている。よって私から説明する事に
「サフォント帝はエバカインを妃……ではなく、正配偶者になさるのだそうだ」
 二人とも暫く「はぁ?」という顔をして静止していた。ルライデはまだ少年の名残があるから良いが、軍人然としているクロトハウセは黒髪を腰まで伸ばして前髪をオールバックにしている強面の顔が緩むと……なんと言うのか、だが可愛いものだ。
 二人は顔を見合わせた後、
「クロトハウセ大公 ケセリーテファウナーフ・ダイシュリアス・アウグスラス・ゼウフィレティ・シュスターヌ、謹んでお喜び申し上げます。我が身命を賭し、兄上の正配偶者となられた兄上をお守りいたす所存であります」
 “兄上の正配偶者となられた兄上”不思議な言葉ではあるが、まあそれも良い事だ。この喜ばしい出来事の前では。
「ルライデ大公 ヒルエールフクレヌ・ダデフィスロス・オードストバ・アベセロニ・シュスターヌも、更なる帝国の繁栄の礎になるであろう兄上と兄上の御成婚に、喜びを隠せませぬ」
 あまり礎にもならぬ気がするのだが、言葉としては良いであろう。だが“兄上と兄上の御成婚”はやはり聞きなれぬな。その部分をレーザンファルティアーヌとエバカインに置き換えれば、ふむ似合いではないか!
 (スミマセン……何処が?)などと言う声が聞こえてきたが、私の中で似合いだから良いのだ。
「三人の祝辞受け取ろう。さて、喜んでばかりも居られぬ、カルミラーゼンは余がこれからエミリファルネ宮中伯妃に書状をしたためる、それの使者となれ。今すぐ先触れは出しておくように。その任から戻り次第、ゼルデガラテアへの婚姻書類を書き上げ、カウタマロリオオレトを使者として届けさせろ。ゼルデガラテアが目覚めたら直ぐに読み上げるように厳命しておけ」
「御意」
 お任せください兄上! このカルミラーゼン喜んで使者の大任を果たさせていただきます。
「クロトハウセは宝物庫の琥珀の間に向かい、琥珀を全て出して皇君宮を飾れ。それと全宇宙から琥珀を集めさせろ。帝国美術館に展示されている琥珀のテーブルは取り上げるな、あれは臣民に開放しているものだからな。それに見合ったものをつくる為にも琥珀を探せ」
 全宇宙から琥珀を集めますか! 私も領地に琥珀を問い合わせねばなりませんね!
「御意」
「ルライデ、早急に皇君の印などを決定せよ。色はもとよりの琥珀と白で構わぬが、白は何を持ってするべきか慎重に考慮せよ」
 正配偶者となると「白い貴石」を身につける事が許される。エバカインにはどの白い貴石が似合いであろう?
「御意」
「それと本日か明日の間、時間に空きがあればエバカインの元に顔をだすように。その際に今度から皇君宮に住む事を伝えておくように」
「御意」
「それと最後に命令だが、余がエバカインを気に入っているとは口に出すな。余の態度からそれを臣民が察するのは構わぬが、主らが明言するとそれが確定事項となってしまう。その結果、エバカインの身辺に危険が及ぶ事が多くなるであろう。それは避ける方向で進める。よって重ねて命ずる、明言するな」

「御意」

我等、絶対に口にいたしませぬ。ご安心あれ。

backnovels' indexnext