PASTORAL −39

 我が兄サフォント帝が、準備を終えて私室に戻っていらした。
「……という事ですので、本日は……」
「ラニアミア」
「はっ! はいっ!」
「もっと前に余に直接告げよ」
「御意!」
 私の報告にサフォント帝はそのように答えてくださった。
 宮中伯妃への連絡は、サフォント帝が直接なさるのだそうだ。用件があるとの事で……そういえば、我々はエバカインが「大公」となったのを彼女に連絡していなかった。公式発表で聞いてはいるだろうが、それらも含めてであろう。
「少々麻酔を嗅がせろ。抱えて皇妃宮につれてゆく」
 パジャマを着せられたエバカインは、兄上に『姫抱き』されて別宮へと移って行った。
 その後執務室にクロトハウセと共に向かって、ゼンガルセンから明日の手筈を聞かされてそれの準備を整えて、親征に際しての準備品のリストを作り陛下への提出文を作り宮に戻って、今は第二妃となった最初の妻と寝た。万遍なく愛さないと喧嘩になるから……片方が怖ければ喧嘩にはならないが。

 兄上を襲撃する自体が無謀である。あの虎視眈々と玉座を狙うゼンガルセンであっても、容易には動けぬ程の相手にロクな準備期間もなく襲撃とは……本人達はエバカインを狙っていたのだが、まさか陛下もご一緒だとは思わなかったようだ。
 彼等は色彩サーチシステムを搭載していた。あれは目的の色彩に当てる以外に、目的の色彩に的中させないようにする事も出来る。間違って陛下がおいでの場合、当たらないようにと白を除外モードにしていたようだ、当然であろうがな。なので、エバカインに白を着せた。その姿に思わずサフォント帝に話しかけてしまう。
「エバカイン、似合いますな」
「全身白で飾りたくなる程であろう」
「ええ。今度準備させておきましょうか?」
「まだ待て。余が目を通したデザインでだ」
 それ程気に入っている弟を狙うとは……当然の報いと言うべきだろうな。
 しとめられた五人の頭部のない遺体の身元確認を受けた後、壊れた部分の修復を建築相に依頼し私は仕事に戻った。
 急を要する仕事もないので、皇室典範改正委員会とやらが招集され、その委員長の補佐、副委員長に任命される事になっている私は、典範を開いて読むことにした。
 現在の皇室典範は、第三十五代皇帝の御世で法相を務めたファルアンサーンが編纂したものである。
 このファルアンサーンという女性、異常に言い方や喋り方が回りくどかったようで、それが編纂したこの典範も異常なまでに読み辛い。読み辛いのだが……この読み辛さが良い点となっているので、なんとも言いがたいのだが。……サフォント帝はこれを読みやすいように改正なさるおつもりなのかも知れない。
 おそらく、読みやすい版とこのファルアンサーン版の両方をつくるおつもりかも。
 ファルアンサーンは読み辛い文章ではあるが、一つだけ簡潔な文章がある。それは

「紙で出来た本で皇室典範を作る事。四公爵家でも紙で皇室典範を纏めた本を所持する事」

 暗黒時代に皇室典範をデータ類から全てに近いほど消し去った男がいて、そのため誰が即位するのが正しいのか? が争われ結果55年間の空位時代が訪れたわけだ。その教訓から、持ち運び辛く嵩張って、資源を無駄にする紙の書物にする事にしたらしい。
 ファルアンサーン編纂の皇室典範は実に五千七十冊にも及んでおり、尚且つあちらこちらに飛ぶ。
 要するに20巻で即位に関する決まりが書かれているから50巻くらいまで焼けば全てが消え去る……とはならないのだ。20巻にもあれば、874巻に続きがあり、2069巻には前の二巻のおさらいから載っていて……となっている。
 現在では、耐熱耐火加工から、汚れを弾くコーティング、切り取り防止粒子(裂こうとすると本の縁の粒子が尖端化)等等……はっきり言って読むのに緊張する本の一つとなっている。
「読みやすい文章にし、登録して、検索できるように……だが検索は」
 皇室典範は機械での検索不可となっている。該当箇所に簡単に到達され、書き換えられる事を防ぐ為だ。
 何をなされるおつもりなのであろうな……そんな事を悩みつつ、自宮に戻り一人で食事をして(第一妃は皇太子殿下の宮へ、第二妃は両親の宮へ)管弦楽団による演奏を聞きながらのんびりと過ごし休んだ。

翌日、陛下の元へご挨拶に向かったら

「何があったのですか? 陛下」
「心臓が三度ほど止まった。さすがに四度目は危険だと思い身体を離した」
 普通は一度で危険ですよ。拷問でしたら十回以上心臓を復活させていたぶりますが。それは私の得意でありまして、陛下の得意ではありませんかと。
「余にあわせて調合した媚薬を投与したところ効き過ぎた。体質的に余より薬の分解が遅いようだ。睡眠導入剤の効きは悪かったのだがな」
 兄上は人類最高速度でいらっしゃいますでしょうが……
「本日はいかがなさいますか?」
「ゼルデガラテアを殺すわけにもいかぬから、執務に戻る。急を要する案件もあるのでな。ついて来るがいい、三人。ラニアミア、任せたぞ」
「御意!」

ゆっくり身体を休めるんだよ、エバカイン!(心中滂沱の涙)


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