PASTORAL −6

『ご愁傷様』
 正しくその通りになるとは……。宮殿は俺が覚えていた頃と同じく、静寂さに包まれている。
 主により宮殿の趣は変わる。陽気で喧しい時もあれば、女や男で溢れかえっている淫靡な時もある。軍服一色に染まっている時もあれば、執政色に染まっている時もある。現在の宮殿は、静寂さというか緊張感漂う静。毎日良く此処で皆仕事をしているものだと、感心する。
 俺は十五まで貴族街で、十五から十七までは帝星防衛主任として帝星人口衛星で生活して、十七から二十までは再び貴族街の屋敷に戻り軍警察庁に通っていたから、この宮殿の緊張感とは無縁だった。
 偶には呼ばれたりはした、出世した際にご報告に上がって、お言葉を頂いて帰るという行為で……先に通達されているのに、態々来て報告するのが貴族というものだ。それをとやかく言う気はないけれども。そういう事しないと貴族ってする事ないんだよ、実際。
 黒曜石の床や、大理石の柱やら、捻挫する者が日に十人は出ると言われる毛足の長い絨毯、一般家庭なら保温性を全く無視しているとしか思われない全面透かし彫りを施された壁に、歴代皇帝を実際の三倍くらいの大きさで描いた皇帝がお気に召していた肖像画の数々(死後宮殿に飾れるのは、遺言にあった絵一枚のお気に入りのみ)
 その隙間を縫うかのように、街中でしていたら変わった人としか見られないポーズをとっている彫刻達。
 一品物の花瓶に活けられた花。どれもが豪華絢爛にして、金がかかっているのが一目で解かる。
『今日は特に豪華な気もするけれど』
 不必要にでかい謁見の間、或は玉座の間前の扉を前に一呼吸おく。とにかく扉は大きすぎる、何せ縦48m横15mが二枚(全横幅30m)
『どれ程俺達が大きくなっても、身長20mなどにはならないと思うんだけど』
 バカな事を考えながら扉を見上げて、開く合図を送る衛兵に
「頼む」
 指示を出して、俺は肩に力を入れた。コレさえ終われば、屋敷の方へ戻れるだろう。俺の指示を受けて、入り口で名乗りを上げ、許可を取る係の者が声を張り上げた。内部には扉を通してではなく、スピーカーで聞こえる仕組みだ。
「ガラテア宮中公爵エバカイン・クーデルハイネ・ロガ殿下推参。許可なされますのならば、お開きください」
 別に押しかけてきたわけじゃないし、許可貰って来ているのだが決まりだから。因みに玉座への謁見入り口の扉は、中からしか開かないシステムになっている。外側から開けられれば危険な為。
 もう一つの出入り口、陛下の私室からは出入り自由らしい。観た事も行った事もないが。
 許可されたらしく(呼び出されたのだから当然だが)開かれた扉の向こう側。
 室内は皇帝を現す白で統一、室内の壁も柱も全て白。玉座へと向かう通り道に敷かれているのは金。厚さ1mの金が埋め込まれている。
『何時来ても慣れな……っ! 何ぃ!』
 何時も以上に着飾った陛下、そして他の皇子三人。此処までは想像していたんだが、他に四人もいた。四大公爵の当主が全員揃って……滅多にない事だし(仲悪い筈だ、当主同士)
 大体四大公爵の当主と会話などした事もない。立ち止まっている訳にもいかず、金の上を歩き御前で膝を付く。
 呼び出された理由自体、良く解かってはいないのだが。
 陛下が座られている場所から一段下に立っている、宮中相が丸めていた紙を開き読み上げる。
「前帝クロトロリア陛下が第三皇子ガラテア宮中公爵エバカイン・クーデルハイネ・ロガ殿下。本日、この刻限を持って皇籍に復籍を命ずる」
 宮中相が読み上げたあと、四大公爵が一歩前に出る。それを見ながら陛下が問いかける、
「異存はないな、ケスヴァーンターン、ヴェッテンスィアーン、アルカルターヴァ、リスカートーフォン」
 受けた四大公爵全員が一糸乱れぬ動きで、俺よりも軽く膝を付き
「御意」
 訓練されたマスゲーム級に動きと声が揃っている。仲は悪くても嗜みなんだろう、ご苦労な事だ。
「戻れ、ケスヴァーンターン、ヴェッテンスィアーン、アルカルターヴァ、リスカートーフォン」
 陛下のご命で四大公爵は一斉に立ち上がり、同時に一歩後に下がり列に戻る。噂には聞いていたが、怖ろしい程“足並みが揃ってる”……普段でも、そう足並みが揃えばいいだろうに。
 これは想像が付いた。本音としては戻りたくは無いが、陛下のご判断がそうなのだから、戻るしかない。
「前帝クロトロリア陛下が第三皇子ガラテア宮中公爵エバカイン・クーデルハイネ・ロガ殿下。本日、この刻限を持って、軍籍に一階級昇級復位する事を通達する」
 暫くは軍人生活を送る事になるらしい、これも次の派兵の書類を読んでおくように命じられたから、想像はついていた。
 そして皇籍に戻るのとは違って、四大公爵の許可は必要ないから(あの言い方が許可を求めているように聞こえなくとも……)此処で終わりだろう。
「前帝クロトロリア陛下が第三皇子ガラテア宮中公爵エバカイン・クーデルハイネ・ロガ殿下」
 まだあるのか? もう結婚相手が決まったとか言わないよな? 少しはゆったりしたい。三ヶ月程長閑していたが……。
「本日、この刻限を持って、宮中公爵位を返上」
 宮中公爵じゃあなくなるらしい。まさか、本当にこの着衣の……
「返上完了いたしました、陛下」
 言い終えると同時に、四人の従者が現れて、俺がイネス公爵家に置いて来た筈の宮中公爵叙爵証書、印、杖、盾(ガラテア紋入り)が次々と陛下の前に並べられた。
 それを一瞥なされて、頷くと、再びそれらが回収されて彼らは謁見の間から去って行った。
 皇籍に戻って爵位返上、となれば次は叙爵しかない。こんな俺でも皇子だ、なによりもたった今復籍したばかり、宮中公爵より上の階級となると……
「この刻限を持って、ゼルデガラテア大公を名乗る事を許可する」
 大公? マントが長くなったのも、上着の裾が長くなったのも俺の身長が縮んだ訳ではないらしい。手袋の刺繍のデザインも、帽子の宝石の配列も見間違いじゃなかった。
「異存はないな、ケスヴァーンターン、ヴェッテンスィアーン、アルカルターヴァ、リスカートーフォン」
「御意」
 異存もなにも、俺がこの格好で此処に来ているという事は、既に四大公爵との間で話は成立していた筈。儀式とか礼典とかが必要なので、仕方ないんだろうが……それにしても兄上陛下派手でいらっしゃる。
 あの静脈血のような赤い髪、白地が殆ど見えない程(皇帝の正装は白地)金銀その他色々の刺繍がはいったマント。
 持っていらっしゃる全ての階級……じゃないだろうが、とにかく主だった階級を表す章が肩から太股あたりまで飾られている。
 相当な式典の時の格好だろう。俺の復籍やら大公序列などだけでは普通は着ないはずだが?
「本日の謁見はこれにて終了」
 宮中相が謁見終了を告げた。その後に、陛下の一言
「ゼルデガラテア以外は退出せよ」
 言葉を受けて、全員が見事なまでのマスゲーム最高礼をして、立ち去っていった。

 まだあるらしい……。早く退出したい……

 頭上から降り注ぐ、絶対零度皇帝の視線は正しく絶対零度。
 悪い事をしていなくても(異母弟として生まれた事自体、悪いと言えば悪いのだが)謝りたくなる。どんな凶悪犯だって、間違いなく謝る。本能だよ、本能で。暫くの間、沈黙が流れたあと。
「ゼルデガラテア、余について来るが良い」
「……は……」
 陛下は玉座の右横にある通路に進んでいった、私室入り口がある場所な筈。だが、あそこに行くとなると、玉座があるスペースを踏まなくてはならない。立ち入ってはいけない場所として、きつく言い聞かされている場所だ。あそこを踏むくらいなら、込み合っている女性トイレに全裸で乱入してもいい。
「付いて来いと命じたのだ。気にせずに越えてくるがよい」
 こうして俺は、初めて陛下の私室へと足を踏み入れた。室内はこれでもか! という程豪華で絢爛で飾りたてられている。毎日この部屋で生活できるのは、凄いと思う……これが正しい皇帝の生活するお姿なのだろう。確かに地味一辺倒でも格好は悪いからな。
 椅子に座った陛下が、合図を送ると召使達が椅子を運んできた。陛下の私室は椅子は原則一つだから、置かれた椅子に座るように命じられ俺はあの視線を真前で見ながら、会話をするハメに……。膝を付いて顔を上げなくて良い状態のほうが、まだ喋りやすかったというのに。
「良くやった。褒めてつかわそう」
「お褒めに預かり、幸いです」
「特別に余の口から、委細を教えてやろう」
「陛下が……でいらっしゃりますか?」
「不服ではあるまい」
「不服など御座いません。ですが、執務が滞ってしまうのではありませぬか?」
 召使達が俺達の利き腕側に、最も取りやすい高さにグラスを置けるテーブルを設置し、液体の入ったグラスを置いて礼をして去っていった。俺は慣れないが兄上は慣れている、当たり前ながら。兄上がグラスを取り口に運ぶ、一口飲み終えた後、俺に飲むように指示をだす。手を伸ばして、指先を少し動かすだけだが。
 思えば兄上も大変だ。皇帝であるご自身よりも先に行動に移す事を認めていない貴族法典のせいで、何をするにしてもまずご自身から、そして指示を出してやるのだから。
俺は椅子に座ったまま礼をして(座礼が苦手なんだよ、俺)グラスを手に取り口に運ぶ。
 味がついた水……色々と味をつけた水を出すのだが、これは兄上が飲まれているのと同じギセルバンの粉を混ぜたものだろう。このギセルバン、苦いんだ……。薔薇とか檸檬とか蜂蜜とかは一般的で、酒飲みだったらわざわざ水で割る為用のワインを造って、割って飲む。
 其処までは嗜好だし、味はそれなりに悪くは無いのだが……何故か兄上はギゼルバン、香草の一種で苦味が特徴的で料理などに使われる。アクの強い素材のアクを消す……兄上がそんな食材を食するはずもないのだが……
 飲むと毒舌が達者になるのだろうか……そんな事を考えて、心の中で頭を振った。
 取り敢えず二口飲んだし、礼にかなっているだろうとグラスを置いて兄上のほうを見る、あまり正面からじっくりと観たくはないが。嫌いなのではなく、怖いだけだ(力説)
「日付の感覚が悪くなっているようだな、ゼルデガラテアよ。本日はお前が潰してくれた余と正妃達との婚礼初日だ。その日に合わせて執務を調節しておいた為、本日を含めて五日間、余の身はなんら予定がない。お前が相手をせよ、ゼルデガラテア」
 そういえば、イネス公領から出て三ヶ月かけて帝星に戻ってきて、三ヶ月幽閉されたんだから……半年経過しているな。でも……
「潰れた? えっとあの三正妃は」
 俺が潰そうとしたのは第四正妃との婚礼であって、その他三正妃との婚礼は潰れるはずはないのでは?
「教えてやろうゆっくりと。時間もある」
「えっ……あ」
「本来ならば執務に戻る所だが、休日だと思って休んでくれと嘆願されたのだ。お前は三ヶ月間休んでいたのだ、暫く余の相手をしていても平気であろう」

 こんな状況になるのなら、強制収用労働所(死刑執行惑星の事)に三ヶ月間放り込まれていた方が良かったです。
『ご愁傷様』
 来る時に言われた言葉を思い出しながら、今日を含めて五日間の茫洋たる前途に亡羊していた……笑えないな……

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