PASTORAL −5

 軍靴を履いていた武官はクロトハウセ弟大公で、サンダルの方はカルミラーゼン兄大公。
 まさか、三人が揃うとは思いもしていなかった。
「挨拶受け取ろう。要件は」
 俺は膝を付いたまま、小さく息を吸い込んで(陛下の前で大きい深呼吸など、してはいけない/普通はしない……よし! 突っ込めるくらいの余裕はあるな!)
「既にご存知かも知れませぬが、イネス公爵家の事でございます」
陛下の両脇に立っている二名は、陛下のほうに視線を動かす。陛下と言えば相変らず黙ったまま此方を見下ろして……怖いと言ったらない。その視線に怯えつつ
「私が知った所では、陛下の帝妃となる予定のマイルテルーザは、正式なアルテメルトの子ではありません」
「アルテメルトが妻以外の者に生ませた子というのか。相手の名までは調べたか」
「クラティネ。我が妻にして、実の娘であるクラティネで御座います」
 言い終わった後、かなりの沈黙があった。それはそうだ、いきなり言った所で、簡単に信用してもらえる訳がない。
「確たる証拠は御座いませんが、マイルテルーザ本人が証拠となるでしょう。提出されたマイルテルーザの親証明は、偽造された物である可能性が高いと思われます」
「ガラテアよ」
「はい」
「しばしの間、其方は此処で生活しておくように。必要なものはシャウセスに命じよ。行くぞ」
 その言葉を受けて、俺は再び頭を深く下げた。三人が出て行った後も暫く動けないまま、頬を伝った汗が床に落ちて弾かれたのを観て、やっと一息つく。顔を上げて、室内を見回す。何の変哲もない、一施設の一室、一時だけ玉座となった場所とは思えない、質素な場所。
 現状を逐一説明してもらえるとは思ってはいなかったし、何より俺に説明している時間があるなら、対策を練った方が良いに決まっている。
「所で“しばし”ってどのくらいの間なんだろう」
 誰もいない室内で、軽く拘束(軟禁とも言う)されている自分未来を、なんとも言えない気分で呟いた。
 イネス公も何らかの手を打って来た事による、軟禁なのはわかる。それらしい理由をつけて、報告に来たに違いない。
 それでどうなったかと言うと、三ヶ月程の軟禁生活……だが、第四人工惑星全てを与えられていたので、生活するのには何の苦痛もなかった。
 室外に出ることも可能であるし、室内で読んでおくようにと渡された物に目をと通したり(主に遠征軍の事。近々遠征……親征があるようだ)気楽な毎日。全く外界の情報は与えられなかったが。
 シャウセスも報告無用と命ぜられている為に、俺が聞いた所で答えてくれたりはしない。それでも当事者の一人なのに、蚊帳の外に置かれている事を哀れに思ったのか、
「宮中公爵の勝ちは決まりですので、ご安心を」
 それだけは教えてくれた。その言葉を頼りに、俺は毎日を過ごし三ヶ月。
「明日、ガラテア宮中公爵が宮中に帰還する事が決定いたしました。戻られましたら直ぐに陛下へ拝謁を、その後陛下からお言葉あるそうです。私が申した所で何の慰労にもなりませぬが、長の監禁生活、御疲れさまでした」
 帝星防衛主任ルライデ弟大公が報告にきた、貴族は通信では連絡を済ませないものなので、わざわざ人を派遣するのだが……このクラス(皇帝の実弟大公)が来るとは、ご足労をおかけいたしました、本当に。
 そして、完全に片付いたようだ。
 結末はあまり知りたくは無いが、阻止するというのはあの親子と当人には罪のない……俺と同じで生まれてきた事が罪だろう娘が、処刑される事になるのは知っていた。
 処刑命令を出したのは初めてではないし、自身の手で人を処断した事もある。
 書類上だけ、一度も交渉のなかった、会話すらしたことのない妻。彼女とその家族が、俺が報告したことによって処刑されたとしても、何の感情も湧かない。
「妻になってくれなかった事を感謝する。クラティネ」
 翌朝、久しぶりに数人の手で着せられる(一人では着られない)宮廷服に難儀しながら、少しだけ不思議に感じていた。着衣は階級によって違う、概ね偉い人の服は長くて派手、そうでない人は地味で短い。
 最上の着衣は皇帝陛下(大皇、皇太后や皇太君などは別として)次は「大公」と「四大公爵」の着衣、この二者は同じ格の着衣を身につける。
 事細かに言えば長いし、俺も細部まで覚えている訳じゃないが、一例を取ると陛下のマントは何処まで長くても良いのだが、大公と四大公爵は自らの身長の1.85倍と決まっている。
 最も何処まで長くて良くとも限度というものがある、大体の陛下は自らの身長の倍程度としている。現陛下は身長が206cmだからマントの長さは412cmくらいが基本とされ、日常衣用マントの長さとなる。あとは式典の格によって、長さを調節されるのだそうだ。
 俺が許可されているのは宮中公爵だからマントの長さは自分の身長の1.62倍。細かい数字だが、貴族の階級は細かいので必然的にその手の数字も細かくなる。
 不思議なのは、この着せられたマントが何時もより長い事。俺がいつも身につけていた正装よりも、少々長いのが気になったものの、それを着せてくれている召使達に聞いた所で答えが返ってくる訳もない。
 この着衣は昨晩ルライデ弟大公が直接運んだもの、間違いの一つもないだろう。最後に飾り立てられたトルコ帽を被り(髪が短い男性貴族の必需品)移動艇へと乗り込んだ。第四人口惑星と帝星との距離は400,000km程なので、離陸したかと思えば即着陸態勢に入る。
「苦手なんだよな、謁見」
「陛下への謁見が叶わない私なぞには解かりませんが、何となく心中お察しいたします」
 移動艇の操縦者が、そう言って此方を振り返り、小さく頭を下げた。何処からどう見ても彼の表情は『ご愁傷様』と言っていた。

 因みに、誰でも使える連絡艇は簡素だが、移動艇は貴族の乗り物なので豪華で操縦者も付く。


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