PASTORAL −172

「おいっ! シャタイアス!」
「何だ、ゼンガルセン……朝早くから……」
 親子で仲良く寝ていた早朝は、軍靴の音で始まった。
 シャタイアスの宮には当然立ち入る事が出来る設定となっているゼンガルセンが、勝手に入ってきて寝室まできて二人をたたき起こす。
 二人が一緒に寝ている状況に、
「シャタイアス……お前……ペデラストだったのか。帝国最強騎士でそれなら二人目だが。ああ、だからハイジが気に食わなかったのか。アレは体だけは良い女だったがな」
 ほう? といった感じで声を掛ける。
「バカ言うな、息子だ」
「知ってるわ! おい! シャタイアスの息子」
「デファイノス伯爵ザデュイアルです……公爵殿下」
 夢の世界から引きずり出すには十分な声だが、何が起こっているのかは理解できないザデュイアルは、何とか挨拶をした。
 主君相手にベッドの上で挨拶は、はっきりいって礼儀知らずだが、ゼンガルセンはそんな事はどうでもいいとばかりに命令を下す。
「ではデファイノス伯爵、お前が名代で皇君の母親・宮中伯妃を引っ張って来い!」
「ゼンガルセン!」
「あの第三皇子、昨日になって自分が “皇君” である事を知り、ただ今大荒れだ。サフォントやその他のヤツラの顔を見れば、体に害が出るほど興奮するってんで、落ち着かせる為に宮中伯妃を呼び立てる事になったんだよ。そういう理由だ、急いで行けデファイノス伯爵」
「御意」
 ゼンガルセンの個人的な理由ではないのなら……そう胸を撫で下ろすシャタイアスに、
「シャタイアス。お前は急いで機動装甲に入れ。皇君に “陛下の御意志” を届けるのを忘れていたのがカウタだと判明し、クロトハウセが “カウタを殺して私も死ぬ!” と騒ぎ出して、機動装甲に搭乗しかかっている。あいつの事だ、帝星に向かってミサイル打ち込みかねん。止めろ、シャタイアス。最悪というか機会があれば殺してしまっても構わん。クロトハウセを殺す絶好のチャンスだ」
 いつも通りの攻撃的な命令を下す。
「御意。殺せたら殺しておこう。後のデバラン対策はお前に任せて。ところでお前は?」
「サフォントは式を延期する気も、止める気もない。よって本日も予定通りの儀式が行われる為、我はそちらに出席せねばならぬ。行け! 両者」
 その声を受けて、シャタイアスはベッドから飛び降りて駆け出していった。
「……公爵殿下、一つだけ宜しいでしょうか?」
「なんだ、デファイノス伯爵」
「何で、私のことオーランドリス伯爵の息子だと知ってらっしゃるんですか?」
 父親ですら “え?” といった顔で見たのに、赤の他人に等しいゼンガルセンが自分のことを知っていると言い切ったことを不思議に感じたのだが、
「当然だろうが、シャタイアスは我よ。あれは全て我のもの、あれに連なるものは全て我のものよ。覚えておけ、我が家臣よ。お前は他人だが、あれは我のものよ」
「……」
「お前は出かける用意も一人ではできまい。小間使いを隣の宮に用意した、移れ」
 それだけ言い、ゼンガルセンは背を向けて去っていった。
「俺じゃなくて……あの人の子だからねえ……レハ公爵が嫉妬するのもわかるわ……さてと……さあ、王族の端に連なるものとして、使者を務めるぞザデュイアル! 失敗するなよ!」
 ベッドから降りたザデュイアルは “貴族の子弟” の顔となり、急いで隣の宮へと向かった。

− ゼンガルセンと私のどちらが大事なのかしら!

『自分のこと大事にしてくれる人の方が、大事だと思うよ……王女だからって無条件で愛されるわけじゃないだろうしなあ』

「朝早くから、申し訳ございません」
 ザデュイアルが到着すると、
「準備は整っておりますので」
 宮中伯妃はすでに準備を整え、家の前で待っていた。
 自分の祖母と同じ年の宮中伯妃に頭を下げ、挨拶をする。
「それでは。申し遅れましたが、私、リスカーフトーフォン公爵より名代を務めるよう言い渡されたデファイノス伯爵ザデュイアルと申します。皇君殿下の御母堂をお迎えに上がるには身分の足りぬ私ではありますがお許しください」
 車に乗せて隣に座り、宮殿に向かう途中、無言なのも失礼だろうと、
「この度はおめでとう御座います。ご子息が皇帝陛下の配偶者に選ばれるなど……」
 当たり障りのないお祝いを言いながら、途中で気づいた。
 男が男皇帝の配偶者に選ばれた事 “おめでとう” と言っていいのだろうか?
「ありがとうございます、伯爵」
 六歳の常識的な伯爵には、それを判断する術がなかった。
「いいえ……初めてのリスカートーフォン公爵殿下の名代でして、お相手を務めるにも何分世間知らずな若輩者で」
「そのような事はないでしょう。そう言えば、その節は息子がお世話になりました。伯爵領内での移動を自由にしてもらったりと便宜を払ってくださったそうで。息子が任務を遂行できたのは伯爵のおかげです。重ねて感謝申し上げます」
 そう言って微笑んで頭を下げた宮中伯妃を前に、

 この人の息子なら、皇太子殿下の人格形成には良いかもなあ……

 そう思ってしまったザデュイアルだが、宮中伯妃と息子は全く別物。彼がそれを知るのは、もっと後の事。

 挙式三日前に[銀河帝国皇帝と結婚していた、及びこれから挙式に参列する身]であることを知り、混乱の頂点に達し精神安定用の器械や薬を用いたが、その興奮状態が治まらないエバカインの元へ最終兵器たる母が現れた。
「エバカイン!」
 皇君宮ではなく、違う屋敷に置かれたエバカインは訪れた母親に、
「母さん!」
 駆け寄ってくる。
 その息子を前に、部屋を見回す宮中伯妃。
「こんなに部屋を壊して! 何してるのよ!」
 おとなしいエバカインだが、決しておとなしいだけの人間ではない。
 いやな事があれば逃げたくもなるし、逃げるためには暴れることもある。近衛兵になれる能力を持つエバカインが暴れるのだ、当然取り押さえるのも至難の業。
 何より二日後には陛下の華燭の典に参列するお方、押さえるほうはどうしても力を制御してしまう。結果エバカインに暴れる自由を与えてしまい、部屋は壊れ放題だった。
「あっ! あのさ! 俺、け、け、けっ! 結婚する……じゃなくてしてた! 結婚! それも兄上と! あ、兄上って、皇帝陛下なんだよ!」
「知ってるわよ」
「何で皆知ってるのに! 俺だけ知らないんだよ!」
 この世の終わりのような声を上げて、当事者である筈の自分が知らなかった事を嘆くが、
「あんたがマヌケだからじゃないの?」
 母はいつも通りだった。
 そのいつも通りさに、少しだけいつもの自分を取り戻したエバカインは言う。
「普通、思わないだろう!」
 それが真実だろう。
 男皇帝の正式な配偶者に男の自分が選ばれる。
「そうね。そんな事考えるような人間じゃない事は、私が良く知ってるわ」
 そんな事、考えるほうが珍しい。
「あ、明後日結婚式って……」
「決まってるんだから仕方ないでしょ」
「そーだよなー」
 がっくりと床に手をつき項垂れる息子を眺めながら、母は口を開いた。
「あんたがごねるのは勝手だけど、迎えに来てくれた伯爵から聞いたけれど、陛下はこの式が潰れれば二度と結婚なさらないと一年も前に宣言なされているそうよ。あんた、陛下の結婚を潰しにかかってるの、解ってる?」
「あ、う、あ……」
「陛下はお優しいから、こうやってごねてる弟を説得してくれとわざわざ御自分で連絡を下さって……嫌われて配偶者になるわけじゃないんだから、少しはマシじゃない?」
「母さん……」
「どうしても嫌だったら、嫌って陛下に言いなさい」
「だ、だって、そんなこと……で、できない……だろ……」
 陛下のご決定は俺如きが覆せるわけないし、そんな事できないし……呟く息子に追い討ちをかける。
「その時はその時。最悪処刑だけれど、その位の覚悟は出来て “ごねている” んでしょうね」
「あ……ああう……」
「まさか、そんな覚悟もなしに “イヤー” とか言ってたんじゃないわよね」
「あうあう……」
「陛下の御意志に逆らう事、それ即ち “死を意味する” そのくらいは、知ってて拒否してんでしょうね」
「…………」

「ごめんなさいでした……」

 落ち着くというよりは しなしなになってしまった息子の傍に膝をつき、顔を両手で挟んで “やれやれ、仕方ない子ね” と話し続ける。
「全く。いい、結婚式は出席する。それから先のことは、その後に一緒に考えましょう」
「う、うん……」
「本当に、死ぬほどに嫌で死にたいってなら、それを選ぶのも仕方ないわ。私も今から覚悟決めておくから」
「母さんは関係ないだろ」
「あんたの馬鹿さ加減には、涙も出てこないわよ。あんたは既に陛下の正配偶者。その正配偶者が結婚が嫌で自殺した……なんて公式発表できると思うの?」
「で、出来ないです」
 陛下との結婚が嫌で自殺しましたとなれば、公式発表は事故にされて、後はその類縁が連座して罪を償うことになる。
 皇帝に対しての不敬となれば、当人が自殺した程度では解決しない。母である宮中伯妃は、現在は他人だがその類からは逃れられない。その立場から死を賜るほどまでいかなくても、生涯幽閉くらいは当然の事として与えられる。
「あんたが陛下と結婚するのが嫌なのは、自分が全く知らないまま話が進んだことなのか? それとも男同士なのが嫌なのか? 皇帝の正配偶者としての責務や、受ける嫉妬を考えると面倒なのか? もしくはそれ以外なのか? とにかく、自分が結婚を拒否したい理由だけはしっかりと考えなさい。解ったわね」
「うん……」
 母にそう言われて、初めて[自分は何が嫌なのか?]をゆっくりと考えてみようと、やっと落ち着いたエバカイン。その表情に、
「じゃあ私は一度帰るから。明日までには、しっかりと考えを纏めておきなさいよ」
 そう言って持ってきたバッグから、連絡を受けてからサラサラに手伝ってもらい作ったサンドイッチを手渡し、
「まず食べなさい。まずはそれから」
 暴れてやつれた息子に言った。
「はい……母さん」
 受け取ったエバカインは立ち上がり、帰る母のために扉を開く。
「なに」
「ごめんなさい」
「いいわよ」
 サンドイッチを抱えた息子が手を振るのを背に、宮中伯妃はその場を後にした。

 息子を宥め終え、廊下を歩いていると、
「エミリファルネ宮中伯妃、謁見の間においでください」
 離れたところにいたこれぞ貴族といった若い女性に声を掛けられ、宮中伯妃は頷いてその後に従う。
「失礼ですが、貴方のお名前は?」
「カシエスタ伯爵ラバイゼルタルハと申します」

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