PASTORAL −173

 “皇君が真実を知らなかったことが判明した。事実を前に混乱の極に居るので、落ち着かせるように” 早朝に入ったその連絡を受けて、宮中伯妃は大急ぎで準備をして、迎えに来た怜悧な刃物のような子供と共に、宮殿へと向かった。
 それを見送った四人のお留守番は、明日にはお暇する家の掃除に精を出していた。
 そんな中、中庭に佇んでいるラウデに、バケツを持ったサンティリアスが声を掛ける。
「どうした? ラウデ」
「いや……俺はこの家にお邪魔したことはなかったが、弟がな。“家の中に庭があって、大きいんだ!” 言っててな……」
 ラウデは殆ど弟の事をサンティリアスに語らなかった。
 語ったのはこの時一度だけ。
「そうか」
「ああ」
 花咲く中庭で子供二人と母一人、此処に幸せな時間があったのだろうと、サンティリアスは目を細め、顔も知らないラウデの弟に思いを馳せた。馳せたついでに、もう一人の当時の子供・エバカインに、眉間に皺を寄せ、
「それにしても……皇子、知らなかったって……」
 信じられない事実を思い出し、持っていた普通のバケツがとても重くなった気がして、地面に置き自分もしゃがみ込む。
 何故あの状況で気付かないのか? 周囲の誰もが知っていたというのに、当事者が全く理解していなかったとは……皇族はそれで良いのだろうか? とまで思ったが、
「あの人ならそれもアリかなあ……と思ってしまう」
 ラウデの言葉を聞きながら、サンティリアスはあの日見た皇帝と、此処まで気付かなかったエバカインを比べて、全く違う者なのだろうと。
それに、自分が皇君であるとは知らないでも、必死に兄である皇帝に認められようと、兄である皇帝に無用な人殺しをさせたくはないと必死だったその姿を思い出し[嫌いじゃなさそうだから、大丈夫だろうよ]判断した。
「俺も思う。皇子なら気づかないまま一年くらい、平気で過ごしても……笑って済ませられるような。本人が一番大変そうだけどよ」
「まなあ。寄りによって陛下との挙式三日前に真実を知るとは……普通は考えない」
「普通は男皇帝、異母弟と結婚しないんじゃないか?」
「それ以上言うな、サンティリアス。言ったら駄目だ、陛下に関しては駄目だ」
「おう……」

 一年間、気付かなかったエバカインが確かに間抜けだが、一年間、意図せずにエバカインに気付かせられなかった皇帝もまた……

 ラウデとサンティリアスが、口にしたら不敬罪になる想いを馳せている時、サイルとサラサラは玄関を掃除中だった。
「誰だろう?」
 そうしているうちに、玄関のベルが鳴らされ二人は顔を見合わせる。
 玄関と門で会話できる通話機がある、使う事もできる、だが言葉遣いが駄目だった。
「今は居ません……じゃなくて、ご在宅ではありません?」
「何か違わない? 兄さん」
 自分でも絶対に違う! と感じていた兄サイルは、妹の言葉に力強く頷いて、
「ラウデとサンティリアスに任せよう! おーい! ラウデ! サンティリアス! 宮中伯妃様のお客様が。貴族だったらマズイから、お前達が対応してくれ」
 走りながら二人を呼びにいった。
 二人は勝手に貴族が来たと思い込んだのだが、宮中伯妃に貴族の知り合いは殆どいない。
 よって来訪者は、貴族ではない可能性のほうが高く、今回の来訪者も貴族ではなかった。
「あの〜その〜」
 通話機を前に震えている男に、妻が叱咤する。
「早く確りといいなさいよランチャーニ! 済みません、ここは宮中伯妃様のお宅で間違いありませんか!」
 訪ねて来たのは、ランチャーニとカルミニュアル。
 二人は宮中伯妃とは面識はないが、此処に滞在している四人とは面識があった。
 サイルに呼ばれて玄関を開けたラウデは、
「おう! 久しぶり」
 意外な来訪者に、軽く声を掛ける。その声につられて、玄関の影になる部分に隠れていたサラサラが顔を出し、
「元気にしてた? カルミニュアル」
 滞在中仲良くなった、カルミニュアルに駆け寄る。
 久しぶり! と女性特有の高い声で再開を喜び合っている脇で、台車に乗せた箱に向かって話しかけているランチャーニを男三人は横目で見ていた。
「元気だったよ! サラサラは大変だったんだって?」
「たいしたことないよ。今になってみれば、撃墜されかかったのも国境線を無許可で越えたのもいい思い出よ!」
 そんな思い出、あまり作られても困るのだが。兄はそんな事を思いつつも、女同士仲良く話している二人を見つめていた。

「久しぶりだな、ラウデ。大変だったらしいな」

 二人の後ろからため息とあきらめが混じった声で、旧知に声を掛けてきた医者は、
「よぉ……キャセリア。久しぶりだが……どうしたんだ、その逃走防止用の首輪は」
 奇妙だった。
 格好は普通だが、逃走防止用の首輪がつけられている。“こんな首輪つける趣味があったんだろうか?” 上下を眺めているラウデに、
「あ、うあ……実は俺、第四皇子に献上されるらしい」
 多くは語りたくはないといった雰囲気で、だが事実を告げた。
「は? クロトハウセ親王大公殿下に? 何でお前が」
 告げられた方は、推察する能力が優れていたのでキャセリアが『軍人皇子に医師として仕えるのではなく、同性愛者の親王大公に仕える』ことを、言い辛そうな態度から感じ取り、それ以上、何も言わなかった。
「まあその……第五皇子の怒りに触れた……らしい。その……元気でな、ラウデ」
「ルライデ親王大公殿下の? 一体何が……。そうだ、俺奴隷になったんだ」
「戸籍上か?」
「そうだ」
「安心しろ、俺もある意味奴隷だ」
「そうだな」

 聞こうが聞くまいが、言おうが言うまいが、彼等には抗う術も、手助けする力もない。事実はありのままに、この先を生き抜くが大事だった。

「サンティリアスさん、お願いがあるんですよ」
 主が出かけている他人の家なので “中に入って” とは言えず、七人は門と玄関の間で話をしていた。キャセリア達は用件を済ませたら、直ぐに戻ってくるようにデルドライダハネに命じられていたので。
 “陛下のお式を、宮殿から見なさい。皇君にも会えるように取り計らってあげるから。でも一回だけだからね!”
 ランチャーニとカルミニュアルの主となってくれる王太子は、根っから優しい人である。その優しい主は、ある事を命じていた。それが、彼等が此処に来た理由でもある。
「何だ?」
「トコヤマさんを旅のお供にしてくださいませんか?」
 台車に積まれていた箱の中には「トコヤマ」
 キラリと光る赤い眼をした、羊型。
「……なんでだ?」
 作ったランチャーニは、トコヤマとても大切にしていた事、一時期共に暮らしたサンティリアス達は良く知っている。
「えーと……キャセリアさん、説明お願い」
「お願いしまーす」
 別れが辛いと泣き出したランチャーニに “まだ何も言ってないでしょ!” 叱りながらカルミニュアルはキャセリアに説明を託した。
 確かにランチャーニに説明してもらうよりかなら、キャセリアが説明してくれた方がわかり易いだろうな……咽び泣いているランチャーニを見ながら、四人はキャセリアに視線を移した。
「あのな、お前たちが飛び立った後、テルロバールノルの王太子殿下と親王大公殿下がおいでになられた。派遣してくださったのは皇君殿下。サダルカンの残党を取り逃がしたのを気にしてられたようで、部隊を派遣してくださった。その部隊を王太子殿下と親王大公殿下が率いてきた。実際倒したのは、王太子殿下であらせられたが。その後、王太子殿下が開拓惑星群全てを回られて、強盗団をボッコボッコになさられた。でもこういったのは、叩いても管理が確りしていないと直ぐに違うのが根城にするからキリがない。だから、あの開拓惑星群をご自分の領地になさる事を決められた」
「決められたって、あれって……ええ?」
「これから陛下に直談判に行くと……収益も何もない、この先50年は赤字決済間違いなしの惑星群だが、ご自分の資産で開拓を本格化させてくださるらしい」
 ツンデレ王女だが支配者としての素質は一級のデルドライダハネは “良いわよ別に。私のお金を開拓に使ったって、誰も困りはしないでしょう。それに確りと開発すれば、私の孫の孫の代あたりには、黒字になるんだから。だからあなた達は気にしないの、良いわね? ルライデ! 開発用の人員集めてきてよ!” 決めたら行動に移すのも早い。
「良かったな。願ってもない事だろう」
 後にそこはテルロバールノル王領エンパル星域と名が付き発展を遂げた。
 ランチャーニとカルミニュアルの居た惑星は “開発頑張ったから、特別よ!” そうデルドライダハネ王が夫の大公位を惑星の名とし、テルロバールノル王族の保養地として美しい自然がそのまま保護されることになった。
「これ以上ない最高の状況になったが、そうなると規律を守らなきゃならなくなる。アンドロイド、特に戦闘能力を有しているのは一般人の所持を禁じられているし、自家製なんて持っての他だから、トコヤマはどうしても処分しなけりゃならない」
 支配者が現れ、安全が確保されるという事は、今まで許されていた事が許可されなくなることもある。
 デルドライダハネは支配者である以上、その線引きを確りとしなければならない。よって、トコヤマの処分を決めた。
「なるほどな」
「だが、今まで村民の平和を守って、農耕機としても働いていたトコヤマ卿を」
「トコヤマ卿? 卿って貴族の事だろ?」
「何か、尊敬に値する動物には全て卿をつけるのが、伝統だとか。あれだろう? 多分、この帝星の衛星の一つ犬卿の名残だろな」
「あ〜はいはい。で?」
「王太子殿下はトコヤマのために最善の策を考えなさいと親王大公殿下に命じられた。それで、親王大公殿下は “彼等に預けたらいかがでしょうか?” 非認可船のお前たちに。非認可船ならトコヤマを隠せるし、万が一何か事件に巻き込まれた際にも、トコヤマが戦ってくれるしと……その、お前たちに引き取らせろという事らしい」
 “本来なら破壊してあなたも逮捕だけれど、まだ支配確定前だから特別にね”
 その特例を許してもらった以上、ランチャーニには頷くしかなかった。村の人達の安全とトコヤマを天秤に掛けるわけには行かない、その事はよく理解していた。
「いや、俺達が断ったらどうするんだ」
「犬卿の衛星に置くといっていた」
 犬卿の衛星とは、元は帝星奴隷の居住区で、そこで誕生したのが皇后ロガ。
 後にその衛星は奴隷の居住区ではなくなり(皇后生誕の地の為)閉鎖され、犬卿の衛星として今も帝星の周りを回っている。
「お友達がたくさんいるなら良いんですが、犬卿衛星って言うんですか? その衛星は誰もいないって聞きました! トコヤマさん一人っきりにしたくないので、是非お願いします! 本当は、一緒に旅すればいいのでしょうが!」
 涙と鼻水で手の施しようがない、直視し辛いその顔にサイルはカルミニュアルに雑巾を手渡し “捨てるだけだから、気にしないで拭くといいよ” 言った。
「お前さんがいても役に立たないからな、ランチャーニ」
 カルミニュアルは “どうも” と受け取り、夫となったランチャーニの顔を擦る。拭くではなく擦るあたりに、この夫婦の上下関係が伺えるというものだ。
「壊せって言わないだけ、優しいな」
「そりゃそうだ。俺達とトコヤマをわざわざ同じ宇宙船に乗せて此処まで連れてきてくださったくらいだし。本当は王太子殿下が直接お前達に話される予定だったのだが怪我なされたので、代わりに逃げそうな俺に逃走防止用の首輪をつけて寄越した」
 キャセリア、逃げる気はあったのだが、惑星から小型医療艇で逃げようとした際にデルドライダハネ王女が機動装甲で追いかけてきたので諦めた。
 “細かい部隊で追われるより、圧倒的な力で追われた方が諦めもつくでしょう”
 兵力を小出しにしないその姿勢、立派だが何か間違っているような気も……。本人がそれで宜しいのならば、宜しいのだろうが。
「怪我?」
「ああ。帝星近辺で機動装甲戦があった。それが[帝国最強騎士 対 帝国軍総司令長官]帝国最高の一騎打ちで、熾烈を極め他の宇宙船が帝星に降りられない状態になっていた。それを王太子殿下が止めに入って怪我なされた。挙式に参列なされなければならないし、開拓惑星群のこともあれば、辺境任務にも急いで戻る必要があるという事で、此処は俺が任せられた」
「帝国最強騎士と帝国軍総司令長官? オーランドリス伯爵とクロトハウセ親王大公殿下が? 何でまた」
「理由は知らんが、他にも宇宙船が右往左往していて大変だった」
「へぇ……」

− まさか、皇君絡みじゃないよな……いや、でも……

四人はそう思ったが、何も口にはしなかった。

backnovels' indexnext