PASTORAL −166

 ダーク=ダーマから護送船に乗り換え、帝星の近くにある刑犯罪者収監人工衛星に移された。
「待遇いいねえ」
「まあな。昔はこんなに待遇よくなかった筈だが」
 そこは先ごろまで押し込められていた刑務所とは全く違う刑務所だった。
「何度でも捕まりたくなるほどのアメニティだよね」
 サイルがそう呟きたくなるほど、部屋は清潔、作業所では無理なく作業させられ、食事は美味しい、そして刑務官は誰一人として暴力的ではない。
「何言ってんだよ、サイル。これは軽犯罪でも初犯用の棟だ。二度目になると、また別の棟に収監されるはずだ。段々と劣悪じゃなくて、厳しい環境になるらしいぞ」
 広いとは言えないが二人部屋にラウデとサイルの二人だけが収監されている。その当然の事も嬉しかった。何せこの前までは二人部屋に十五人。ラウデの話では、六人部屋に四十人押し込んでいた所もあると聞き、サイルはげんなりとしたものだ。
 刑務所の心地よい居住空間に酔っているサイルに、強制的に刈られた髪が伸び始めた髪をつまみながらラウデが答える。
「厳しいって?」
「空調設備80%しか稼動しないとか、酸素が薄くて苦しいらしい」
「うわー」
「その低酸素で鍛えた犯罪者を、兵士にして戦場に送ったりするようだ……そう言えばお前、そろそろ徴兵だな」
「そうだった。すっかり忘れてた……しばらくお別れだね。永遠のお別れにならなきゃいいけど」
「縁起でもないこと言うな。その間、どうしたもんか」
 非認可船の乗組員は、結構入れ替わる。徴兵にかかり軍務についている間、仕事をしないわけにもいかない。その仕事が遠くなれば、再会する確率は低くなる。
「俺とサラサラは出来るだけ物価の低い惑星で、互いの帰りを待つ……ってことになるだろうな。俺が終わるのと入れ替わりでサラサラは徴兵されるし。終わるまで俺も軍に残ってればいいのかな」
「止めておけ。生きてるなら期間内で止めろ。職業軍人でもあるまいし」
 そんな話をしていると、足音が近づいてきた。それは二人の牢の前で止まり、
「出所が明日に決まったぞ」
「明日?」
「ああ。ゼルデガラテア大公殿下の特赦によるものだ。感謝しろよ」
「そりゃもう!」
 必要書類を入力するための端末を “出所時間までに書いておくんだぞ” 言葉と共に受け取り、
「さて、書いて細かい荷物まとめるか」
 二人は狭い室内を活動的に動きまわり始めた。
 翌朝、特赦の恩恵を受ける者達は部屋に食事が運ばれ、それを食べてから荷物を持ち、看守に連れられて集合場所へと向かい必要事項を入力した端末を提出し、それに不備が無いことを認められたあと、無事に出ることが出来た。
「中は快適だけど、やっぱり外がいいや!」
「何度でも捕まりたくなるって言ってただろうが」
「それはそれ、これはこれ。あれ?」
 二人は帝星に向かう定期船に乗るつもりだったのだが、そこに出迎えが来ていた。
「ラウデ! サイル!」
 嬉しそうに叫ぶ二人に駆け寄っていく二人。
「見て見て、新しい宇宙船」
 サラサラが指差した先には[タースルリ]の文字。
「どうしたんだ、これ?」
「買ってくれたんだよ」
「誰が?」
「皇子が」
 サンティリアスは最新ではなく二つほど前のモデルを買ってもらった。
“それでいいの?” というエバカインの問いに “最新鋭は部品が高値だから、少し前の方が良い” と答えると “そういう事も考えてか。凄いな! そうだ、宇宙船に名前入れる? 前宇宙船に書いてたよね” という申し出を受けて、登録もしないのに名前も入れてもらった。
「簡単に買っちゃったの。カード出して、それで終わり」
 登録料払うよとも言ってくれたのだが、更新料などを考えると小型の貨物船一隻ではとても支払えない。
「まあ、なあ。銀河帝国の支配者階級でも上位の方が、民間船買えないってことはまずないだろう」
 “更新料も払えるよ、五十年分くらい一括で払っておこうか?” と言ってはくれたが、それは二人ともありがたく辞退した。
 四人は新しい船の試乗をかねて、それとエバカインから貰った通行許可証で帝星の周りをゆっくりと三周ほどして、宇宙港に停泊させてそこに宇宙船を預けた。それから降りて、
「ラウデ」
「何だ」
 サンティリアスは向き直り、
「宮中伯妃様がお待ちだ、行くぞ」
 これから陛下の挙式前日まで宮中伯妃様の家に滞在する事が決まっているのを告げる。
「ちょっ! 待て! 俺は公園にでも寝泊りする!」
 突然、かつての想い人の家に行くと言われて、反射的に拒否するも、
「陛下の挙式前だから、警戒厳しいぞ。刑務所から出て直ぐのお前が、公園で野宿してたら即職務質問の後、宿無しってことで簡易宿泊所あたりに押し込められるだろが」
「そうだな……」
 サンティリアスに腕をつかまれて、引かれながら、
「また俺に迎えにいけってのかよ。あきらめて付いて来いよ。会いたくないわけじゃないんだろ?」
「そりゃまあ……な」
 諦めて従った。
 昔プロポーズした女性の家に、男の恋人と一緒に泊まらせてもらう……その男の心中、余人には計り知れない。
 かつて一度も訪れた事のない、宮中伯妃の自宅。そこの門を通り、
「ただ今帰りました」
「始めまして、お邪魔します」
「失礼いたします」
 おのおのが挨拶をすると、入り口近くの庭から声が返ってきた。
「おかえりー!」
 そこには、麦藁帽子を被り首にタオルを巻いて手袋と長靴を履いてしゃがみ、鎌を手に持っている、
「たっ!」
「たいこう? でんかぁ?」
「一体何をなされていらっしゃるのですか? 皇子!」
 エバカイン・クーデルハイネ・ロガ。皇子にして皇君。彼は特に気にせずに、ありのままを答えた。
「んー草むしり」
 その答えに “そんな事くらい理解してますがな、聞きたいのはそういう事じゃなくて!!” 四人の動揺に気付かないまま、エバカインは、
「鎌買い換えようかな……でもまだ砥げば使えるし、もったいないかなあ……」
 皇子らしからぬ言葉を呟く。
 宇宙船を買い与え、更新料五十年分一括で払おうか? と言い、この人が集まっている最中の帝星で宇宙船の滞在スペースまで金を払って借りた皇子が、鎌を手に持って硬貨二、三程度の金額で買える鎌を新しくするべきかを悩んでいる姿は不思議なものだ。
「あら、お帰りなさい。無事で何よりだったわね……ラウデ」
「……お久しぶりです……宮中伯妃」
 久しぶりに再会した二人はそれだけ言うと視線を外し、
「初めまして、サイル。疲れたでしょう、中に入ってお茶にしましょう!」
「あ、はい!」
 入って頂戴と招く。
「あの……皇子は」
 ラウデがひたすらしゃがんで背中を曲げて、よいしょ、よいしょと草をむしっているエバカインに声をかけたが、
「先に入ってて。ここの草むしり終わったら入るから」
「水も撒いてきなさいよ」
「はーいー」
 天然でマイペースなまま。
 なんともいえない表情で、玄関からではなく庭に面している大きな窓から家へ入った。
 騒いでいるサイルとサラサラ、そしお茶の準備を始めたサンティリアスをチラリと見た後、再び窓の外で釜を持って動くエバカインに視線を向けた。
「昔から変わらないですね」
「少しは変わって欲しいんだけどね。まったくもう……」
「皇君になったからといって、変わるような皇子ではないでしょう。ご子息のご結婚、おめでとう御座います」
 皇君になった事自体気付いていないのですが。
「あんまりめでたくは無いけれど、ありがとう。受け取っておくわラウデ」

************

あんまり嬉しくないけれど、受け取っておくわ。何かのために役立つかもしれないから
− これは余の花だ。余の血に連なるという証明だ。何かあったらこれを出せばカタがつく。箱も余のものだからな
この人は銀河帝国皇帝だものね。受け取った箱の中身は小さな粒。白い秋桜の種……らしいわ
− 本当は抱いてやりたいところだが
誰が抱いて欲しいと言ったのかしら
− ケネスセイラが死んでから、出歩くのが大変でな
別に来なくて良かったのに
− 今度会うときは、もっと別の形で会おうなアレステレーゼ
そんな日は二度と来ないでしょうねクロトロリア

************

 庭に水撒きしたのに、何故か自分にかかってしまったという幼児のような事をしでかして戻ってきたエバカイン。
 叱られながら着替えて、絞りたてのメロンジュースを飲みながら “ふ〜” と息をつき、グラスを持ったまま書類ケースを取ってきて、中から端末を出して、
「サイルとサラサラ……実は、俺の練習台になってもらったんだが……」
 神妙な面持ちで話し始めた。
 手にはメロンジュースを持ったままだが。
「何のですか?」
「徴兵回避のやり方練習したくて、サイルの戸籍を復元する際に、それをさせてもらった。サイルは丁度今の徴兵にかかってて、その名簿から抜く練習。サラサラは名簿に入る前の状態で、リストに加えられないように手を加える練習。手近に戸籍があったからやらせてもらった」
「全部一人でやられたんですか?!」
「ああ。一連の流れを知りたかったからさ……その、勝手に使ってごめん。でも、実際やってみないと解らないからさ。架空の戸籍作ってやるのも変だと思ったから……だから、二人とも徴兵から外れた……いい?」
 勝手にそんな事して叱られるかな……と思っていたエバカインだが、両方から感謝の言葉。
「いえ、むしろありがとう御座いますって言わなきゃならないような」
「本当に良いんですか!」
 良かった! 勝手に戸籍を弄っても叱られなくて! そう思いながら二人の笑顔を眺めて、
「おう! 二人の分は俺が頑張るよ」
 残っていたメロンジュースを飲み干した。
「一人前でもないくせに、よく言うわよ」
「母さんってば……ソレ言ったら、一生無理だよ」
 言いながら飲み終えたコップを、テーブルに置いた。
 喜んでいる平民の二人を眺め “すっ” と息を吸ったラウデは、真剣な表情でエバカインの傍で膝をつく。
「皇子、頼みがあります」
「何、ラウデ? 俺にできる事だったら」
「おそらく皇子にしかできない事かと」
「……言ってくれ」


「私を奴隷にしてください」


 空気が一瞬にして熱を失った。
「ラウデ?」
「何言ってるんだ?!」
 サンティリアスやサイルが傍に近寄ろうとするが、そばに来るなと手で制して、エバカインを見上げる。その視線を受けたエバカインは、真直ぐに見返して、内容を聞き返す。
「奴隷になりたいと?」
「はい」
「理由は?」
「言わなければ駄目でしょうか?」
 ラウデが奴隷になりたい理由を聞いても、理解できるかどうか? エバカインには全く自信がなかった。
 ラウデは恐らくずっと考えていたのだろう。そして今、サラサラやサイルの戸籍に手を加えた自分を見て、依頼したのだと。大公としての権力としては小さなものだが、それを見せれば人は次々に依頼を持ってくる。
 それを見極めるのも必要。
 だが理由を聞いても絶対に解らないだろう事も理解した。
 わずかながら特権のある下級貴族から奴隷になる。その決意にいたるまでを聞くという事は、それにいたるまでの時間を要するだろう。そんな時間は誰にも無かった。
「いいや、言わなくていい。解ったよ、奴隷にすればいいんだね?」
「皇子!」
「考えてのことなんだろう?」
 長い歳月の悩み、そこに至るまで、そしてそこから奴隷になろうと決意するまで。
「はい」
 その短い一言にある揺るぎなさ。
「そっか……じゃ、サンティリアスと同じケシュマリスタ属の奴隷にするね」
「私は帝国領生まれですが」
「できると思う。ラウデに子供ができたら困るけど、サンティリアスと一緒だからそれはないよね」
「多分」
「多分ってなんだよ! 多分って!」
「絶対っていう男よりは信用できるわよ」
(宮中伯妃様がフォローって……なんともまあ)そんな事を思いながら、全員口を挟まなかった。
 何故ラウデが奴隷になりたいのか? 解りはしなかったが、奴隷になった後もラウデはラウデで、四人は仲良くやっていく。
 何年か後にサイルが開拓惑星の奴隷と結婚して船を降りた。その時、サラサラも一緒に降りて、二人はその惑星で生涯を終える。二人だけになったラウデとサンティリアスは、他の船と共にその惑星から飛び立ち、二人のところに帰ってくることはなかった。
 仲良くやってればいいね! 兄妹は夜空を見上げてあの頃を思い出しては語った。
「だから……二度と帝星には来られないよ……それでもいい?」
「私も警官やめてから、全く行ってはおりませんので……もしも宜しければ、弟の墓を偶に見に行ってやってくださいませんか。傍まで寄らなくて結構ですので」
「約束する、必ず参るから安心して。後はなんかある? ラウデ」

「ならばお言葉に甘えて……」

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