PASTORAL −167

「ならばお言葉に甘えて、それとは全く関係ないカンセミッションの事なんですが……まさか、あそこまで無鉄砲というか、その……悪いやつじゃあないんですよ。でもあれを貫くとなると、早晩殺されるのは目に見えているので。殿下、少しだけで良いのでアレに目を掛けてやってくれませんか?」
「そーだよね……心配しているラウデには悪いが、実はさレオロ侯爵を逮捕して護送中に宇宙海賊見つけて、そっちに激突したって報告が……ダーヌクレーシュ男爵がいてくれたから生きてたけど……運は強いよ、運は。今回だってダーヌクレーシュ男爵が傍にいたからさあ。でもなあ……」
 かつての上司達は、変わらない部下のその職務に対する真直ぐ過ぎる姿勢にため息以外出てこなかった。
「悪い事をしている訳ではないんですが、知り合いは胃が痛くなりますし、殺されたと聞けば寝覚めが悪くなるようなヤツでして……皇子のお力でどうにかなりませんか?」
「あいつに悪事働いてる奴等の階級を見極めろって言っても……無駄だよなあ」
「無理でしょうね」
 サイルは直接知らないが、少しだけサラサラとサンティリアスに聞き、場所を移されてからラウデに聞いて、何となく言っていることを理解できた。
 宮中伯妃は息子が仕事をしていた頃 “話してきた” 相手として覚えている。皇子にも臆さずに話しかけてくるその姿勢。おそらく、ちょっとどこか普通の人と違うんでしょうと認識していた。
 ラウデを奴隷にするのは手順を踏めばどうにかなるが、カンセミッションをどうにかするのは手順もなにもない。
 “全く後ろ盾がないから問題なんだよな。あれで、他人を怯ませるツテを持っていれば階級社会だからそれなりにどうにかなるだろうけど。誰があんな大貴族の臆することなく突進する平民を……”
「……そうだ! 一人空きがある」
「何が?」
「俺の側近」
「!」
 エバカインの側近は元から決まっていたサベルス男爵と、自らの力でなったカザバイハルア子爵だけ。
 基本的に三人まで側近を持つ事が可能ので、あと一人 “空き” があった。
「俺自体にそれほどの権力はないが、少しは保護できるだろ」
 他人任せにして守らせるよりかなら、自分の直接の部下にすれば命令もしやすいとエバカインは考えた。
「でもあいつ平民ですよ!」
「平民の側近もいない訳じゃないらしいよ。俺自身にはそれ程側近は必要ないし、アダルクレウスがいれば事足りそうだ……それに身分不相応ながらも子爵閣下も側近になってくださったし、正直もう必要ない。それに、あいつの性格なら陛下の前に出ても平気だろから、側近になっても全く問題ないだろう」
 “陛下の前に出ても平気だろう”
 それだけはサンティリアスもサラサラも同意できた。彼は絶対に皇帝相手でも “名前知りません! 知らなくてもいいんです!” 正直に言うに違いないと信じて疑わなかった。
「むしろ陛下に非礼を働きそうで……」
 ラウデもかつて部下だった頃のカンセミッションの武勇伝を思い出し、それは危険です! それだけは止めた方がいいです……と言うも、
「それは俺が責任追うからさあ……その、陛下への非礼なら注意のしようもあるんだが、犯罪者はなあ……職務に忠実なのを叱るのもなあ……」
 エバカインの決心 “らしい” ものは固かった。


 ヘス・カンセミッションはこうしてエバカインの側近となった。
 平民から側近になるものは、成績が飛びぬけていいのが常識なのだが、彼はそれすらなかった。彼は目を離せない突進型の真面目さだけで大公の側近となった。
 だが、その犯罪者に対し容赦せず、自分は法律で武装して抜け道を探すような事をしない性格がサフォント帝に気に入られ、彼等の庇護下で地味に地味に捜査・逮捕を続け、天寿を全うした。
 ヘス・カンセミッションの偉大な所として伝わるのは、決して大きな犯罪ばかりを相手にしなかったこと。
 皇帝や皇君の庇護下にありながらも、普通の犯罪捜査にも携わり続けた。本人にしてみれば普通の事だったらしいが、随分変わり者としてその名を残した。
 おそらく彼は、自分の名前が歴史に残った事自体、不思議に思っているだろうし、何より自分の名前が残ったなど思ってもいないだろう。
 彼は自分の職務に忠実であっただけであり、それは何も誇る事ではないと。
 彼の日記には自分が職務に忠実である事ができるよう、動きやすくなるよう、便宜を払ってくれた皇君に対して感謝の言葉があった。
 だが、皇帝に対してそれはなかった。
 何故なら、
 『皇帝が自分の国の犯罪者の逮捕に協力するのは当然ですから、感謝なんてしませんよ。当たり前でしょう? シュスターサフォント』
 それが彼の持論。
 彼はそれを正面をきって皇帝に言ったと、シャタイアス=ゼガルセアの手記に残されている。
 その手記にもう一つ残っているのは


『エバカイン皇子! 陛下の便座、金じゃないんですね!』


 シャタイアス=ゼガルセアの手記には、多数の暗号文が残されているので、これもその一つではないかとされているが……真実は同年代に生きた者達しか知らない。
 それが、暗号文などではないという事を。それは本当に口にした言葉だということは知る余地もないだろう。
 後世に解けぬ暗号文として残る[一文]を生み出したカンセミッションとエバカイン。ついでにこの一文を書き残したシャタイアスの真意、それもまた解けない謎であろう。多分、驚いて書き記してしまったのだろうが。
 取り敢えず、カンセミッションを側近にしたら “便座見せてやろうかなあ” と遠い目をしつつ、エバカインは実家で過ごす最後の夜、物思いに耽っていた。
 エバカイン、顔はいいので憂いていると、それなりに見えるのだが頭の中は “どの便座が一番派手かなあ……全部見せるわけにいかないし。でも尋ねるわけにもいかないし” そればかり。
 顔がいいというのは確かに得だが、変なことを考えていても憂い顔にみられるのは、誤解の元になる。
 そんなエバカインの憂い顔が “たいしたこと考えているわけではない” のを知っている母親は、窓際でぼーっとしている息子に声をかけた
「早く寝なさい。明日、宮殿に戻るんだから」
「あのさ、母さん」
 声を掛けられて柱時計に目をやると、深夜に近い時間を指していた。
 普通に寝て起きるだけなら問題はないが、宮殿に行くとなると、自分の家であろうが相応の格好をして戻らなくてはならない。
 その準備はなかなか時間の掛かるもので、手伝ってくれる母親の事を考えれば、もう寝ていなくてはならない時間でもあった。
「何?」
「近いうちに、帰ってきてもいいかなあ……」
「後宮で苛められるかなにかしたの?」
「いや、そうじゃないんだけどさ……なんか、陛下との距離感が掴めなくなってきて……ご迷惑をおかけしてしまいそうで……」
「何、馬鹿な事を言ってるのよ。まるで今まで陛下に迷惑かけてなかったみたいな言い方して」
 呆れたように宮中伯妃は言葉を返す。
 息子が “戻ってきたい” で戻ってこられるような立場ではない事を彼女はよく知っていた。
「いや、そ、そういう意味じゃなくてさ!」
 当の本人である息子だけが知らないのだが、さすがの彼女も息子自身が皇帝の正配偶者になっていることを知らないとは思わなかった。
「あんたがやれる迷惑なんてタカが知れてるんだから、堂々と迷惑をかけなさいよ!」
 距離感云々は、今まで一人だけお傍に置かれていた事で許されていた接し方、それを三人のお妃を前にどのように態度を変えれば良いのか解らない、下手に親しげにしては三人のお妃に不興を買うのではないか? そういった事だろうと彼女は考えた。
「いや、でも!」
「あなたが陛下に迷惑をかける。それを陛下がお上手に纏める! 陛下に尊敬が益々集まる! 何か問題でもあるの?」
 それらの事は、配偶者同士では解決できない。これらを解決するのは同じ立場の配偶者同士ではなく、四人が仕える一人の主・皇帝の采配にかかっている。
 クロトロリアはその采配が全くできなかったが、名君といわれるサフォントならば、それも簡単にこなすだろうと。

 聡明な彼女であっても、息子の天然の前には会話をかみ合わせる事ができなかった。

「いいえ……その……寂しくない?」
「全然」
「そ、そう……」
 何故これほど母親に、後宮に戻れと言われるのか全く理解できないエバカインは、一抹の寂しさを覚えた。自分が皇君である事を知っていれば、母親の態度も理解できただろうし、最初から帰ってきたいなどと言わなかっただろうが。
「大体ね、何時までも私が居ると思ってたら駄目よ」
「母さん何処か悪いの?」
「何で、居なくなるが死ぬことに繋がるのよ! 違うの、プロポーズされてるのよ」
 母親の意外な言葉に目を大きく見開き、
「誰? 悪い人じゃなかったら即決めたらいいよ! 俺ももう大人だし」
 今までとても大人とは思えない事を言っていたエバカインはそう言ったが、母親は肩をすぼめて苦笑いを浮かべて、
「悪党中の悪党」
 返した。
「……え?」
 意外な言葉に続いた、意外な言葉にエバカインは “きょとん” とした顔をして母親の顔を覗き込む。
「ゼンガルセン王子」
「嘘……冗談でしょ?」
 脳裏に浮かぶ、あのエヴェドリットに身震いし、否定の言葉を求めるが、
「こんな冗談言ってどうするのよ」
 そんな事、あるはずもなかった。
 母親がそんな冗談を言うような人ではないこと、そして、
「何で……え……あのさ、あの……もしかして俺が……」
 何故自分の母親が[王となる男]に求婚されたのか? 思い当たるのはただ一つ、自分の事。
 何せ、エバカインから見て母親は、普通だった。
 年よりは若いが “その美しさのあまり王が手に入れたがる” そんな女性ではない。言葉は悪いが皇帝に陵辱されて自分を生んだ下級貴族、その彼女を欲する理由は “皇帝の傍にいる自分” それ以外考えられない。
 一瞬にして泣きそうになったエバカインの顔に、手のひらを叩きつけ、
「はいっ! この話は終り! 色々私も忙しいんだから、あんたは暫く帰ってこないように! 解ったわね! さあ、早く寝なさい! 明日、朝早くに宮殿に戻るんでしょ!」
「うん……あのさ、母さん」
「何よ」
「嫌だったら、拒否してね。俺が何とか頑張ってみるから」
「いいから寝なさい。あんたはあんたの心配だけしてれば良いのよ! これからの後宮での生活、大変でしょう。お式だってあるんだし」
「う、うん……おやすみなさい」
「おやすみ。変な顔しないで! 唯でさえ、並みの美形程度なんだから、笑って少しは華やかさを出しなさいよ」
「うん」

************

 眠る前にラウデを奴隷にするために必要な手順を調べ、指示を出して翌朝最終確認をして、
「じゃ! 式は上空から見てね!」
「それじゃあ! 頑張ってくださいな!」
「応援してるから!」
「うん!」
 エバカインは慌しく準備し、迎えに来た白い馬に引かれた馬車に乗り込み宮殿へと戻っていった。
「行ってしまいましたね」
「そうね……行くといえば、貴方達は明後日出発するんだったわね」
「はい」
「でも、良かったんですか? 最後の親子水入らずだったのに、私達が居て」
「構わないわよ。大体、息子は二度目の結婚よ、今更なにもね……さ、家に入りましょう」

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