PASTORAL −164

 “体鍛えてなくて良いから、戻って仕事しろよ” サベルス男爵に言われて戻ってきたエバカインは、書類に目を通していた。
「……どうやったら、ラウデとサイルを早めに開放できるかなあ」
「罪状的に行けば後一年ってとこだが、お前としては出来るだけ早めに出してやりたいんだろう?」
 ラウデとサイルの二人は第一に『サンティリアスとサラサラが逮捕されないようにして欲しい』と告げてきた。
 これを叶えるとなると、二人は軽犯罪法に違反を犯したことを認めなければならない。
 彼等と同じように陥れられた他の者達は「陥れられたこと」と「薬を所持していたこと」両方を認め、この二つの事案を相殺する方向で処理されるのだが、ラウデとサイルはサンティリアスとサラサラに罪が及ばないように「陥れられた状況」に関し、偽証しなければならなくなる。もっとも確実なのは二人がその場に居なかったと偽証すること。
 宇宙船は最低でも四人乗組員が居なければ犯罪になる。軽犯罪で、多くの者が行っていると言われる事だが、この場でその発言をして受け入れられれば、二人は乗員不足違反と船長の資格のない者が航行に携わっていた事による航行法違法の二つの「罪」を被ることとなる。
 それは捕らえられて、環境の悪い刑務所に入れられていた事や、無理矢理仕事に就かされていた事を割り引いても放免は難しい。
「そりゃまあ、この内情を知れば当然だ」
 そうは言うもののエバカインが[出せ]と命じれば、それは直ぐに実行される。やり方がわからないのなら、サベルス男爵に命じればいい、そのためにサベルス男爵はエバカインに仕えているのだから。
 だがエバカインは、出来る限り自分の手で、考えてなんとかしたかった。その気持ちを感じ取ったサベルス男爵は「手間かかるな」と思いつつ、エバカインに正規の手順を教える。
「気持ちは解るが……どうだ? 特赦を出したら」
 特赦を出すよりならば裏に手を回して二人だけを刑務所から出した方がサベルス男爵にとっては楽だ。二人さえ刑務所から出せばそれで終わり、だが特赦となれば二人だけでは済ませられない。
「勝手に特赦なんか出したら駄目だろう?」
 それでも皇族らしくあろうと思い、動き始めたエバカインの思考をも含めた歩みを止めるのは避け「本当の大公」としての権限を教えてやろうとサベルス男爵は覚悟を決めて語る。
「お前は大公だろが、エバカイン。大公なら慶事の際に特赦は出せる。お前は “親王大公” ではなく “大公” だが、陛下の特別な配慮で身内に当たる皇族となっている。よって今回の陛下の御成婚式にお前の権限で特赦を出すことが可能だ。勿論、ラウデとサイルを帝国領内の刑務所に移動させなけりゃならないが、お前がやるってなら俺は二人を帝星周辺の軽犯罪者収容所に送る手筈を整える」
 エバカインの元には私的な秘書も、望めば派遣されてくる政務官もいない。
 今まで政治には一切口を挟まないでいたエバカインには、それらの政治機能に携わるものは一切必要なかった。だが、ここで特赦をエバカインの名で出すとなるとそうも行かなくなってくる。
 本来側近はというのは、それこそ政務官派遣を依頼したり、秘書を選別したり、監督・統括するのが仕事であって、その職務自体に直接携わる事は殆どない。
 だが、今から人員を選別して配置に就けて……そんな事をする時間はなかった。
「出来るのか?」
 ならば一人でやってやろうじゃないか! とサベルス男爵は表情一つ変えずに言い切った。
「出来るさ。ただ、俺は此処に残ることになるな、テルロバールノル側との調整があるから。お前は一足先に帰って、陛下に特赦を出すことを報告してくれりゃあ。陛下が難色を示されたら、お前が説得するんだぜ? そっちの方が “出来るのか?”」
 皇帝が難色を示すわけは無いだろう、そのことくらいサベルス男爵は解っている。
「……解った、頼む」
 エバカインも皇帝である兄は許してくれるだろうと信じている。エバカインはただお願いしますと言えばいいだけだが、
「割りが悪くないか? 俺は陛下にお願いを申し上げればいいだけだけど、お前は色々とやらなけりゃならない事があるだろう?」
 サベルス男爵に仕事が圧し掛かるのも解る。
「気にすんな。それに、お前にもやってもらう事は多数ある。これから俺が大急ぎで陛下に出す書状の下書きを作る。お前はその後、自分の字で清書しろ。印は戻ってからでいい。まあ、お前のことだから押印する場所を間違ったり、乾かないうちに擦ったりしかねないから、予備に五枚から十枚多めに書いておけよ」
「そうだな。言われなかったら一枚でやめておくところだったよ」
「うん、お前はお前が思っている以上に天然だからな、エバカイン。ギリギリまでここにいて仕事する気だろうから、お前は機動装甲で戻れ。機動装甲で使える最短航路に使用許可願いを出しておく。それで指揮権の委譲ができないので置き去りになるダーク=ダーマだが、故障したってことで代理人に引取りに来てもらうことにしよう。この漆黒の女神は回収するのにも許可が必要となってくるから、帝星から然るべき方が送られてくるまで俺は此処で待機している。早急に……そうだな、カザバイハルア子爵閣下中型くらいの高速移動艇を用立ててくれるように頼んで……くれ」
 面倒な手続きをしなければならない「エバカインの特赦」はできても、子爵閣下との直接交渉は避けたいらしい。
「そりゃ……まあ」
「いやな……言い訳になるだろうが……俺も確かに名門貴族だ、だが名門って言っても上がいることも理解している。政略結婚だってどうって事ない、自分の家柄よりも上の家から妻を貰い、その相手、気位が高くても我慢する自信はあった……でもな、副王級となると相手の桁が違うってか、想像の範囲外だった。何で俺なんだろうな? 大体子爵閣下はゼンガルセン王子のお妃候補だった人だ。今だってその候補からは外れていないだろう。王妃が相応しいと思うが」
「でも王妃になれる人からの求婚、断る事できるのか?」
「さぁなぁ」
「それよりも、この前の戦闘理由だったセベルータ大公って?」
「あ、その方な……いい機会だ説明しておこう。その方はカッシャーニ大公の妹君で、これがまたデバラン侯爵が絡んでくるんだが……」
 エバカインは再び滔滔とサベルス男爵から後宮内権力の状況についての説明を受けることになった。


「それではお願いいたします、カザバイハルア子爵閣下」
「御意」


 後宮権力話を途中で切り上げ、エバカインがナディアに高速移動艇の用意と帝星に戻るまでの全ての事を任せたいと告げると、ナディアは直ぐにその任を受けた。好きな相手(サベルス男爵)と共に仕事をするのは楽しいが、それで本来の自分を見失うこと、ナディアにはない。
 即座に高速移動艇と輸送船団を用意し、輸送船団にはラウデとサイル以外の刑務所にいた人々を乗せ、テルロバールノル側で用意した引き受け場所へと護衛をつけて向かわせた。輸送船団よりも護送艦隊の方が遥かに多く、テルロバールノル側が緊張したのは両家には良くあることだ。
 ダーク=ダーマの乗組員全員は高速移動艇に乗り込みサンティリアスとラウデをも伴って乗せて帝星へと先に戻ってもらうことになった。
 テルロバールノル側のほうで引き取った囚人達はそこから近い帝国領に移してエバカインの特赦対象にするが、サンティリアスとサラサラを帝星にラウデとサイルは帝星付近まで連れて行って特赦で刑務所から出す予定だった。
 何せこの四人、身ぐるみ剥がれて無一文状態。
 『遺族年金、帝星の銀行に在るはずですから当座は食いつなげるかと。遺族年金前借できれば……中古の宇宙船くらいはどうにかなると思います』
 ラウデがそう言ったので、生きるために先ずは帝星に戻って遺族年金の前借手続きをしなければならないとなったので、この運びとなった。遺族年金の前借となると帝星の財務省まで直接出向かなければ受け付けてもらえないのだ。
 エバカインとサベルス男爵二人だけが刑務所に残り、
「その、ラウデ……うん、大丈夫だから。ナニしても大丈夫だから」
「皇子……」
 エバカインから本当に必要ないお節介な言葉を受けて、四人はナディアの指揮の下帝星へと戻っていった。
 見送った高速挺が大空に消えた後、
「俺は陛下の挙式にはいなくてもいいが、子爵閣下は副王の代理でご出席なさる方だから先に帰ってもらわないとな」
「とっても “らしい” こと言ってるんだろうけど、何かとっても自分本位にも聞こえるよ、アダルクレウス」
「気にするな、エバカイン。さ、ギリギリまで書類作って戻れよ」
 残った二人はデスクワークに戻る。
 当人を含めたこの二人「皇君エバカイン」の存在を全く知らないので、仕事は大量で急いでこなしていたが、
「皇子本当に大丈夫なのかなあ」
「お式に遅れたら、大変だよね」
 平民や奴隷の心配を余所に、結構気楽に過ごしていた。

************

 帝星周辺で、迎えに来た収監用の宇宙船にラウデとサイルは乗り換え、その後、高速挺は無事に帝星の皇帝専用港に着陸した。
「二人とも、これからも元気に過ごしなさい。とても楽しかったわ」
 事の次第を皇帝に告げに行くナディアが二人に声をかけ、去ってゆく。
 宇宙船の中なら声を掛け返すことも出来たが、帝星の宮殿の中ではそうも行かず、二人は感謝の意を込めて黙って頭を下げた。
 その後、宇宙船から私物を降ろす。
 実は二人がダーク=ダーマに乗った際、二人の下着から洋服、靴から衛生用品まで積まれていた。軍用よりも質の良いそれらを前に驚いた二人だったが、それが宮中伯妃の心遣いだったと聞いて「帰ったらお礼に上がらせていただこう」と決めていた。
 宮中伯妃は二人がダーク=ダーマで即座に出ると知った後、助けた日に用意した服などを持ってきて積むように指示を出していたのだ。息子はかなり抜けているが、母はそれを “ある程度” は補える人であった。
 大正門ではなく、軍用通路から外にまで案内してもらった二人は、
「ありがとうございました、シャウセス」
 案内してくれたシャウセスに頭を下げた。
「いやいや。さて、では送ろうか」
 頭を下げられたシャウセスは、そういうと胸元から出したカードで車を呼び寄せる。
「はい?」
「君たちをエミリファルネ宮中伯妃のお屋敷まで送るように命じられているんだよ」
 到着した無人車の扉を開き、
「でも」
「“宿もないし、滞在費用だってないんでしょ” との事です。泊めて頂く、頂かないは後でも、無事に助けた報告にはあがらなければならないでしょうから。さ、どうぞ」
 乗りなさいと二人を促す。
「じゃあ、お願いします」
「失礼しますね」
 二人は味気の無い軍用車に乗り、宇宙船と変わらない語り口のシャウセスと最後とは思えない普通の話をして過ごした。
「さ、着いたよ」
 宮中伯妃の家の前に止まり、シャウセスが先に下りてそれに二人が荷物の入ったケースを持って続く。
「ありがとうございました」
 軽く頭を下げたサンティリアスに、
「サンティリアス」
「なんですか?」
「君、私の家に仕える気はないか?」
 シャウセスは声を掛けた。
「……」
「ないようだね。いい船長になりそうなんだが、残念だ。それじゃあ元気でね」
「ありがと、シャウセス船長!」
「ああ、こっちも楽しかったよサンティリアス船長」
 本気だったのかどうなのか、それとも性格なのか、シャウセスは簡単に引き下がり、車に乗って手を振り去っていった。
「仕えてもいいな、とは思ったんだけどな。自由って面倒だし危険だけど、捨てられないんだ」
「もう、人に仕えられない奴隷になっちゃったんだ、サンティリアス」
「そうかもしれないな」
 奴隷がそんな意思を持ってはいけないこと、サンティリアスは良く知っているが、それとは別の感情で無理だとも感じていた。いい主に仕えれば楽なのは知っている、折角良い所に仕えるチャンスだったのに、全くそんな気にならなかった自分。
 サラサラが言ったとおり、人に仕えるのはもう無理だろうな……そうケースを持ち佇んでいると、
「おかえりなさい」
 家から宮中伯妃が出迎えに現れた。
「は、はい。無事に帰ってきました」
「事態は無事収拾がついたようね」
 二人の表情を見て、事態が良い方向に決着がついたことを理解した。
「はい」
「じゃ、私も聞こうかしら、事の起こりから今までの事。結末がハッピーエンドじゃない話は嫌いなのよ。さ、話してくれる? 長い話になるでしょう? 当然泊り込んで、夜まで話してくれるわよね?」 
 にっこりと笑った彼女に、サンティリアスは当然の事を尋ねる。
「宮中伯妃様……あの……皇子から何か連絡は」
「あの息子にそんな気の利いたこと期待しちゃ駄目よ」

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