PASTORAL −163

 工具を取りに行くか! 待て、まだドゼールやララーンが全て壊されたといいう報告はない! ですが! ですが!
 色々な事を言い合いながら、ラウデとサンティリアス、その他十人程で扉を引っ張るがピクリともしない。
「あーどしよー。あ、ここら辺は大丈夫だから、メルチュークルスで警戒してるから」
「それで、工具を取りに行くこいつ等を見張れば?」
 サンティリアスの言葉に、それは良いかも! 答えるエバカイン。やっと腕から扉をはずせる光明が見えたと思った矢先に、
『エバカイン、ウライジンガの身柄、確保したぜ。所長室まで来いや』
 サベルス男爵からの通信が入った。
「腕がラニアミア鋼製の扉に刺さって、取れない。歩けない重さじゃないけど、通路の幅的に無理……」
『あん? お前の軍刀はどこにあるんだよ。いいからさっさと来いよ、解ったな』
 その通信を聞き、全員がエバカインの腰を見る。そこには、燦然と輝く帝国軍将校の証である軍刀。帝国でもっとも切れ味の良く美しいフォルムをしているので、マニアが大金を支払ってでも手に入れたいと願う逸品。
「ありがとう、アダルクレウス。今すぐ行くよ」
 通信を受けたエバカインは、マニア垂涎のそれを手荒く引き抜くと、折れんばかりに扉に突き刺し切り裂いていった。
「歯がこぼれたみたいだな。無理矢理だったもんな」
 手を抜いた後、そんな事を言いつつ腰に戻して、
「みんな、一緒にきてくれるかな?」
 声を掛けると、全員が神妙な面持ちで膝をつき、ラウデが答えた。
「勿論です、皇子。是非ともお供させてください」
 それはウライジンガの残党が怖いなどという感情ではなく “この皇子を一人で歩かせるのは危険だ!” という忠誠心なのか庇護心なのか良くわからない感情。
 ラウデだけは “何かあったらあの人に申し訳が立たない” なる感情が先行してはいたが、とにかく強くて倒されそうにはないし、顔や全体的な雰囲気から儚いというのは程遠いのだが、中身を知ると違う意味で一人にしておけない男・エバカイン。
 平民やら奴隷やら下級貴族達に守られつつ、無事に所長室までたどり着いた彼等を出迎えたのは、
「図ったのか! 貴様等、覚えていろ!」
 ウライジンガの罵声だった。
 全く図ってなどいない、通常業務以外は閉じ込められている、囚人と変わりない生活をしていたラウデ達がどうやって皇子であるエバカインと連絡を取ったのか? 常識的に考えれば無理なのだが、捕らえられて頭に血が上っている男には、それが解らないようである。
「この通り、他人を罵倒して、貴族と渡りがあるから大丈夫って思ってるオッサンだ。どうやったって自殺なんかしねえよ。後こっちの部隊、死者は出なかった。今、治療に専念させてる。ダーク=ダーマは部隊の方が守りに入って、子爵閣下がサイルとサラサラを伴って此方においでになられる」
 身内とは言え、戦闘を終えたばかりの部隊の血の気を危険視し、サイルやサラサラをそこから離しておこうとサベルス男爵はナディアに提案した。
 その気が利く態度に、ナディアは非常に感銘を受けた。そして男爵は自分の言動が好意的に取られる事はわかっていたが、サラサラやサイルの身の安全を図るための提案をする。仕事は仕事であり、その途中に好意が生まれたのなら仕方ないと割り切って。
「お待たせしました、大公殿下」
 ナディアに連れられてきた二人は、ラウデの無事を確認して喜び合う。
 その喜びの脇で、
「所長室確認したんだがよ、どうもウライジンガ、レオロ侯爵から変な賄賂もらってたらしい」
「変?」
「ああ。俺よりも子爵閣下に見ていただいた方がいいだろう」
 先に部屋を確認していたサベルス男爵が、そう口にする。
 何だろう? とナディアと顔を見合わせて、サベルス男爵が開いた扉の向こう側へと足を踏み入れる。
「……」
 そこは、とても刑務所の所長の部屋とは思えないほど豪華であった。壁のいたるところに飾られた名画、そして重厚な調度類。これを見れば、普通に仕事をしている所長だとはとても考えられない。
 ただ、見る人によってはこの部屋はそう豪華に見えなかった。この部屋が豪華に見えるのは、ある程度の人まで。
 それはサベルス男爵が言った “変” にある。
 エバカインは部屋をグルリと見回して、一つの絵に近寄っていき、それをはずす。
「いや、この絵……」
「その絵ですわね」
 背後から来たナディアも、頷いて肯定する。
「どうしたんですか?」
「あ、サラサラ。この絵さぁ……俺、持ってんだよね」
 尋ねられたエバカインは、手に持っている絵を眺めながらそう口にした。
「え?」
「誕生日プレゼントに貰ったんだ。カザバイハルア大将閣下から」
 その言葉にウライジンガの顔が歪み、無理矢理従わされていた者達は嘲笑と侮蔑を含んだ目で見つめる。
「じゃあ、これ偽物?」
 皇子の手元に偽者があるとは誰も考えはしない。そして何より、
「そうですとも。これは父の手によるものではありませんわ。これは……ウィリオスが練習したものの一枚でしょうね。筆の運び方からして間違いないでしょう。何より大公殿下への贈り物に贋作を贈ることはありません」
 送り主が断言する。
 その高名な画家の娘で、絵を描く素養は無いが真贋を見極める目を持つナディアは、笑顔で一刀両断した。
「此処にある絵は全て贋作ですね。こんな物で犯罪に手を染めて、一端の財産を持ったと勘違いしているとは。レオロもさぞや馬鹿にして扱っていたのでしょう。それで満足していたのですから、良いのかも知れませんが。それにしても酷いこと、こんな絵を鑑賞して悦に浸れるとは。まあ、鑑賞している自分に酔っていたのでしょうけれども。この程度の安酒に酔えるとは、うらやましいですわ。私は真なるものにしか酔えませんのでね」
 顔を真っ赤にして、歯を食いしばるウライジンガを前に、ナディアは高笑いをくれてやった。
「ちなみにだ、この調度類とかも全部レプリカだ」
 それに追い討ちを掛けるサベルス男爵。
「良くわかるな」
「貴族なら、芸術的なこと一つぐらいは知らないと恥かくんだよ。この家具はバルティンストの工房で作ってるやつの模造だ。この留め金がな大量生産品だ」


 ウライジンガは自分がレオロ侯爵にとって、どの位置にいたのかを理解した


 レオロ侯爵が当てにならないとなると、ウライジンガの口は軽くなった。聞いてもいないことまで喋り出し、サベルス男爵は “やれやれ” といった表情でそれを見ながら、何となくレオロ侯爵がウライジンガを信用しなかった理由がわかるような気がした。
 そんな取調べの最中、エバカインは「立ち入り禁止」のテープを張った所長室にサンティリアスとラウデを連れて行き、
「ここ、立ち入り禁止にしておくから」
 それはそれは変な顔をして、当然の事を言う。
「突然どうしたんだ、皇子」
 入り口見れば解るぞ? とサンティリアスが言うと、困ったように頬に手を当てて、頭を傾げつつ、
「だからここ、立ち入り禁止ね。立ち入ってこないように命じてるけど、人が入ってきたら困るから中で監視しててね! 二人で!」
 贋作だらけで重要書類は既に押収した部屋に、何が来るというのだろうか? 不思議な言動の皇子に、
「あ、皇子?」
 ラウデが声をかける。
「ベッドもシャワーもあるし、防音も整ってるみたいだから! また暫くは別れ別れになるから、ど、どうぞ! その、再会までのアレをアレして……じゃあ! これが俺の精一杯だあ!!」
 それだけ言って、エバカインは駆け出していった。
「そういう事か」
「そういう事らしいな」
 要するに二人で逢瀬を楽しんでくれ、という事で二人を部屋に連れてきたのだ。
 天然が偶に気を利かせると、天然自身にダメージが行くという、いい例だ。
「皇帝の配偶者が何で照れるんだよ……手前も男とやってんのに」
 暴走していった皇子がどこかに激突しなけりゃいいな、そう思いながら廊下に顔を覗かせていたラウデは、サンティリアスの言葉に驚いた表情で向き直る。
「はぁ? 何の話しだサンティリアス」
「ああ、皇子……サフォント帝と結婚したんだって」
「本当か?」
「本当らしい。嘘はつかないだろう……ってか、嘘ついていいレベルじゃねえだろ」
「そうだな……苦労掛けたな」
「散々苦労した。でもまあ、無事で良かった……皇子が楽しめって言ったんだ、ご命令に従おうぜ、ラウデ」
「やれやれ、皇子も大きくなられたものだ」
 困ったように帽子を脱ぎ、サンティリアスに近づくラウデ。
「髪、切られちまったんだな」
「伸びるから、平気だろ?」
「まあね」

 二人が久しぶりでわずかながらの逢瀬を楽しんでいる時、それをセッティングした皇子ことエバカインは、

「あの馬鹿、なにランニングしてんだ」
 一人、刑務所内を走り回っていた。

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