PASTORAL −132

 サイコロなるものである。
 話題を提供するための多面体だが、ただの多面体ではない。
 余が今手に持っておるイヤリングで、自由に出す面を操る事が出来るものだ。素は起動装甲遠隔攻撃ビット、それを強化板で飾り、字を書いておる。
 この新婚旅行において、過去の事も全て説明しておくと言った所、デルドライダハネが作って余の元へと届けさせた。
『ルライデ大公から聞きました。そして出来るだけ皇君のショックにならない方法を考えて、このような物を作らせたのです』
 サイコロの目に “よって” 余が語る、その流れのほうがエバカインはショックを受けなかろうと。
「手間をかけさせたな、デルドライダハネよ」
『陛下のお役に立てることを何よりの喜びとしているこのデルドライダハネに、手間などと言う言葉は存在いたしませんわ』
 本当にかわいらしい娘だ。
【陛下! 届きましたか? 間に合いましたか?】
 背後からルライデが現れた。
「ああ、無事に届いておる。これから使う所だ」
【あー良かったです。何せ姫が突如言い出されたので、ワープ装置と航路の確保、輸送船団(運ぶのはサイコロと操作用イヤリングだけ)を仕立てて、予定時間内にそちらに届けるの大変だったんでっ!】
 ルライデが画面から消えおった。
 消える寸前、デルドライダハネのしなやかなるパンチがルライデの腹に当たって、それで吹き飛ばされておるのを余は確かに見た。
『ちょっとお待たせする事をお許しくださいませ、陛下』
 そういった後、画面には写らぬのだが、いろいろな効果音が鳴り響く。
 その効果音はここでは語らぬが、見事であった。
『お待たせいたしました、陛下』
 何事もなく戻ってきたデルドライダハネ。少しの乱れもない、それでこそテルロバールノルの後継者王女として相応しい。
「さほど待っておらぬ、デルドライダハネよ。ところで、そなたルライデを婿に迎えることに対し、テルロバールノル王に意義を申して絶縁状態にあると聞いたが」
『絶縁状態というのではなく……その……』
 デルドライダハネの言い分は、両親が全く意見を聞かないでルライデを婿にするから戻って来いと言ってきたのに腹が立ったと。その意見を聞かれずに不服に思ったのは己ではなく「ルライデ」。
『わ、私は我侭もいいましたけれど、陛下のご意向に……でも、ルライデは……お母様、じゃなくてテルロバールノル王も一度くらいルライデの意見を聞く姿勢を持って欲しくて。それで喧嘩しちゃって……今まで喧嘩した事なかったもので、ど、どうやって話しかければいいのか、よく解らなくて……』
 画面の前で両の人差し指と親指を交差させつつ、下を向き加減で本当に困っておるようだ。
『で、でも! 私間違ってないって自信あるから、絶対に折れないんです! 言っても解らないなら、王が気付くまで通信もしませんし! 手紙も送りません! どうしても解らないなら、ケシュマリスタ王妃になっても……』
「デルドライダハネ、余の弟を大事に扱ってくれておる事、感謝する」

−ボコボコにされて、カーペットの上で転がってます。確かに幸せではありますが、ボッコボッコです(ルライデのエクトプラズム談)

『感謝だなんて!』
「それと、そう思いつめるな。サリエラサロも “娘とはじめて親子喧嘩をして、どうしていいのか解りません” と申しておった。両者とも、少し距離を置くよい機会になったと思えばよかろう。して、ルライデをそなたの婿にする事に異議はないのだな? デルドライダハネよ」
『え、ええ、ま……その。ルライデが良いと……陛下が! 陛下がよろしいのでしたら! あ、あの人! ケシュマリスタ王にならなくても良いのでしたら!』
 言いながらカメラを動かした先にあったのは、エクトプラズムが口からはみ出かかったルライデが転がっておった。なんとも幸せな顔をして転がっておる。主のその幸せな青痣付きの意識喪失顔、余は確かに見届けた。
「よい。王の座はカルミラーゼンにくれてやる事に決めた。まだ語られては困るが、そなたは吹聴して回るような性格でもなし、教えておこう。それとサリエラサロとは帝星で行われる余の婚礼の際、直接会って和解するがよい。余が仲介に入る故に、安心して二人で戻ってくるのだぞ」

 イヤリングを装着しつつ思い出した出来事だ。
 ルライデを正式に婿に出す準備を整えねばな。それと、イヤリングでのサイコロの動作も。
 “ママについて” “はじめての不倫” よし、面が出るまでの動き方に不自然さもない。これならば良かろう。リーネッシュボウワについては語っておかねばならぬであろうし、アイリーネゼンに関しては何れ耳に入ってしまうであろうからして、余が今のうちに語っておいた方が良かろう。
 エバカインには何を聞くか? 初恋はたずねておきたい所だ、もう一つは真に運を天に任せてみるか。
 『初恋』の文字を見て、少しばかり照れたように頬を染めたエバカイン。
 可愛らしい。可愛らしいエバカインの初恋もまた可愛らしいのであろうな。余の初恋はそなた(受精卵)だが。
「私の初恋は……初恋って言うのか良く解らないのですが、忘れられない人がいるのです」
「ほう」
 隣に座るように促すと “失礼いたします” と言いテーブルにサイコロを置き隣に座って話し始める。
「昔、俺が三歳の頃……あの! へ、変に取って頂きたくは無いのですが! その……」
「気にせずに話すがよい。其方の言葉に裏がない事、手に取るように解る」
「は、はい! あの、私が三歳の時、母が一晩だけ家を空けたのです……疲れた母は私をどこかに預けるか、逃げるか、そうしたかったのでしょう。それに関しては私は何も言う事は出来ませんが……丁度その母が帰ってこなかった日に珍しく来訪者がありました。その頃は人が訪ねてくる事など殆どなくて……上手く言えないのですが、その日来た女性 『思い出せないのに印象深い』……多分その人が初恋だったんだろうと」
 それは間違いなく余であろう。
 それにしても、女性? 女装して行ったのだから『性別:女』に間違われるのは当然であろうが『女性』とな。“お姉ちゃん” くらいに見えなかったか? エバカインよ。
「母の知人のラスーザさんという人らしいのですが、帝星から遠く宇宙の果てに行く前に母に会いに来て、鼻水垂らして泣いている私を発見して、母が戻ってくるまでずっと一緒にいてくれました。当時は母の事だけで精一杯だったのですが、成長するにつれあの日傍に居てくれた人の事を思い出して……こ、こういえば非礼にあたるのでしょうが……その……」
 本当に困ったかのように、目蓋をぎゅっと閉じて恥ずかしそうに顔に手をあてる。
 仕草の一つ一つが計算されつくしたような動き。どう動いても余にはそう見えるのだが。
「何を言っても構わぬぞ、エバカイン。そなたが余に向けて放つ言葉に非礼などあるものか。気軽に言うがよい、その為の話題提供だ。そうも硬くなられては、これを寄越したデルドライダハネとルライデも困るであろう」
「そ、そうですね! あ、あの……お兄様を拝見していると、ラスーザさんの事を思い出すのです。印象深いとは言いましたが、顔や殆ど覚えておりません。声はかすかに覚えているのですが……彼女が幸せになっている事を願うばかりです」
 彼女はただ今、幸せである。幸せの絶頂におる! 超幸せであるぞ! エバカイン! そなたの初恋の相手が余であったこと!
 受精卵と女装した皇太子、奇跡の交錯! まさに運命!
「そのラスーザとは幾つ位の女だったのだ?」
「母の知人ですが、年上の方に見えました。直接母に年齢を尋ねたわけではありませんが、当時二十五、六歳くらいだったような。凄く落ち着いた、母などにはない大人の雰囲気がありました」

 その者は現在二十六歳だぞ、エバカイン。当時は花も恥らう六歳だ。

 確かに余は、幼少期より老成しておると言われておったから、当時のアレステレーゼよりも大人びておったかもな。ザデフィリアからも「殿下は背が低い年上の夫見えますわ」と言われた事がある。
 初婚のまだ十歳にも満たない “夫” でありながら、初々しさの欠片もなかったようだ。ザデフィリアの名誉のために言っておけば、ザデフィリアは初々しかった。余にそれの欠片もなかった為、初々しさのない夫婦に見られた。
 身長は然程大きい方ではなかったが、当時178cmだったか。96cmのエバカインから見れば、相当大人に見えたのであろう。
「ラスーザさんには悪い事したなあ……って、今でも思うんです」
 何も悪い事などされておらぬが? そなたの悲嘆にくれる泣き顔と子供特有の泣き声。泣き顔につき物の涙、同じく鼻水と涎。どれをとっても、愛くるしさ以外存在せぬし、何の迷惑もこうむりはしておらぬが。
「ラスーザさん、母に土産を持ってきてくれたみたいで、それを私に勧めてくれたんです。でも、当時の私には食べれなくて。今になってあれらの品を見ると思い出すんです “鳥わさ” と “このわた” と “からすみ” 当時の私にはどうしても食べれなかったんですけれど、大きくなって高級品だったんだって知って……」
 子供の食事には向かなかったか。
 当時、カウタやシャタイアスと共に普通に食べておったので平気かと思ったのだが。
「食べておけば良かったなあって。味は解らなかったでしょうけれどね。今なら食べられるんですけれど」
「そうか、ならば持ってこさせるか。それをつまみながら話を続けようではないか」
「あ、じゃあ私が取りに行ってきます!」
 こまめで気が付くエバカインはそういって料理を注文しに向かった。早足で向かうその姿、そして足音はあの日のそなたにそっくりだ。
 可愛らしいままに成長して、兄は嬉しいぞ。

 アレステレーゼは “あの事” はエバカインに告げておらぬようだな。
『戻ってきて、直接謝罪されたのでしたら受け入れる事も出来たかもしれませんが……それでも私は同じく言ったでしょう “貴方など知りません。存在していません” と。冷たい女かもしれませんが、それが私の真実です』
「其方が言わぬのならば」
 余がエバカインに告げる事もない。
 あの日の裏にそのような事があったなど、余も即位するまで知らなかったが。
 それにしてもアレステレーゼよ、中々きわどい名をつけてくれたな。“ラスーザ” とは “シュスター” のスペルを逆読みしたものではないか。
 エバカインは気付いておらぬようだが。

「お兄様、持ってまいりました!」

 この笑顔を曇らせるのは、確かに出来ぬな。

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