PASTORAL −131

 それ程心配せずとも、エバカインは食さぬ。
 ダーヌクレーシュとラニアミア、両者共々余がエバカインを可愛がるせいか、そのうち食べてしまうのではないか? 戦々恐々としておる。
 それでエバカインが食されるのを阻止すべく、毎日の料理を大量に用意させるようになった。その大量の料理をエバカインが余の口に運んでくれるので、ダーヌクレーシュとラニアミアの誤解を解く気にならぬ。エバカインに食べさせてもらえる幸せ。
 ログハウスに居る間、余はエバカインと共に寝ておる。
 その日、エバカインが余の腕から抜け出して階下へと降りて行った。何をしに向かったのであろうか? 身を起こし暫く待って居ったが戻ってくる気配がないで様子を見に行く事にした。
 階段を降りて、音がする方に目をやるとそこには、
「あ……お兄様」
 食事中のエバカイン。
「新しいものを作らせれば良かろうが」
 エバカインは料理を温めなおして食しておった。それもわざわざ、夕食の残った物を取り置いておったらしい。
 昔と全く変わらないそなたの態度、好ましい。
「あ、あの……」
 顔を真っ赤にしながら、オロオロしはじめた。
「責めておるのではない。ただ、新しい方が口当たりも良く味も良いのではないか?」
「も、勿体無くて……。お兄様はご存知ないかもしれませんが! 母さん……じゃなくて、平民などは食べ物を残したりすると勿体無い! と言う風潮がありまして。出された料理は全部食べるようにと殴られ……じゃなくて躾けられるので! 貴族やお兄様は “料理は残す” のが常識であるのは知っているのですが! あ、あの、どうしても、その、あの……」
 エバカインが残った料理を捨てずに、後で食べる事は帝星防衛主任に就けておった頃の報告で知っておる。
 料理人に手間隙かけさせるのは悪いと、残った料理を自室へと持ち帰り、慣れぬ宮廷作法や宮廷歴史などを毎夜遅くまで学びながら、それらを口に運んでいた。
 その奥ゆかしさというか人を気遣う姿勢が、エバカインなのであろう。全く持って可愛らしい弟だ。
「それは良いが、キッチンで立ったまま食するのは良くなかろう」
 エバカインが温め直した料理をテーブルに運び、椅子に腰をかける。
「そなたが勿体無いと言った意味は解るが、何せ余一人に対して御料惑星は二百を数える。料理してやらねば食材は全て廃棄される。調理した所で口には入らず捨てられる物もあるが、何よりも皇帝が皿を空にしてしまうと、料理が足りなかったのではないか? 料理が足りずに不愉快に思うのではないか? などと料理人達が不安がるので残すのだが、それを勿体無いと思うのはそなたの自由だ。気にせずに取り置いて、夜食にするがよい」
 皇帝は皿に乗っておる料理を全て、舐めるように食べきってはいかぬのだ。どれ程気に入った料理であっても食べきってはいかぬ。
 舐めるように食してよいのは、エバカインそなただけ!
「解ってます。はい!」
「それと、今度からは余の分も取り置いてくれぬか? 温め直して共に食べようではないか」
 エバカインが温め直してくれた料理、それだけで最高の料理だ。
「そ、そんな! お兄様は、新しいのを」
「良いではないか」
 夕食が大量に残るように指示を出した為、料理は前よりも格段に増えたが、それはエバカインには言わずにおく。
「今宵はこれを温め直すか」
「はい!」
 このままごとのような一時、楽しいものだな。

*************

「よろしければお料理を作りたいと。簡単なものだけしかつくれませんし、お口に合うかどうかは解りませぬが」
「そなたが作ったものが口に合わぬわけがなかろう。どれ、余も手伝おうではないか」
 エバカインは少々驚いたようだが、
「では一緒に」
 エバカインと共にキッチンに立つこの嬉しさ。平素、誰とも並び立てぬ、他者よりも一段は高く存在せねばならぬ余だが、キッチンにおいてはエバカインと共に並び立つ事が可能。材料を切り分けている手元を見ていると、二つの心臓が高鳴り過ぎ、血圧が異常に上昇しておる。心臓一個取り除こうか? そうでもしないと、血管の弁が全て破損しそうだ。
 エバカインが具材を切っている姿を見ていると緊張するものだ。その愛くるしい手(握力106)が切れよう物ならば、兄は号泣してしまうであろう。
「あの、お兄様。よろしかったら此処に油を少しずつ注いでくださいませんか?」
「何処にだ」
「この卵が入っているボウルです」
 危うく違うところ、正直に申せばそなたに余の油を注いでしまうところだった兄を許せ。
「これは、マヨネーズを作るのか」
「お兄様、なんでもご存知なんですね!」
 そなたが卵を食べたいと言った日から、卵料理の全てを網羅したのだ。そなたが好む卵料理はなんだろうかと考える毎日も、真に有意義であった。
「そうでもない。どれ、余がかき混ぜよう。そなたは油を注げ。力ならば余の方が上だからな」
「あ、はい!」
 エバカインから泡だて器を受け取る。ふっ……懐かしいものだ。隠れて『ケーキが食べたいです』と言いにきたクロトハウセに『先ずはこれで我慢しておれ。今作らせるからな』と生クリームを泡立てた日々。見つからぬように手早く泡立てる事に関し、余は宇宙でも一、二を争う技量を持っておると自負できる。
 さあ、我が能力の全てこのマヨネーズ作りに投入しようではないか!

ふむ、失敗したようだな

「泡だて器が耐えられなかったみたいですね」
 余の、全精力を投じた攪拌に泡だて器が最後まで付いてくる事が出来なかったようだ。
 七分ほど出来上がっていたマヨネーズ、それになお一層の力を込めて攪拌した所、泡だて器が崩壊。攪拌につかう細い金属部分が弾け飛んだ。金属が弾けると同時に、攪拌しておったマヨネーズも四散。エバカインにもかかってしまった。
 ……くくく……エバカインよ、兄は生クリームプレイもしてみたいと考えておったが、マヨネーズもまた良いな。マヨネーズを被ったエバカイン、艶がある。余も同じように被っておるのだが、エバカインが飛び散るのに驚いている表情に見とれて、回避しなかった。言わば自業自得。この程度ならば普段は簡単に避けられるのだが、ついつい見惚れてしまい回避行動が出来なくなってしまった。
 エバカインの頬に付いたマヨネーズを舐め取る。
「おっ! お兄様!」
 キッチンでの行為は基本であろう。
「折角作ったのだ。食べてやらねば、それこそ勿体無かろうが」
 頬から耳、そして首筋を舐めて、さて押し倒そうかと思ったのだが、
「お兄様! キッチンは! キッチンは! その……」
「作りかけの料理は保存させておく。また後で作ろうではないか」
 廃棄するような事をしては “勿体無いという感覚” が金タライで脊髄に叩き込まれたエバカインとしては辛かろう。
「あの、その……キッチンは、大腸菌とかサルモネラ菌とかがたくさん生息しているらしいのでっ! おやめになった方がっ!!」
 面白い事を言うな、エバカインは。
 余もこれくらい面白ければ良かったのであろうな……ザデフィリアよ。
「解った、今すぐ消毒させる。ならば良かろう」
「……は、はい……」

 キッチンを滅菌させた後、エバカインとの行為。我が野望がまた一つ達成された!

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