PASTORAL −130

 エバカインに結婚しなくても良いと告げたところ、それは喜ばれた。
 無論余はエバカインを手放すつもりはないが、まさか喜ばれるとは思わなんだ。
「だが女が欲しくば余に言え。無節操に手を出すようなこと、余としては認められぬのでな」
「いっ! 要りません! ……あ、あの……お兄様にだけ正直に申し上げるのですが」
 殺し文句であるな、エバカインよ。余に秘密の話とな。
「何でも申してみよ」
 エバカインは恥ずかしそうに、語り始めた。
「あの……女の人を相手にしますと、全く余裕が持てなくて……その……怖いと言いますか……初めてならまだしも、回を重ねても最初と同じで精一杯というか、限界なのか……殆ど覚えていないので。自分の事だけしか出来ていないのではないかと……相手の女性が……その。それに薄情なのか、お相手していただいた方を全く覚えていない事にも気付きまして。自分で記憶から消し去りたい程の失敗をしているのではないかと……あの! お兄様は! お兄様の事は全く忘れておりません! それだけは自信を持って! その、自分がこう……すると、忘れてしまうような。向かないのだと……ですので、女性を相手にしなくても良いのは、私としてはとても嬉しいです。相手となるかもしれない女性にとっても良いことだとも思います」
 エバカインには告げておらなかったな。
 確かにそれはそなた自身の問題だが、血統的な問題でもあり、治るものでもない。
 何よりも、そなたはとても丁寧に相手を扱っておった。
「相手に気を使い過ぎて疲れたのであろう。余がみておった分に関しては、何の問題もなく、そなたの相手をした者達から何の不満も告げられたことはない。それに関しては自信を持っておくがよいぞ」

さて、どこまで語るべきであろうか

 我々の血統と過去は、多くは親から子へと語られる。皇帝となる者は宮殿にある管理システムから、全ての情報を “感情を排除した” 状態で与えられる。様々に捻じ曲げた歴史と、我々の血に関する、世間一般で言えば『救いようの無い』出来事。
 当然アレステレーゼは知らぬのだから、余が教えるべきなのであろうが。
「そ、そうでしたか……それは、良かったです……そう言っていただけると……」
 配偶者の全てが知っている訳でもない。特に別階級、平民や奴隷から正配偶者となった者は、教えるべきか教えぬべきか判断の難しい所とされ、最終決断は皇帝の一存とされた。それに対して誰も口を挟む事はない。
 二十三代サウダライトの帝后となった平民グラディウスは、何一つ知らぬまま生涯を終えた。知れば可哀想だと、あのイネス公爵家から出て皇帝となった男は言い、誰も帝后に真実を教えることはなかった。
 皇帝より二十七歳年下であった娘は、息子が即位し帝太后となっても何も知らされなかった。
 あの帝后はそれで幸せだったのだから良かろう。
 十六代皇帝、賢帝と名高いオードストレヴは、軍妃と名高い皇妃ジオに全てを語ったとされている。賢帝は政治的な手腕はあったが、軍事的な才能はあまり恵まれず、それらの方面を全て軍妃が補った。当時の争いは内乱であり、その相手の正体は排除しきれていない、シュスターに従う事を拒んだ「人工生命体」かつてはそれを異形と呼んだ。
 それも人間との混血が進みミューテーションを繰り返した “異形崩れ”
 その姿、平民から指揮官となったジオに対し、説明せぬわけにはいかなかったであろう。とても隠しきれるものではない。
「そなたは相手を思うあまりに、必死になりすぎなのだ。余に抱かれておる時は、何も考えず余に身を任せておくがよい」
 だが、別階級から配偶者となった者達とは違い、エバカインは我々と同じ血を確かに引いておる。
 知らせてやった方が良いのであろうか。
「いや、あの、……その……はい……」

 知れば苦しむかも知れぬな。

 自らにその血が流れておらぬ相手に歴史を語る事と、自分の体に人間以外の血が流れている事を語られるのは違うな。我々のように、最初から教え込まれてそれが当然であると育った者と、二十を過ぎてから突然教えられるのでは全く違う。
「それ程までに頬を赤らめて」
「いえ! その……恥ずかしかったので! お兄様に見られていた事を思い出してしまって」
「ははは、可愛らしかったぞ」
 恐らく言わぬ方が良いのであろうな。
 何もこの体に、[羽の生える因子]や[猫耳が生える因子]や[両性具有になる因子]や[足が魚のようになる因子]が所狭しと眠っている事など。
 昔の絵画には羽の生えた人間がおる “天使” という神の使いらしい。それを絵に描いて遊んでおる分には良かったが、それを作る技術を得て “観賞用” に作り始めたのが間違いだった。それが鑑賞だけにとどまらない事は、作る前から解っていたのにな。
 当たり前のように作られる時代になってから、あのレペリアンロが現れる。
 レペリアンロは[神話]を元に、エターナとロターヌを作る。金星に絡めた神話[十二枚の羽を持った金髪の両性具有]かつて堕天使と呼ばれた生き物をそのまま作り上げた、それも性玩具として。
 今では不気味で醜いとされる生き物だが、当時の人間の感性では美しいと評されるものであった。我々は長い年月をかけて、人々から異形に対する美意識や憧憬、そして嫌悪と差別を消し去る。
 それが[十二枚の羽を持った金髪の両性具有]こと初代ケシュマリスタ王エターナとその姉ロターヌの望みであり、この国の建国の礎となった。
 “羽の某” の羽は、これに由来する。
 天使は当初から作られていた生き物で、人気もあったという。レペリアンロはそれに改良を加えてエターナとロターヌを作った。
 天使を作った者が誰なのかはもう記録には残っておらぬ、だが確かに作り上げたものがおった。人間の形状を持ち羽が生えている生き物、腕や肋骨を使用せずに背中に “骨格のある羽” を作るにはどうしたら良いか? 脊椎を変形させ羽用の骨格を作ることを考え出した者がいた。
 だが、この脊椎の変形は脳にまで影響を及ぼすこととなる。だがそれらを抜き出す事はできぬ。我々は脳や心臓など臓器が複合して生きているのではなく、一部分だけが核となり体が形成されて生きる、その部分は固体により違う。
 そしてその核は “一定の条件” で狂気を発症させる原因ともなる
「可愛らしい……」
「必死なところが、初々しくあったな」
「それ以上言わないで、お兄様! うわぁぁ……恥ずかしい……」
 シャタイアスの母親であったゾフィアーネはこの脊椎が核であった。生まれつき狂気を発症するものは、脊椎に核があるものが多い。そして脊椎が核であるものは、脊髄も異常に発達しておる。この脊髄の発達が機動装甲の騎士の才能に関わってくる。
 この脊椎が核の者は、現在軍人に多い。エターナとロターヌとベルレー、そしてアシュ=アリラシュの血が混ざった結果だが。
 脊椎が核である者はその身の内に羽骨格を宿し、死した時にそれが開放される。
 ゾフィアーネの遺体からは、血で濡れた羽骨格が三つ突き出しておった。
 一つだけそれに救いがあるとしたら、ゾフィアーネは楽に死んだ事が解ったことであろうか。即死に近い状態で死ぬことが出来れば、羽は骨格と僅かな肉が付いている程度。死ぬまでの時間が長く苦しみ抜けば、骨格に肉が付き羽が生える。
 三十二代皇帝ザロナティオン、あの男は死ぬまで四日間要す。突如始まった脊椎変形により、言い表せぬ苦痛を味わったようだ。十三枚の羽は五度抜け替わり、六度目の純白の羽が生え揃ってから死んでいった、微笑んで。
「エバカイン」
「はい? どうなさいましたお兄様?」
「一つそなたに話しておかなければならぬ事がある」
「……は、はい」

余はエバカインに全て語らぬ事にする

「そなた、幼少期は普通の下級貴族の子として育ったであろう。その際に、公的な定期健診があった事、覚えておるか」
「は……はい。ありました」
「あれはとある病を公にせずに、それになっておる者にすら知らぬうちに治療するのを目的としておるのだ」

− 人々から異形に対する美意識や憧憬、そして嫌悪と差別を消し去る。それが[十二枚の羽を持った金髪の両性具有]こと初代ケシュマリスタ王エターナとその姉ロターヌの望みであり、この国の建国の礎となった −

「ある、病? ですか」
「そうだ。両性具有なる言葉知っておるか?」
 エバカインは知るまい。それらの言葉すら、歴史から消し去ったのだから。

− 我等、血と改竄と歴史と欺瞞の統制者なり −

「知りませんが……」
「両方の性別を持って生まれてくるものは多い、完全に両方が機能するものは稀だが。それを治す薬を公的に接種させておるのだ、一度接種すれば簡単に治る病なのだが、それを教えると性別を好きな方に変えようとする当事者以外の者が口を挟む為、誰も知らぬ間に治療する事にしておる」
 人間の両性具有は治る。治療できるように研究を重ねさせた、それがエターナの望みであった故に。
 だが、どれ程研究を重ねようと我等の両性具有は治らぬ。両性具有はその二つの性器が核、性処理用玩具であった過去の強烈な名残。
「えっと、その……その揺らいでいる性別をどちらかに傾けるのかは、どのように決められるのですか?」
「完全に二分割されておる者はおらぬ。必ずどちらかに傾いて居るゆえ、それに傾くようになる。薬は背を押してやるだけだ」
「あ、はい……」
「皇族ならば知っておる公然の秘密だ。そなたに教えるのが遅くなって悪かったな」
「いえ! 教えていただけて嬉しいです」

 だが、真実は語らぬ。許せ、エバカイン

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