PASTORAL −126

 余の失態であった。
 エバカインは繊細だと、あれ程カルミラーゼンに言われておったのだが。
 酔って倒れてしまった。理由は、
「恐らく、陛下の寝所で女を見た事が」
 ダーヌクレーシュもそう言っておる。うむ、前途多難だ。この先、三人の妃を得れば見はせずともこのような状態である事、容易に想像できてしまうであろうし。
 やはり、エバカインの元に通う日数を増やしておかねばならぬ。
 離宮の貴族達を全員帰し、明後日からゼンガルセンの簒奪が終るまで泊まるログハウスの手入れをもさせた。エバカインは幼少期にアレステレーゼとログハウスに宿泊し、非常に喜んでおった。なので、そこの山から木を切り出させ作らせてみた。後はエバカインが目覚め、連れて行くだけ。
 空いた時間、ダーヌクレーシュを話相手に酒を飲む。
「陛下、少々お話があるのですが」
「どうしたダーヌクレーシュ。昨日の続きでもしたいのか。よかろう、全ての航路安全を図った功績にて、可愛がってやろうではないか」
 言った瞬間、ダーヌクレーシュは椅子から飛び降り、やはり尻を手でガードしつつ後退する。この反応、面白い。
「あ、あ……あの。わ、わたし、私の尻は、性能が悪いので、間違っても陛下にお、おだ、おだし、しして……いけないと、し、し、死んだ母がいっておりました!」
「主の母は生きておるであろうが」
 副王は健在も健在、圧倒的な存在感を持ってエヴェドリット領におるではないか。
「え……うあ……あう……ち、父が私の尻を見て……色や形が、ひ、非常に、下品なので、他人に見せてはいけないと」
 ダーヌクレーシュの父親は帝国でも有数の画家である。娘や息子は絵を描く才能を持たなかったが、妻である副王の元で育てられたゼンガルセンは絵の素質もあったようで、かの画家から手ほどきを受けてかなりの絵を描く。ゼンガルセンに絵画を教えた男爵の父親曰く『王子の才能は私など及びも付きません』と言っておった。
 世辞などではなく、本当である事はあの絵をみれば解る。それとゼンガルセンの審美眼は中々のものだ。
「主、実父に尻を見せたのか。主の父が幾ら高名な画家とはいえ、息子の尻をモデルにするのは少々違うのではないか? それに、主の父は風景画が専門であろう、ゼンガルセンは人物画が得意であるが。何のために息子の尻を凝視したのだ。もしも父から性的虐待を受けておるというのならば、余が手をうってやろう」
「いや、その……あの、そ、そんなことはないです。そ、その尻は……あの……」
 しなしなになりながら両手で尻を押さえて小さくなってゆく。余より大柄だが、随分と小さくなるものだな。
「え、ああう…………へ、陛下。戯れのこの身が言うのも……は、初めてなので、や、優しくして、いただけたら……嬉しいかと。むろん、お好みのままに扱ってくださって結構でございますが」
 濡れた瞳に、涙まで浮かんできておる。
 俗に言う捨てられた子犬のような顔だ。捨てられた子犬など、観た事はないが。小動物系をいたぶるのも萌えと言えば萌え。エバカインをいたぶるという気持ちには全くならぬが、ダーヌクレーシュはいたぶり甲斐がありそうだ。よし、これから小動物系として余に仕えよ。主は余の小動物系と決めた!
「解った、よい。して主の話しとは何だ。語れ」
 小動物はあまりに苛めると死んでしまうので、適度なところで手を止めぬとな。
「え? あっあの……ほ、本当によろしい……え……」
 からかっただけなのだが、それ程本気に感じられたのであろうか? そう言えば昔、皇太子妃から『殿下のユーモアはブラックになられる事が多いですわ』と笑いながら言われたことがあったな。今のも相当ブラックであったのだろうか? ダーヌクレーシュは片手で尻をガードしたまま座ると、真っ青な顔のまま語りだした。
「実は……姉がサベルス男爵を気に入ったようでして」
 なる程な。それでエバカインの側近になりたいと申し出てきたのか。
 共に仕事をしながら愛を育む算段とは。余にサベルスと結婚させろと言えば直ぐに許可してやるものを、自分でやり遂げようとするその姿勢見事だ。
「それでか」
 ナディアとサベルスが夫婦とならば、ナディアにケシュマリスタ軍を率いらせることも可能となるやもしれぬ。ナディアもリスカートーフォンの気質を色濃く継ぎ、それ相応に教育された者だ。ゼンガルセンの配下で軍を率いる事も楽しかろうが、王国軍全てを指揮する権限を持つ誘惑には抗いがたかろう。
 ナディアにケシュマリスタ軍の指揮権を預けても、カルミラーゼンならば軍に命を取られる事もなかろうし、カルミラーゼン相手に下手をうつようなナディアではない。ナディアがカルミラーゼンを殺した所で、リスカートーフォンに利は発生せぬからな。
 精々余の子、親の血筋の関係から言って皇妃との間に出来るであろう子が、ケシュマリスタ新王として派遣されるだけの事。皇妃の子が新王となれば、皇妃が口を出すのは目に見えておる。
 シャタイアスの元の妻である皇妃・クラサンジェルハイジに対してゼンガルセンは良い顔をせぬし、姉であるロヴィニア王と皇妃が王国間の連携を強めるのは好まぬであろうから、ナディアは純粋にケシュマリスタ王国軍を指揮する事が出来る上に、ゼンガルセンの陣容を薄くする事にもなる。
 ナディアとゼンガルセンが結託し余に攻撃を仕掛けてくる可能性が無いとは言わぬが、ケシュマリスタ軍の基礎は余が固め諜報員も残してきたし、あれらにとって殺せば困るカルミラーゼンが目を光らせている以上、成功する確率は低い。
 上手くサベルスを口説き落し、結婚する運びとならばケシュマリスタ軍副総帥の座をくれてやろう。
 努力するが良い、ナディアよ。
「何でもサベルス男爵は、クロトハウセの後押し……あ、親王大公殿下の」
「クロトハウセでよい。その方が軍人の主は呼びなれておろう」
「では……クロトハウセ後押しの、セベルータ大公が姉としては邪魔でして、私にセベルータ大公を襲って来いと。少し困っておりまして……ゼンガルセン王子に相談しましたら、セベルータ大公と結婚したらどうだ? なる流れになってしまい、困り果てております」
「主とセベルータの結婚には何の障害もなかろうが、血筋も家柄も歳までも。王族と皇王族間でこれ程までに適している相手はおらぬぞ。それともセベルータ自体が好みではないのか」
「いや、その、あ……どうでしょうなあ。あ、姉があの姉で義理の姉がカッシャーニ大公となると、こう……あの、なんと申しましょうか、怖い? むしろ妻に頭が上がらない? かなあ……と」
 話を聞いたが、好みなどの問題ではなく最強王女が姉である上に、最強女大公が義理姉になってしまう事に対しての『恐怖にも似た感情』があるようだ。
 余ならば喜んで最強の二者を身内に引き入れるのだが。
 ちなみに尻はガードしたまま。平気だ、それ程そなたの穴を狙ってはおらぬ、ダーヌクレーシュよ。


「陛下の視線が怖くて仕方なかったです。まさに獲物を狩る最強皇帝目付き。ゼンガルセン王子ですら中々首を取れないのがよく解りました。……視線だけで尻が痛くなりました」
(ダーヌクレーシュ男爵談)


backnovels' indexnext