PASTORAL −125

 雪原をフルチンで走っても良い! そう浸りながらの回想録であった。

 不完全ながらも手に入れたエバカイン。二度と離したくは無い! 離したくは無いと言っているだけでは始まらぬ。帝国で最も権力のある余自らが動かねば始まらぬ。
 あの日 “生まれた” ばかりのそなたを前に、無力感に苛まれた余。
 そなたを守りきれなかった二歳児であった余は、成長し二十六歳となった。敵が居ないとは言わぬが、そなたを傍に置く事は何とか可能となった。ああ、我が愛しき受精卵よ、あの日見た受精卵そのままに育ったそなた!
 エバカインに告げればよいのであろうか? 余の愛は雪原を全裸で走りぬけられるものだと!
「陛下、今宵の相手は何名」
「十名」
そんな可愛らしい余のエバカインを放置して、貴族の娘を抱いておるわけだ。
 色々と理由はある、それは言い訳になるからエバカインには言わぬ。貴族の娘を抱く事に関して、カルミラーゼンは『そんな事をしたら! エバカインの繊細な心を鋼鉄の処女でボロボロにするようなモノです!』と泣いておったが。
 余とて最初は貴族の娘を相手にするつもりなどなかったのだが、今宵の相手十人中二名を殺害せねばならぬ。その為に多数の貴族の娘を招きいれた。本人達は森に隠れた木のつもりであろうがそうはいかぬ。余のエバカインの身辺危険察知レーダーが見逃す訳がなかろう。
 一人はイネスの縁者、もう一人はかつてエバカインを非難して処刑されたカパロリンゼーン伯の遺児が送り込んできた女。
 両者共、エバカインの命を狙う目的。全く、余の皇君であるエバカインを “殺害しようと思う自由” がお前達にあると思うておるのか。エバカインに害心を抱く自由など余は全臣民に与えるつもりなどない。余に対する害心は自由ではあるが。そう、ゼンガルセンのように。
 五人で二列に並べ、その間を歩きエバカインの命を狙う女二人の首を掴む。
「殺される覚悟は出来ておろうな」
 顔色が変わると同時に余は、女達を持ち上げ開かれている扉の向こう側に投げつけた。ひしゃげる音、そして扉が閉まる。
「さて、これでも余の相手を願うか」
 女達は跪き、胸の前で両手を交差させ頭を下げる。よろしい覚悟があるのならば、抱こう。
尤も、お前達が此処で取った食事には、妊娠せぬ薬が混ぜられておるので間違っても余の子を孕むことはないが。庶子自体は嫌いではない、余は子が多数居った方が嬉しいが、子の立場上・扱い上、存在させるつもりはない。
 だからと言って、庶子の地位を上げる事は出来ぬ。これは帝国の存続に関わる問題故に。
 思いつつ女を抱いておったら、突如エバカインが現れた。
 途轍もなく驚いておる。
 可愛らしい、可愛らしすぎる! 目が大きく開かれて慌てふためいて頭を下げる、その一連の行動! このまま抱きすくめたいが、女を抱いている途中で抱きしめてはいかんだろう。それに余もエバカインを抱くのは、ゆっくりと抱きたい。中断したくはないのでな。
 恐縮して部屋に戻った後、置いていかれた者達を再び抱き始める。
 そろそろゼンガルセンの侵攻が始まる頃だ。あれが始まらねばゆっくりとエバカインを抱きしめるわけにはいかぬ。
 始まってしまえばログハウスで『通信と遮断』された生活を送る予定だが、その前に『突如侵攻を開始したゼンガルセンとソレに従う者達』に対して、諸々の手を打つ必要がある。
 抱いている最中の侵攻が始まれば、身体を離さねばならぬ。それはしたくはないので今現在皇帝としての仕事を兼ねて娘達を抱いておる。子が出来ずとも、皇帝の相手をしたというだけで良い箔付けになるそうだ。精々良い男を見つけて結婚するがよい、娘達よ。
「どうした、ダーヌクレーシュ」
「カルミラーゼン親王大公殿下から」
「用件は?」
「さあ」
 ナディラナーアリア=アリアディアの弟であるダーヌクレーシュ男爵は表情を変えずに通信画面を繋いだ。
『陛下、動きました』
「解った」
 腹近くで必死に上下する娘の映像は、当然カルミラーゼンの元にも届いておる。カルミラーゼンは珍しく表情を曇らせ、
『陛下。差し出がましい事ですが、エバカインにそのような姿を見せないでくださいませ』
 忠告してくれたのだが、遅かったなカルミラーゼンよ。
「先ほど来て、確りと見られてしまった」
『ちょっ!!! へいかぁぁぁぁ! りゃああぁぁぁぁ!』
「落ち着け、カルミラーゼン」
 カルミラーゼンを宥めつつ、娘達を抱く。
「落ち着けカルミラーゼン。主が画面向こうで奇声を上げておったところで、過去には戻るまい」
「あぁん、へいかぁぁ!」
 今で十八回突いたな、この状態では後八回持つかどうか。全員均等にしてやらねば、後々問題にならぬように。
『うわぁぁ、陛下! 陛下とクロトハウセが書いた観察記録からしますと、エバカインはそんな場面を見ようものならば!』
 カルミラーゼンはエバカインが皇族になった後、余とクロトハウセがつけた観察記録を繰り返し読み、エバカインに詳しくなった。最初は興味が無く、帽子なしの正装を届けるようなカルミラーゼンであったが、初めて会ったエバカインの魅力に撃墜された。当然と言えば当然であろう。何せ余の弟でありクロトハウセの兄、エバカインを理解できぬ訳がない。
 ん? 痙攣したな。
「…………」
 イッたか。倒れ掛かった身体を押さえ引き抜き、脇に控えている者に力なく崩れた身体を渡す。
「次の者、参れ」
「は、はいっ!」
『嫌々、陛下! エバカインが泣いてしまいます!』
「今泣いておるのは、主だろうが。先ずは落ち着けカルミラーゼン。して娘、お前、経験は? ないのか、解ったそのように扱う」
 
 その後、まだ抱いておらぬ者達を抱き、部屋に戻すように指示を出して、

「さて、ダーヌクレーシュよ。主は余にどうして欲しい?」
 このダーヌクレーシュの姉であるナディアは、そう簡単には意識を飛ばす事はなかったな。
「私の口からは何も。まして陛下にお願いなど」
「帰宅に混じれず歯痒いのでは?」
「いいえ、私は危険な事は好きではありませんので」
「中々食えぬ男だな」
 ダーヌクレーシュ男爵はナディアとは全く違う顔立ちをしておる。
 あれに瓜二つだな、帝国で最も可愛らしい王女として有名なデルドライダハネと。
「カルミラーゼン親王大公殿下程では」
 口元は小さく、笑う時も口角が変に上がらない。リスカートーフォーンは口角が “不敵” に上がるで有名なので特に目立つ。瞳は濡れたような艶やかさを持ち、表情がどれも幼い。
 どれ、暇なので少しからかってみるか。ダーヌクレーシュも簒奪に至る帰宅に参加できず、退屈しておるであろうからな。
「ダーヌクレーシュ男爵ウィリオス=ヲウィリア。余はカルミラーゼンは食わぬが、主ならば苦もなく食えるぞ」
 無論食うのは、本当に食するのではなく『抱く』と言う意味だ。
 からかっておるのだが、ダーヌクレーシュは顔色を変えて後退りを始める。
「えっ! ……あ、あのお……そ、その……」
 全裸の余に迫られて、本気に取ったか? もう少しからかってみるか。
「主の姉はなかなかの女だった。主も姉同様の良さを持っておるのではないか? 試させろ」
 ナディアは婚約成婚前まで、相手を務めておったのは周知の事実。
 中々に余を満足させる良き女であった。余の結婚が本決まりになり、その役目を降りたが。その際に『気に入った男がどうしても手に入らなくば、余に言え。褒美として与えてやろう』と言ってやった。
 言ってやりはしたがナディアの事だ、どんな男であっても余の力など必要なかろう。あれが本気にならばロザリウラを退け、自ら正妃となることも可能であった。
 男の一人や二人、自分の手で、それも小指で掴みあげる度量のある、まさしく女の中の女である。
 さてそのナディアの弟、女傑として名高い副王を母に持ち、現時点で余に次ぐ握力の姉を持つこのダーヌクレーシュ男爵は、
「ご……ご、ご冗談を」
 強さには疑いなく、近衛兵団団長から余の警備の代理責任者を預かった副団長。
 何れゼンガルセンがリスカートーフォン公爵となれば、これが代理として余の実質的な警備責任者となるであろう。その代理はゼンガルセンのように危険な男ではない、そして何よりも可愛らしい顔立ち。
 性格は違うのだが、顔立ちが可愛らしいので焦らせると面白いな。
「主は、余が冗談を言うような男と思うておるのか」
 思いっきり冗談だが。
「わ、私なぞに手をだして、それをゼルデガラテア大公殿下が知られる所になりましたら、殿下が嘆かれますでしょうし」
 その位のことは知っておる、知っておる。余はエバカインを悲しませるような事はせぬ。それにしても中々に可愛らしい反応であるな。片手で尻を隠しながら後退りする姿は、本当に面白い。
「主が余のエバカインの心中を察する必要などない」
 少し言葉を強めて言ってみたところ、ダーヌクレーシュは肩をすぼめて首を縮めて、
「差し出がましい口をきき、誠に申し訳ございませんでした。許していただけるとは思いませぬが、ど、どうぞ……私でよろしければ」
 服を脱ぎ始めた。素直だな、ダーヌクレーシュよ。だが、男にはもう手はださぬ、エバカインがおれば良い。
「その心意気だけでよい。主は貴族達の帰途航路の安全を確保せよ」
「御意」
 何もしておらぬのに、尻を押さえながらフラフラとしながら出て行ったダーヌクレーシュを見送った後、余は身体を洗い仕事を開始した。航路の安全は、ダーヌクレーシュだけに任せておくわけにもいかぬ。
 ゼンガルセンが簒奪し、その後帝星に大挙して攻めて来る際、民間船が巻き込まれぬように皇帝領の特別航路使用許可を発布し、それらの航路の安全確保に部隊を派遣する許可を与える。手筈は整えてあったが、ギリギリまで引き伸ばさねばな。そうでなければ、余がゼンガルセンの簒奪を知っていた事になってしまう。
 皇帝は “王” の簒奪に加担してはならぬ。あくまでも王は王、それに必要以上に口を挟むのは避けねばならぬ。
 ゼンガルセンが簒奪するのは知っておったのだが、体裁としては知らなかった事にしておかねばな。
 これらが終わってから、エバカインと共にログハウスで連絡を遮断して過ごす。タナサイドやアウセミアセン、エリザベラから救援要請が届くと厄介な事となる故に。

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