PASTORAL − 94

 カウタマロリオオレト殿下は男ではなく女に産まれるべきであった、皆がそのように言う理由、それは『女』であれば兄上のお妃になって、安泰に暮らせた……という事らしい。王としての能力は、
「無いに等しいが、血筋だけであれば余に匹敵する。その血も女に生まれねば、使いようがない」
 成る程。従姉弟同士なら結婚できますものね。
 皇帝は四人の配偶者を得る所から、必ずと言って良いほど『いとこ』と結婚する事になる。
「それにしても殿下が蟻のご研究をなさっておいでとは、知りませんでした」
 兄上は、それはそれは驚かれた顔をして、
「そなた、本当に ”あれ” の事を知らぬのだな。くっくっくっ。何れ解る事ゆえ、今はそう思っておくがよい」
 とても楽しそうであらせられました。
 俺、それほど外した事を言ったんだろうか? 趣味って事は研究も兼ねたりするよね? 興味があれば研究対象になるよな……そう思ったんだけど、違うのか、もね……。
「だが良い案だな、エバカイン。退位したら ”あれ” を昆虫学会の名誉会長にでもしておく。そうしておけば、格好もつこう。 ”あれ” が退位した後の役職も考えておかねば」
 兄上、お忙しいですね。
 ですが……
「たまには何も考えず、休養を取られたほうが良いのではありませんか? お兄様」
 俺なんてほとんど何も考えていないような人間ですが、兄上はその優れた頭脳を日々使われているようですので、偶にはお休みになられた方が良いと思っております。
 そうは言ってみるものの、兄上は帝国に対し最も責任ある立場におられる方ですし、責任感も厚いから色々考えちゃうんでしょうけれど、
「そうだな。そなたと二人きりで過ごせる時間なのだ、何も”あれ”の事を考える必要は無いな。だが、それ程気にするな。”あれ”の事を考えるのは、政務ではなく日課だ」
 さすがシュスターの ”我が永遠の友” は違います。
 気にはなりませんが……兄上の日課でしたら、それは変えるのは困難かもしれませんね。というか、俺が何を気にするのだう?
「エバカイン、今宵は夜更かしできるか」
「はい、もちろんです!」
 
 誰もいなくなった惑星で、オーロラ見るんだって!

 気象制御装置で発生させてくれるそうです!
 特殊気象条件を装置で発生させるのは、偉い人の許可が必要だから楽しみだ。装置で作るオーロラを直接観るのは初めてだしさ!
「嬉しいです!」
「そなた、気象制御機関の専修コースを取っておったな。明日は制御機械を触らせてやろう」
「なんで兄上! じゃなくてお兄様! 何故、知っておいでなのですか?」
 俺は確かに将来の就職先を、帝星の気象制御機関・気象制御管理部門に決めてたけど……決めてただけで、試験を突破して採用されるかどうかは別として。
 帝星に関する機関はどれも狭き門だから、よほど試験の成績が優秀でなければ。それと、後はコネとか血筋とか。
 成績でいけばかなり無理があったし、コネは逆に働きそうな感じではあったが。それでも目指していた……けれども、
「そなたの成績表をみれば一目瞭然だ。政治経済などは一切取らず、全気象学とプログラム工学関連ばかり修めておるからな。それとは別に辺境探査の補習をも受けておったな。進路を二種類に絞っておったのであろう」
 兄上……俺の成績表を見られたのですか……
「お目汚しな成績で申し訳ございません」
 上の下というか中の上っていうか、特に得意なものはなく「一律平均値ちょっと上」程度の成績表。兄上、それを見てしまわれたのですか!
「帝星の気象制御管理を希望しておったようだが、今からでも就くか。さすがに大公を一制御官として配置は出来ぬが、管理長官ならば即座に就けてやろう」
 ひぇぇぇ! いきなり管理長官ですかっ! その、帝星の気象制御は兄上の……その……
「要りません! その……もう、良いのです。必要ございませんので」
 俺が気象制御をしたかったのは、帝星に『雪』を降らせたかっただけ。
「必要ないと申すか。あれ程真面目に学んで目指しておったのにか? それとも辺境探査の方に興味があるのか」
 いえ、あのその……
「なりたかったのは帝星の気象管理官でして、別の惑星での管理官にはなるつもりはありませんでした。帝星の気象制御に携われないのでしたら、辺境調査隊に入ろうと。帝星では雪を降らせた初日、管理官一同遠くより、陛下が新雪を歩かれるお姿を拝見できると聞いていたので。お、お兄様のお顔を、直接拝見できたら良いなあ……そのような動機で目指した道でしたので。もう、必要ございません。あと、辺境調査も似たような理由でして。住環境の良い惑星を発見しましたら、皇帝陛下にお言葉をかけていただけると聞いたので」
 皇帝の色は『白』
 だから一年に三ヶ月ほど雪を降らせ、宮殿を飾る。
 それを皇帝陛下が一番に歩かれるのを、降らせた制御官達は遠くから拝見できると聞いていたら……
「あの頃は、お兄様が私を皇族に迎えてくださるとは、夢にも思っておりませんでしたので。ならば自分で拝見できるように努力しようかと……考えておりました」
 知らない頃は兄上に会えるかな? と思っていたけれど。真実を知ってからは……知った ”あの日” からはそういう期待は持ってなかったから。
 普通は持たないよな、過去の歴史からいっても皇帝と異母弟だよ。それも生母の身分が天と地ほども差がある。
 だから、自力で兄上を拝見できる末席につければいいな……と目指した。帝星以外に配置されたら、辺境ってことで。一応二つ候補にいれて……思えば、軍人になれば良かったんだな……。全く気付かなかった自分が嫌だ。
 ……で! 兄上のお顔がパーツの不協和音と、表情の難しさが合わさって、混沌としたお顔に! 
 俺、兄上の事を困らせてばかりだ。それほど変な事言ってる気はないんだが、兄上からすると変な事言ってるんだろうな……。
 兄上が手を伸ばされ、頬に触って
「会いたかったか?」
 兄上が疑問系ってお珍しいぞ!(”お”の使い方間違ってないか? 俺)
「は、はい!」
 お会いしたく、お会いしたくて、その……
「余も同じだ」
 こんなデキ悪い異母弟に、会いたかったなどと言って下さいますか!
「勿体なく……嬉しいです」

 気にかけていて下さったのだと思うと、本当に嬉しいです。

 その後オーロラを観て、翌日制御装置を触らせてもらった。それはそれで楽しかったよ、やっぱり一度は目指した道だからさ。思う存分触らせていただいた。余程楽しそうな顔してたのか、
「何もない惑星に制御装置をつけてくれてやろう。思うがままに気象を操るが良い」
 兄上、ご機嫌でそういってくださった。あの……気象制御装置って、機動装甲並みに高価ですよ……。
 そう思っている間に、兄上は召使に連絡機を持ってこさせて、ボタン一押し。画面に現れたのはカルミラーゼン兄上。
「カルミラーゼン。ベハレン星系106477に気象制御装置を設置しておけ」
『御意』
 決まっちゃった……。何するにしても早いなあ、お二人とも。
 散々遊ばせて下さった後、
「次の場所へ移動する」
「はい!」
 どこか別の惑星に移動するのか? 思ったが、移動艇は大気圏内移動型。
 それに乗って、離宮の反対側上空に移動すると、そこに宿があった! 離宮がある惑星には宿泊施設なんて無いはずなのに! ログハウスが! ……あれ? この高度から観て、この大きさって事は相当大きいぞ!
 た、たぶん目測を誤っていなければ、俺が知っている一般的なログハウスの三十倍くらい。
 兄上がお過ごしになる場所としてはこじんまりとしておりますが、普通に見れば巨大です。それにしても離宮がある惑星にログハウス(巨大)とは、似合わないと言いますか、観ていた詳細とは違うと申しますか、それよりも、
「二人きりで過ごすぞ」

 兄上と正真正銘二人きりで過ごすようです……き! 緊張しますよ! 兄上!

backnovels' indexnext