PASTORAL − 93

 ”我が永遠の友” ってのは、男皇帝から見てケシュマリスタ男王のことを指す。女皇帝から見てそれに類する言葉は……誰でも知ってる事だよな、これは。今更俺が反芻する必要もない。
 それにしても、何故あのシュスター・ベルレーって好きな男の姉と結婚したんだろな。あのシュスター・ベルレー、最初からエターナ・ケシュマリスタが好きだったって。
 互いに一目惚れし合ったそうだが、それなのにどうしてその人の姉と子供作っちゃったりするのかな。
 どんな経緯があったのかは知らないが、二人は夫婦仲が悪くなり過ぎ、ロターヌは色々な人に八つ当たりし始め、最後は『憎い夫・シュスター』との間に儲けた自分の娘・デセネアまでも陥れた。
 デセネアは当時好きな男が居て、その相手はシュスターも認めていたが……娘の幸せを願う気持ちもどこかに消え去ったのか、それとも娘を陥れる事で嘆くシュスターを眺めたかったのかどうか知らないが、デセネアは名も残されていない『シュスターが認めた相手』とは結婚していない。
 彼女が結婚した相手は、母であるロターヌが謀った結果、アシュ=アリラシュ。エヴェドリットの初代王。
 ロターヌはアシュ=アリラシュに娘を強姦するように強く勧め、その手筈まで整えたって……他にも説はたくさんあるけれど、少なくともこんな伝説が残って信じられる程に仲の悪かった二人。
 シュスター、せめて違う女性と結婚しましょうよ! 言葉は悪いが近くにはルクレツィア・テルロバールノル(テルロバールノル初代王)だっていたじゃないですか!
 なんで、弟が好きだったのに姉と結婚しちゃうんですか? 後々、災いになる事くらい、解っていた……容姿なんだろうなあ、エターナとロターヌは瓜二つだから。
 今思い返して……容姿が同じなら男でも女でもドッチでも良かったのか! シュスター・ベルレー! だったら妻を大事にしようよ! 銀河帝国始祖で自分の祖先がそうだと思うと、情けなくなってくる。
 それとも他に何か理由があったのか? あったところで……何だかよくわからないが、結ばれなかったせいもあるが(結ばれてどうするんだよ? と、俺なんかは思うが)男皇帝とケシュマリスタ男王の関係は ”我が永遠の友” という関係になってる。
 詳しくは知らないし、あんまり知りたくもないけれど。
 その呪いというか、執念というか、想像というか、依怙地というか……もう色々あって、その……皇帝系容姿男性軍人と、ケシュマリスタ男系容姿はもう惹かれあってしかたないそうです。
 冗談や軽い話程度ではなく、統計学資料が存在している。ソレを見ると、恐ろしいまでに恋人同士になっている。
 何せ『その容姿』の二人を一室に閉じ込めておくと、三日で完璧な恋人同士になるそうだよ。
 そんな実験した皇帝も皇帝だが……まあ、実験した皇帝は後世の為を思ってなさったのだから、文句は言えないが。
 実験したのは帝王・ザロナティオン。
 暗黒時代の引き金を引いた「シュスターの呪い」の真実を解き明かすべくやられたのだそうだ(この容姿の二人の恋が、人類を半数以下にした暗黒時代の発端……恐るべし帝国同性愛……)。
あの方は本心から暗黒時代の再来を憂い、恐れていた方なので、こういう実験をしても仕方ないだろうな。
 三十二年の生涯で、総睡眠時間が900時間に満たなかった帝王。眠る事を拒否しなければ生き延びられなかった時代を経て統一した皇帝が、二度と皇帝を失わないようにする為の研究……となればね。
 容姿的に両者とも尊ばれるが、扱い注意……ってのが矛盾してるってか、なんていうか。 
 その取扱注意の容姿をしているのが、クロトハウセとケシュマリスタ王。この二人、過去の統計からいけば仲が良くなって当たり前。
 その ”当たり前” は当然起こったのだそうです。
 今から二十年前に、

「クロトハウセが二歳の頃だ」

 兄上の回想によりますと、十歳になったカウタマロリオオレト殿下のお誕生日会を開いたのだそうです。
 大人の参加者はクロトロリア帝と叔母である皇后。そして皇后の姉にして殿下の母君であったバルミーシュレベツアデ王、その夫であるケネスセイラ王婿。
 子供の方は兄上と皇太子妃。そしてカルミラーゼン兄上とクロトハウセ。この八名で殿下を囲んで祝ったんだそうだ。
 身内の小さなお祝いだそうだが、面子が既に小さくない。銀河帝国の代表者ばかりだ。
 身内といえば身内だが、それは身内と言って良いのか? その……まあいいや、とにかく身内でのお祝いの会。
 『穏やかにつつがなく進んだ(兄上談)』
 それで最後に皇帝陛下が、言われたのだそうだ。『カウタマロリオオレト、欲しいものはないか?』とね。妻と義理姉の手前、言わない訳にいかなかったらしい。
 そこで殿下は、お祝いの会の最初から最後までひたすらケーキを食べ続けていた二歳のクロトハウセの傍に近寄り、背後から首に抱きついて、

『僕、ラスが欲しい! 僕、ラスのお嫁さんになる! 結婚していいですか、陛下』

 やってしまわれたのだという。
 その時までは、全くそんな素振りは見せていなかったらしいのだが、突如それは起こったらしい。
 言われたクロトハウセ(ラスとはクロトハウセの事)は全く理解しておらず無心にケーキを食しており、カルミラーゼン兄上も意味はよくわからなかったらしい。
 六歳だった兄上は意味を理解し、隣に居た六歳年上の皇太子妃を窺うと、顔面蒼白になって震え出していたそうです。
 その様子を見た後に、他の大人達に視線をやると、
「あの時のバルミーシュレベツアデ(王)とリーネッシュボウワ(皇后)、クロトロリア(皇帝)にケネスセイラ(王婿)の顔。思い出しただけで笑いがこみ上げてくる程、滑稽であった」
 全員、口をだらしなく開けしばらくの間、硬直していたそうだ。 
 いや、兄上……兄上は笑われますが、言った当人の両親である王と王婿、言われた当人の両親である皇帝と皇后は、心の底から焦ったと思いますよ。
 そこから『この二人を不仲にする』という国家レベルの作戦が始まったのだそうです。
 凄すぎます! 国家レベル! そのレベルで『不仲作戦』
 さすが、かつて暗黒時代を引き起こし、人類を滅亡寸前まで追いやった恋を回避するためには、皆様手段を選びませんね。過去のものになりつつある暗黒時代ですが、その引き金たる『誰も幸せになれない恋』は、周囲の被害も並じゃないですから!。
 それにケシュマリスタ側では跡取りは殿下一人。既に十歳になっていた殿下と、子が一人もいない状態で、この先も跡取りは望めなさそうであり、尚且つ王の重複所持継承権の絡みからいっても、どうしても殿下を即位させたかったらしい。その為に『不仲作戦』
 だが、あまりに仲を悪くし過ぎると、代替わりした後の皇家と王家が連動とれなくなって困るので、あくまでも『不仲』どまりを目指した作戦だそうで……。
 王の継承権だけなら『兄上の実弟』が所持しているわけですが、伯母・甥間の継承は大きな揉め事が起こる法律で雁字搦め。
 あの法律、特に ”皇位継承権消失問題” を考えれば、どうしても殿下に即位していただかなければならないでしょう。
 なにせ、殿下は皇位継承権もお持ち……なんでも持ってらっしゃいますね、殿下。
 継承権の放棄ってのはないですからね。勝手に放棄させたりなどが暗黒時代にあった為に、王位継承権・皇位継承権の剥奪・譲渡が無い事は俺でも知っている。
 皇帝陛下なら剥奪できるが『一種類だけ残して剥奪』という都合のよい剥奪はなく、剥奪する場合は全ての継承権が剥奪になるんだそうで。破棄は即位前提でしか行われず、継承位譲渡は皇帝の命であってもする事ができない。
 殿下は母親から継いだケシュマリスタ王と父親から継いだエヴェドリット王、それにケシュマリスタ王族には付き物の皇位継承権もある。
 その為に殿下が一度即位して、二種類の即位権を破棄しなくてはならなかったそうです。皇位継承権が複雑になるから。それに、
「一人しかいない男跡取りが ”男のお嫁さんになります” と言ったのを、許せる王などおるまい。そんなものを許す王など要らぬ」
 誠にそう思います。
 それをあっさりと許可しちゃうような王では、色々と問題があるでしょうよ。
 子供の幸せ云々ではなく、銀河帝国に対し責任を負う家柄の当主となるべき方の結婚問題を、好き嫌いで語るわけにはいきませんものね。
 俺でも解ります、そして俺でも口開けたまま硬直すると思います。
 俺なんか、黙ったまま顎が外れてしまうにちがいありません。
 それで色々な作戦を練って実行なさったのですが、上手くいかなかったそうです。その……殿下の物忘れの激しさと、クロトハウセの幼さから。
 ですがある事が切欠となり、クロトハウセと殿下は不仲に。
「あれは蟻が好きだ」
 ”あれ” が殿下を指しておられるのは解りますが、
「あ、蟻ですか?」
 殿下は蟻の……ご研究でもなさっておいでなのか? そこはよく解らないけれど、とにかく蟻がお好きで、よく持ち歩いているのだそうです。ガラス瓶にコルク栓で……優雅ですね……多分。
 そしてクロトハウセは甘いもの大好き。
 コルク栓が緩んでいて蟻が逃げ出す。その結果、クロトハウセのお菓子に殿下の蟻がくっついて食べられなくなり、その事に対しクロトハウセが激怒。
 え? 皇子って……お菓子とか、好きなだけ食べられるのでは……
 いや、前のケーキの事もあるし、結構分量決められてるんだろうな。以降、クロトハウセは蟻が嫌いになり、蟻を持ち歩く殿下も嫌いとなった。
 そして最後の一押し。それは兄上のお言葉であったという。
「余はあれに問うた」

− お前は、私の弟であるクロトハウセの何処を気に入ったのか −

 七歳のクロトハウセを隣に置き、十一歳の兄上は十五歳になっていた殿下に尋ねたのだそうだ。
 返ってきた答えは、

− ラスの髪の毛です。黒い蟻がたくさんくっ付いてるみたいな所 −

 決定打だったそうです。
 蟻嫌いのクロトハウセは、それを聞いて背中が痒くなったのだとか。クロトハウセの気持ちが良くわかるような気がいたします……です。
 そして俺が初めて会った十四歳当時、前髪がおでこの真ん中で切られていたのは、黒髪を視界にいれたくなくなった為だと、黒いのがチラリチラリ視界にはいると気になって仕方ないって……。
 今でもオールバックな所を見ると、余程深いトラウマなのでしょう。
 何にせよ、あの前髪の理由が解ってすっきりいたしました! クロトハウセの前髪は国家レベルの陰謀が暴発した結果なのですね、兄上! 暴発させたの兄上のような気もいたしますが……。
 確かに、兄弟で黒髪はクロトハウセだけだし、蟻は黒が一般的だから……赤い軍隊蟻もいるけれど、兄上の御髪ほど赤くない。あとの二人は殿下と同じケシュマリスタ系金髪。
「結果、現在クロトハウセにとり ”我が永遠の友” は不倶戴天の敵となっておる」
 皆様の努力が実を結び無事に殿下は無事即位。即位の前には結婚もした。でもそれで終ってしまった。
 それで次のケシュマリスタ王を選ぶ重圧が兄上に圧し掛かった、兄上にしてみれば大した事ないのでしょうが。
 兄上のお心の内では、次のケシュマリスタ王はカルミラーゼン兄上だとか。
「まだ内密にしておけ。誰もが思ってはおることではあるが、口に出せば面倒となる」
「もちろんでございます!」
 それでも殿下の皇位継承権は消失し、エヴェドリット王権も消失、退位によってケシュマリスタ王権も消失するので何とか収まるらしい。
 紆余曲折を経て、長年の恋が叶うかもしれない殿下。そう思ったが、
「あれの事だ、そんな事を言ったなど忘れておろう。それでもクロトハウセの傍に居れば、思い出すかも知れぬ。その際は見守ってやれ」
「御意」
 ”御意” と申しましたが、俺は兄として何を見守ればいいんでしょうか? 正直、どうやって見守ったりアドバイスを出したりすれば?
 長年、兄弟は欲しいと思っておりましたが、居ればいたで結構大変なものなんですね……特に、兄の立場って。

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