PASTORAL − 92

 貴族の謁見は終わったそうで。
 兄上もこれから二週間ほど、ゆっくりと過ごされるのだそうです。
 本当にごゆっくりしていただきたいです、娘達という潤いと共……
「あの娘達は?」
 二週間も過ごされるのでしたら、娘達は置いておいた方が良いのでは?
「帰したに決まっておろう。思ったよりも腕は落ちておらなかったようでもある」
 腕? ……? え? 彼女達、武術の達人か何かで? でもベッドの上に確かにいたような……別の事をしてらした? そうは見えなかったけど……俺には解らない何か?
「女をしばらく抱かぬとも、忘れたりはしないものだ。三正妃を得ても問題はないようだ」
 リハビリの意味わかった! 最近俺ばっかりだったから、女性相手の感覚を取り戻すためだったんですね! さすが兄上、お妃達に対し抜かりもなければ、準備も万全! やはり相手は全員四大公爵家から来るのですから、どんな事でも遅れをとることは、皇帝として避けねばならないのでしょうね! 俺のように『夜なかった、良かったなあ……』みたいなんじゃあ済みませんものね、皇帝と正妃となれば。
 何にせよ!
「お兄様がお忘れになる事などあるとは思っておりませんが、感覚を取り戻されて良かったです!」
 あれ? 兄上、また何か可笑しいお顔になられたような……。俺、何か変な事言ったんだろう……な。俺、口開かない方が良いんだろうな。
「お前がそう言ってくれるとはな、エバカイン」
「そ、そうですか? お兄様と妃達の仲が良好になる事、家臣として喜ばしく思うのは、当然のことでございます」
 兄上でしたら、お妃達のいざこざも上手く処理なさる、いや妃達も問題なんて起こさないと思う。兄上のご機嫌を損ねるようなマネは決してしないだろう。
 だって恐いから……
「エバカイン。そなたは優しい。いや、博愛精神を持ち合わせておると言うべきか。余も見習わねばならぬな」
「お兄様が私などを見習ってはいけません!」
 はっ! 話が見えない? 何で俺が博愛? 兄上の正妃に対して敬意を持つのは当然ですよ。全員に同じような敬意を払うのは、家臣として当然の事ですので! 博愛とは違うと思います!
「そうだ、そなたにも正妃の詳細を教えておこう。カルミラーゼンが、そなたは繊細故に委細を伝える事は避けたほうが良いのではないか? そう申し出ておったのだが。大丈夫だな」

誰が繊細なんですか? 俺ですか? 俺の何が繊細なんですか?
”そなた”って俺でいいんですか?

 繊細って言葉の意味が俺の中で危うくなりつつも、俺は兄上から妃達の委細を聞いた。
 先ずは概要を纏めると、
 帝后はロザリウラ=ロザリア王女 二十一歳。現リスカートーフォン公爵の末子で、第二王女。先だって結婚を潰した原因となったエリザベラ=ラベラの妹になる。気の強い方らしい。
 皇妃はクラサンジェルハイジ王女 二十九歳。現ヴェッテンスィアーン公爵の妹で、皇太子妃だったザデフィリア王女の妹。三人の中では最も気が強いお方らしい。この方だけが既婚で、子供もいた。子供は前夫であるオーランドリス伯爵との間に儲けた、五歳になる王子が一人。ザデュイアルというそうだ。王女の方が伯爵よりも身分が高い為、息子はエヴェドリットの特徴的「=(カランログ)」の無い名前が付けられたとの事。
 最後に帝妃のケテレラナ公爵令嬢 二十歳。公爵令嬢とは言っても、父公爵は現アルカルターヴァ当主の実弟、本流に近い傍系筋の姫君だ。
 俺と誕生日が同じな彼女は、上の二人とは正反対で性格が……
「惰弱である。最も妃には向いておらぬ女だ」
 だそうです。次は委細というか、貴族なら知っている項目として、
「年の頃から、アルカルターヴァの総領王女や帝妃候補は、ゼンガルセンと娶わせられる所であった。アルカルターヴァ側があの男を警戒し、余の元を訪れては頭を下げ結婚話を流してくれと。総領王女とゼンガルセンの結婚話、何度話を流してやった事か」
「噂ではきいておりましたが」
 本当だったんですね。
 あの王子は王婿で満足できるような方ではありませんからね。誰が見ても、「王座」を獲るか「戦死」するか、二つに一つにしか生きる道がないような方ですよ。
「リスカートーフォン公爵タナサイドがアルカルターヴァの総領王女・デルドライダハネの夫にゼンガルセンを押す度に、アルカルターヴァの女婿アベライドが頭を下げて結婚話を流してくれと懇願しにくる。その繰り返しであった」
 あれ? 確かそのアベライド王婿殿下はタナサイド王の弟では? 
「奇異に感じておるようだな」
「はい。王婿自身の甥、それも王族の中で最も優れているといわれている王子との結婚話を、王婿自身が流すとは。私はアルカルターヴァ王が嫌っているのだとばかり。王婿は立場が弱いので、意見できないでいたのだと思っておりました」
 ゼンガルセン王子を警戒しているのは、王子の叔父でアルカルターヴァ公爵家の女婿・アベライド=アベラセウス殿下なのか? サリエラサロ王じゃないのか? 普通、自分の一門から取り上げない……か?
 そう思っていた俺に、兄上は貴族や皇族でなければ知らない内情から教えてくださった。このお話をなさるって事は、正妃と共に覚えておかなければならない事項なんだろう。
「タナサイドには一歳違いの弟がおった、既に故人となっておるが、名をケネスセイラ=ケセイラという。出来の良い弟で、前ケシュマリスタ王の夫となった。現当主、カウタマロリオオレトの父だ。ケネスセイラはゼンガルセンと同じく、長男よりも全てにおいて秀でておった。実際、前リスカートーフォン公爵はタナサイドを殺害し、ケネスセイラを跡取りに沿えようと考えておった。これは周知の事実である」
「はぁ……」
 『家がある』ってのは楽して生活できるようでありながら、そうでない部分もあるんだな。
 全員似たようなレベルで、似たような性格なら良いんだろうが、人間である以上それは無理ってものだし。他の家に実力や容姿で遅れをとりたくない! となれば……殺害とかいう考えに、簡単に至っちゃうんだろうな。
 他の家なら幽閉もありそうだが、リスカートーフォン公爵家は、その……なあ……『王位が欲しく簒奪戦争を起こすのか? 戦争をしたく王位簒奪をするのか?』ってくらいの家だから、幽閉なんてするわけないんだが。
「ただ、ケネスセイラは正しい意味でリスカートーフォンではなかった。有能ではあるが『反逆の王家』の性質を全く継いでおらなかった。母親が『タナサイドを殺そうとしている』ことに気付いたケネスセイラは、早々にケシュマリスタの王婿となり実家から離れる。ケネスセイラのお蔭でタナサイドは公爵になることが出来た。そして、タナサイドは自分の息子達も同じだと思い込んでおる。ゼンガルセンは有能だが、爵位など狙わず王婿なりに収まり、公爵家を出てゆくと。自分の息子が真のリスカートーフォンであることに気付いておらぬ」

− 最早エヴェドリットではない私がこのような事を陛下に奏上いたしますこと、諍いの元になるのは承知。現、リスカートーフォン公爵タナサイドは、第二王子の性質に気付いておりません!
 我が甥がテルロバールノル王の婿などという立場に収まっていられる筈がありません。王婿になろうものなら、即座に我らと我が娘を殺害、テルロバールノルを掌握して、国力を使い果たしてでもリスカートーフォンを獲りますでしょう。あの甥にテルロバールノルなど何の価値もありません。
 タナサイド王は息子を自分の弟、ケシュマリスタの王婿となったケネスセイラと勘違いしております。ケネスセイラ兄は確かにリスカートーフォン家を継ぐ事を嫌いました。
 ですが、タナサイド王の第二王子は違います!
 ゼンガルセン、あの男の視野にあるのはエヴェドリット王、そして恐れ多くもシュスターのみ。あの男だけは! あの男だけは……ただ、あの甥がエヴェドリット王になる事について、私は否定できません。
 アシュ=アリラシュ、クレスケン=クレスカに勝るとも劣らない反逆王となるであろう、ゼンガルセン=ゼガルセアの登極は −

 大変だなあ……
 それが正直な気持ちだ。
 ゼンガルセン王子の性質は俺が見ても「エヴェドリット」
 ”立ちふさがる敵は全て殺して突き進む、付いて来る事が出来るヤツだけ付いて来い。我が背に隙あらば、撃つがいい。殺せるのであれば、殺すが良い”
 リスカートーフォンの家訓やら家風やら、謳い文句を全て集めればゼンガルセン王子になるだろうに……。公爵がなんらかの処置を取らなければ、間違いなくゼンガルセン王子はアウセミアセン王子を殺害してしまうでしょうよ。俺ですらそう思うのに……当主がそれじゃあ。だからと言って俺に何か策があり、講じられるか? と言われれば全く持って無理。
 ゼンガルセン王子の力は、もう止まらない所にまで行ってしまっているような……上手く表現できないけれど、最後に会った時の表情を思い浮かべると、もう手遅れって気持ちになってくる。何故だろう?
 俺には望めない実の兄・姉・妹を持ってらっしゃるのに……だからなんだろうな。実の兄弟だからなんだろうな。本当は理由なんてないのかも知れないけど。
「ケネスセイラに罪があるとしたら、カウタマロリオオレトをこの世に”男”として誕生させてしまった事ではなく、簡単に公爵家を譲ってしまった事である。野心の欠片も見せなかった弟の行動は、長い年月をかけ公爵殺害の引き金を引く下準備をしただけであった。だが見方を変えれば、ケネスセイラが身を引き、タナサイドが生き延びたお蔭で、エヴェドリットは第三の反逆王を得ようとしている。言い換えれば余はケネスセイラのせいで、危険と隣り合わせで生きる事となったのだが。ケネスセイラ、あの男自身が生まれるべきではなかったのであろう」
 第三の反逆王か。第一の”世紀の大反逆者”アシュ=アリラシュ、第二の反逆王クレスケン=クレスカに続く程。確かに、過大な評価じゃないだろうな。
 でも、それ以上に……カウタマロリオオレト殿下が男だと罪? って。
「ケシュマリスタ王が男性なのに、何か問題でも?」
「そなたは知らぬか」
 知ってなきゃならない事なんだろうか? ああ、無知って恥ずかしい!
 俺が殿下について知っている事は少しだけ……。これもまたゼンガルセン王子とは正反対ながら、なんとも表現し辛いが……とても大様というか、暢気というか……少し危機感がなく、短期記憶が苦手な方くらいにしか。
「ケシュマリスタ事 ”我が永遠の友” も、来年には退位し宮殿に住まう。そうなれば、自ずと解るであろう。宮殿に ”我が永遠の友” 住まうようになれば、そなたにあれの身辺警護を任せる予定だ。クロトハウセがどうでるか、それ次第ではあるが」
 大君主(国王が退位した際につく称号)殿下の警護か、それは栄誉ですね。身命を賭して殿下を “シュスターの永遠の友ケシュマリスタ” を護らせていただきます。クロトハウセと一緒に頑張りたいと思います。

 あ、そうそう。お妃の委細? それね……えっとね……ロザリウラ王女は処女で、あとの二人はそうではない……とか。過去の病気歴とか、生理痛の有無とか、その……あの、陰核の大きさ形とか膣の長さとか……ナイーブって言うの? デリケートが正しいのかな? そういった事を。
 まあ、処女かそうでないかを調べるんだから、ついでに調べられるんだろうけどさ。確かに、ただの臓器の一部だし、膣は産道でもあるわけだから、調べられるのは当然だろうけれど……ねえ……。
 今思った、これが女皇帝の配偶者だったら通常時サイズとか……長さとか太さとか硬度とか調べら……考えちゃ駄目だ!
 クラサンジェルハイジ王女が処女じゃないのは解るけど、ケテレラナ姫もとは意外だったな。別に処女じゃなきゃ駄目って訳じゃないし、どうでも良い事なんだが、聞かされるとついつい『違うんだ〜』と考えてしまう俺は小物です。
 気が強い人の方が処女である確率が高いとかなんだとか。ケテレラナ姫は、男に言い寄られて流されるタイプで、関係を持った殆どの相手に流されて……確かに、お妃には向かない人だね。
「最も監視を強めねばなるまい。流されて情を通じたところで、後宮では帝后と皇妃が他の者を追い落とす情報を求め暗躍するであろうから、即座に余の元に届くであろう。あの二人は結託する性格ではない故に、個々の情報の精度は高い。余の講じる情報網以上の事を調べ上げるであろう」
 なんかこう、これ以上聞くのは失礼な気がしたので、大急ぎでクロトハウセと殿下の話題に、無理矢理変えていただいた。
 繊細とはかけ離れた俺だが、この手の話題はとにかく苦手。

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