PASTORAL −89

 バルメスハイカスタ離宮に到着。
 この離宮、宇宙最大の天然水晶を削って造られた物。どこの惑星か忘れたが、とにかくこの巨大天然水晶の原石があって、それ別惑星に移し、刳り貫き・彫刻を施して皇帝の離宮にした。
 これほどまでに大きな原石だから、鉱物学者などが『学術的な保存を!』申し出たんだが、時代が悪かった。コレが発見されたのは、あの悪名高き暗黒時代。暗愚な僭主が乱立し、意に従わない相手を殺すのが当然とされていた頃。その時代の僭主の一人がこれを発見し、宮殿を作る事を命じたのだから……原石の保存・研究を申し出た学者は全員殺された。
 まさしく、時代が悪かったとしか言いようがない。申し出た学者達は、見事な学者魂と言えるが。
 この巨大水晶の発見が、兄上の時代であれば申し出は受け入れられた。受け入れられるというよりも、最初から学者に与えられただろう。
 なんにしても『巨大天然水晶』は『中程度の皇帝離宮』となった。
 中程度といっても、普通の人間が見れば大きいよ。
 宮殿や王宮(四大公爵の本城)がでか過ぎだから、中程度に感じられるだけ。
 王宮なんて凄いよ、惑星一つ丸ごと城だからね。
 なんにせよ、これが一個の水晶から出来ているのだから、圧巻だ。俺は一人でその水晶離宮を見て歩いてる。
 外は気象制御で雪が降っていて、この離宮の幻想さをよりいっそう引き立てている……んじゃないか? 俺、あんまりそういう『表現』とか得意じゃないから。今の表現だって、何処かの本に書かれていたのをそのまま思い出しただけだし。
 俺個人の感覚としては『掃除大変だろうな。宝石として手入れするのかな?』
 ……所詮その程度しか思えないのさ、俺は。兄上みたいな詩人じゃない。兄上は色々な才能をお持ちだ、あれだけ才能が有ると一生かかっても使い切れないんじゃないだろうか? 最大寿命120歳だけど、兄上は150歳くらいまで伸ばしてもいいんじゃない?
 銀河の為を思えば兄上の寿命は伸ばすべきだと。相対的に問題あるなら俺の寿命分くらい差し出しちゃいますよ。(医学の進歩で寿命は延ばせるが、上限120歳と定められている)
 己の優雅な才能がない事を噛締めつつ、俺は一人で離宮を見て回っている。その間、兄上はというと……お仕事をなさってらっしゃっていらっしゃいます。お忙しい御方だ。
 ほら、帝星宮殿は家名持ち貴族以外は陛下に謁見できないが、離宮はそれがない。だから、家名の無い爵位貴族は、陛下が離宮に行幸なさった時、大挙して謁見に訪れる。
 もちろん ”謁見したい!” で出来るわけではなく、離宮に行幸なさる前に書類なり何なりを提出して、許可された者だけがこの星に来る事が出来る。
 この星こと、ラカミラン惑星は皇帝陛下の離宮であって、宿泊施設などない。
 離宮自体が宿泊施設といえばそうなのだが、陛下が許可なさらなければ泊る事は出来ない。兄上としては宿泊を許可された・許可されなかったで、いざこざが起こることを嫌い、原則的に誰一人として離宮にとどまる事を許可なさらなかった。
 なので、全員宇宙の方に本船を停泊させて、移動艇で降りてくるを繰り返していた。
 多少の特例はあるけれど。
 離宮をフラフラと見て歩いている俺の視線の端に止まる、着飾った女性達。
『綺麗な娘達だな……娘っても、俺と同い年くらいか』
 離宮の召使いを統括する役職の者に指示を出されて、廊下を歩いているのが見える。途轍もなく飾りたてた娘たちだ。一生の一度のチャンスだからな……
 綺麗に着飾った娘達は、例外的に離宮に残れるものもいる。兄上の伽の相手を受け持つとかそういった類。
 帝星宮殿は決まりが厳しいけれど、離宮はほぼそれが無い。
 結婚前三ヶ月前から皇帝は性交渉を行わなくなる。それを嫌う皇帝はその期間、離宮で男なり女なりをはべらせて生活したりする。
 宮殿に娘を送り込むのは至難の業だが、離宮ならば親や親戚縁者に連れられて『ついうっかり』置いていかれてしまいました……と申し出て一晩宿を貰う。その際に、陛下のお好きにしてくださいませ……みたいな流れらしいよ。
 勿論うっかりも何も、離宮にいる召使を統括している人に話を通して置かなければ、警備兵が「乗員足りませんよ」と冷たく言い放ち、連れて帰らなければならない。
 そういう “しきたり” というか “慣習” ってか。娘達だけじゃなくて、皇帝が女の場合は男も同じ。
 で、今残って客間にあたる区画を歩いている娘達は、許可された者達。
 この種類の事を兄上は人任せにはなさらない。何でも大量の賄賂が動くので、ある程度は引き締めておかないと大変な事になるようだ。もちろん、賄賂を全く貰うなといっているのではないのだが、際限がないので『貰って良い限度額』を、やんわりと伝えてはいるらしい。
 俺ですら軍警察で働いていた時、賄賂攻撃は受けた事ある。十七歳の子供だから、賄賂を与えれば直ぐに言う事を聞くと思ったんだな。馬鹿にみられていたんだろう。
 だが、賄賂を渡した相手もバカ過ぎた。俺、賄賂を貰ってもどう便宜を図っていいのか見当がつかなかったから、兄上の方にご指示を仰いでしまった。
 普通の人間って、突然賄賂渡されたら困らないか? 大体、自分がどんな仕事をしているのかも解らない時期に。見逃すとかって、誰に命じれば良いのか全く解らない。
 でも報告して正解だったようで、それ以降“賄賂”なんて言葉すら聞かなくなった。
 むしろ、俺に賄賂持ってきた人に謝罪……はしないが。持ってきたのは、悪徳業者だったので摘発されれば、終身刑だったくらいだ。それが死刑に変わっただけだ。
 そんな当時の俺にもたらされた非合法取引に関する賄賂程度とは、桁が三つか四つは違うだろう今回のコレ。
 兄上とカルミラーゼン(大公を付けないで呼ぶように命じられたので)のお二人で、先に提出されている『来訪者リスト』から残しても良い娘を既に選別し、許可を与える役職の者にお渡しになったそうです。相変わらず抜かりのない御方です。

 ですが何故、俺にわざわざその説明をしてくださったのでしょうか? カルミラーゼン……兄上

 まだ呼び捨ては慣れないです。恐らく、一生心の中では『兄上』を付けて呼ばせていただくと思います、カルミラーゼン兄上。そのカルミラーゼン兄上のお言葉では、
『サフォント帝のリハビリ期間だ。大目に見てくれと陛下も申されておいでだ。許してくれるか? エバカイン』
 俺が兄上の何を大目に見てらっしゃりまするかいな?(混乱)
 俺が陛下たる兄上の何を許したもうなかれずば?(大混乱)
 意味はよくわからないのですが……いや説明されたんだが、その意味が……
 どうやら一年間は俺だけが“伽”だと仰られたが、離宮において他の娘と閨を共にする事となるので、それを許して欲しいとの事らしいです。
 意味解りませんよ、兄上! そしてカルミラーゼン兄上。
 そのような事、俺などが許す問題ですか? そもそも俺が兄上に対し、文句など有るわけございません! 兄上だって男の俺よりかなら、娘さん達の方がお気に召すでしょう! むしろバンバンどうぞ! 邪魔なら俺、別の星に移動しますよ!

 ……ところで、リハビリ期間ってなんだろ?

 リハビリが何なのかは解る。だが、兄上と貴族娘達の夜の何がリハビリであり、何故それに関して俺などに許可を求められるのですか!?
 そんな事はさておいて、即位八年目にして初の行幸。次の行幸がいつなのか解らないので、宮殿に登ることの出来ない貴族は、今を逃すまいと必死に訪れている。
 その必死さの裏側にあるのが貴族法典の改正案。
 何でも今度法律改正をして、皇帝陛下の配偶者の位を“死後”であっても引き上げる事が出来ることになるそうで。この法律が通れば、兄上の皇太子時代の妃、故人となられたザデフィリア様が『皇后』の座に就くとの事も可能。そうなれば、現皇太子ザーデリア殿下は『皇后』を母に持つ事となる。こうなれば、ザーデリア皇太子殿下の即位に関して何かと都合が良いのだそうだ。
 今までは皇太子時代の配偶者が死亡した場合 “皇太子配偶者” 以上になる事は無かったが、今度は死後でも皇帝の正配偶者の地位を得られる(嫡子がいる場合に限りだって条件つきだが)
 当然そうなれば皇后の宮は空きのまま。だから俺が皇后の宮にいたらしい。それを聞いて納得したよ。
 よって今回迎える正妃は三人。これで全ての座が埋まっている事になっている。正妃の座が全て埋まっている以上、彼女達が気に入られても妾妃にしかなれない。それは確かなんだが……俺のせいで、妾妃を狙う貴族が増えてしまった。
 むしろ、正妃の座が埋まっているので安心して妾妃を狙える……って事だ。
 その妾妃なんだが……ほら、俺本来なら皇帝陛下の弟でもなければ、皇族でもない。なのに兄上お優しいので、俺如きを皇族に迎えてくださった。
 前帝と妾妃の間に出来た異母弟に、これほど寛大な処置をしてくださる陛下ならば、ご自身の子は間違いなく皇族の端に連ねてくださるだろう……そう考えてしまったらしい。
 でも俺の事は、前帝の後始末みたいなモンだから根本的に違う次元の処理だと思う。
 そうは言っても、名も無い貴族の娘が兄上に見初められて妾妃になるのは、何の問題もないんじゃないかな?
 前帝のように、正妃に頭が上がらないで何も出来ない……なんて事は兄上にはまずないでしょうし。そういった意味では、兄上の妾妃になれれば、四大公爵家、その縁の家柄でない貴族としては最高の栄誉になるだろう。
「それにしても兄上がお忙しいのに、こうやってのんびりと離宮探索して歩いてていいのかな……」
 そうは言っても、俺がいた所で、何の役にも立たないんだが。
『初の行幸はこのような物だ。もうしばらく経てば落ち着く故、それまでは寂しかろうが待っておれ』
 本当に申し訳ないです。お忙しい兄上に気まで使っていただいて。
 寂しくはないんですがね……全く。
 そんなに情けない顔でもしていたんでしょうか? 兄上は俺を見て、苦笑なさりましたが……そんな苦笑なさるような変な顔をしていたのでしょうか?
 どうせ変な顔するなら、兄上を大爆笑させるような顔をしたかったモノです。
 顔芸の心得がなかった事が悔やまれます。芸がなくて申し訳ありませんです。
 大体、結婚していた二年間に比べれば、今のこの状態は何て事はありませんしね。あの二年間も特に苦しいわけでもなかったんですが。
 なんていうか、その……兄上から見たら、とても頼りない異母弟なのでしょう。
 子供レベルにしか見えないかもしれません。でも……兄上ご自身と比べられましたら、誰でも幼児レベルかと思うのですが……色々と、まあ色々と。身体的にも色々と。
 まだ全部入ってないんだよな……はぁ……もうそろそろ伽の役目終わりだけどさ、全然役に立ってない気がしてなりません……。あれ全部入れましたら、多分……
「ま、せめて兄上にご心配をおかけしないよう、確りとした態度で過ごそう」


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